All Chapters of 元夫の結婚式を、私が担当することになりました: Chapter 161 - Chapter 170

170 Chapters

第161話 3,000万円の重み

「奈緒さんから、写真の公開範囲についてお返事が来ました。娘さんの顔が写るものは除いて、ドレスと花飾りの写真だけなら使ってよいそうです」月曜の会議で、杏奈が報告した。紗月はお礼を伝えるよう頼み、続いて真帆に、現場の精算で残っている問題がないか尋ねた。真帆はタブレットを見ていて、少し遅れて顔を上げた。「あ、はい。ありません。追加人員の費用の、最終領収書を待つだけです」「じゃあ、午後に一緒に確認しよう」真帆は画面へ目を戻した。今回も、自分が現場で決めた費用を、社長と改めて確認する仕事が残った。いつからか、業者も真帆が金額を伝えると、最後に必ず尋ねるようになった。『一ノ瀬社長の決裁は、下りているんですよね?』そのひと言のために、同じ電話を2度する日も多かった。いつものことだと思っていたのに、他社の提案書を読んでから、どうしても引っかかる。会議が終わると、紗月が真帆を呼んだ。「顔色がよくないね。今日は早く帰って。残りは私が見るから」「大丈夫です。お昼に外で1件、打ち合わせに行ってきます」「病院なら、午後の予定も空けていいよ。今週は少し休んで」本当に心配してくれていた。だからこそ、話しづらい。疲れているのは確かだったが、休んで戻れば解決することばかりではなかった。「戻ってから、お話しします」真帆はバッグを持った。社長室へ入る紗月の背を見つめ、そのままエレベーターに乗った。***昼12時30分。西麻布のレストランの奥の個室で、御堂英嗣が待っていた。アペリオ・インターナショナルのアジア統括副会長だった。立ち上がり、真帆へ手を差し出す。「お越しいただき、ありがとうございます。どうぞ、楽にしてください」まずメニューを渡された。真帆は注文を終えると、バッグから提案書を取り出した。「条件をもう少し詳しく伺いたくて来ました。入社するとお答えしたわけではありません」「承知しています。今日は、十分に聞いてください」御堂が年俸の項目を開いた。3,000万円という数字が目に入る。
last updateLast Updated : 2026-10-28
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第162話 言えないままの言葉

「桐生社長とも、お知り合いなんですね」御堂の言葉に、真帆はうなずいた。彼はそれ以上言わず、食事を勧めた。真帆は何口か食べたものの、味がよくわからなかった。蓮司は何も聞かなかった。机の文書へ、少し目を留めただけだ。それなのに、自分が話す前に紗月に知られるのではないかと、気になった。打ち合わせを終える際、御堂が言った。「お返事を急いでいただく必要はありません。ただ、今月中にはチームの編成を始めたいので」「まず、職務範囲の書かれた文書をお送りください。読んでからお答えします」もう少し時間が欲しいと伝えた。現場で業者に期限を示すようにはっきり言えたのに、レストランを出てからは、スマートフォンを握ったまま、しばらく立ち尽くした。***午後3時、会社へ戻ると、紗月がバインダーを持ってきた。「真帆、ヘリテージ文化財団から連絡があったよ。雲栖邸の夜の婚礼を、正式にお願いしたいそうなの」文京区の古い邸宅で行う式だった。財団理事長の長男が新郎になる。管理者の定める施設保護の条件と、ゲストの動線を両立させなければならなかった。「前に検討した、格子と障子を照明で見せる方向で、初稿を考えてみない? 真帆にメインを任せたいんだけど」真帆が顔を上げた。紗月は、レストランのことを知っているようには見えなかった。「まず、管理条件を確認し直します」「お願い。ご両親は、和紙の風合いがお好きなんだって」真帆は午後いっぱい資料を読み、大まかな配置案を作った。昔ながらの建具の線を生かし、設置には独立した構造を使う。まだ現場確認前なので、図面の隅には疑問符がいくつも残っていた。通りかかった紗月が画面を見た。「ここの軒下には、どうやって掛けるつもり?」「既存の木材には固定せず、こちらの独立した支柱を検討しています。ただ、管理事務所が認める位置が――」「そこはゲストの通路と重なりそう。このほうへ逃がしたほうがいいね」紗月が椅子を寄せ、ペンを取った。真帆は、まだ説明できていない別案を見ていた。その上に先に、紗月の
last updateLast Updated : 2026-10-28
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第163話 リーダーの見落とし

