All Chapters of 「通訳しかできない役立たず」と追放された俺、敵国の竜皇女に拾われて婚約者になりました : Chapter 21 - Chapter 30

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第21話 皇帝を乗せた魔導貨車が、正面から突っ込んできた

第21話 皇帝を乗せた魔導貨車が、正面から突っ込んできた対向貨車の認証に使われている真名は、ガルディア・ヴァルドレイク。竜帝国皇帝であり、リシアの母親の名前だった。「認証名が使われているだけで、母上が乗っているとは限りません。皇族の真名を盗み、魔導具を動かす鍵として利用する術式があることは、ここまでの出来事で分かっています」リシアは冷静に言ったが、その手は俺の肩を強く掴んでいた。平静を装おうとしているのは、誰の目にも明らかだった。何より、俺には彼女の魂語が聞こえてしまう。『母上が乗っている。理由は分からないけれど、間違いない。これほど近くにいるのに、どうして竜血の気配を感じなかったの。兄上は、母上に何をしたの……』「フィーネ。向こうの貨車に乗っている竜が、ガルディア皇帝かどうか分かるか?」「名前までは分からないけど、お姉ちゃんとよく似た音がするよ。でも、お姉ちゃんより低くて、ずっと我慢してる音。大きな鎖が心臓に巻きついて、力を少しずつ吸ってるみたい」フィーネは耳を澄ませるように目を閉じたが、すぐにつらそうな顔で胸を押さえた。「向こうの竜、眠ってないよ。起きてるのに、動けないふりをしてる。それから、こっちの貨車が近づいてることも知ってるよ」「母上と話す方法はないの?」リシアがロランへ詰め寄ると、彼は運転台の認証板を確かめながら首を振った。「対向貨車との通信回線は閉じられています。こちらの制動術式も受けつけません。速度はさらに上がっており、このまま進めば、およそ四半刻後に合流地点で衝突します」「四半刻とは、どのくらいだ?」「正確な砂時計がありませんので断言できませんが、人間の会話で百を十回数えるほどです」十五分前後と考えてよさそうだ。その短い時間で、こちらの貨車を止め、対向貨車から皇帝を救い出さなければならない。失敗すれば、狭い地下坑道で二台の鉄の箱が正面から衝突する。俺は運転台の認証板へ手を置いた。古い魔導貨車に刻まれた命令は、ベルガ砦
last updateLast Updated : 2026-09-28
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第22話 名前を捨てた処刑人たち

第22話 名前を捨てた処刑人たち坑道の前後に灯った赤い明かりは、松明でも魔導灯でもなかった。暗闇の中を歩いてくる者たちが身につけた、白い仮面の眼窩から漏れている光だった。前方から十二人、後方からも十二人。全員が人間と同じ背丈をしているが、足音は不自然なほど揃っており、鎧の擦れる音まで一つに重なっている。まるで二十四人の兵士ではなく、一匹の巨大な生物が、前後から俺たちを挟み込もうとしているようだった。「王国最強の処刑部隊と言っていましたね。所属と能力を説明しなさい、アルベルト」ガルディア皇帝に命じられ、独房から連れ出されたアルベルトは、壁へ背を預けたまま処刑人たちを見つめた。「彼らに正式な部隊名はない。王国では無銘衛士と呼ばれていた。死刑囚、戦争捕虜、王家に逆らった神官や魔術師から、戦闘能力の高い者だけを選び、名前と過去を奪って作られた部隊だ」「あなたが作ったのですか」リシアの問いに、アルベルトはすぐ答えなかった。その沈黙だけで十分だった。「人間王国と最初に接触した頃、私は彼らの術式へ竜族の命令魔法を組み込む方法を教えた。戦争を長引かせている強硬派を排除するため、汚れ仕事を引き受ける兵が必要だと考えたからだ」「国を救うためなら、名前を奪った人間を道具にしてもよいと考えたのですね」「そうだ。そのときの私は、正しい犠牲だと思っていた」アルベルトは言い訳をしなかった。かといって、罪を認めたから許されるわけでもない。自分の過ちを正直に語る姿には、反省よりも、自分にはもう死ぬ以外に責任の取り方がないという諦めが滲んでいた。前方の処刑人たちが、同時に武器を抜いた。剣、槍、弓、鎖鎌。それぞれ異なる武器を持っているのに、構えるまでの動きには一切のずれがない。後方の十二人も無言で散開し、逃げ道を塞ぐ。「呼びかければ、名前を取り戻せるの?」フィーネが黄金の鐘の欠片を握りしめた。「無理だよ。この人たちの中から、名前が聞こえてこない」俺は処刑人たちへ意識を向けた。
last updateLast Updated : 2026-09-29
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第23話 名前を忘れても、俺は彼女を選ぶ

