Alle Kapitel von ダイヤモンドは泣かない 〜可愛い顔したあの子に、もう奪わせない〜: Kapitel 41 – Kapitel 50

55 Kapitel

発覚①

鳥羽のミキモト真珠島。目の前で白い磯着の海女さんが実際に海に潜る。すごいな。あんなに息が続くものなのか。パリ万博に出品された帯留『矢車』は帯留としてだけじゃなく、パーツを組み替えてブローチ・指輪・かんざし等、12通りに使えるという化け物ジュエリーらしい。先祖代々受け継いで使えばいいのに。ダイヤさんみたいに。「深月みたいに本気のジュエリーを普段使いできる人は少ないのよ」「私平気だけどな」ダイヤさん、自分を“本気のジュエリー“って言っちゃうのね。まごう事なき本気のジュエリーだけど。ミキモトのブランドショップ。……うん、いいお値段するね。「深月」「うん?」「どれが好き?」「さっきの『矢車』……すごいよね。あれこそ使えばいいのにね」竹取物語で出てきた蓬莱の玉の枝みたい、と呟いてふらふらとショップをまわる。ショーケースに並ぶ一粒パールのピアス。これなら冠婚葬祭でも仕事でも普段でも使える。可愛いのに万能。……って!結構なお値段するじゃん!ミキモトだから?うん、観賞用だね。あとで似たようなやつ買おうかな。ミキモトじゃないところで。「深月、こういうの好き?」「うん。いろんなところでつけられそう」「買おうか」「へ?」「旅の記念」「え、ちょ……結構なお値段……ちょ、慎一郎さん!」あっという間にスタッフを呼んでラッピングをしてもらっている。もうカード切ってる。ひええ。「はい」「ありがとう。嬉しいけど、こんな高価なもの」「深月に着けて欲しいんだよ」旅行から戻ってきた。道中で晩御飯も済ませて、互いの荷物ほどきが落ち着いたら慎一郎さんは私の部屋に来ると思ってた。「明日の仕事の準備があるんだ。ちょっと慎重にやりたい件だから」と来なかった。仕事って言われたら何も言えない。明けて今日。昨日の真珠のピアス、着けてみた。今日も慎一郎さんはクロセ製薬に行くって言ってたから、着けたところ、見せられるかもしれない。早く来ないかな。いつもは私の家に泊まっていたから、出勤する時も会社の近くまでランクルで一緒に来ていた。でも今日は朝早かったみたいで。久しぶりにひとりで電車に乗った。「おはようございまーす」第一営業課がざわめいている。いつも朝は落ち着いているのに。何かあった……?「深月」商品開発部に異動してまもない環が顔を出した。まだ就業開始時間にはあと30分
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-04
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発覚②

「管理職には、単に自分自身が不適切な行為をしないことだけでなく、部下が安全に働ける環境を維持する責任があります。その責任が果たされていたとは言えません」西尾室長が資料を閉じた。「内部監査としても、第一営業課では個人間の問題が長期間、組織上の問題として扱われない状態が続いていたと判断しています」膝の上で手を握りしめた。そこまで調べていたんだ。いつから。誰が……?黒瀬専務が前へ出た。「会社として、三宅課長と大原さんについてはそれぞれ必要な人事上の措置を取ります。ただし、二人を外せば全部終わり、とは考えていません」はる兄ぃの声は穏やかだった。「第一営業課そのものを正常な状態へ戻します。相談経路、管理職のチェック体制、人事との連携も見直します。これまで声を上げられなかった人がいたことも、会社側の課題です」しん、と会議室が静まった。はる兄ぃが慎一郎さんを見た。「久世さんからもお願いします」指先が、ぴくりと動く。慎一郎さんが立ち上がった。「久世です。今回、外部アドバイザーとして調査の初期段階から関わりました」──初期段階から。その言葉だけが、妙にはっきり耳に残った。「まず一つ、誤解してほしくないことがあります」慎一郎さんが第一営業課全体を見た。「今回の件を“大原さんという問題のある社員がいた”“三宅課長が管理職として能力不足だった”だけで片付けると、同じことが形を変えてまた起きます」何人かが慎一郎さんを見た。私の耳にはもう、何も入らない。ただわかったのはひとつ。慎一郎さんがかなり深いところまで、第一営業課の問題について理解していたことだった。「これから先、第一営業課が本当に正常化したかどうかは、今日の処分ではなく、半年後、一年後の皆さんの働き方で決まります。会社側もそこまで責任を持って見るべきだと考えています」はる兄ぃが頷いた。「ありがとう」会議が終わり、皆が席を立ち始めた。「やっと変わるんだね」「……長かったな」周囲でそんな声が聞こえていた。なのに私は、そこへ入れなかった。頭の中に残っているのは一つだけ。『調査の初期段階から関わりました』昨日、一緒に旅行から帰ってきた。昨日まで、あんなに近くにいた。真珠まで買ってくれた。そして昨夜。『明日の仕事の準備があるんだ。ちょっと慎重にやりたい件だから』──これだったんだ。
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-05
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発覚③