帰宅した紗月は、コートを脱ぎながら蓮司に尋ねた。「スタッフに任せると言っておいて、最後は私が全部直すなら……任せたことには、ならないんでしょうね」蓮司は掛けかけていたジャケットを下ろした。「なぜ直したかによると思う。危険なものを、そのままにはできないから」「でも、直すべき理由だけ伝えて、もう一度考えてもらうこともできました。今日は、説明が終わる前に私がペンを取ったんです」紗月がソファへ座ると、蓮司も隣へ座り、話を待った。「自分でやるほうが早いから、そうしたんです。初めてではありません」「早かったとは思う。でも、次も君がやることになる」紗月はスマートフォンを置いた。何かが起きれば、まず頼る相手が真帆だった。なのに、決める段階になると、紗月が再び前へ出た。「それで、真帆が忙しそうなら、休暇を取ってと言っていたんですね」「休暇も必要だよ。ただ、働く立場を変えることとは別で」蓮司が肩に手を置いた。紗月はその手をつかんだ。「今日は、正解を教えてくれないんですね」「宮瀬さんが答えることを俺が決めたら、また同じになるだろう?」紗月が小さく笑う。蓮司は彼女の指を一度握り、離した。「わかっていても、直すのは難しいですね」「今日わかったなら、明日聞けばいい。彼女が何を望んでいるのか」湊を寝かせたあと、紗月は書斎で過去のイベント資料を開いた。美咲のドレスのフィッティング予約や見積もり調整、奈緒一家の入退場計画。蒼葉紡績でのイベントから積み重なった、業者ごとの記録もあった。文書を作った人は違っても、対外的な成果物には社長の名前が最も大きく残った。真帆の名前が入る作業記録と、顧客に送った最終版を並べる。ドアから蓮司が尋ねた。「もう少し見る?」「10分だけ」「じゃあ、10分後にお茶を持ってくる」紗月は笑ってうなずいた。代わりに直してもらわなくても、そばにいてくれるだけで、ため息は少し減った。***
last updateLast Updated : 2026-10-29
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第164話 あなたの名前で進める仕事

紗月は、退職願の封筒を自分へ引き寄せなかった。「そんなふうに感じさせて、ごめんね」真帆の唇が少し開いた。紗月は昨日の雲栖邸の配置案を映した。自分の引いた線の下に、真帆が検討した印が残っていた。「こっちの代案も、説明しようとしていたよね。私が、現場を見てからにしようって止めた」「はい」「通路が狭いとは、言うべきだった。でも、どう変えるかまで、私が取り上げる必要はなかった」紗月は画面を彼女へ向けた。「私が仕事をしやすいやり方は、真帆にもいいと思っていた。私の思い違いだったね」真帆は言葉を選び、少しうつむいた。「私を困らせようとしていたんじゃないことは、わかっています」「真帆がそう理解してくれることと、私が変わることは別だから」紗月は雲栖邸の契約資料を持ってきた。予算は1,500万円、予定人数は300名。施設保護と夜間の運営条件は、管理担当者とさらに確認する必要があった。「このプロジェクトを、真帆に担当してほしい。今回は、名前だけの担当者ではなくて、本当の総括として」真帆の表情が慎重になった。「退職しなければ、任せていただけるということですか?」「ううん。そうやって引き止めたくはない。退職の日程は、別に話そう。担当する気持ちになれなければ、断ってもいい」紗月は白紙を広げた。「引き受けるなら、最初に範囲を決めよう。予算の中で、デザインも業者も現場運営も、真帆が決めて。私の好みと違うという理由では、覆さない」「安全や、契約の問題は?」「そこは会社として一緒に検討する。私が現場から離れても、責任までなくなるわけではないから」真帆が紙を引き寄せる。紗月は話を止め、ペンを渡した。真帆が自分で項目を書き始めた。見積もり変更の上限。顧客の承認手順。協力業者へ伝える専決範囲。本番前の安全確認。「見積もりが変わるたびに、社長へ説明し直すなら、結局同じになります」「金額の上限を決めて、その範囲なら報告だけで進めよう。超える場合は、なぜ必要なのか一緒に検
last updateLast Updated : 2026-10-29
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第165話 初めて、自分の足で

