Todos los capítulos de 五年の贖罪婚を終わらせた日、愛だけはくれなかった御曹司は私を狂おしいほど求め始めた: Capítulo 11 - Capítulo 20

62 Capítulos

011話

 組み敷いた身体は、思いのほか薄く酷く頼りないものだった。 (ちゃんと食事を摂っているのか?)  薄い腹に柊也の手が触れた時、そういった心配が頭を過るも、柔らかい乳房に触れた瞬間にそんな気持ちは飛び散った。 「柔らかいな」  思わず、声に出してしまうほどの驚きがあった。 (この細さに、これだけのものが?)  柔らかさを堪能し、突起に指が触れた時、身体の下にいる雪乃の身体が小刻みに震えた――柊也の胸に妙な暗い歓喜が芽生える。 (嫌がっているくせに、身体は反応している)  急激に自分の身体が熱くなっていくのを感じた。雪乃の肌が冷た過ぎるから余計にそう感じるのだろうか。だが確かなことは、自身の股間が硬さを増しているという事実だった。  柊也はもう片方の手を雪乃のショーツへ忍ばせる。何もないなだらかな丘の奥へ、指先を進めようとしたその瞬間。  スーツの上着の胸ポケットで、携帯電話が激しく鳴った。  柊也は舌打ちを噛み殺し、雪乃の上から身体を退けて携帯電話を取り出す。  画面に表示されていた名前は、莉子だった。  柊也はベッドを降りて、携帯を耳にあてた。 「もしもし」 『もしもし……』  どこか力のない莉子の声に、柊也は眉を顰める。 『なんだか喉が痛くて。明日、大切な収録があるのに……』  申し訳なさそうな声音を聞いて、柊也は悲痛な表情を浮かべた。  莉子が苦しんでいる――助けてあげなければ。 「今から何か買ってそっちへ向かうよ」 『本当……?』  ぱっと明るくなった声のあと、莉子は少し遠慮がちに繋いだ。 『でも、いいの……? 奥さんとか……』 『奥さん』――という言葉に、柊也の背後にいる雪乃が急に存在感を増した。  だが、柊也は間髪いれずに言葉を続けた。 「大丈夫だ。すぐに行く」 『ありがとう。待ってるね』  電話を切った瞬間、後頭部にバサッと何かが当たった。  振り返ると、床の上にノートが落ちている。開かれたページには、歪んだ字が書き殴られていた。 『彼女に妻
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012話

 ドアレバーに手をかけたまま、柊也は暫く動かなかった。  シャワーの水音の向こうで、雪乃が泣いていることには気付いていた。だが――この扉を開けて、何をするつもりなのか。  慰めるつもりか?  機嫌が悪い彼女を宥めるのか?  いや――そもそも、何故自分は扉を開けようとしている?  自分自身に問い質してみても、答えは見つからなかった。  宙ぶらりんの疑問を捨てて、柊也はドアレバーから手を引いた。 「莉子が、喉が痛いらしいから様子を見に行く」  扉越しに、そう告げただけだった。  水音に紛れて、雪乃の耳にその声は届いているのだろうか――柊也は確かめようともしなかった。  扉の向こうで、雪乃は動きを止めていた。  爆弾低気圧で電車も止まっているような夜に、たった一人のアーティストの喉の調子を見るためだけに、大手プロダクションの社長自らが車を走らせる。  その滑稽さに、雪乃は乾いた笑いすら込み上げてこなかった。  声さえ出せれば、笑ってやりたかった。  これのどこが――「不倫していない」と言えるのだろう。怪我をした莉子を前に取り乱し、人前で抱き上げた彼の態度は、会社の商品に対するものではなかった。  明らかに、二人は男女の関係だ。そうでもなければ、説明できない。 (あの音声データさえあれば、離婚の理由になりえるのに)  足音が遠ざかっていく気配がした。  振り返ることも、扉を開けることもなく、柊也は行ってしまった。  雪乃はシャワーを止め、濡れた身体のままタイルの床にへたり込む。  水滴が、髪の先から幾筋も伝い落ちていった。  冷え切ったタイルの感触が、尻から這い上がってくる。まるで、この家そのものに拒まれているようだった。  喉の奥から、声にならない嗚咽だけが、いつまでも漏れ続けていた。 ※ 雨の叩きつける夜道を抜け、柊也は都心にある高級マンションへ向かった。  莉子のためにセキュリティが高いマンションを柊也が買い与えた。 「いちアーティストにマンションを与えることは、マスコミに知られたらスキャンダルになるから困ります」  と、田迎から苦言を呈されたが、 「過激ファンがどこに潜んでいるか分からない」 「雪乃のように、怪我を負わせないため」  そう言って――柊也は押し通した。  莉子以外の女性には
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013話

