Alle Kapitel von 恋リアの悪女役なのに、全員私に本気なんですが? 誰を選ぶかは、私が決めます。: Kapitel 1 – Kapitel 10

50 Kapitel

1話. 悪女役、降臨

「5000万の借金が消えるとは言えない」田代修一プロデューサーは、最初から線を引いた。港区の小さな地下のカフェ。一ノ瀬怜奈は、向かいに置かれた契約書より先に田代の顔を見た。笑ってはいる。けれど、目は笑っていなかった。「でも、ひとまず息はつけるようにしてやれる。出演料は1200万。契約と同時に800万を前払いする。前の事務所との債務の件は、制作会社の提携法律事務所が無料でついてくれる」怜奈の指先が止まった。前の事務所の社長に保証人にされたあげく、社長が姿を消して残った借金は5200万円。法廷で争ってはいたが、判決が出るまで取り立てが止まるわけではなかった。それより切迫しているのが、東京の病院に入院している10歳の弟、悠真だった。拡張型心筋症。移植の待機リストに載ってからは、毎月かかる費用だけで息が詰まりそうだった。田代が契約書の横に薄い紙を一枚滑らせた。正式な契約書ではない。【キャラクター運用ガイド】「君の役目は、恋のかき回し役だ。途中から入って場をかき乱して、先にいる女性メンバーを挑発する。男三人にも積極的に絡んでくれ」「どこまでが演出なんですか」「法律に触れることはさせない」「そういう話じゃなくて」怜奈は紙を手に取った。「私が嫌だと言ったことまでやらなきゃいけないのか。編集で言ってもいないことを言ったことにされるのか。家族の話を持ち出されるのか」田代の口元が、一瞬こわばった。怜奈はその短い変化を見逃さなかった。5年も端役を続けて学んだことがあるとすれば、カメラより先に人の顔を読むことだった。「契約書にないことはしません」「一ノ瀬」「お金に困っているんです。人生ごと差し出すつもりはありません」数秒後、田代が舌を鳴らした。「わかった。できるところまででいい。ただ、面白くなきゃ出番もなくなる。それはわかってるな?」怜奈は署名欄に目を落とした。1200万。一生を変えられる金額ではない。それでも悠真の医療費と滞納した利息を、数か月はしのげる。その数か月で、前の事務所との裁判にも結論が出るかもしれない。ペン先が紙に触れた。「もう一つ」「何だ」「前払いの分、今日振り込まれるんですよね?」田代が鼻で笑った。「入金を確認してから飛行機に乗れ。しぶといねえ」***撮影地は南太平洋ではなかった。沖縄本島の南の沖合、チャーター船
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-09
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2話. 亀裂の始まりと深夜のカバナ

「女優さんだから、まずカメラを探したんですか?」彩花が笑いながら尋ねた。口調は柔らかいのに、視線は怜奈のドレスと靴を素早くなぞった。ブランドを確かめる目だった。怜奈はシャンパンではなく炭酸水を選んだ。「撮影の現場ですから」「私は緊張しちゃって、何も目に入らなかったです」「人それぞれですよね」短い返事に、彩花の笑みが薄くなった。黒崎は向かい側から二人を見ていた。怜奈が彩花の言葉に腹を立てるでもなく、愛想笑いでごまかすでもないのが、興味深いらしかった。夕食が始まると、田代の欲しがっていた場面はすぐに訪れた。彩花がフォークを置いた。「怜奈さんは、端役を長くやってらしたんですよね。こういう番組って、普通はある程度名前が知られた方が出るじゃないですか。オファーが来たとき、びっくりしたんじゃないですか?」テーブルの下で、怜奈の指がゆっくり開いた。イヤホン越しに構成作家の小さな声が聞こえた。――言い返してください。少し強めに。契約前に読んだキャラクターガイドを思い出した。怜奈はカメラの位置を一度見てから、彩花に視線を戻した。「すごく驚きました」予想よりあっさりした答えに、彩花が眉を上げた。「だから、余計に気になったんです。知名度を見る番組なのか、人を見る番組なのか」誰かが息をのんだ。彩花は笑った。「じゃあ、私は知名度で呼ばれたと思ってるんですか?」「私、そう言いました?」怜奈も笑った。「彩花さんが先に、そう受け取ったみたいですけど」黒崎がグラスで口元を隠した。笑いをこらえているのがわかった。彩花の表情がこわばりかけたとき、桐生が水を一口飲んで口を開いた。「会社や家柄の話は、ここではしないほうがいいでしょう」彩花が彼を見た。「社長のほうが、気まずいんですか?」「放送で利害関係のある会社の名前を出されると、こちらも面倒なので」桐生は感情を交えずに言った。「それに経歴で人を格付けし始めたら、恋愛番組なのか採用面接なのか、わからなくなります」誰かが小さく笑った。彩花はそれ以上言えなかった。怜奈は桐生を一度見た。味方をしてくれたようで、そうとも言い切れない。誰かの肩を持つというより、非効率な方向へ流れかけた話を止めた顔だった。そのほうが、かえって印象に残った。***午後11時。第一印象を音声メッセージで伝えるミッションが終わる
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3話. カバナのレンズと契約書