水曜の会議の最初の報告者は、真帆だった。協力業者へ知らせる連絡体制と、予算の専決範囲を説明した。紗月も出席したが、途中で代わりに答えることはなかった。「業者から社長の確認を求められたら、私へつないでください。承認範囲を超える問題は、私が社長と相談して回答します」杏奈が担当表に真帆の名前を書いた。現場の問い合わせと顧客の変更依頼が、別々の場所へ散らばらずに済むようになった。翌日の雲栖邸の点検で、最初の修正を求められた。庭に置く予定の照明の台座の一部が、木の根の保護区域と重なっていた。古い木材にもたせて固定する方法も、認められなかった。「芝生が踏まれることだけが問題ではありません。設営と撤去で、機材が通る経路も一緒に見てください」管理担当者の説明に、真帆は図面を畳まず、印を書き込んだ。使える区域から改めて確かめる。杏奈はゲスト用の通路を歩き、機材の移動範囲を別に記録した。「この配置だと、前の灯籠をかなり減らさないといけませんね」杏奈に言われ、真帆がうなずいた。「数を守るところから始めては、だめだね。設置できる位置を先に決めよう」会社へ戻ると、真帆は社長室の前で少し止まった。以前ならノックをし、どの方向にすればいいか聞いただろう。今回は、今日わかった制限と検討し直す案をまとめ、共有した。紗月の返事は短かった。【確認したよ。必要な外部検討の費用は、予算内で進めて。追加になるなら教えてね】読んだ真帆は、照明担当者へ電話をかけた。***和紙工房には、大きさの違う灯籠が掛けられていた。真帆は紙の厚さと光の色を変え、影がどう生まれるかを1つずつ見た。隣では施工担当者が、設置位置と機材の重さを確認している。思い描くのは、庭の上に小さな光が散る景色だった。だからといって、古い木や軒に勝手に下げることはできない。担当者たちは、許可された区域に独立した支持構造を置く案を、分けて検討した。「柱が見えると、演出の雰囲気が崩れませんか?」業者に問われ、真帆は絵を見直した。「隠そうとして布を足すと、かえって重
last updateLast Updated : 2026-10-30
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第166話 雲行きが変わるとき

木曜の午前10時。真帆が会議室へ入ると、杏奈が衣装の納品表を開いた。雲栖邸の婚礼は2日後だった。真帆は施設担当者から受け取った雨天時の2案を、その横へ置いた。「大広間に入れるのは50名までです。ほかの方は、財団の宴会室を使えると確認できました。午後、ご両親と最終決定します」「灯籠は?」「120個すべては使えないかもしれません。屋内の配置から見直します。衣装は、予定どおり届きますか?」杏奈が確認の印を付けた。「今日の午後2時です。新郎新婦の2着と、両家のお母様の2着。絹彩堂からは、今朝も車に積むと連絡がありました」そこへ、御堂英嗣から着信した。真帆は少し迷い、廊下へ出た。「プロジェクトが終わってから、ご連絡するお約束でしたが」「その前に確認したいことがありまして。宮瀬さんが転職しないという噂を聞いたんです」「まだ、どちらにも最終的な返事はしていません」「一ノ瀬社長に仕事を任されて、お考えが変わったのでしょうか」真帆はガラスのドア越しに、納品時間を記す杏奈を見た。「ご提案の条件に関するお話でなければ、後ほどにさせてください」「責任だけ押し付けられていないか、見極めたほうがいいですよ。衣装からつまずいたとき、誰が出てきてくれるのかも」電話が切れた。真帆は最後の言葉を書き留め、会議室へ戻った。杏奈が受話器を置けずに、こちらを見ていた。「真帆さん、絹彩堂が、納品できないそうです」電話を代わると、先方はアペリオと新たに結んだ独占供給契約のため、出荷が止まったと説明した。契約金に上乗せして返すとも言った。「すでに仮合わせをした衣装です。既存の注文も出せないということですか?」「本社から、そう通達されました。うちも違約金が1億円だと言われていまして」「それは、そちらの2社間の契約です。私たちの注文を取り消す理由と、責任者のお名前をメールで送ってください。お客様へ説明しなければなりません」担当者が答えに詰まった。真帆は通話時刻と聞いた内容を読み返し、違っているところがあればすぐに知らせるよう頼ん
last updateLast Updated : 2026-10-30
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第167話 詩乃の絹、真帆の決断

