『その場所には、まだ誰かいる。――霊能者・久世環の心霊相談録』 のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

25 チャプター

第11話 最終電車のあとに、存在しない列車が来る

第11話 最終電車のあとに、存在しない列車が来る その列車は、時刻表には載っていなかった。 駅員も知らない。 運行記録にも残らない。 それでも午前零時四十六分になると、線路の向こうから二つの前照灯が近づいてくる。 東北地方某県。 山と田畑に囲まれた小さな無人駅で、その現象が最初に防犯カメラへ記録されたのは六月十二日の深夜だった。 駅を通過する最後の営業列車は、上りが午後十一時五十八分。下りが翌午前零時七分。 それ以降、始発まで列車は来ない。 ところが午前零時四十六分。 ホームへ一人の少女が現れた。 白いブラウス。 紺色のスカート。 肩まで伸びた黒髪。 年齢は小学校高学年ほど。 少女は改札側から入ってきたのではない。 防犯カメラの映像を何度再生しても、誰もいなかったホームの中央へ、いつの間にか立っている。 左手首には、赤い紐が巻かれていた。 少女は線路の向こうを見ている。 午前零時四十六分三十秒。 映像の奥が明るくなった。 列車が入ってくる。 古い車両だった。 地方ローカル線で何十年も前に使われていたような、二両編成の車両。 防犯カメラには映っている。 しかし、鉄道会社の運行記録には存在しない。 列車は少女の前で止まった。 扉が開く。 少女は乗らない。 ただ車内を見つめている。 一分ほどして扉が閉まり、列車は闇の中へ走り去る。 翌日も同じだった。 その翌日も。 三日続いたとこ
last update最終更新日 : 2026-09-29
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第12話 赤ん坊の泣き声がするホテル

第12話 赤ん坊の泣き声がするホテル 最初に泣き声を聞いたのは、三〇六号室へ泊まった五十代の夫婦だった。 夜中の一時を過ぎたころ、壁の向こうから赤ん坊の泣き声が聞こえた。 最初は、隣の部屋に乳児を連れた家族が宿泊しているのだと思ったという。 山あいの温泉ホテルである。 小さな子供を連れた家族も珍しくない。夜泣きに腹を立てるようなことでもないだろうと、夫婦は我慢していた。 しかし三十分経っても泣き止まない。 一時間経っても続く。 さすがに妻がフロントへ電話した。『隣のお子さん、ずっと泣いているみたいなんですけど、大丈夫でしょうか』 夜勤の従業員は、電話口で少し黙った。『お客様。お隣というのは、三〇七号室でしょうか』『そうだと思います』『……その部屋には、どなたもお泊めしておりません』 夫婦が部屋を替えてほしいと言い出したのは、それからすぐだった。 三〇一号室へ移った。 泣き声は聞こえなくなった。 翌朝。 夫婦はチェックアウトの際、フロントで奇妙なことを言った。「昨夜は申し訳ありませんでした。赤ちゃん、大丈夫でしたか」 従業員は戸惑った。「どちらのお子様でしょうか」「三〇七号室の」「ですから、あちらは空室で……」 妻はそこで顔を青くした。「違うんです」「何がですか」「私たち、部屋を替えたあと……何か置いてきたような気がして」「お忘れ物ですか?」「分からないんです」 
last update最終更新日 : 2026-09-30
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第13話 山の児童保護施設で、夜になると子供が一人増える