   ※ ※ ※ 解禁前の大作ドラマを控え、表立った活動を抑えられている海原は、桐生エンタテインメントの非常階段の踊り場にいた。  コンクリートの壁に背を預け、台本を開きながら両耳にイヤホンを差し込む。流れてくるのは幼い頃に施設で聴いた、あの暖かく優しいピアノの音色だった。  幼少期、施設に慰問として訪れた音楽家たちが順番に演奏を披露した日があった。  最後に聴こえてきたのが、このピアノだった。  当時、高熱を出して部屋で寝込んでいた海原は、直接その演奏を見ることはできなかった。けれど、遠くから聞こえてくる暖かな音が、心細さと熱に魘される身体をそっと包み込んでくれた。強く、心に焼きついた音色だった。  今でも、その音だけは不思議なくらい鮮明に思い出せる。  熱が下がり、先生に誰が弾いていたのか訊ねても、誰も演奏者の名前を把握していなかった。結局、手元に残ったのは録音された音源だけだった。  その日から今日まで、落ち込んだ日や集中したい時には、必ずこの音源を聴くのが海原の習慣になっていた。  音の世界に浸りながら文字を追っていたその時――突如、右耳のイヤホンが外された。 「こういうのが趣味なの?」  顔を上げると、莉子が奪い取ったイヤホンを自分の耳に差し込んでいた。 「やめろよ。聴いてると落ち着くんだよ」  海原は眉を顰め、莉子の耳からイヤホンを奪い返す。  莉子はクラシックなど毛頭興味がない様子で、つまらなさそうに肩を竦めた。  海原は右耳にイヤホンを差し直そうとした。  だが、莉子が笑みを浮かべ、すぐ目と鼻の先まで顔を寄せてくる。その煩わしさに、海原は音楽を聴くのを諦め、溜め息まじりに携帯の停止ボタンを押した。 「今年の九月に特番があるんだけど、私と海原君が司会だって。頑張ろうね」 「マネージャーからは何も聞いてないけど」 「だってまだ極秘だもん。あ、私から聞いたって内緒ね」 「解禁前の情報は、軽々に口に出さないほうがいいんじゃないの?」 「何言ってるの。私たちしかいないんだから、大丈夫に決まってるじゃない――
last updateÚltima actualización : 2026-09-06
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014話

 ※ ※ ※    あの日以来、柊也は帰ってこなかった。  連絡のひとつもなく、ただただ静かな時間だけが過ぎていく。月が替わり、世の中はゴールデンウィークの華やいだ空気に包まれていた。  クローゼットの奥には、あの日詰めた二つのキャリーバッグが静かに佇んでいる。  荷物はまとめた。だが、雪乃の足はそこから一歩も前に進んでいなかった。  皮肉にも、柊也の言った通りだった。実家はなく、頼れる親友も結婚して遠くにいる。声も出ず、行き場所などどこにもなかった。  夫から生活費として渡され、使わずに貯まっていた金はある。けれど、その金に手を付けることは「まだ彼に依存し、自立できていない証拠」のように思えて、使うことすら躊躇われた。  一人きりの重苦しい部屋で、雪乃は静寂に耐えかねる。  かつて孤独を紛らわせるために聴いていたのは、結婚記念日に柊也から贈られたオルゴールだった。  だが、あの優しい音色が莉子が作った曲だと知ってから、一度もネジを巻いていない。かつて心を癒やしてくれたはずの存在は、今や胸を抉る刃に変わっていた。  テレビをつけることすら、恐怖だった。  柊也の会社が総力を挙げて推している莉子は、連日のように歌番組とバラエティ番組へ出演し、あのオルゴールの原曲たちを嬉々として披露している。  大好きだった音楽番組すら、見るのをやめた。  自分の大切にしていた記憶も、心を満たしていた音楽も、全てあの女に奪われていく感覚が雪乃を苛んだ。  リビングに行けば、忌まわしいオルゴールと、布で覆われているのに存在感がある彼がいる。雪乃は二階の寝室にいるしかなかった。  本も読み終わってしまい、暇つぶしの携帯ゲームのパズルを左手で操作する。  画面の上に敷き詰められた、愛らしい丸いキャラクターたち。同じ種類の顔を、怪我をしていない左手の指先でなぞり、三つ以上繋げては消していく。  ポン、ポンと軽快な効果音が弾け、スコアが加算されていく。だが、そこに達成感も楽しさもない。ただ思考を停止させ、時間を浪費するためだけの単純作業だった。  頭を空っぽにして、機械的に画面の上で
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015話