カバナの裏の植え込みに隠されていたのは、制作陣のカメラではなかった。神崎が腕を伸ばし、近づかせないようにした。「ここにいろ」「どうしてですか?」「誰が付けたかわからないだろ」「だったら、なおさら確認しないと」怜奈はまずスマートフォンを取り出した。離れた場所からズームして撮る。レンズの下に、小さな黒いバッテリーパックが見えた。「撮影チームの機材じゃありません」そこでようやく、構成作家の慌てた声がイヤホンから聞こえた。――お二人とも、そこから動かないでください。警備を向かわせます。3分後、現場マネージャーと警備担当者が駆けつけた。機器には手を触れず、まず設置場所を撮影し、制作陣は共用カメラの映像を保全することにした。神崎が怜奈を見た。「さっきの質問の答えにはなったか?」「何のです?」「喧嘩しないで問題を解決する方法」怜奈はふっと笑った。「まだ判断は保留です」「厳しいな」「番組ですから」「だからこそ、厳しくないとな」その一言が、意外にも胸に残った。***午前1時。客室階でエレベーターを降りた怜奈は、自分の部屋の前に桐生がいるのを見て、足を緩めた。彼は廊下のソファに座り、ノートパソコンを見ていた。「どうしてここに?」「待っていました」「私の部屋の前で?」「廊下は共用スペースです」「言葉遊びがお上手ですね」桐生はパソコンを閉じた。「カバナで無許可のカメラが見つかったそうですね」耳が早い。怜奈はカードキーを握ったまま尋ねた。「その件で?」「半分は」「残りの半分は?」桐生が一枚の書類を差し出した。「この番組の出演契約に付属する合意書です」怜奈の視線が止まった。「どうして社長がそれを?」「全出演者に同じ書式が渡されています。でも、あなたのものだけ違うように感じたので」彼は自分の契約書の一段落を指した。【出演者の身体の安全および名誉を著しく損なうおそれのある制作上の指示は、拒否できるものとする】「今夜、あなたのイヤホンには別の指示が入り続けていましたね」「どうしてわかるんですか?」「返事をする前に、毎回右耳に触れていたので」怜奈は言葉に詰まった。人を数字でしか見ない男だと思っていたが、実際はかなり執拗に観察している。「私が何をしようと、社長には関係ないでしょう」「ありません」返事が速すぎて、
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4話. 覆された最初の選択

