LOGIN結婚式を幸せに導くウェディングプランナーとして働く彼女のもとに、思いがけない依頼が舞い込む。新郎は、かつて愛し、そして離婚した元夫だった。過去の傷も未練も胸の奥にしまい、彼の再婚を完璧にプロデュースしようとする彼女。しかし、準備を重ねるほど、終わったはずの二人の想いと誤解が再び揺れ始める。切ない恋と後悔が交差する、大人の再会ラブストーリー。
View More広尾の路地に、けたたましい警察のサイレンと、救急車の赤い光が走った。蓮司を追って急行した桐生秘書室の警護チームと警察が、宗一郎に雇われた男たちを、その場で取り押さえた。だが、その騒ぎは何ひとつ、紗月の目には入らなかった。地面に倒れ、血を流す蓮司を抱きかかえ、全身を震わせて泣いていた。真っ白だったシャツは、すでに暗い赤に染まり、脈も呼吸も、今にも途切れそうに弱かった。「蓮司……! お願い、目を開けて! 蓮司!」氷のようだった声が、抑えようもなく崩れ、悲鳴となった。薄れていく意識の中でも、蓮司は血のついた指を震わせ、紗月の涙を拭おうとした。「紗月……泣くな……湊は……湊は、けがしてないか……?」息も絶えそうな痛みの中で、ただ、彼女と子供の無事だけを尋ねる声。自らの命で罪を償おうとする、その痛ましい愛に、紗月の胸が引き裂かれた。「話さないで! お願い、しっかりして! お願い……!」救急隊が担架を持って駆け寄り、蓮司を乗せた。紗月は湊を強く抱き、救急車に同乗した。車内で、心電図モニターが鋭い警告音を鳴らした。心停止の危険が迫っていた。聖凛大学病院、救命救急センター。外傷蘇生室へ運ばれた蓮司の周囲で、救急医と脳神経外科の医療チームが、慌ただしく動いていた。「頭蓋骨骨折と脳出血、大量出血による循環血液量減少性ショックです! 緊急開頭術の準備と、血液の確保を!」担当医はカルテを確かめ、紗月に現在の状態を説明した。「緊急手術は、ご家族の同意を待たず、すぐに行います。血液型がO型のRhD陰性なので、血液センターと近隣の病院に支援を要請しています。手術中、大量の輸血が必要になる可能性もあります」その瞬間、紗月は数日前に見せられたDNA鑑定結果を思い出した。湊の新生児健康記録にも、同じ血液型が記されていた。血液型だけで親子を証明できるわけではない。それでも、紙の上の数字としてしか見ていなかったつながりが、血を失い横たわる蓮司を前に、残酷なほど生々しく迫ってきた。医事担当者に蓮司の個人情報と緊急連絡先を伝え、紗月は冷たい廊下の椅子に崩れ落ちて泣いた。手術室の扉が閉じ、「手術中」の赤い表示灯がついた。血に濡れたシャツの切れ端を胸に抱き、紗月は止めどなく涙を流した。遅れて病院に着いた悠真が、震える肩をそっと抱き、低く囁いた。「紗月……桐生蓮司は今
桐生グループ本社40階の大会議室。臨時取締役会の空気は、薄氷の上のように冷たく張り詰めていた。上座に陣取った第2位株主、宗一郎副会長が、傲慢な笑みで解任議案を振って見せた。「藤堂グループとの政略結婚を一方的に破棄し、数十億円の損失を出したうえ、株価を暴落させた。桐生蓮司代表取締役の解任を、正式に採決に付します」ざわめく取締役たちが、こぞって賛成に回ろうとした瞬間、扉が壊れそうな勢いで開いた。整ったスーツ姿の蓮司が現れ、ファイルをテーブルの中央へ投げるように置いた。「藤堂への違約金80億円は、私個人の資産で、すべて支払いを済ませています。桐生の法人に、1円の債務も損失も生じていません」冷たく威圧的な声が、会議室を制した。「そしてこちらは、桐生宗一郎副会長が過去3年間、海外のペーパーカンパニーを通して横領した、約40億円の伝票と他人名義の口座明細です。私を解任するか、それとも副会長を背任収賄の疑いで直ちに検察へ告発するか。取締役会でお決めください」宗一郎の顔が土色になり、全身が震えた。会議は、たちまち蓮司の掌中に収まった。だが、追い出されるように退出する宗一郎は、その脇を通り過ぎるとき、卑劣な笑みで囁いた。「会長の椅子を守れて、うれしいか、甥っ子よ。だが、今、広尾にいる、あのかわいい子は無事かな?」そのひと言で、蓮司の全身の血が冷えた。会議室を飛び出し、階段を駆け下りる。地下駐車場の専用車に乗り込み、広尾へ向かった。充血した目で前を見据え、ハンドルを握り潰しそうなほど握った。5年前、守れなかった妻と子の名を、血を吐くように繰り返した。――頼む……どうか、間に合ってくれ。今度だけは、命を捨ててでも守る。同じ頃、広尾。紗月の住む集合住宅の前の、静かな路地。通園バスを降りた湊の小さな手を握り、家へ歩いていた紗月の前に、ナンバープレートを隠した黒いワゴン車が、乱暴に割り込んだ。ドアが開き、人相の悪い男3人が鉄パイプを手に飛び降りた。湊へと、乱暴に腕を伸ばす。「ママ! うわあん!」湊が叫んだ。紗月は反射的に子供を抱き締め、全身を丸めてかばった。「その手を離しなさい! 誰か、助けて! 警察を呼んで!」必死に抵抗したが、屈強な男たちの力に、スーツが破れ、アスファルトへ叩きつけられた。男が鉄パイプを振り上げ、腕の中から湊を無理に引きはがそうとした