詩乃が持ってきた衣装は、まだ完成品ではなかった。仮縫いの糸が残り、裾の長い色打掛と、畳んで保管していた藍色の羽織袴が作業台に並んだ。一緒に来た和裁師が、まず袖を広げた。「花嫁様の身長なら、丈をこの分だけ調整しましょう。今日合わせて、明日仕上げれば間に合います。装飾まで新しく加えるのは、難しいですが」真帆は時間を書き留めた。杏奈は両家の母親の貸衣装の写真を受け取り、比べていた。詩乃は写真の寸法と持参した生地を並べ、袖口へ合わせる色から選んだ。「お母様方の衣装は、提携店から金曜に受け取れます。新郎新婦の衣装と、色が重ならないか見てください」詩乃が写真に生地を添えた。「この黄色は、照明の下で濃く見えます。淡いほうがよさそうですが、まず着る方に見ていただきましょう」午後の相談には、花嫁と九条理事長が一緒に来た。真帆は絹彩堂の取り消しメールと、元の注文書から見せた。理事長が納品日に線を引き、顔を上げた。「予定していた衣装をご用意できず、申し訳ありません。こちらは代わりの案です。お気に召さなければ、ほかの貸衣装も引き続き確認します」理事長が、畳んだ衣装をめくった。「最初に合わせたものとは、ずいぶん違うわね。写真も全部、見直さないと」「はい。ここで実際に着てから、お決めください。変更になる費用も、別に書きました」花嫁が珊瑚色の打掛の襟に触れた。詩乃は持っていたピンを置き、十分に見てもらうまで待った。「こちらも、今回新しく染めたんですか?」「これは、以前に染めていた生地を使っています。藍色の羽織と並ぶと、お顔の辺りが明るく見えるんです。本番の照明でも、ご覧になりますか?」杏奈が灯籠に使う明かりをつけた。花嫁は鏡の前で腕を上げ、椅子にも座ってみた。袖が手にかぶさると、和裁師が直す位置にピンを打った。「私、こちらのほうが楽です。前のものは、座ると首が引っ張られたので」理事長は何か言いかけて、花嫁を見た。「本当に、これでいい? 急いでいるから、選ぶわけではないのね?」「はい。これを着たいです」真
last updateLast Updated : 2026-10-31
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第168話 雨の雲栖邸

「つまり、うちのお客様には、画面で見ていただくということ?」九条理事長が、2枚の配置図の間へ手を置いた。金曜の午後、雲栖邸の管理室で、新郎新婦と両家の親が雨天案を確認していた。午前に電話で説明を受けた理事長は、決める前に現物を見たいと言っていた。真帆は邸宅の大広間の写真を向けた。「大広間は50名までです。近いご家族だけこちらへ入り、ほかの方は財団の宴会室からご覧になる案もあります。ただ、お2人は、ゲストを分けたくないとのことでした」新郎が母を見た。「僕たちだけ邸宅で写真を撮って、式は皆さんと一緒に、ではだめですか?」「ここまで準備したのに、もったいないでしょう」真帆は屋外の設営担当者に確認した内容を伝えた。庭に掛けた装飾は残し、雨よけの布だけ足す案は採らない。すでに運び出した機材と、屋内へ移す備品を、写真で分けて見せた。「ゲスト席を雨風にさらしたまま、予定どおりには進められません。場所が変わるのは残念ですが、衣装を着て、無理なく動いていらっしゃる姿を残せます」花嫁が、宴会室の写真を近づけた。「この窓から、邸宅は見えますか?」「はい。座る方向を変えると、後ろに見えます」「では、私は、こちらがいいです。親族の席を分けたくありません」理事長はしばらく答えなかった。真帆は急かさず、変わる出入口と駐車場の案内を脇へ置いた。やがて、理事長がペンを持った。「知らない方は、邸宅の正面に来るでしょう。必ず、人を立たせてください」「はい。到着された方も、すぐにご案内します」承認を得た真帆は、両家の連絡担当者へ変更案内を送った。車80台の進入を分散させ、移動の難しいゲストには、宴会室近くで降りてもらう。杏奈は名札付きの衣装から、屋内の控室へ移した。花嫁は最後の仮合わせを済ませた着物で、新しい入場経路を歩いてみた。角を曲がると、裾が椅子に触れる。杏奈が椅子を引こうとしたが、真帆は背後の通路も確認した。前を広げるために、後ろをふさぐわけにはいかない。「花飾りを少し内側へ寄せましょう。椅子は、そのままで」
last updateLast Updated : 2026-10-31
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第169話 任された現場の答え

