第33話 治せないと答える勇気 母親の喉を締めつける黒い糸を指摘しても、セヴラン司教は驚かなかった。見えないものなど存在しないと笑うでもなく、エララの主張を認めるでもなく、ただ幼い子供をあやす大人のように、困ったものだという微笑を浮かべている。「誓約を解けとおっしゃいますが、そのようなものは結ばれておりません。もし本当に黒い糸が見えるのであれば、まずは皆にも分かる形で証明なさってはいかがですか。あなたにしか見えないものを理由に裁問を止めれば、どのような結果であっても言い逃れができてしまいます」「止めるとは申していません。ミリアさんの意思を確かめるまで、治療を始められないと言っているのです」「この母親は、娘を救ってほしいと何度も訴えています。それ以上、何を確かめる必要があるのでしょう」「言葉が本人の意思から出たものかどうかです。司教様には、ずいぶん理解しにくい違いのようですが」 エララが返すと、広場のあちこちから低いざわめきが起こった。観衆の一部はミリアが喉を押さえて苦しんだ姿を不審に思い始めていたが、それ以上に多かったのは、議論を続けるエララへの苛立ちだった。目の前では少女の呼吸が弱まり続けている。事情を知らない者にとって、母親に誓約があるかどうかは、大人同士が勝手に作った問題でしかない。「話している間にも、その子は死に近づいているんだぞ!」 最前列にいた中年の男が、人垣から半身を乗り出して怒鳴った。粗末な上着をまとい、日に焼けた頬には涙が伝っている。「俺の息子は五年前、流行り病で死んだ。助けられる者がいるなら、どんなやり方でも助けてほしかった。あんたたち偉い人間には面子も決まりも大事なんだろうが、親にとっては子供が息をしてくれることより大事なものなんかないんだ。違うか!」 その言葉には、見物人の無責任な残酷さだけでは片づけられない痛みがあった。エララは反論できなかった。息子を失った男にとって、慎重さは美徳ではなく、助けられなかった者が自分を慰めるために使う言い訳なのだろう。 別の場所からも声が上がった。「本物の聖女なら治してみせてよ!」「できないから時間
Last Updated : 2026-10-11 Read more