翌朝、最初の正式なデート相手を選ぶのを前に、制作陣の会議が長引いていた。理由は単純だった。男性出演者三人が、全員同じ名前を書いたのだ。一ノ瀬怜奈。「こういう場合のルール、ありませんよね?」若手の構成作家がささやくと、田代の顔がこわばった。当初の予定では、黒崎は彩花を選び、取り残された怜奈が嫉妬する場面を作るはずだった。田代が無線機を取った。「まず黒崎さんに確認し直して。番組の流れとしては彩花さんのほうがいいと説明して」少しして、黒崎本人が制作陣のテントに入ってきた。「選び直せということですか?」「そういうことじゃなくて、全体の絵を考えましょうという話です」「出演契約に、選択に介入できる条項はありました?」田代が口をつぐんだ。黒崎は長年台本を受け取ってきた俳優だ。演出と捏造の境目は、誰よりわかっている。「設定は受け入れられます。でも、選択まで代わりにしてもらうのは別の話です」背を向ける前に、もう一言付け加えた。「それと、昨日無許可のカメラが見つかった件は、今日、出演者全員に説明してください」***午前11時。ヨットクラブのデッキに出演者たちが集まった。彩花は、黒崎が自分を選ぶと信じきった顔をしていた。「最初の選択は、黒崎さんです」進行担当の構成作家の声が響いた。黒崎は迷わなかった。「一ノ瀬怜奈さん」周りから小さなどよめきが漏れた。彩花の表情が固まった。「二人目、桐生さん」「私も一ノ瀬さんです」今度はスタッフのほうが大きくざわついた。「神崎さんは?」神崎は腕を組んだまま言った。「俺も」田代は結局、一度撮影を止めた。三人の男性が一人を選んだ状況は刺激的だが、用意していたデートコースは一対一を想定したものだった。15分後、変更されたルールが告げられた。「同じ人を複数人が選んだ場合、選ばれた方が一人を指名できます。指名しない場合は、今回のデートをグループでの行動に変更します」彩花がすぐに怜奈へ言った。「一人選んだらどうです? まさか三人とも連れて歩くつもりですか?」怜奈は、制作陣が差し出した選択カードを受け取らなかった。「みんなで行きます」田代が目を細めた。怜奈はカメラに向かって言葉を足した。「まだ初日が終わったばかりなのに、一人選べと言われるほうが変でしょう。私だって、三人がどんな人か知らないんですから
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5話. 四人で初めてのデート

ヨットデートが始まって三十分もすると、田代から無線が入った。――ちょっと静かすぎますね。もう少し積極的にいきましょう。怜奈はイヤホンに触れなかった。先に黒崎が尋ねた。「また注文が入りました?」「表情だけでわかるんですか?」「監督が役者に何かを求めているときは、現場の空気が同じになるんです」彼はカメラのほうを見ようともしなかった。「言葉が減って、スタッフの目だけ忙しくなる」神崎が鼻を鳴らした。「だったら、言われたとおりにしなきゃいいだろ?」「試合中に、コーチの指示を無視するんですか?」怜奈に聞かれ、神崎は口をつぐんだ。「状況は似てます。制作陣は敵じゃありません。ただ、どこまで合わせるかは、私が決めないと」桐生が尋ねた。「その線引きは、契約書に書かれていますか?」「昨日までは、ちゃんと読めていませんでした」「では、今夜確認しましょう」「社長と?」「嫌なら、一人でも構いません」即答だった。怜奈は少し笑った。「そう言われると、返す言葉がありませんね」***昼食の撮影が終わると、制作陣から『10分間の自由質問』というミッションが出された。質問カードは、一人一枚。最初に黒崎がカードを読んだ。「今、一番隠しておきたいこと」長くは考えなかった。「あまり眠れないんです」怜奈が目を上げた。「どのくらい?」「ひどいときは、2日」「病院には?」「行きましたよ。薬も飲んでる」黒崎は淡々と言った。「人が俺を見るとき、何を期待しているのか、わかりすぎるんです。だから、カメラが止まってもずっと演じている気になる」その言葉は台本にはなかった。次は桐生だった。カードには【恋のためなら、どこまで損をできるか】と書かれていた。「質問そのものが、計算高いですね」怜奈が言うと、彼はカードの角を指で叩いた。「私に合わせてくれたようです」「答えは?」「まだ、よくわかりません」「損するのは嫌いそうですけど」「嫌いです」桐生は一瞬、怜奈を見た。「ただ、計算できない損失もあることは、最近知りました」黒崎が笑った。「最近、ね」桐生は無視した。神崎への質問は【一番怖いもの】だった。しばらくカードを眺めてから、彼は答えた。「試合に負けること」「意外と普通ですね」「まだ終わってない」神崎は首の後ろをさすった。「自分を制御
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6話. カメラの止まったヨット