第13話 山の児童保護施設で、夜になると子供が一人増える その施設では、夜になると子供が一人増える。 そう語ったのは、かつてそこで働いていた女性だった。 現在七十一歳になる松浦佳江は、電話越しに久世環から二十七年前の施設について尋ねられたとき、最初は何も話したくないと言った。『もう閉まったところでしょう。昔のことを掘り返したって、誰も幸せにはなりませんよ』「そうかもしれません」 環は否定しなかった。『だったら、どうして聞くんですか』「当時そこで保護されていた可能性のある女の子を探しています」『誰です』 環は少し迷ってから答えた。「水野菜月という子です。当時十一歳。今から二十七年前に行方不明になりました」 電話の向こうで、松浦の呼吸が止まった。 それはほんの短い沈黙だったが、環には十分だった。「ご存じですね」『……その名前、どこで知ったんですか』「私は失踪前に、その子と会っています」『久世さんが?』「はい」『霊能者の久世環さんですよね』「そうです」 松浦はしばらく何も言わなかった。 環は急かさず待った。 やがて、老女は低い声で尋ねた。『その子、見つかったんですか』「まだです」『じゃあ、何で今さら』「最近、菜月ちゃんと思われる姿を何度か見ました」『……幽霊として?』 環は簡単に頷かなかった。「それすら、まだ決めていません」『死んでるかどうかも分からないってことですか』
last update最終更新日 : 2026-10-01
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第14話 捨てた人形が、翌朝になると必ず戻ってくる

第14話 捨てた人形が、翌朝になると必ず戻ってくる 人形を燃えるごみに出したのは、月曜日の朝だった。 透明ではない指定袋へ入れ、さらに古新聞で包み、ほかのごみの下へ押し込んだ。 そこまでしてから、高瀬美咲は自分でも馬鹿らしくなった。 三十一歳にもなって、人形一つを捨てるのに何を怖がっているのだろうと思ったのだ。 子供のころから持っていたわけでもない。 誰かの形見でもない。 一か月前、亡くなった伯母の家を片づけていたとき、押入れの奥から出てきただけの古い人形だった。 全長は四十センチほど。 赤い着物。 長い黒髪。 白い顔。 いわゆる日本人形というほど豪華な造りではなく、昭和のころに土産物店や人形店で売られていたものだろうと、遺品整理業者にも言われた。 美咲は捨てようとした。 だが一緒に片づけをしていた母が、「せっかくだから持って帰ったら? 小さいころ、あんた人形好きだったでしょう」 などと言うので、深く考えず自宅へ持ち帰った。 後悔したのは、その日の夜からだった。 人形をリビングの棚へ置いて寝た。 翌朝。 人形は寝室の入口に座っていた。 美咲は自分が移動させたのだと思った。 寝ぼけていたのかもしれない。 二日目は棚の奥へ戻した。 朝になると、今度はベッドの足元。 三日目。 クローゼットへ入れた。 朝になると枕元。 さすがに気味が悪くなった。 母へ電話して返そうとしたが、『伯母さんの家、もう片づけ終わってるわよ。それにそんな古い人形、うちへ持ってこ
last update最終更新日 : 2026-10-02
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第15話 海から帰ってきた兄

第15話 海から帰ってきた兄 三年前に海で死んだ兄が帰ってきたのは、台風が近づいていた夜だった。 午後十一時十七分。 窓ガラスを強い雨が叩き、古い一戸建ての軒下では雨樋からあふれた水が地面を激しく打っていた。 杉本直也は二階の自室で仕事用のノートパソコンを閉じたところだった。 そのとき、玄関の呼び鈴が鳴った。 一度。 少し間を置いて、もう一度。 母親はすでに寝ている。 宅配便が来る時間でもない。「誰だよ、こんな時間に」 直也は階段を下りた。 玄関へ近づくにつれ、妙なことに気づいた。 外はあれほどの雨なのに、ドアの向こうから傘を畳む音もしなければ、濡れた服を払う音もしない。 覗き穴を見る。 男が一人立っていた。 直也の身体が固まった。 兄だった。 杉本雄介。 六歳年上。 三年前、海へ釣りに出かけ、そのまま帰ってこなかった。 海上保安庁や地元の漁師が何日も捜索したが、遺体は見つからなかった。 死亡認定が下りるまでにも時間がかかった。 家族は墓を作り、空の棺で葬儀をした。 その兄が、玄関の外に立っている。「……兄貴?」 返事はない。 直也は鍵へ手をかけた。 そこで止まった。 三年前に死んだはずの人間を前にして、最初に浮かぶのが「会いたかった」ではなく「開けていいのか」だったことを、あとになって何度も思い返した。「兄貴なのか?」 ドア越しに呼びかける。 男が顔を上げた。
last update最終更新日 : 2026-10-03
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第16話 午前三時、死んだ常連客が弁当を買いに来る

