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3話

مؤلف: Amy
last update تاريخ النشر: 2026-10-09 16:31:42

翌朝、枕元の携帯が震えた。

郁也からだった。

昨夜、柚香から送られてきた写真が浮かんだ。私は眠っているひかりを見てから、電話に出た。

「熱は?」

「まだある。夜中も苦しくて、何度も起きたの」

「眠れなかったのか」

「明け方になって、やっと」

ひかりの頬にかかった髪を、そっとよけた。

「昨日も、パパはって聞いてたのよ」

「そうか、後で病院に行くよ」

私は携帯を耳に当て直した。

「そう?ひかりが起きた時にあなたがいたら――」

そのとき電話の向こうで、甲高い声がした。

「お兄ちゃん、痛い……!」

「どうした?」

郁也の声が、私から離れた。

「火傷?まず水で冷やせ。ごめん、電話切るぞ」

「待って。ひかりは?」

「聞こえただろ。柚香が火傷したんだ」

通話が切れた。

私は携帯を耳に当てたまま、しばらく言葉も出なかった。

……

昼過ぎ、今度は郁也の母、相馬須美子(そうま すみこ)が来た。

いつも通りに整えられた服で、ベッドに近づくより先に、私の足元の荷物を見た。

「まだ入院してるの?」

第一声がそれだった。

「熱が下がらなくて」

須美子はテーブルの上の請求書を手に取った。

「今月だけでいくらかかってると思ってるの」

「今はお金より、ひかりの身体が――」

「美晴さんが選んだ結婚でしょう。困った時だけ相馬家に頼るのは、都合がよすぎるんじゃない?」

須美子は請求書をテーブルへ戻した。

「美晴さんと郁也が結婚すれば、篠宮家とのつながりができるはずだったのに」

私は顔を上げた。

「駆け落ちなんてして絶縁されて。相馬家には何の利益もないわ」

「……私と郁也の結婚を、そんなふうに考えてたんですか」

「名家の結婚なんてそういうものでしょう」

私はひかりへ向き直り、布団から出ていた肩を覆った。

「自分の立場が分かってないようね」

娘に触れたまま、振り返った。

「分かってます。私は、この子の母親です」

「なら自分で何とかしなさい」

須美子はバッグを手に取り、病室を出ていった。

扉が閉まってから、私はテーブルの請求書を手に取った。

結婚してから、仕事を辞めた。

俺の妻が働く必要なんてないと郁也に言われ、愛情だと思って従った。

自分で出せるお金を考えても、夫の顔が浮かぶ。

それが悔しかった。

その日の午後、看護師に娘を頼み、短時間だけ病院を出た。

買い取り店のガラスのカウンターに、篠宮家から持ってきた時計を置いた。

続いて、母にもらったネックレスを外した。

手のひらに落ちた鎖を見た。

これを売ったと知ったら、母は何と言うだろう。

トレーへ置こうとして、指が止まった。

「それ、売っちゃうんですか?」

隣のカウンターにいた女が、私の手元を覗き込んでいた。

耳元で大きな真珠が揺れる。

「柚香の友人の、高梨麗奈(たかなしれいな)です。柚香のところでお写真、見ました。美晴さんですよね」

返事をする前に、時計へ爪の先を向けられた。

「相馬家に嫁いだのに、こんな物まで売らないと暮らせないんですか?」

店員が査定票を持って戻り、私たちの間で足を止めた。

「娘の治療費です」

小声で答えると、麗奈は眉を上げた。

「郁也さん、柚香の治療費のためなら、子会社を売ってでもお金を用意するって言ってたそうですよ。美晴さんも頼んでみたらいいのに」

私は、トレーへ置いたばかりのネックレスに目を落とした。

柚香には、子会社を売ってでも。

鎖へ伸ばしかけた指を引っ込めた。

麗奈が横からさらに身体を寄せてきた。

「柚香、いつも美晴さんに申し訳ないって言ってましたよ。お兄ちゃんが自分のことばかり心配して、何でもしてくれるからって」

ひかりが伸ばした手を取らず、柚香を抱き寄せた夫の姿が浮かんだ。

「柚香は昔から身体が弱いんですよ。郁也さんが放っておけないのも、分かるでしょう?」

私は麗奈から目をそらし、査定票を持つ店員へ向き直った。

「……いくらになりますか」

店員は査定票を私の前へ差し出し、金額の欄を指で示した。

私はその数字を見つめた。

手放せば戻らない。

母のネックレスを、もう一度だけ指でなぞった。

「お願いします」

後ろで麗奈がスマホを耳に当てる。

「柚香?今ね、美晴さんに会ったの。買い取り店で」

私は相手にせず、店員から差し出された用紙に名前を書いた。

自分の物を売るだけなのに、こんなところまで知られてしまう。

手続きを終え、現金の入った封筒を受け取った。

これで請求書の分は払える。その先まで足りるわけではない。

それでも、娘のために使えるものがまだ残っていたことに、ほっとしていた。

病院へ戻る途中、スマホが鳴った。

画面に表示された名前を見て、足が止まる。

【シスター・高瀬静江(たかせしずえ)】

「もしもし」

「美晴ちゃん?」

久しぶりに聞く声だった。

「お久しぶりです」

「聖マリアの家の子たちがね、美晴ちゃん最近来ないねって」

「ごめんなさい。最近ちょっと忙しくて」

「あなたが、ちょっと忙しいって言う時は、大抵ちょっとじゃないでしょう」

子どもの頃から知っている静江には、声だけで見抜かれてしまう。

「ひかりが、入院していて」

そこまでは言えた。

夫が来ないことも、持ち物を売ったことも、口にしたら泣いてしまいそうだった。

自分で選んだ結婚なのにと、言葉を飲み込む。

「美晴ちゃんは、休めている?」

「……大丈夫です」

静江は少し黙ってから、静かな声で言った。

「話したくなったら、いつでもいらっしゃい」

「はい」

電話を切っても、すぐには歩き出せなかった。

大丈夫と答えた声が、我ながら頼りなかった。

バッグの口を開き、封筒が入っていることを確かめた。

病院へ戻れば、ひかりが待っている。

歩き出した途端、歩道の白いタイルがぼやけた。

店の窓枠へ手をつき、通りの向こうを見た。

ビルの入口にベンチがある。

あそこまで行って、少し座ろう。

昨日から何を食べたのか、思い出せなかった。

昨夜も娘の息が気になって眠れなかった。

こんなところで倒れたら、ひかりはどうなるのだろう。

バッグを抱え直し、一歩ずつ足を運ぶ。

縁石のそばで、黒い車が止まった。

扉の開く音に顔を上げた時、膝が折れた。

せめてバッグを落とさないよう、胸へ引き寄せる。

でも地面にぶつかる前に、誰かの腕が私を受け止めた。

「……美晴」

低い声。

その顔を見る前に、意識が途切れた。

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