撮影が止まると、かえって話しづらくなった。カメラがある間は、それぞれ役割があった。一ノ瀬怜奈は悪女役の追加メンバー。黒崎怜司は大物俳優。桐生直人は冷徹な実業家。神崎蓮は荒々しいチャンピオン。赤い撮影ランプが消えた今は、ただの四人だった。「船酔いですか?」黒崎が尋ねた。「少し」彼はテーブルにあったエチケット袋を滑らせた。「我慢しないで。我慢したままカメラが回ったら、余計に目立つ」「経験談ですか?」「船酔いじゃないけど、2日酔いの演技をしていて、本当に吐いたことなら」怜奈は噴き出した。黒崎もつられて笑った。カメラの前で見せていた余裕のある表情とは、少し違った。よく見せるために作った顔ではなく、疲れた人が一瞬だけ力を抜いた顔だった。桐生は船内のWi-Fiにつなぎ、天候を確認していた。「あと二十分ほどで風が一番強くなります。その後は弱まるそうです」神崎が聞いた。「何でそんなの見てるんだ?」「わからないと、余計に不安になる人がいるので」彼の視線が一度、怜奈に触れて戻った。怜奈が言った。「私ですか?」「さっきから、船が傾くたびに時計を見ています」「皆さん、人のことを細かく見すぎです」黒崎がすぐに返した。「職業病です」桐生も言った。「私も」神崎は肩をすくめた。「俺はただ、見たいから見てるだけだけど」一瞬、静かになった。神崎だけが、なぜ静かになったのかわからない顔をしていた。先に怜奈が視線をそらした。「それ、カメラが回っているときにも言ってみてください」「何で?」「反応がよさそうなので」「俺は視聴率のための道具か?」「私もそうでしょう」神崎の顔が、一瞬こわばった。返事はしなかった。***ヨットが進路を変えると、揺れは少しずつ小さくなった。制作陣が撮影再開の可否を尋ねたが、船長は入港まで、安全のために移動しながら撮影しないよう求めた。結局、残りの時間は丸ごと、撮影のない時間になった。怜奈はむしろ、その隙に桐生へ契約書の話を持ち出した。「昨日の条項、もう一度見せてもらえますか?」「もちろんです」桐生はタブレットで自分の契約書を開いた。怜奈もスマートフォンに保存した契約書の写真を出した。同じ項目を照らし合わせていく。大部分は同じだった。問題は別添だった。怜奈のものにだけ、【制作陣が設定したキャラクターの方向
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7話. 赤い非常灯と止まったカメラ

夜の撮影は、すべて中止になった。制作陣はカバナの周囲を立入禁止にし、リゾートの警備チームが無許可のカメラを回収した。記録媒体を内蔵した、独立型の機器だった。「今日中に結論は出せません」安全担当のプロデューサーが、出演者たちの前で言った。「機器の出所を調べて、外部業者の入退場記録と防犯カメラを照合します。必要なら地元の警察にも届けます」田代が不快そうな顔で口を挟んだ。「そこまで大ごとにする必要がありますか? 設置作業のときに残ったテスト用の機材かもしれないでしょう」怜奈はすぐに聞いた。「テスト用なら、どうして植え込みの中に隠されていたんですか?」田代が彼女を見た。「可能性の話です」「その可能性も、記録に残してください」怜奈はスマートフォンの録音画面を開かなかった。代わりに、全員がいる会議の場で、安全担当のプロデューサーに確認した。「撮影中に見つかった無許可のカメラが、撮影チームの正式な機材ではないことは、間違いありませんね?」「今のところは、そうです」「では、その回答をメールでいただけますか」隣で黒崎の口元が上がった。「いいですね」怜奈が振り向くと、彼は言った。「現場では、言葉より記録が長く残ります」桐生はすでに出演契約書の安全条項を探し、制作陣に渡していた。一番口数が少ないのは神崎だった。その代わり、カバナの規制線の近くをうろつく外部スタッフの顔を、一人ずつ見ていた。怜奈はそばへ行った。「人を食べそうな顔で見ないでください」「食わねえよ」「顔はそう言ってませんけど」「さっき、あのレンズに気づかなかったらどうなってたか、考えてるんだよ」「気づいたでしょう」「次は気づかないかもしれないだろ」怜奈はしばらく彼を見た。「それでも、殴っちゃ駄目です」神崎が呆れたように笑った。「まだ誰も殴ってないんだけど?」「先に言っておくんです」「俺を何だと思ってるんだ」「試合で人を殴る人?」「合法的にな」二人の間に笑いが生まれた。そのとき、リゾート全体の照明が一度消えた。赤い非常灯がついた。従業員たちがすぐに案内した。「発電機の点検中です。お部屋へお戻りください」カバナの機器の件で機械室まで確認する過程で、一部の電源を落としたのだった。出演者たちは二人ずつ、スタッフに案内されて客室棟へ移動した。***廊下で
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8話. 契約書の空白

