伊南梓(いなみ あずさ)は顔を真っ赤にしながら起き上がり、下着を身につけた。「舟ヶ崎先生、私、この子を産めますか?」不安げに目を向けた先では、背の高い舟ヶ崎佑紀(ふながさき ゆうき)が洗面台に少しかがみ、手を洗っていた。節の目立つ手に水が流れ、袖口からのぞく前腕には血管がうっすらと浮いている。その姿に、つい余計なことまで想像してしまう。佑紀は彼女に視線を向けた。深い黒の瞳は底が知れず、冷淡さを隠そうともしない。「夫婦生活はうまくいっていないのですか?」梓の顔が、さらに赤く染まった。唇を噛み、恥ずかしそうに小さくうなずく。「はい......一度しかなくて」「一度だけ、ですか」「な、何か問題があるんですか?」梓は服の裾を握りしめ、心の中で何度も繰り返した。――先生にとって、患者の性別なんて関係ない。それなのに、彼の節の目立つ指が目に入ると、さっきの診察の光景が勝手に脳裏によみがえり、たちまち呼吸が乱れてしまう。気をそらそうと、意識して視線を外し、佑紀の手元にあるカルテへ目を向けた。彼の字はすっきりと端正で、医師にありがちな走り書きとは違い、整っていて読みやすかった。「体力がかなり落ちていますし、切迫早産の兆候もあります。この子を産みたいのであれば、入院して経過を観察する必要がありますね。すぐにご家族へ連絡してください」梓の顔から血の気が引いた。妊娠してからはずっと慎重に過ごし、お腹の子を守るための注射も受け続けていた。最近は少し体調が悪かったため、わざわざ知人を頼って専門医の診察を予約したのだ。それなのに、まさか早産の兆候があるなんて。彼女はスカートの裾を強く握りしめた。「あの、先生......この子を産めるなら、どんなことでもします!」結婚して3年。夫の北上辰樹(きたかみ たつき)は「子どもは好きじゃない」と言い、結婚してから一度も彼女を抱こうとしなかった。今回の妊娠は、酒に酔った夜の思いがけない出来事だった。梓は、辰樹がこの子を望まないのではないかと怖くて、初めて彼の意に背いた。彼が半年間の出張でM国へ行っている間に、ひそかに妊娠を維持するための注射を受け始めた。薬も副作用が出るほど飲み続け、ようやく7か月までお腹の子を守ってきたのだ。二人の間に子どもが生まれさえすれ
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