第二十一話 怪物に触れる許可「――エルアリア」 黒竜の口からこぼれた名が、地下牢の岩壁へ低く響いた。 聞き覚えのない名だった。けれど、胸に現れた金色の誓紋は、自分が呼ばれたことを疑う余地もないほど強く脈打っている。 エララは黒鉄の扉を背にしたまま、鎖につながれた竜を見つめた。「今、私を何と呼んだのですか」「エルアリア」「それは誰の名前です」「お前だ」 ケイルの声は、人の言葉を無理やり竜の喉から押し出したように低く歪んでいた。それでも彼の意思は残っている。意味のない唸りではなく、エララへ伝えようとして発せられた言葉だった。「私の名は、エララです。婚礼では、母から与えられた名も含めて、エララ・ルーナ・ヴェイルと申し上げました」「知っている」「では、エルアリアという名を、どこで知ったのですか。母の指輪に刻まれていたのでしょうか。それとも、竜族の記録に残っているのですか」「知らない」「知らないのに、私の名だと分かるのですか」「お前の血が、そう呼べと言った」 黒竜がわずかに頭を動かす。太い首へつながれた鎖が床を擦り、耳を塞ぎたくなるような金属音が響いた。 エララの身体は反射的に強張った。黒い鱗に覆われた竜は、立ち上がれば天井へ背が届くほど巨大で、前脚の爪だけでも人間の腕より長い。牙の隙間から漏れる炎が床の石を赤く焼き、呼吸をするたび、熱と血の匂いが押し寄せてくる。 怖くないはずがなかった。 婚礼で話したように、彼の中にケイルがいることは理解している。それでも、自分を一口で噛み砕ける生き物を前にして平然としていられるほど、人の本能は聞き分けがよくない。「震えている」 黒竜が言った。「はい。怖いので」「ならば、出ていけ」
Last Updated : 2026-10-01 Read more