翌朝、制作陣から安全会議の結果が告知された。無許可のカメラは、外注の造園業者の従業員名義で持ち込まれたものだった。実際の設置者はさらに調べる必要があり、放送局は機器と入退場記録を保全し、警察に相談することにした。撮影は午後まで中断された。怜奈にとって、初めてできた空き時間だった。客室の机に座り、出演契約書を最初から読み直した。前払い条項、途中降板の違約金、肖像権、編集権。読めば読むほど、最初に署名したときには見えていなかった文章が目に入った。ノックがした。ドアを開けると、桐生が立っていた。「入ってもいいですか?」「何の用です?」彼がタブレットを掲げた。「昨日、契約書を確認すると言っていたでしょう」怜奈は少しためらってから、ドアをさらに開けた。「ドアは開けておきます」「構いません」桐生は中へ入ったものの、入口に近いテーブルに座った。二人は一項目ずつ契約書を比べた。「途中降板の違約金、残りの出演料の三倍なんですね」怜奈が言った。「普通なんですか?」「番組の出演契約は、一律ではありません。ただ、安全上の問題や制作側の責任でも同じ違約金を適用する文言なら、争う余地はあります」「社長の会社の法務部を呼べば、すぐ解決します?」「いいえ」桐生は即答した。「私が法務部を呼べば、まず利益相反の問題が生じます。私は同じ番組の出演者ですから」怜奈が顔を上げた。「じゃあ?」「独立した弁護士に、契約内容を見てもらうほうがいい。希望があれば、候補のリストは渡せます。費用はご自分で」「お金まで私が払うんですか?」「そのほうが、私への借りになりません」その言葉に、怜奈は笑った。「妙な親切ですね」「正確にしているだけです」桐生は、一文を指した。「それと、この別添の指示は分けて保管してください。番組を面白くするための役割を提案することと、特定の出演者への侮辱や衝突を誘導することは、別の問題です」怜奈はスマートフォンの写真をクラウドにバックアップした。「どうして、ここまで確認してくれるんですか?」「最初は、番組のリスクが気になったので」「今は?」桐生が少し黙った。彼が人間らしく言いよどむのは、初めて見た。「今は、一ノ瀬さんが不利な契約を抱えていることが、気に障ります」「どうして?」「その理由までは、まだ説明できません」怜奈は
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9話. シャワールームに潜むレンズ

