大奥様の嵐のような急襲が去った後、久世家の屋敷はようやく平穏を取り戻した。息子の悲痛極まる懇願と、胸元の痛々しい古傷を自らの目で確かめた母は、深いため息をつき、蓮花の滞在を渋々ながら黙認することにしたのだ。しかし、魔物の暴走を完全に鎮めるためには、特殊な滋陰の薬草の調達が急務であった。「若様、丹田の火気を完全に冷ますには、『千年紫河車』と『雪山白蓮』という希少な生薬がどうしても必要です。日本橋・通町の裏通りの大店へ行って買い求めてまいります」「ならぬ。そなたが独りで町へ出るなど危険すぎる。柳沢の密偵どもがそなたを狙っておるというのに……」道真が眉根を寄せて手首を掴んだが、蓮花はからりと笑ってみせた。「ただの町娘の身なりで深編笠を目深に被れば、誰も気づきはしませぬ。患っておられる若様がお出ましになる方がよほど危のうございますよ。五両分の銀だけ持たせてくださいまし」結局、蓮花は道真の制止を振り切って日本橋の通町へと向かった。しかし道真は奥書斎に座して書物を広げても、まるで文字が頭に入ってこなかった。脳裏には蓮花の華奢な後ろ姿と、竹林で不気味に響いた密偵の口笛の音ばかりが渦巻いていた。あの白い横顔と、悪戯っぽく笑っていた瞳が焼きつき、胸が焦げ付くように落ち着かず、血の気が引いていく。『ええい、じっとしてなどおられぬ!』道真は装束を脱ぎ捨て、地味な藍色の羽織袴に着替え、大きな編笠を目深に被って、独り町へと駆け出した。正午の通町は、行き交う商人や町人たちでごった返していた。道真は人混みの中から、浅葱色の小袖をまとい、薬草の包みを抱えた蓮花の姿を一目で捉えた。彼女が薬種問屋を出て、川沿いの橋を渡ろうとした、まさにその時だった。「おい、そこの別嬪さん! 編笠の奥から見える顎の線が、たまらなく色っぽいねえ」絹の着物を着崩した、素行の悪そうな三人の無頼漢が、蓮花の前に立ちふさがった。脂ぎった顔の頭目がニヤつきながら、蓮花の笠の紐に指をかけた。「薬の包みを見るに薬部屋の娘のようだが、辰巳の芸者よりも色気があるじゃねえか。俺たちと一杯、熱い酒でも引っ掛けにいかねえかい?」「そこを退いてくださいまし。急ぎの用があるのです」蓮花が冷ややかに言い放ち、すり抜けようとした瞬間、男の手が蓮花の細い手首をぐいと乱暴に掴み取った。「おや、つれないねえ。お侍の旦那の相手を
最終更新日 : 2026-10-13 続きを読む