「何でもします。娘を助けてくれるなら」御影グループ本社の応接室。私、篠宮美晴(しのみや みはる)は、ローテーブルを挟んで、4年ぶりに会う御影彰人(みかげ あきと)と向き合っていた。窓を背にしたソファに座る彰人は、そう言った私をしばらく黙って見ていた。やがて、口元だけがわずかに歪んだ。「何でも、か」その声には笑いより、棘のほうが多かった。「口なら何とでも言える」胸の前で握っていたバッグの持ち手が、指に食い込む。彰人はソファに背を預けたまま、冷たい目で私を見た。「そこまで言うなら、自分で見せてみろ」「……何を?」「お前の覚悟だよ」覚悟。バッグの持ち手を握り直した。娘を救えるなら、自分に何が残らなくてもいい。ただ、ここまで来た理由だけは、最初からひとつしかなかった。娘の相馬ひかり(そうまひかり)は今、相馬家にいる。出かける前、体調が悪くて泣き続けていたひかりを、ようやく寝かしつけて、そっと額にキスをした。3歳の娘を置いて、こんな場所へ来るほかなかったことが悔しかった。4年前。私は家族が決めた彰人との婚約を破棄し、家族の反対を押し切って相馬郁也(そうま いくや)と駆け落ちした。その結果、篠宮家とも絶縁した。その私が今さら、かつて自分から捨てた男に頭を下げている。彼に断られたら、次に誰を訪ねればいいのかも分からなかった。数日前、病院の診察室で、海外にひかりと適合する可能性の高いドナー心臓が見つかったと聞いた。日本へ届くのは約1ヶ月後だという。机の下で、私は膝に置いた両手を握り合わせた。ひかりが助かる。病気のために諦めてきたことを、少しずつできるようになるかもしれない。でも、医師は続けた。同じ心臓を必要としているのは、郁也の養妹、相馬柚香(そうま ゆずか)だった。帰りの車でその名を口にした時、郁也は前を向いたまま言った。「今回は柚香に譲ろう」最初は意味が分からなかった。「……ひかりじゃなくて?」「ああ」「ひかりはあなたの娘なのよ」「分かってる」分かっている。そのうえで、柚香を選ぶ。「柚香はずっと心臓病と闘ってきた。次があるか分からない」「ひかりだって同じでしょう?」「俺たちはまだ若いだろ。また健康な子を産めばいい」私は、ハンドルを握る夫の横顔を見た。「……ひかりの代わりに?」「そういう
Última actualización : 2026-10-09 Leer más