夜はなかなか寝付けない。眠っても夜中に目が覚める。原因は分かりきっていた。でも私にはどうすることもできない。不眠外来に行ったところできっと変わらない。消耗するけど仕方ない。私、体力はある方だからたぶん大丈夫。ドラッグストアで睡眠改善薬を買った。それを飲んでいれば、ちゃんと眠れた。疲れは取れなかった。ごはんは食べていた。それはダイヤさんが褒めてくれた。ただひとつ問題は、作り置きが減らないことだ。前は食べてくれる人がいた。今は私しか食べないのに、同じ量を作ってしまう。調整しているはずなのに、どうしても出来上がると前と同じ量の料理ができあがる。しょうがないから冷凍庫で保存するようになった。貧血を起こしやすくなった。鉄分、摂ってるんだけどな。ほうれん草のソテー、また作らなきゃ。仕事中、どうしても久世さんに渡さないといけない資料があった。私情を挟むわけにはいかない。社会人としての礼儀だけは出して、できるだけ余計な話はしないように努めた。久世さんは何か言いたげにしているのかもしれない。顔をちゃんと見ていないからわからない。きっと気のせい。昨夜はほとんど眠れていない。睡眠改善薬が通用しなかった。飲みすぎて耐性ついちゃったかな。満員電車で座れていなかったら私は今日また貧血を起こして倒れていたかもしれない。「……では、失礼します」それだけ言って久世さんから離れた。第一営業課へ戻る廊下の途中、世界がぐにゃっと曲がった。遠く悲鳴が聞こえる。どうしたんだろう。……久世さんが、私の名前を叫んだ気がした。──白い天井。消毒液の匂い。ここは、どこだろう……?私、ベッドに寝かされてる?そうか、倒れたのか。私、このままなのかな。仕事は久我課長の頃みたいに楽しくやれるようになったけど。埋められないものがずっとある。その人を、自分で消した。最初からいなかったみたいに。そうすれば元に戻れると思った。違った。ただただ、苦しい。ずっと苦しいまま生きていかないといけないのかな。夜も眠れないまま。体力に自信があったはずの私の身体は、もう限界なのかな。「……深月?起きたんだな?」「しんいちろうさん……」わたし、もうすぐ死ぬのかな。人生でいちばん楽しかった記憶が、慎一郎さんとの伊勢旅行だった。慎一郎さんにずっとくっついて、幸せだったな。最後ぐらい、手ぐらい握りたい。慎一郎さんの手を探した。
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-06
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声、匂い、体温①