第23話 名前を忘れても、俺は彼女を選ぶ目の前にいる女性が、俺にとって大切な人だということは分かっていた。雪原で鎖に繋がれていた銀白の竜で、俺を竜帝国へ連れていき、処刑する代わりに偽装婚約を申し出た第三皇女。強くて誇り高く、他人に弱さを見せることを嫌うくせに、誰かが傷つけば自分の痛みまで後回しにする、不器用で面倒な女性だ。彼女と交わした会話も、一緒に食べた料理も、眠れない夜に窓辺で過ごした時間も覚えている。それなのに、名前だけが分からない。「遥人、私の名前を言ってください」彼女は俺の左手を握り、真銀の環へ自分の魔力を流し込んでいる。金色の瞳に浮かんでいるのは怒りではなく、俺が答えられないことをすでに分かっている人間の恐怖だった。「待ってくれ。思い出せそうなんだ。最初の音は……」頭の奥に銀色の光が浮かぶ。あと少しで掴めると思った瞬間、地上から響く大合唱が魔導貨車の天井を震わせた。『如月遥人の名を世界から消せ。その力を、真なる勇者へ返せ』何万もの声が俺の名前を呼び、反逆者、裏切り者、災いの使者という意味を押しつけてくる。そのたびに、銀色の光は指の間から零れる砂のように消えていった。「悪い。どうしても出てこない」「謝らないでください。あなたが悪いわけではありません」彼女はそう答えたが、俺の手を握る力がわずかに弱くなった。『頭では分かっている。遥人は名前を奪われているだけで、私を忘れたいわけではない。それでも、名前を呼んでもらえないことが、こんなに怖いなんて思わなかった。私だけが二人の時間を覚えていて、遥人にとって私は知らない女になってしまったら、私はどうすればいいの……』その声は聞こえている。俺の耳ではなく、魂へ直接触れてくる彼女の本音だけは、名前を失っても消えていない。「あなたの心の声は聞こえる。怖がっていることも、俺に忘れられるのが嫌だと思っていることも分かる」「分かるなら、わざわざ口に出さないでください。私
last updateLast Updated : 2026-09-30
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第24話 俺を名乗る偽物は、死にたくないと言った

第24話 俺を名乗る偽物は、死にたくないと言った『本物の私は、ここにいる。そこに隠れている男こそ、私の名を盗んだ偽物です』処刑台の上にいるもう一人の俺が、王都中へ響く声で告げた。広場へ集められた民衆が一斉に周囲を見回し、王国兵たちも武器へ手をかける。偽物の視線は間違いなく俺たちが隠れている建物の陰へ向けられていたが、幸いなことに、群衆からはこちらの姿が見えていないらしい。「ここを離れます。あの者が、私たちの位置を兵士へ伝える前に」リシアが俺の腕を引いた。「待ってくれ。あいつは本当に俺たちを見つけたのか?」「こちらを見て笑ったでしょう。ほかにどう解釈するのですか」「俺たちを見つけたなら、建物の場所を言えばいい。なのに、そこに隠れている男としか言わなかった。あいつは俺の居場所を知っているふりをして、誰かに合図を送ったんじゃないか」「誰かとは?」「たぶん、俺だ」リシアが呆れたように眉を寄せた。「自分を名乗る偽物から、自分へ合図が送られたと言いたいのですか。名前を奪われた影響で、あなたまで話を複雑にする癖が強くなっていませんか?」「俺だって説明しづらいんだよ。ただ、あいつの最後の言葉だけ、王都の命令術式と意味が重なっていなかった」処刑台の偽物が罪を認めていたとき、言葉の裏には民衆へ俺を憎ませる命令が流れていた。反逆者だと信じろ。偽りの名を奪え。その力を勇者へ捧げよ。すべてが古代王の意思によって組み立てられていた。ところが、俺を偽物だと指さした最後の言葉だけは違う。そこに込められていたのは、敵意ではなく、切羽詰まった呼びかけだった。――見つけてくれ。俺がここにいるうちに。「助けを求めているということ?」フィーネが小声で尋ねた。「そう聞こえた。あいつは俺を陥れるために作られた存在だ。でも、作った奴の命令どおりに死にたいとは思っていないのかもしれない」「その願いに応じれば、罠へ踏み込むことになります」リシアの警戒は当然だった。
last updateLast Updated : 2026-10-01
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第25話 四百年前の通訳は、世界を支配した