自由に会話するミッションが終わると、怜奈には1時間の休憩が与えられた。リゾート最上階の、女性専用スパへ向かった。入口には女性スタッフが常駐し、更衣室とシャワールームは撮影禁止区域だという案内が貼られていた。昨日の無許可カメラの件を受けて、新たに貼られたものだった。怜奈は久しぶりに肩の力を抜いた。温かい湯を出して、髪を濡らした。撮影2日目。たった2日なのに、何週間も耐え抜いた気がした。黒崎のハンカチ。桐生と読んだ契約書。神崎が先に気づいた、不審なレンズ。三人とも、予想していたタイプとは少しずつ違っていた。問題は、そのことを自分が何度も思い返してしまうことだった。しっかりしなさい。怜奈は目を閉じ、顔に湯をかけた。今、大事なのは男のことではない。悠真。債務をめぐる訴訟。それから、この番組を最後までやり抜いて受け取る出演料。そのとき、更衣室のほうから小さな音がした。カシャ。怜奈は目を開いた。シャワーを止めた。もう一度。ごく小さな電子音。怜奈はタオルを体に巻き、シャワーブースを出た。天井ではなく、洗面台の下の清掃道具入れの隙間に、スマートフォンのカメラのレンズが見えた。誰かが清掃用のタオルの間にスマートフォンを立て、録画を始めたままにしていた。怜奈の指先が冷たくなった。昨日と同じ機器ではない。今度は、はるかに単純で露骨だった。彼女は直接触れなかった。壁の緊急呼出ボタンを押した。「警備を呼んでください。撮影禁止の場所に、スマートフォンがあります」ドアの外にいた女性スタッフが、すぐに入ってきた。10分後、スパは閉鎖された。***問題のスマートフォンの持ち主は、すぐに判明した。リゾートの客室清掃を請け負う外部業者の従業員だった。本人は紛失した携帯だと主張したが、端末には録画直前のスパの入口の映像が残っていた。リゾート側は警察への通報を決めた。撮影チームも、その従業員を現場から隔離した。そのさなか、知らせを聞いた神崎がスパの前まで駆けてきた。「怜奈」中へ入ろうとした彼を、女性スタッフが止めた。「こちらは女性専用です」神崎は、その場で止まった。「一ノ瀬は大丈夫なんですか?」中から怜奈が答えた。「大丈夫です。入ってこないで」「わかった」本当に、一歩も入ってこなかった。しばらくして怜奈が着替えを済ませて出ると、神崎は廊下の壁に
last updateZuletzt aktualisiert : 2026-10-09
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10話. 病院からの電話

「まだ、手術が決まったわけじゃないんですか?」怜奈は同じことを二度聞いた。移植コーディネーターの声は落ち着いていた。――はい。現在は最終的な適合検査の段階です。結果が適合すれば、悠真くんが移植を受けられる可能性があります。「私、今、東京にいないんです」――承知しています。ご家族がすぐに到着できなくても、それを理由に手術自体が遅れることはありません。同意の手続きは、ご本人確認の後、先に遠隔で進められます。病院に登録されたご家族の連絡先も確認できています。その説明を聞いて初めて、怜奈は息を吐いた。私が行けなければ、手術もできない。とっさに、そう思ってしまった。今まで、何もかも一人で処理してきたからだった。――ただ、状態が変わることもありますので、引き続き連絡が取れるようにしておいてください。「はい。必ず」電話が終わると、脚から力が抜けた。廊下のベンチに座り込んだ怜奈に、最初に気づいたのは黒崎だった。「どうしたんですか?」怜奈は答えようとしたが、声が出なかった。「悠真に……提供できる心臓が、見つかったそうです」黒崎の顔から冗談めいた気配が消えた。「手術は?」「検査中です。合えば、すぐに準備するって」神崎と桐生も遅れて近づいてきた。神崎がすぐに言った。「じゃあ、東京に行こう」怜奈は首を横に振った。「今、島から出る船が止まってるんです。風で」「ヘリは?」桐生が口を挟んだ。「天候で船が止まっているなら、ヘリもまず運航の確認が必要です。無理に動く理由はありません」神崎が彼をにらんだ。「家族の手術だぞ。じっとしてろっていうのか?」「ご家族がその場にいなくても手術は進められると、今聞いたでしょう」桐生の声は、いつもより低かった。「今必要なのは、怜奈さんが連絡の取れる状態を保ち、病院の説明を正確に受け取ることです」怜奈はうつむいた。そのとおりだった。だから、余計につらかった。自分は今ここにいて、10歳の弟は何100キロも離れた病院で、一人で検査を受けている。黒崎が目の前にしゃがんだ。「病院にもう一度電話して、担当者の名前と、今どの段階なのか、次の連絡がいつかを、書き留めましょう」「自分でできます」「わかってます」彼はスマートフォンのメモを開いた。「手が震えているから、俺が書き取るという話です」怜奈はそこで初めて、
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