「深月!」勢いよくドアが開いた。久世さんが病室に飛び込んできた。枕元のナースコールを迷いなく手に取る。「すみません、さっき目覚めたんですが、呼吸がしずらいようです。来てもらえますか?」程なくして看護師さんがやってきた。処置の間、久世さんはずっと病室にいてくれた。医師の話では、睡眠不足による疲労ではないかということだった。「山王通まで」ひとりで帰りたかったんだけど。「ひとりでは帰せない」と真剣にずっと言われて根負けした。タクシーの後部座席で、私が右側に、久世さんが左側に座った。立場上、久世さんが上座のはずなのに。久世さんは窓の外を見ている。私も窓の外を見ていた。久世さんとこんなに近くにいるのは、いつ以来だろうか。──あの旅行が最後、と頭を掠めたけどすぐにかき消した。車の静かな揺れ。ほのかに香る、久世さんの──慎一郎さんの匂い。いつも慎一郎さんは強過ぎないウッディな香りをつけていた。彼自身の匂いと混ざって、すごく好きだった……。眠気が襲ってきた。毎晩、あんなに眠れなかったのに。今になって。せめて、久世さんに気付かれないように。車の窓に頭を預けた。そのまま眠りに落ちた。車のカーブの勢いで慎一郎さんの肩に頭を預けていたことには、全く知らないまま。──見慣れない天井。病院ではないみたい。暗い部屋。でも、不思議と落ち着く匂い。ここは?起き上がって窓の外を見る。私の部屋から見る景色に近い。ううん、きっと私の部屋からこの部屋は近い。もしかして……。だめ。頭痛がひどい。考えないといけないのに、身体が横になることを要求している。「深月、起きた?」慎一郎さんの声。ドアが開いた。「あたま、いたい……」「そのまま寝てろ。あとから送るから」すぐにまぶたが重くなった。また目が覚めた。少し眠ったのかな。ベッドの近くに私のバッグ。置いてくれたんだ。スマホを見る。……何回見ても午前1時。いくら何でも帰らなきゃ。私、何時間寝てたのよ。こんなにぐっすり眠れたのは久しぶりだった。ドアを開ける。リビングで久世さんが仕事をしていた。「あの、久世さん」振り返った。「ありがとうございました。私、すっかり寝ちゃって。こんな時間になっちゃって。あの、私、帰ります」「夜中の1時だ。泊まっていけばいい」「でも。あの、服とか」「俺ので良かったら貸す。ほら。風呂、入
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-07
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声、匂い、体温②

「そ、その……。久世さんの体温とか、匂い、とかあると。私、深く眠れる、みたいで。偶然、かもしれないん、ですけど」久世さんは固まったまま何も言わない。「私、しばらく寝れてなくて。自力で寝たいんですけど、また救急車呼ばれるのは嫌だし。だから、その。今夜だけでも」久世さんが一歩近づく。「一緒に、ベッドで寝てくれませんか?私、寝られなかったら……勝手に少しくっつかせていただくと思いますけど。久世さんの睡眠は邪魔しないようにするので」ふわりと力強い腕に包まれた。懐かしい匂いが鼻をかすめる。ああ、この匂いだ。急に眠気が襲う。「深月が嫌じゃなければ。俺一緒に寝たい。寝るだけ。何もしないから」「はい……。くせさん、はやく……ねましょう……」腕を解いて彼の腕を引いて寝室に入る。「待って、電気」「くせさん、はや……く」一瞬意識が落ちかけた。「や、くせさん……こっちで、ねてくだ、さ……」布団の匂いが眠気を誘った。  夜中にうっすら目を覚ましたとき、久世さんはベッドに横たわって寝息を立てていた。無意識に全身でくっついた。肩に額をくっつけると、それだけで安心した。眠ったままの彼の腕が背中にまわされた。彼にすっかり包まれたまま、また私は眠りに落ちた。朝、瞼を開ける。目の前に久世さんの寝顔。寝起きに美形のアップは心臓に悪い。久世さんを起こさないように、そっとベッドを出た。着替えが欲しい。泊めてくれたお礼に朝ごはんぐらい作ろう。一度、家に帰ってまたこっちに戻ってこよう。できるだけ音を立てずに昨日の服を身に付けた。さて、久世さんのマンション、オートロックなんだよね。玄関に久世さんのキーケースがあった。ランクルの鍵だけ外して玄関に残す。「久世さん。鍵、お借りします」小さく言って部屋を出た。朝陽が眩しい。今日の太陽はきつくない。よく眠れたからだな。久世さんの睡眠導入効果すごいな。久世さん、服か何か、匂いのついたもの貸してくれないかな。言えないか。言葉が変態すぎる。自宅で手早く全て着替えた。早朝5時。この時間なら久世さんの家で早炊き機能でご飯が炊ける。炊飯器はあるって言ってた。作り置きと玉子を持っていけば朝食になる。マンションに静かに戻る。彼はまだ寝ていたみたい。よかった。このまま朝食準備しちゃおう。お椀は……あるな。味噌汁作ろう。目玉焼きだけは久世さ
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-08
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声、匂い、体温③