第25話 四百年前の通訳は、世界を支配した「御厨統馬。始祖竜の名と言葉を奪い、この世界で最初の聖王となった日本人。それが、神崎怜央の中にいる男の正体だ」カナタが告げた名前は、王国語でも古代竜語でもなかった。聞き慣れた日本語の響きだった。俺や怜央たちより四百年以上も前に、この世界へ召喚された日本人がいた。そいつが人間王国で聖王と呼ばれ、始祖竜の力を奪い、今は怜央の名前と身体を使って蘇ろうとしている。驚くべき話なのに、不思議と納得できる部分もあった。古代王は俺たちが元いた世界の言葉を理解していた。それだけでなく、怜央の記憶を食い始める前から、俺の能力を「意味の継承者」と呼んでいる。この世界にしか生きたことのない人間が、俺の万象通訳について詳しすぎるとは思っていた。「御厨統馬について、ほかに分かることはあるか」「俺に流れ込んだのは、あいつが隠しきれなかった断片だけだ。生まれた時代や年齢までは分からない。ただ、召喚されたとき、あいつは勇者ではなかった」カナタは自分の記憶を探るように目を閉じた。「戦う力を持たず、魔力も少なかった。与えられた能力は、異なる種族の言葉と、魔法に込められた意味を理解すること。王国からは、戦争を止めるための通訳として使われた」リシアが俺を見た。「遥人と同じ能力なのですか」「完全に同じかは分からない。でも、よく似ている。御厨統馬も最初は、人間と竜族が話し合うために召喚された。ところが、言葉を訳しても戦争は終わらなかった」「当然でしょう。言葉が通じたからといって、利害や憎しみまで消えるわけではありません」「そうだ。王国は、自分たちに有利な言葉だけを竜族へ伝えるよう命じた。竜族も、人間が受け入れられない条件を突きつけながら、拒絶された責任を通訳へ押しつけた。統馬は、両方の側から裏切り者と呼ばれたらしい」話を聞くほど、嫌な感覚が胸へ広がった。追放される前の俺も、似た立場にいた。人間王国が先に竜族の領地へ侵入したことを示す条約を訳した結果、都合の悪い真実を知る者として捨てられた。
last updateLast Updated : 2026-10-02
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第26話 婚約を解消すれば、世界は救える