  ※ 久々に足を踏み入れた母校のキャンパスは、創立記念イベントの熱気に包まれていた。 キャンパスの屋外には模擬店や出店が並び、賑やかさがあった。 雪乃は人混みを避け、講堂の屋内音楽ホールへと急いだ。扉を開けてホール内へ入ると同時に、照明が落ちる。間一髪、湊たちのバンド『パレイドリア』のステージが始まるところだった。 数ヶ月前、カフェで湊に片耳へ差し込まれたイヤホン。あの小さなスピーカーから鼓膜へ直接送り込まれていたデモ音源とは、まるで違っていた。 イヤホン越しに聴いた音は、どこか整えられた「録音」に過ぎなかった。 だが、今目の前で鳴り響いているのは、空気を、床を、そして雪乃の皮膚を直接震わせる本物の波だった。 ホールならではの音響設備から繰り出される重低音が、お腹の奥に響く。 誰もが息を呑んで、音楽に聴き入っていた。 湊が鳴らすギターの歪み、ドラムの残響、ボーカルの吐息までもが、空間の空気そのものを熱く塗り替えていく。 あのとき左耳の奥だけで鳴っていた脈打つようなハイトーンが、今はホール全体を飲み込み、雪乃の全身を容赦なく締めつけてきた。 不完全なまま終わっていく愛と夢を歌ったそれは、単なる「失恋」だけでも、単なる「夢を諦める話」だけでもなく、「隣にいたあなた」と「追いかけていた夢」を同じ熱量で失いかけている男性の叫びの曲だった。 生の音圧に晒された瞬間、胸の奥に押し込めていた感情が決壊する。 隣にいた大切な存在は、結局は偽物だった。そして、追いかけていた夢は願っても二度と手に入らない。それが分かっていながら、「もう諦める」と決めておきながら、指先には未練と狂おしいほどの情熱が残っている。諦めようとしているのに、身体が音楽を覚えている――この歪みを、私は五年経っても消化しきれていない。 離婚したいと切望しているはずなのに。彼の言動にいちいち傷つき、溢れる涙を止められないのは、胸の奥底に彼への未練や愛の残滓が、まだこびりついているからではないか。絶望と同時に湧き上がるその滑稽な答えが、いっそ胸を苦
last updateÚltima actualización : 2026-09-07
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016話

「それって、雪乃自身はどうでもいいってことじゃないの?」「違います! そういう意味じゃなくてっ!」 手振り身振りを交えて慌てふためく湊の姿に、雪乃は思わず頬を緩めた。 その笑顔に引き寄せられるように、湊が雪乃を真っ直ぐに見つめる。「悪い意味じゃなくて……百地先輩の音楽への才能は無限で、俺よりも発想がすごくて。本当に憧れてるんです」「何慌ててんのよ」 凛が可笑しそうに口元を緩め、雪乃も小さく微笑み返した。 湊が自分の音楽をそこまで高く買ってくれていたのだと知り、胸の奥がじんわりと温かくなる。 ――けれど、次の瞬間。冷たい現実が雪乃の心を掠めた。 その才能を失ってしまった今の自分は、果たして彼の憧れに値するのだろうか。右手が動かず、二度と自由に鍵盤を叩けない自分に、一体何が残っているというのだろう。 急に影を落とした雪乃の表情に気づき、湊が戸惑ったように言葉を詰まらせる。 その異変を敏鋭に察した凛が、明るい声を張り上げた。「久しぶりに、大学の中を歩きましょうよ」 凛の提案で、三人はキャンパスの講堂へと向かった。 使い込まれた木製の椅子、独特の静けさ。昔と変わらない空間で当時の思い出話に花を咲かせていると、凛のバッグの中で携帯電話が静かに振動した。「ちょっと失礼」 画面を確認し、電話に出る凛。手短に二言三言かわすと、すぐに通話を切った。「ごめん、夫から呼び出し。行かなきゃ」 凛はバッグを肩にかけ直すと、雪乃の目を見つめた。「雪乃、さっき書いてくれた話だけど、ちゃんと夫に聞いておくから。また後で連絡するね」 親友の心強い言葉に、雪乃はしっかりと頷いた。 凛は二人にひらひらと手を振り、颯爽と講堂を去っていく。 取り残された雪乃と湊は、音楽室へと向かうことにした。 木造の廊下を歩いていると、天井のスピーカーから有線放送が流れてきた。莉子の歌う、あの十個目のオルゴールと同じ曲だ。 聴きたくなかった音楽が流れたものの、流石に湊の前
last updateÚltima actualización : 2026-09-08
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017話