「深月!待って!」マンションの廊下に慎一郎さんの声が響く。待つわけない。捕まって抱きしめられて絆されるのが目に見えている。流されるわけにはいかなかった。「深月!」声が真後ろから聞こえた。……腕とか肩とか掴まないんだ。強引に抱きしめるとかすればいいのに。しないんだ。「ごめん」ごめんじゃ済まないでしょ。「深月が俺に甘えられなくなったのは……俺のせいだ。俺のこと、許してなくていい。信じられなくていい。それでも」それでも?「俺がいるのにひとりで耐えるのはやめてくれ。深月が俺の知らないところで倒れるのがいちばん嫌だ」恐る恐る振り返る。……慎一郎さんのこんなに泣きそうな顔、初めて見た。「慎一郎さん、ひどい顔」「……深月だって」互いに一歩近づいた。……待てない。「しん、いちろ……さん……」彼に抱きついた私の目から、どんどん涙が溢れた。力強く抱きしめられる。「深月……」耳元にバリトンの声が落ちる。そう、この声。この声が欲しかった。「ずっとこうしたかったの」「俺も。しばらくできなくて気ぃ狂いそうだった」「私を……もう一度、彼女にしてくれる?」「彼女じゃなくて……もう嫁になって」……え?嫁?顔を上げて彼の顔を見た。涙でぐしゃぐしゃなのに爽やかなのは何なのよ慎一郎さん。「……嫁、ですか?私」「そう、深月、嫁。俺、旦那」「ずいぶんすっ飛ばしますね?」「俺たち今まで、結構すっ飛ばしてきたからな」顔を見合わせる。笑いが漏れた。慎一郎さんと抱き合って笑える日が来るなんて。嬉しいしかない。「……で、深月?俺の嫁、なってくれる?」「……はい」小さくうなずいた。「やった」「慎一郎さん、痛い。強すぎ」本当はハグ、そこまで痛くないんだけど。「ごめんごめん」一瞬腕が緩んだ。目が合う。唇が重なった。何度も、何度も繰り返した。「──ご、ごほっ!」私のものでも、慎一郎さんのものでもない咳払い。現実に戻る。ここ、マンションの廊下。「ご、ごめんなさい!」「失礼。どうぞ」何で私を腕の中に抱いたまま真顔で道を譲れるのよこの人は!私なんて、そのマンションの住人の顔も見られなくて慎一郎さんの胸に顔を埋めたままだというのに。「……部屋、戻ろうか」「うん。慎一郎さん。時間、大丈夫?」「……大丈夫じゃないかも」部屋に戻ると、慎一郎さんは
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-09
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人生の春ってやつ①

「うん。というか、今日残業したら星宮課長に怒られそう。急にお母さんになるから唯さん」「そりゃそうだろ。昨日倒れた社員に残業させたら久我次長も黙ってないだろ」「そうだね」以前までは、会社の少し前で降ろしてもらっていた。今日は会社の目の前。ランクルから降りて久世さんを見送ると、すぐに日菜ちゃんと目が合った。「深月先輩!今日きて大丈夫なんですか⁈」「睡眠不足と貧血が重なってただけみたい」「だけって先輩。結構な一大事でしたよ?」「ご心配おかけしまして」「ほんとだよ」背後から唯さん……じゃない、星宮課長の声がした。「私たちの寿命が縮んだっての。罰として今日のランチは私に奢られなさい!あと今週は残業禁止」「星宮課長、それ、私も行きたいです」「日菜ちゃん。あなたも奢ってあげるから、ランチで取り調べお願いね?」「取り調べ?ですか?」「今のランクル。あれ久世さんの車でしょ?昨日救急車に付き添ったのも、今朝会社の目の前まで送ったのも久世さん。昨日まで深月ちゃん塩だったのに。何があったか、吐いてもらうよ?」「かしこまりました!」日菜ちゃん、敬礼しなくていいから。「ああ、ランチ楽しみ」唯さんの取り調べ……。うん、逃亡不可だな。「さあ、貧血には肉!タンパク質!ここのステーキ丼は美味しいのよ?」「美味しそうです」「先輩?何があったか語ってもらいますよ?」会社から少し歩いたところにあるビルの1階の店舗。レトロな雰囲気の素敵なステーキハウス。唯さんは結婚前に旦那さんと食事をしに来たことがあるそうだ。テーブルに丼が3つ置かれた。カットされた肉の断面から肉汁が輝いている。ソースがかけられているけど和風ワサビも添えられていた。「……で、どういう展開なのかな深月ちゃん」「そうですよ!昨日まであんなに久世さんに塩だったのに!」「市場に売られる牛さんぐらい悲しそうだったよね久世さん」「久世さん、仕事中はクールなのに。深月先輩にシカトされてすっごい悲しそうな顔してたの、みんな気づいてましたよ?」「そうそう。あの久世さんが深月ちゃんにだけ百面相してるって有名」なんてこった。私はポーカーフェイスを保っていたのに。慎一郎さん、顔が全部喋るってどういうこと?しかもみんなに見られてるし噂されてるし。「あの、ですね」「うん。吐きなさい?」「色々あった結果、
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-11
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人生の春ってやつ②