第26話 婚約を解消すれば、世界は救える俺とリシアの真銀の環から伸びた黒い糸が、フィーネの胸へ突き刺さっていた。フィーネの身体は銀色の光へ変わり始め、足元から少しずつ輪郭を失っていく。肉体が消えているのではない。聖剣から生まれた彼女の存在が、王都地下に眠る始祖竜の心核へ引き戻されようとしている。「お兄ちゃん、痛いよ。身体の中から、フィーネじゃないものに戻されそう」俺へ伸ばされたフィーネの手を掴んだ。しかし、触れた指先まで冷たくなり、半透明に透けている。黒い糸を引き抜こうとすると、その力は俺の左手にある真銀の環へ流れ込み、逆にフィーネを強く引き寄せた。『無駄だよ、如月遥人』閉ざされた扉の奥から、御厨統馬の声が聞こえる。『その少女は、始祖竜の心核から切り離された記憶の器だ。本来あるべき場所へ返しているだけで、私は何も傷つけていない。心臓へ戻れば一つの大きな存在として完成するのだから、喜ぶべきではないか』「本人が嫌がっているのに、一つへ戻すことを完成とは呼ばない」『幼い子供には、自分にとって何が幸福なのか分からない。大人が正しい道へ導く必要がある』「そう言って、何人の名前を奪った?」御厨統馬は答えなかった。言葉を理解する力を持ちながら、相手の言葉を聞くことをやめた男にとって、フィーネの意思など最初から答える価値のないものなのだろう。「遥人、環を切ります」リシアが立ち上がった。先ほどの衝撃で呼吸は乱れ、胸元を押さえる指も震えている。それでも、フィーネを見つめる金色の瞳には迷いがなかった。「私たちの真銀の環が、始祖竜を目覚めさせる鍵になっているのでしょう。ならば、婚約契約を解除し、二人の繋がりを断ちます」「待ってくれ。今切ったら、君の魂まで傷つくかもしれない」「フィーネが消えるのを見ているよりはましです」「どちらかを犠牲にする前提で話すな」「では、ほかに方法があるのですか!」リシアが声を荒らげた。「私だって、
last updateLast Updated : 2026-10-03
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第28話 「俺ごと殺せ」と勇者は笑った

第28話 「俺ごと殺せ」と勇者は笑った「断る」俺が即答すると、螺旋階段の底から乾いた笑い声が返ってきた。「お前なら、そう言うと思ったよ。誰かに死んでくれと頼まれて、素直にわかったと言えるような奴じゃないもんな。けど、これは同情してほしくて言ってるんじゃない。俺が死ねば御厨統馬も消える。それが一番確実で、一番被害の少ない方法なんだ」「お前が何をしたのかも、御厨がどんな仕掛けを残しているのかも、まだ全部聞いてない。それなのに、一番確実だなんて言葉を信用できるか」「だったら下りてきて、自分の目で確かめろ。俺を見たら、お前だって考えが変わる」怜央の声が途切れると、螺旋階段の左右に青白い火が灯った。石段は地の底へ向かって果てしなく続いているように見えた。壁には竜族の古代文字と、人間の神聖文字、それに日本語の断片まで刻まれている。異なる時代に作られた術式を無理やり縫い合わせたらしく、近づくだけで頭の中へ何人もの囁き声が流れ込んできた。世界を救え。敵を倒せ。民を導け。選ばれた者として振る舞え。命令の一つ一つは短いが、それらが何百、何千と積み重なり、逃げ道のない物語を作っている。「遥人、この先へ進めば、おそらく御厨の本体に近づくことになる」リシアが俺の手を握ったまま言った。「先ほどの男は投影にすぎなかった。それでも帰還陣を操り、お前の父親にまで手を伸ばした。本体がどれほどの力を持っているか、私にも測れない」「怖いなら、ここで待っていてくれてもいい」「私が言いたいのは逆だ。危険だからこそ一人で行かせないと言っている。それともお前は、父親との約束を果たす前に死ぬつもりなのか」「それは困る。でも、婚約者を危険な場所へ連れていくのも、父親に叱られそうなんだよな」「ならば次に会ったとき、私から説明しよう。遥人殿がどうしてもついてきてほしいと泣いて頼むので、仕方なく同行しました、と」「初対面の挨拶を終えたばかりなのに、もう嘘を吹き込むつもりか」「私とお前の契
last updateLast Updated : 2026-10-05
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第29話 世界中が、俺の婚約者を殺しに来る