第16話 午前三時、死んだ常連客が弁当を買いに来る 午前三時になると、死んだ常連客が弁当を買いに来る。 それだけなら、まだ一人だった。 問題は七日目だった。「今日は、俺の分だけじゃない」 男がそう言ったあと、コンビニの自動ドアの外に、何十人もの客が並んでいた。     ◇ 東京都に隣接する関東地方某県。 国道沿いにある二十四時間営業のコンビニで、山岸透は週四日ほど深夜勤務をしていた。 二十二歳。 大学を中退してから一年近く、昼夜が逆転した生活を続けている。 理由を聞かれるのが嫌なので、知人には「金を貯めてから何か始める」と説明していたが、実際には何を始めるのか本人にも決まっていなかった。 午前三時という時間帯は嫌いではない。 夕方の混雑はない。 通勤客もいない。 たまにトラック運転手や夜勤帰りの人が来る程度で、店内はだいたい静かだった。 その時間に、ほぼ毎晩来る男がいた。 吉岡正志。 六十四歳。 近所に住んでいた。 いつも作業着で、三時少し前になると店へ入り、鮭弁当と缶コーヒーを一つずつ買う。「また鮭ですか」 透が初めて話しかけたのは、半年ほど前だった。「悪いか」「いや、毎日だから。たまには唐揚げとか」「年寄りにそんな脂っこいもん勧めるな」「鮭弁当も結構カロリーありますけど」「細かいこと言う店員は嫌われるぞ」「毎日来る人に言われたくないです」 そんな程度のやり取りをする仲だった。 吉岡が何の仕事をしているのか、透は長く知らなかった。
last update最終更新日 : 2026-10-04
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第17話 地下駐車場の白い車には、私が乗っている

第17話 地下駐車場の白い車には、私が乗っている 午前二時四十二分。 地下三階の防犯カメラに、白い車が現れた。 入ってくるところは、どのカメラにも映っていない。 駐車券の発券記録もなければ、ナンバーを読み取った記録もない。 それなのに、B3―118番の区画には白いセダンが停まっていた。「またかよ……」 夜間警備員の笠原修二は、監視室の椅子から立ち上がった。 五十二歳。 この大型複合施設で警備の仕事を始めて八年になる。 最初に白い車を見たのは二週間前だった。 午前三時前。 契約も予約も入っていない区画に一台だけ停まっていた。 古い白のセダン。 車種は分からない。 遠目には二十年以上前の車に見えた。 最初は迷い込んだ客だと思った。 ところがナンバーがない。 前にも後ろにも。 修二が現場へ向かうと、車は消えていた。 その後も三日に一度。 二日に一度。 やがて毎晩のように現れるようになった。 必ず同じ時間帯。 必ず同じ区画。 必ず、修二が一人で巡回している夜だった。「今度こそ見てやる」 修二は無線機と懐中電灯を持ち、監視室を出た。 エレベーターで地下三階まで降りる。 深夜の地下駐車場は、昼間とは別の建物に感じられる。 白い蛍光灯。 コンクリートの柱。 遠くで回り続ける換気設備。 誰もいない空間では、靴音が必要以上に響く。 B3―1
last update最終更新日 : 2026-10-05
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第18話 空いている病室のベッドから、毎晩ナースコールが鳴る