挙式が終わると、九条理事長が真帆を呼んだ。祝辞の途中でマイクを受け取ったが、長くは話さなかった。「本日は会場変更で、ご不便をおかけしたかと思います。ご協力いただき、ありがとうございました。準備を担当してくださった宮瀬真帆ディレクターと、スタッフの皆様にも、お礼申し上げます」拍手が起きた。前へ呼ばれた真帆は、頭を下げた。手にはまだ、次の手順が書かれた進行表を持っていた。「衣装をご用意くださった方々と、施設の皆様にも、大変お力添えいただきました。お食事は、ご案内したお席で、どうぞごゆっくりお楽しみください」杏奈が笑い、親指を立てた。隣へ戻った真帆が小声で尋ねる。「短すぎましたか?」「よかったです。料理が出てくるのに、私だって長い挨拶は聞きたくありません」2人は並んで披露宴の入口へ向かった。通りかかった花嫁が、真帆の手を握った。「さっき母が言っていました。次も、宮瀬さんにお願いしないとって」「次は、雨の降らない日だとうれしいですね」「私たちは、旅行から戻ったら写真をお送りします」花嫁は取り忘れた小さな花飾りを取り、新郎に渡した。2人が座ってから、真帆はようやく無線を少し切った。肩を回すと、首がきしむように痛かった。***屋外駐車場にいた御堂英嗣が、蓮司へ声をかけた。雨の中で出口を探していた蓮司が足を止める。「桐生社長も、いらしていたんですね。奥様の部下のイベントまで、お気にかけるとは思いませんでした」「今日は、招待されて来ました」「宮瀬さんは、いい仕事をしますね。私どもが大きなポストをご提案した理由も、おわかりでしょう」御堂に名刺を差し出され、蓮司は受け取って読んだ。だが、今後の提携の話はしなかった。「採用のお話は、ご本人となさってください。絹彩堂の納品取り消しは、別途確認しています」御堂の手がわずかに止まる。「協力会社の事情まで、すべて把握しているわけではありません」「では、ご存じの範囲でお答えいただければ。ここで争うことではありませんから、担当者からの連絡
last updateLast Updated : 2026-10-31
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第170話 影ではなく、パートナーに

月曜の午前10時。真帆は社長室に入り、紗月の向かいへ座った。雲栖邸の精算表と採用提案書は、別のファイルに入れてあった。「アペリオには、お断りすると返事をしました」紗月が読んでいた紙を置いた。「納品の問題があったから?」「それもありますが、条件を確認するほど、実際の権限が最初の説明と違っていました。地域統括といっても、人を採るにも予算を変えるにも、本社の承認が必要でした」「残ることを選んで、後悔するかもしれないよ」「そうかもしれません。だから、こちらの条件も最後まで確認したいんです」真帆が笑った。紗月も笑い、用意していた文書を差し出した。表紙には、副社長の職務と報酬の調整案、株式15%の譲渡に関する検討事項が、別々に並んでいた。真帆は株式の数字で止まった。「これを、今日すぐに決めるわけではありませんよね?」「うん。取得の方法と費用、退職するときの扱いも、専門家に相談しないと。報告書を読むつもりで、質問して」真帆が次のページをめくった。紗月は説明しかけ、待った。最初の質問は株式ではなく、人事の権限だった。「2本部の採用には、私が面接に参加して、最終案を出すんですね?」「うん。人件費の上限も一緒に決める」「現場を持ちながら採用も精算も全部見るなら、今より滞るかもしれません。共通の支援担当は必要です」紗月はメモした。副社長という名前だけ与えて、今の仕事に責任を積み上げる立場にはしたくなかった。2人は、紗月の1本部と真帆の2本部を分けつつ、会計や資材まで別々に抱え込まないことにした。顧客の割り当てが重なった場合の連絡順も記す。「チーム同士で売上を競って、必要な人を貸さないようになるのは、困りますね」「そうだね。本部別の費用も見るけれど、会社全体の損益も一緒に見ないと」「私が、社長の判断に反対したら?」紗月のペンが止まった。「その場で言って。お客様の前なら、まず答えを保留して、私たちで整理しよう。肩書を出して終わりにはしない」「私の意見も議事録に残したいです
last updateLast Updated : 2026-10-31
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