  ※ タクシーが自宅の前に到着した瞬間、雪乃の胸が暗く沈んだ。 ガレージに黒塗りの車が停まっている。あの日以来、一度も姿を見せなかった柊也の車だった。 戻ってきたのか――パレイドリアの演奏を聴いて、凛と湊と笑い合った記憶だけで胸を満たしていた温かく楽しい余韻が、潮が引くように灰色の暗闇へ霞んでいく。 静まり返った玄関の扉を開ける。リビングにもキッチンにも柊也の姿はない。 二階にいるのだろうか。足を向けたくはなかった。けれど、ここで逃げ出しても顔を合わせなければ離婚の話の続きすら進まない。雪乃は意を決して階段を上り、寝室のドアを開けて明かりをつけた。 直後、雪乃は息を呑んで立ち尽くした。 目に入ったのは、クローゼットの奥に隠しておいたはずの、あの二つのキャリーバッグがベッドの上に転がっている光景だった。 心臓が嫌な跳ね方をして、雪乃は思わず胸元を押さえた。 驚きで固まっている雪乃の背後から、冷ややかな声が落ちてくる。「結婚している身で、他の男と楽しかったか?」 振り返ると、ドアの脇の影に柊也が立っていた。その瞳には、今まで見たこともない暗い怒りが激しく渦巻いている。今まで見たことがない柊也の態度に、雪乃は思わず後退った。「随分、親密そうだったな」 一歩下がると、彼も同じように距離を詰めてくる。自分よりも遥かに背が高い男に見下ろされ、雪乃は反射的にまた後ろに下がった。「あのバンドマンと親しいのか?」 湊のことを言っているのだと気付き、雪乃は急いでノートを取り出す。怪我をしていない左手で、急いで文字を走らせた。『大学時代の後輩』 ノートを突き出すが、柊也の冷ややかな眼光は緩まない。「それにしては親しいな。結婚している身で、男と親しそうにしているのは世間体が良くない」 その言い草に、雪乃の中で呆れと怒りが湧き上がる。再びペンを滑らせた。『自分はどうなの?』『莉子さんとは?』 自分は今日、湊と音楽の話をしただけだ。そこに一切やましいことはない。それなのに、何をどう捉え
last updateÚltima actualización : 2026-09-09
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018話

「桐生家の妻として、妻の自覚を持たせてやる」『やめ……』と口元を動かしても、声は出ない。恐怖で引き攣る雪乃の顔を見下ろしながら、柊也は逃げ場を塞ぐように両手を壁につき、そのまま体重をかけて組み敷いてきた。 押し潰されるような重圧の中、雪乃は両手で彼の胸元を強く突きのける。けれど、自由に動かない右手と、そもそも女の力では男の力に到底敵わない。柊也は雪乃の両手首を容易く片手で掴み上げ、頭の上へと力任せに押さえつけた。「……初めてだろ?」 耳元で低く呟く声。どこか優越感を孕んだ手つきで服を引き裂くと、形ばかり身をほぐそうと指を這わせてきた。 初めて触れられる感覚に、雪乃は痛みに顔を歪めた。痛みで声を上げたくても、喉からは空気しか漏れてこない。「……少しは素直になれよ」 耳元で落とされる低い声。 痛みしかないのに、何故そんなことを言うのか――私を見ていないからだ。 形ばかりの愛撫に、ナカが広げられ、雪乃は喉を詰まらせて身体を耐えるように丸くした。その反動で、意図せず指をきつく締め付けてしまう。「……ふっ、可愛いところもあるじゃないか」 耳元で柊也が歪んだ笑いを漏らす。 雪乃の手の自由を奪っていた柊也の片手が緩んだ。雪乃はすかさず彼の肩を強く押すが、やはり男の体はびくとも動かない。 柊也のもう片方の手が下半身へと降りていき、容赦なく敏感な場所に触れる。雪乃は声を出せないまま、必死に息を漏らして耐えた。 心がこれほど激しく拒絶しているのに、未知の感覚に生理現象で濡れてきてしまう。勝手に反応してしまう己の身体に、激しい自己嫌悪と恐怖が押し寄せた。 指先を抜き、雪乃を見下ろしたその表情には温度はなかった。「もうあのバンドマンに身体を許したか?」 理不尽な侮辱に、雪乃の中で苛立ちと怒りが込み上げてきて、反射的に右手を振り上げ、思いっきり柊也の頬を叩こうとする。けれど、その手はあっさりと空中で捕らえられた。「駄目だろ。右手が痛む」 柊也はまるで慈
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019話