第18話 空いている病室のベッドから、毎晩ナースコールが鳴る 午前二時十四分。 誰も寝ていないベッドから、ナースコールが鳴った。 東京都某市にある総合病院の四階病棟。 四〇八号室は四人部屋だったが、窓際から二番目の三番ベッドだけは半年近く空けられている。 故障しているわけではない。 患者を入れれば使える。 実際、何度か使った。 しかし三番ベッドへ入った患者は、早ければその日の夜、遅くても三日以内に同じことを訴えた。『このベッド、もう誰か使っていますよ』 最初は、高齢患者のせん妄だと思われた。 二人目は四十代の男性だった。 三人目は高校生。 四人目は手術後の経過観察で入院した六十代女性。 年齢も病気も違う四人が、誰から聞いたわけでもないのに、『夜になると、ベッドの端に女の人が座っている』 と話した。 そこで病院は三番ベッドを患者へ割り当てるのをやめた。 正式には設備点検のための予備ベッドという扱いだった。 看護師たちの間では別の名前で呼ばれている。「空きベッド」 ただそれだけだった。 わざわざ怪談らしい名前をつけないのは、病院という場所では死も異変も日常に近すぎるからかもしれない。 午前二時十四分。 その空きベッドのナースコールが鳴った。 新人看護師の藤崎沙良は、ナースステーションの表示を二度見した。 四〇八―三。「また?」 隣で記録を書いていた先輩看護師の小宮山が顔を上げる。「鳴ってます」「切って」「でも」
last update最終更新日 : 2026-10-06
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第19話 山から名前を呼ぶ声

第19話 山から名前を呼ぶ声 山へ入ったのは四人だった。 写真にも、四人写っている。 警察へ提出された入山直前の写真には、大学生の男女が横一列に並んでいた。 青いパーカーを着た小野健吾。 黒い上着の宮田翔。 赤いキャップをかぶった白石奈緒。 そして、現在も山から戻っていない高木悠斗。 その事実だけなら、単純な遭難事故として扱えたかもしれない。 ところが翌朝、ふもとへ戻ってきた三人のうち、一人だけが警察にこう言った。「高木って、誰ですか」 冗談ではなかった。 混乱しているようにも見えなかった。 小野健吾は本気で、「自分たちは最初から三人だった」と主張した。     ◇「写真を見せても?」 久世環が尋ねると、三好真琴は机の上のコピーを手前へ滑らせた。 山へ入る前、駐車場で撮られた一枚。 四人の大学生が笑っている。 その後方、杉の木々の間には、環にだけはっきり見える白い人影が立っていた。 顔は分からない。 両手を口元へ添え、今にも誰かを呼びそうな姿。「警察もこの写真は確認しています」 真琴が言った。「ただし、後ろの人影については、光の反射か通行人ではないかという扱いです」 佐伯蓮が写真を拡大する。「俺にも、人っぽくは見えます。でも顔も服も潰れてるし、これだけじゃ何とも言えないな」「写真の撮影者は?」「白石奈緒。スマホを手すりに置いてタイマー撮影」「では四人とも一緒に写った」「はい」 環は三人の供述記録を読む。
last update最終更新日 : 2026-10-07
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第20話 鏡の中の娘が、笑わなくなった

第20話 鏡の中の娘が、笑わなくなった 鏡の中の娘が笑わなくなったのは、三週間前からだった。 最初に気づいたのは母親ではない。 九歳の娘本人だった。「お母さん、私、変な顔してる?」 日曜日の朝。 洗面所で歯を磨いていた高梨美緒が、隣で化粧をしていた母の遥香にそう尋ねた。「寝起きだからじゃない?」「そうじゃなくて。鏡の私」「鏡の私?」 遥香はファンデーションを塗る手を止めた。 鏡には、母娘が並んでいる。 遥香。 美緒。 どこにも変なところはない。「普通じゃない?」「でも、私笑ってるよ」 遥香は娘を見る。 美緒は確かに笑っていた。 前歯が一本だけ少し内側へ入った、いつもの笑顔。 ところが鏡の中の美緒は、笑っていなかった。「……え?」 遥香は目を擦った。 もう一度見る。 鏡の美緒は笑っている。「ほら、笑ってるじゃない」「今はね」「見間違いよ」「昨日もだった」 遥香は軽く流した。 子供の言うことだと思った。 それから一週間。 鏡の中の美緒は、少しずつ現実の美緒と違う動きをするようになった。 髪を結ぶとき、現実の美緒が右を向いているのに鏡の美緒は正面を見ている。 顔を洗ったあと、現実の美緒がタオルで目を覆っている間だけ、鏡の美緒が母親のほうを見る。 そして笑わない。 決定的だったのは、
last update最終更新日 : 2026-10-08
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