第29話 世界中が、俺の婚約者を殺しに来る世界中から向けられた殺意が、目に見えない濁流となって地下空洞へ流れ込んだ。人間の王国で祈りを捧げていた神官も、竜帝国の国境を守る兵士も、まだリシアの顔さえ知らない遠方の民も、御厨統馬の宣告を聞いた瞬間、魔王を倒すべき敵として認識させられた。その一つ一つは小さな感情にすぎない。しかし、何万、何十万という恐怖や憎悪が集まれば、それ自体が強大な魔力になる。リシアの胸に刻まれた黒い紋章が脈打ち、彼女の身体が大きく揺れた。「リシア!」俺が抱き留めると、腕の中の身体は氷のように冷たかった。銀白の髪が黒い魔力にあおられ、胸元から伸びた文字が首筋へ這い上がっている。文字が通った場所から鱗の色が濁り、黄金色だった瞳にも赤黒い光が混じり始めていた。「私から離れろ、遥人。この印は、私の近くにいる者まで敵と認識するつもりだ」「離れたら消えるのか」「消えないだろうな」「だったら離れる理由にならない」「お前は本当に、こういうときだけ話を聞かない男だな」リシアは俺を突き放そうとしたが、腕に力が入っていなかった。それでも魂語だけは、痛いほど鮮明に聞こえてくる。『怖い。身体の中へ知らない声が入ってくる。人間を殺せ、竜族を支配しろ、世界を焼けと囁いている。私はそんなことを望んでいないのに、このままでは自分が何を望んでいたのかまでわからなくなる』リシアの名前を覆う黒い文字は、彼女の意思まで魔王にふさわしいものへ書き換えようとしていた。俺は彼女の左手を取り、薬指に残る二本の銀線へ自分の指を重ねた。契約としての真銀の環は消えた。それでも、別々の人間が互いを選ぶと定めた二本の銀線は、俺とリシアの魂に残っている。「リシア・ヴァルドレイク。竜帝国第三皇女で、フィーネの姉代わりで、俺の婚約者だ。怒ると怖くて、意地を張ると長くて、甘い焼き菓子が好きなのを隠そうとして毎回失敗する女だ」「最後の情報は必要か?」「
last updateLast Updated : 2026-10-06
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第30話 婚約者を殺せという命令を、俺は訳し直した

第30話 婚約者を殺せという命令を、俺は訳し直した聖剣が、リシアの心臓へ向かって振り下ろされた。止めようとしても右腕は動かない。勇者となった者は、魔王を討たなければならない。黄金色の命令が筋肉だけでなく、神経や骨にまで食い込み、俺の意思とは関係なく剣を加速させていく。リシアは逃げなかった。刃が迫っているのに、俺へ差し出した左手を引こうともしない。黄金の瞳には恐怖があったが、それ以上に、俺への信頼があった。『遥人なら止める。もし止められなくても、最後まで私を私として見てくれる』その魂語を聞いた瞬間、胸の奥から怒りが込み上げた。俺が失敗しても受け入れるなど、勝手に決めるな。父と話したばかりなのに、今度は婚約者へ何も言えないまま別れるつもりなどない。剣を止められないなら、命令の意味を変える。御厨統馬が俺へ与えた命令は、「リシア・ヴァルドレイクを殺せ」ではなかった。魔王リシア・ヴァルドレイクを討て。魔王という言葉は、彼女が生まれたときから持っていた名前ではない。御厨が世界中の恐怖を集め、あとから無理やり貼りつけた役割だ。討つべき対象は、リシア本人ではなくてもいい。「万象通訳。命令の目的語を再解釈する」俺はリシアから目をそらさず、黄金色の文章へ自分の意思を差し込んだ。「俺が討つのはリシア・ヴァルドレイクではない。この女に押しつけられた、魔王という役割だけだ!」聖剣がリシアの胸へ突き刺さった。広場から悲鳴が上がり、フィーネが俺たちの名前を叫ぶ。しかし、銀色の刃はリシアの身体を傷つけていなかった。剣先は胸元の黒い紋章へ沈み込み、その下にある服にも肌にも触れず、魔王という意味だけを貫いている。リシアは苦痛に顔を歪めたが、俺の手を離さなかった。「ずいぶん乱暴な助け方だな。あと少し解釈を間違えていたら、本当に私の心臓を貫いていたぞ」「俺だって好きでやったわけじゃない。文句なら御厨に言って
last updateLast Updated : 2026-10-07
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