退勤後、やっぱり慎一郎さんは会社の前にランクルを停めた。全社員から丸見えなんですけど。堂々とし過ぎでしょ。もういいか。婚約したんだし。「どこ行くの?」「もうすぐ着く」ビルの地下駐車場にランクルが入った。どこかの店と提携してるのかな。地上に出てすぐの角を曲がると、豪華な店構えのジュエリーショップが目の前に現れた。慎一郎さん、私の手を繋いだまま迷いなく入っていく。「慎一郎さん、ここ……」「婚約指輪。今日中に決めたくて」「ここで、ですか?」「ああ。行くよ」「え、待って」と言う間もなく、彼はもうドアを開けていた。「いらっしゃいませ」「久世です」「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」来店予約みたいなのしてたのね⁈慎一郎さん、ここ、ハリー・ウインストンですけど!ここがとんでもなく高級店だって、私でも知ってますけど⁈「この度はご婚約、おめでとうございます」「は、はあ……ありがとうございます」「婚約指輪と伺っておりましたので、いくつかこちらでご用意させていただきました」「あら。まあまあいいダイヤ揃ってるわね」ダイヤさん……!ハリー・ウインストンのダイヤと張り合わないで!「深月。どれがいい?ちょっとでも気になるデザインがあったら言って?」「こちら、クラシック・ウィンストンのエメラルドカットでございます。1.0カラットです」でっ……でっか!「まあまあいいじゃない。ハリー・ウィンストン、いい仕事するわね」私、ダイヤさんにつっこむ余裕無し!「こちら、クラシック・ウィンストンのラウンドカットのものでございます。1.0カラットです」さっきのエメラルドカットは四角い感じ。こっちは王道の婚約指輪。「私とカットがかぶるわね。まあ私の方がカラット大きいけどね⁉︎1.518カラットよ?」張り合わないでダイヤさん。「婚約指輪なんだから、一目でそう分かるものがいいな」「こんな大きいの仕事につけていけないよ……」「仕事にはつけなくていい。俺といる時につけて」「それだと婚約したの、あんまり伝わらないけど」「……やっぱつけて」さらっと会話してますけどね?ハリー・ウィンストンで1カラット以上ってとんでもないお値段って私でも知ってますけども!店員さんと慎一郎さんの目を盗んで小さなタグの値札を読んだ。「ご、ごひゃ、く……⁈」「深月、それつけてみる
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-11
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人生の春ってやつ③/Wedding!①

