紗月は弁当を取り出しかけて、指輪に引っかかった袖口を外した。昨日、区役所に行ってから、つい手元に目がいく。内側に刻んだ『まず、尋ねる』は見えなくても、その言葉を選びながら蓮司と話したことは、はっきり覚えていた。「社長、お祝いは昨日の花束で済ませましたので、今日はさっそく仕事の話に入りますね」「ありがとう、真帆。そのほうが私も落ち着くわ」コーヒーを置いた真帆が、弁当をのぞき込んだ。りんごの隣のゆで卵に、殻が残っている。「これは、わざと残してあるんですか?」「むいている途中で、湊の靴を探しに行ったんだって」玄関で弁当を渡してくれた蓮司も、卵まで確認できなかったと言っていた。紗月は残った殻をティッシュに包み、タブレットをつけた。午前10時には、星陵グループの室長、鷹宮詩乃(たかみや しの)との初めてのコンセプト打ち合わせが入っていた。相手は黒瀬物産の常務、黒瀬貴臣(くろせ たかおみ)。来月末に予定された式の資料は、最初のページから両家の秘書室の連絡先で埋まっている。「予算の上限はまだ決まっていません。ただ、招待客800人と花の種類は、もう両家で決めて送ってきました」「花嫁さんの回答は?」「ありません。質問票も、お母様の秘書の方からです」添付写真をめくった。希望する雰囲気を尋ねた欄には、ホテルの完成予想図。好きな音楽の欄には、『両家協議のうえ連絡』とある。「ご本人は、これを見たのかしら」「それも確認できていません」そのとき、社長室の電話が鳴った。受話器を取った真帆が、口の動きで名前を伝えてくる。鷹宮詩乃だった。「ルミエールの一ノ瀬紗月です」返事の代わりに、荒い息遣いが聞こえた。紗月は画面から手を離し、受話器を持ち直した。「鷹宮様、今、お話ししても大丈夫ですか?」「はい。ひとりです」「どうぞ。お聞きします」詩乃が次の言葉を口にするまで、しばらくかかった。「あの結婚式に……私は、いないといけませんか?」紗月はメモを取ろうとして
Terakhir Diperbarui : 2026-10-12 Baca selengkapnya