ルミエールの代表執務室の空気が、凍りついていた。紗月は差し出された信託契約書を指先で押し戻し、冷たく、きっぱりと言った。「ルミエールは、湊を守るために、私が5年かけて、血と汗を流して築いた会社です。安っぽい罪悪感に包んだ、同情まじりの保護なんて、ほんの少しも必要ありません」ぬくもりを一切許さない拒絶だった。それでも蓮司は、傷ついた目をしながら退かなかった。デスクの前で、静かに片膝をついた。「同情じゃない、紗月」声は、濡れた土のように重く、低かった。「5年前、母が横取りして裏金として洗浄した、慰謝料の5億円。そして、冷たい救急外来で、ひとりで子供を守らなければならなかった、あの地獄のような時間。これは、そのための当然の、正当な賠償です」赤い目で彼女の冷たい手の甲を見つめ、低く誓った。「取締役会に解任されても、持分も財産もすべて取り上げられても、かまわない。あなたと湊の行く手を阻む者がいるなら、俺の手で一族を潰してでも、排除します」権力も地位もすべて投げ出し、盾になるという、元夫の切実な誓いだった。言い訳もせず、ただ償いを口にする。その濡れた瞳を前に、冷えていたはずの紗月の胸が、どきりと沈んだ。揺れる気持ちを悟られまいと顔を背け、冷たく言い放った。「出ていってください。謝罪を受け入れるつもりは、少しもありません」これ以上苦しめまいとするように、蓮司は黙って頭を下げ、執務室を出た。その夜、広尾の紗月の家。幼稚園から帰って、リビングでおもちゃで遊んでいた湊が、テーブルの片隅にある、血のついたハンカチを見つけた。小さな手で拾い上げる。昨日、宴会場で紗月が蓮司に渡した、あのハンカチだった。「ママ! これ、雨の中で泣いてたおじさんのハンカチだよね……」湊は丸い目をぱちぱちさせ、母を見上げた。「あのおじさん、もう泣いてない? 手に血が出てたよ。ふーって、してあげた?」まっすぐな問いに、こらえていた涙が、胸の奥から一気にこみ上げた。紗月は湊を強く抱き寄せ、静かに泣いた。腕の中で、湊は小さな手で母の背中をとんとんと叩き、温かな言葉をかけた。「ママ、泣かないで。ぼくが守ってあげる」優しい声が、凍えた胸を包んだ。紗月は涙を拭き、子供の小さな額に口づけた。同じ頃、桐生グループ本社の大会議室。業務から外され、実家にとどまる雅子と手を組む男が、冷た
その言葉の直後、廊下で待機していた取材陣が、開いた扉へ押し寄せた。グランド・キリュウ・ホテルの大宴会場は、たちまち騒然となった。何十台ものカメラのフラッシュが焚かれ、リハーサルに来ていた両家の関係者のざわめきが、会場を覆った。「桐生蓮司会長! 今の破談のお話は、藤堂グループと事前に合意された決定ですか?」「一ノ瀬紗月代表! 5年前、桐生雅子氏が慰謝料の資料を捏造し、あなたを陥れたという疑惑は事実ですか? ひと言お願いします!」記者たちはマイクと望遠カメラを突き出し、操作卓のそばに立つ紗月へ、群れをなして押し寄せた。その危険な混乱の中、壇の下で膝をついていた蓮司が素早く立ち上がり、紗月の前を全身で塞いだ。純白のタキシードの上着を脱ぎ、彼女の肩をしっかり包む。広い体で、カメラもフラッシュも遮った。「秘書室の警護チーム、全員、操作卓の前へ! VIP専用の退場ルートを、今すぐ確保しろ!」指示とともにホテルの警備員が入り、取材陣とスタッフの間に通路をつくった。紗月はその手を振り払おうと身をよじった。しかし四方から押し寄せる人の圧力に、ハイヒールの足元がぐらついた。そのとき、反対側の警備用通路から、ホテルの警備チームを連れた悠真が現れた。紗月の手首を、優しく、けれど確かにつかむ。「紗月、こっちだ! 俺の車を、地下2階のセキュリティエリアに待たせてある」悠真に付き添われ、専用エレベーターへ逃れていく背中を、蓮司はカメラの包囲の中で、血のにじむ思いで見送った。紗月が無事にホテルを出たと確認してから、ようやく取材陣とマイクに向き直った。瞳は、霜より冷たかった。「本日明らかになった証拠と金融伝票は、桐生グループの公式広報を通じ、原文のまま公開します。今後生じるすべての法的・道義的責任は、私、桐生蓮司個人が負います」リハーサルでの破談が報じられると、桐生と藤堂の関係部署は、直ちに対応に追われた。市場が開くなり桐生の株価はストップ安となり、藤堂は数十億円の違約金請求と、すべての事業提携の解消を正式に発表した。桐生の取締役会と一族の勢力は、蓮司を背任と名誉毀損で追及し、緊急の会長解任案を提出した。破滅的な嵐のただ中で、蓮司はタキシードを脱ぎ捨て、シャツの袖を乱暴にまくり、ルミエールへ向かった。午後4時。東京・南青山のルミエール代表執務室。紗月は動揺す