第31話 婚約を解消すると彼女は告げた『今度こそ、私が遥人を捨てなければならない』リシアの魂語は、驚くほど静かだった。泣き叫ぶ声よりも、その静けさのほうが怖かった。彼女は迷いを消したのではない。迷ってしまえば決断できなくなるから、自分の感情を切り捨てようとしている。俺が握った左手は冷たく、二本の銀線も弱々しく明滅していた。「一時間以内に皇都へ行き、俺との真銀の環を断ち切るつもりか」俺が尋ねると、リシアはわずかに眉を動かした。「人の考えを勝手に聞くなと、以前にも言ったはずだ」「聞きたくて聞いたわけじゃない。それに、口に出さず一人で決めようとするから、魂語を聞くしかないんだ」「ならば、いま口に出して伝える。遥人、私たちの婚約を解消する」広場に残っていたざわめきが消えた。処刑台の上にいるカナタも、怜央を支えていたロランも、俺たちを見つめている。リシアは俺の手を振りほどき、鐘の操作盤へ歩み寄った。魔王の印に侵食された身体は、まだ本来の力を取り戻していない。それでも背筋を伸ばし、竜帝国の皇女として、世界中へ届く声で宣言した。「竜帝国第三皇女リシア・ヴァルドレイクは、如月遥人との婚約を、この場をもって解消する。真銀の環を断ち、今後は互いの人生に干渉しない。これは私自身の意思であり、誰かに命じられたものではない」完璧に整えられた文章だった。皇族が正式な契約を解消するときの文言を使い、誰にも異議を挟ませない声で言い切っている。しかし、俺とリシアの薬指に残る銀線は消えなかった。二本の線は震えながらも、互いを選んだときの形を保っている。竜帝国皇都から届く、もう一人のアルベルトの声が低く笑った。『言葉だけでは不十分だ、リシア。真銀の環は、王家の契約書より正直だ。お前は婚約を解消すると口にしながら、心の中では人間を手放していない』「私が何を考えているかは関係ない。契約は言葉によって成立し、言葉によって解消される」『かつての偽装婚約ならば、
Last Updated : 2026-10-08 Read more