 ※ ※ ※ 翌朝、柊也は会社の重要な会議があると言い残し、何事もなかったかのように家を出た。 本当に会議なのか、それとも莉子なのか――正直どちらでもよかった。一人残された雪乃は、心因性の激しい発熱によってそのまま意識を失うように寝込んだ。 数日後、ようやく目が覚めた時には全身が嫌な汗でぐっしょり濡れていた。 切り裂かれた服の残骸はいち早く処分され、惨状は跡形もなく消え去っていた。だが、どれほど部屋が整えられようと、あの一夜の記憶と身体に刻まれた痛みが消えるわけではない。 身体中に残る熱と、柊也に触れられた感触が数日経過しても粘つくように肌にこびりついて離れない。耐えがたい不快感に苛まれ、雪乃はフラつく足取りで立ち上がった。 雪乃は時間を知りたくて携帯を探すも、どこにも見当たらず焦りを募らせた。 時間を確かめるためだけではない。あの悪夢のような夜から何日が経過しているのかも分からないのだ。 ベッドの周辺を必死に探す。枕の下、サイドテーブルの引き出し、そして床に這いつくばってベッドの下まで覗き込んだが、どこにも見当たらなかった。 バッグに入ったままかも、そう思って化粧台に置いてあるバッグを漁るも携帯はなかった。しかも――あるはずのものが、この部屋にはなかった。ノートとペンだ。 部屋の隅に飛ばされたノートとペンは片付けられている。そして、バッグの中にも、部屋のどこにも見当たらなかった。(まさか、携帯電話とノートとペンまで没収された……?) そう脳裏を掠めるも、雪乃はすぐに撤回した。小さく頭を振る。(そんな、はずないわ) 今まで嫉妬の欠片すら見せなかった男だ。 莉子を想い続け、いまでは初恋の女性と平然と関係を重ねている人が、いきなりこんな行動を起こすなんておかしい。 何か別の思惑があるはずだ――そう自分に言い聞かせても、背筋を這い上がる不気味な寒気は消えなかった。 時間を確かめることも、外部に助けを求めることもできない。ノートとペンもなければ、意思疎通さえできない。 携帯電話とノートとペンを奪われ、完全に孤立さ
last updateÚltima actualización : 2026-09-11
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020話

 見知らぬ男の鋭い眼光に射抜かれ、雪乃はあまりの圧迫感に戸惑い、その場に固まった。 スーツの上からでも分かる鍛えられた体躯は雪乃の二倍――否、三倍はある――そんな大男に見下ろされ、雪乃は子兎のように身震いした。「奥様、ダメです! そんなお姿で……っ!」 遅れて追いついてきた川本が焦った声を上げ、手にしていた長めのカーディガンを慌てて雪乃の肩へと羽織らせた。肌を覆い隠すように前を固く合わせられる。 その時、見知らぬ男の後ろからゆっくりと姿を現したのは、柊也だった。 何事もなかったかのように静かな歩調で歩み寄ってくると、にこやかに笑いながら視線を雪乃に向けた。「紹介しよう。黒木君だ」「黒木新太です。以後お見知りおきを」 と黒木は低い声で名乗り、綺麗な角度で頭を下げる。 戸惑いを隠せず、雪乃は頭を下げる黒木と柊也へ交互に忙しなく視線を動かした。 柊也が部下を雪乃に紹介したのは、今回が初めてだった。何か企んでいるのだろうか――雪乃はつい身構えてしまう。「黒木君を、今日から雪乃の二十四時間警護役として雇ったんだ。元警察官だし頼りになる存在だ」(……警護?) 柊也の口から出た言葉の意味を心中で反芻し、雪乃の胸の中に冷たい戦慄が走った。 そんなはずがない。自分を守るためなどという綺麗な名目であるはずがなかった。(警護じゃない……監視だ) 今後、この黒木という男が自分の行動を全て見張り、常に傍にいることになるのだと柊也は事もなげに言い放つ。 ふざけないで。こんなの異常だ。どうして私をそこまで追い詰めるの――叫びたくても、手元にはノートもペンもない。伝えたい言葉はすべて喉の奥で虚しく潰れ、何一つ訴えかけることができなかった。 ただ呆然と立ち尽くす雪乃の隙を突くように、柊也が一歩距離を詰めてくる。 冷たい手先が、川本に羽織らせてもらったカーディガンの隙間へとすっと滑り込んできた。「……それにしても、どうしてこん
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