──会社をクビにされてから、本当についてない。何で私がクビにならなきゃいけないのよ?世の中は要領の良い人が得をするようにできてるってだけなのに。私の会社人生が紙切れ一枚だけで終了した。そりゃ企画書貰ったけどさ。でもそんなの三宅課長が勝手にくれただけだし!頼んでないし!証拠無いし!黒瀬専務と久世さんの目が怖かったから引き下がっただけ。しまったな。課長よりも久世さん落とす方が大事だった。久世さんだったら、このハリー・ウィンストンで指輪とか買ってくれるんだろうな。「理紗にはこれぐらいのブランドじゃないと似合わない」とか言ってくれる。美形でお金持ってる。最強だったな。司がくれたこのルビーなんかじゃ、私の価値に追いつけない。「おい理紗、ちょっとは荷物持てよ!」「司くん力持ちだから。私、重いとケガしちゃうの」はい谷間見せとけばオッケー。ちょろ。ハリー・ウィンストンのショーウィンドウの奥にカップル。おかしいな。そこにいるのは私のはずなのに。何でハリー・ウィンストンにふさわしいはずの私が外にいるのよ!「……え?」あれ、久世さんじゃない!私に渡すための指輪でも買ってくれてるのかな。サプライズか。しょうがないな。どこかで待ち伏せされてあげるよ。……って!隣の女!時國深月!何でハリー・ウィンストンの店内で久世さんに肩抱かれてんのよ!「……そっかあ」時國深月のインスタにあった、アフタヌーンティー。伊勢。志摩の旅館。車内のスタバ。あれランクルだよね。写真スクショしてAIで検索かければ一発なんだよね。司じゃなかったな。時國深月から貰うもの。久世さんにふさわしいのは、時國深月じゃない。この私!「久世さん、待っててね」司に聞こえないように小さく誓った。赤い石に渦巻きのような模様があることに、このとき誰も気付かなかった。「ちょ、ふたりとも本当に狭いんだけど!」「隼がもうちょいそっち行けばいいんだよ」「悠が場所取り過ぎだろ」挙式開始まであと10分。慎一郎さんは扉の向こうでスタンバイ完了。ヴァージンロード、本当に父親役をはや兄ぃとはる兄ぃがやってくれることになった。ただ問題がひとつ。ヴァージンロードって、基本ふたりで歩くもんなんだよね。ヴァージンロードから落ちたくないふたりに挟まれて私、とっても狭い。マーメイドラインにして本当に良かった。タキシー
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-12
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Wedding!②

祭壇に到着。「久世さん。泣かしたら返してもらうぞ」隼兄ぃ。この期に及んでそれ?大きな声でやめて。全員聞いてるよ?「嬉し泣きはさせます」慎一郎さん。負けてない。「深月。いつ帰ってきてもいいんだぞ」「悠兄ぃ。縁起悪いこと言わないで」 「悠さん。もう戻って」美咲ちゃんの小声でやっとふたりが着席した。やっと慎一郎さんの隣に立てた。「綺麗だ」「慎一郎さんも。かっこいい」祭壇の前で固まらないで慎一郎さん。「ソレデハ、式ヲ執リ行イマス」慎一郎さんが我に返った。良かった。この神父さん、日本在住20年。日本語ペラペラなのに式の間だけカタコトにしてるらしい。スタッフさんが教えてくれた。彼なりの演出なんだって。「私たちは今、神と皆さまの前で、この二人の結婚を祝福するために集いました。結婚は、互いに愛し、敬い、支え合い、生涯を共に歩むことを約束する尊い契約デス」「新郎、久世慎一郎。アナタハ時國深月を妻とし、健やかな時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、生涯変わることなく誠実であることを誓イマスカ?」「誓います」うわ。ぐっと来る。「新婦、時國深月。アナタハ、久世慎一郎を夫とし、健やかな時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、生涯変わることなく誠実であることを誓イマスカ?」「誓います」ん、背筋伸びるね。「ソレデハ、指輪ノ交換デス」それぞれママに抱っこされた湊くんと翠ちゃんがリングピローをつまんで持っている。湊くんがぐいっと自分の方に寄せると同時に翠ちゃんが負けじと引っ張った。「ふえ、ふええ……」と翠ちゃんがぐずり始めた。ひええ。式場のスタッフから「乳幼児のお子さんが持たれる場合は、リングピローに載せる指輪はダミーにされて縫い付けられる方が多いです。誤飲防止です」と教えられていた。ダミーにしておいて本当に良かった。ハリー・ウィンストンで婚約指輪と共に購入していた結婚指輪をスタッフがそっと神父さんに預けた。リングピローが到着……しない。自分たちのおもちゃと認識していたのか、台に置くタイミングで湊くんが「そえっ!ぼっ!」と抗議している。たぶん「それ、ボクの!」と主張しているな。ここで湊くんのママ、奈緒さんがアンパンマンのぬいぐるみを見
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-13
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