「森川夕花(もりかわ ゆうか)、何ぼうっとしてるの?ほら、席を空けて!」誰かが私の名前を呼んだ。反応する間もなく腕を引かれ、立たされる。みんなはさっきまで私がいた席――怜司の隣に、紗絵を押しやった。全身が冷え切るって、こういうことなんだ。真夏だというのに、個室の冷房は18度。しかも私は、冷たい風が吹きつけるエアコンの真下に立っている。体のどこにも、ぬくもりなんて残っていなかった。去年の今日を、懸命に思い出す。校舎の廊下の曲がり角で、怜司は私の行く手をふさいだ。口元の笑みを抑えるようにして、こう言ったのだ。「夕花、入試が終わったら、付き合おう」入試が終わったら、付き合おう。その言葉を、私はもう一年近く、何度も心の中で繰り返してきた。あのときの表情も、言葉のひとつひとつの響きも、曲がり角に差していた光も、漂っていた石けんの匂いも。何もかも、はっきりと。けれど今、はやし立てるみんなの向こうで、怜司は少しかがんで紗絵の話を聞いていた。ずっと笑みを浮かべたまま。不意に、学級委員長に肩をたたかれた。「森川もスマホのライトつけて、上に掲げてよ。みんなで2人を祝うんだから!」そのとき初めて、部屋の明かりが消えているのに気づいた。みんなスマホのライトをつけ、2人を囲んでいた。目の奥が熱く、痛い。声が震えないようこらえながら、私は言った。「ちょっと、お手洗い」逃げるように部屋を飛び出した。洗面台で冷たい水を顔にかけて、ようやく胸の鈍い痛みが少しずつ引いていった。トイレのドアが開き、紗絵と隣の席だった長谷川真帆(はせがわ まほ)が入ってきた。個室には入らず、洗面台に寄りかかって、小首をかしげながら私を眺める。「あれ、こんなところでこっそり泣いてたの?」私は何も答えず、蛇口を閉めた。「自分の立場、わかってない人っているよね。どう頑張ったって釣り合わないのに」そう言ってから、真帆はゆっくりと付け足した。「紗絵と怜司は、住む世界が同じなの。あんたには無理。諦めなよ」真帆が出ていき、ドアが閉まると、また私だけになった。洗面台に両手をついて、鏡に映る自分を見る。平凡で、どこにでもいるような顔だった。だから、怜司への想いは誰にも悟られぬよう、完璧に隠し通してきたつもりだ。彼のほうからあの言葉をくれなけ
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