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第2話

Author: まりん
「愛梨、パパとママにずっと一緒にいてほしい~」

愛梨が辰樹の脚に抱きついた。その甘えた声に、辰樹は目を細めた。

わずかに残っていた迷いも、完全に消え去る。

彼は片腕で愛梨を抱き上げ、もう片方の腕を栞の肩に回した。

「栞、お前は優しすぎるんだ。帰国したら、愛梨の誕生日パーティーで、お前たちが俺の家族だと公表するつもりだ」

栞は辰樹に身を寄せ、瞳に得意げな色を浮かべた。けれど、口調にはわざと心配そうな響きをにじませる。

「え?でも、梓のお腹の子はどうするの......?」

辰樹は口元に嘲笑を浮かべ、見下すように言った。

「あいつは俺に惚れ込んでるんだ。他の男のガキを孕んでいるなんて、耐えられるわけがない。今頃、あのガキはもう始末されてるだろうな」

梓がそんな屈辱に耐えられるはずがない。まして、他の男の子を産む度胸などあるはずがないと、彼は確信していた。

......

梓が目を覚ましたときには、すでに集中治療室へ移されていた。

反射的にお腹へ目を落とす。まだ大きく膨らんでいるのを確かめて、ようやく胸をなで下ろした。

子どもは、まだお腹にいる。

そのとき、若い看護師が二人、ドアを開けて入ってきた。話す声には、隠しきれない憧れがにじんでいた。

「舟ヶ崎先生って、本当にすごいですね!2番ベッドの妊婦さん、あんなに危険な状態だったのに、お母さんも赤ちゃんも助けたんですから!」

「舟ヶ崎先生は医学界でも第一人者だからね。あの患者さんは、運がよかったのよ......」

「静かに。舟ヶ崎先生の回診が始まるよ!」

ひそひそとした話し声が、ぴたりとやんだ。

佑紀が、何人かの年配の医師を連れて病室へ入ってきた。

彼には周囲を圧倒するような威圧感があり、その場にいた誰もが自然と彼の後ろに控えた。

梓の体にはモニターのコードがつながれていて、少し動くだけで胸にちくちくとした痛みが走る。

ふと顔を上げると、佑紀の冷ややかな目とぶつかった。

彼女は小さくまばたきをした。その目には戸惑いと、助けを求める気持ちがにじんでいた。

佑紀は彼女を一瞥すると、わずかに顔を横へ向け、後ろにいる人たちに告げた。

「患者さんは術後、目を覚ましたばかりです。静かに休ませる必要がありますので、皆さんは先に出てください」

異を唱える者はいなかった。大勢で入ってきた医師たちは、素直に病室を出ていき、ドアも閉めてくれた。

「どうしましたか。話してください」

佑紀は襟元を軽く引っ張った。口調は相変わらず冷淡だった。

梓は喉がひどく痛み、声を出せなかった。枕元のスマホを手に取り、文字を打って佑紀に見せる。

【舟ヶ崎先生、この子を産むのを助けてください】

「私を買収するつもりですか?」

マスクで顔は隠れていたが、その声に含まれた揶揄は、梓にもはっきり伝わった。

慌てて文字を打つ。

【違います!お願いしているんです。この子を産めるように、どうか力を貸してください。この子を産めるなら、先生に何を言われても従います!】

「そんなことをする必要はありません。医師として当然の仕事ですから。ただし......」

佑紀の鋭い視線が、梓に向けられた。

「診療費をお支払いいただけることが前提ですが」

一目で見抜かれてしまい、梓は恥ずかしさに頬を赤くした。

――そう。彼女には、お金がなかった。

辰樹は裕福だったが、彼女のためにお金を使うことはなかった。いつもこう言っていた。

「衣食住は全部、人に任せてあるだろう。お前に金が必要ないだろ」

たとえ今、離婚することになっても、彼の性格からすれば、一銭も渡されずに追い出されるだろう。

そんなの、納得できない。

どうして自分だけが......

結婚して3年間、辰樹の身の回りの世話をするために、学業も仕事も諦めた。それなのに、最後に何もかも失い、傷つくのが自分だけだなんて。

離婚するにしても、自分が受け取るべきものは、すべて取り戻してみせる。

「治療費は、必ず払います」

梓はかすれた声を絞り出した。その目には、譲らないという意志が宿っていた。

か弱い姿とは裏腹に、ひどく強い意志をたたえた彼女の目を見て、佑紀の瞳がわずかに陰った。

なぜか、7か月前、自分が薬を盛られたときに部屋へ入ってきた女が脳裏に浮かんだ。

彼が強引にその体を奪ったとき、彼女は初めてだったため、痛みに全身を震わせていた。それでも必死にこらえ、声一つ上げなかった。

翌朝、目を覚ましたときには、もう姿がなかった。

人を使って捜したこともある。だが、まるでこの世から消えてしまったかのように、今も何の手がかりもつかめていない。

佑紀は再び襟元を引っ張った。

手を伸ばして梓のスマホを取り、再び返したときには、新しい電話番号が一つ登録されていた。

「言っておくが、私は忙しいんです」

「ありがとうございます、舟ヶ崎先生!」

病室に一人きりになると、梓の目が冷たくなった。

幼い頃、何か失敗するたびに、両親から家の外へ追い出された。そのせいで体が冷えやすくなり、医師からも以前から、妊娠を維持するのは難しいと言われていた。

辰樹は、それを見越していたのだ。

彼女に屈辱を与えながら、自分は嫌な思いをせずに済む。彼の性格からすれば、いくら彼女を愛していなくても、他の男の子を産むことなど許すはずがない。

すべてが自分の思いどおりになると思っているのだろう。

辰樹は、彼女が他の男と関係を持つように仕組んだ。

この子が生まれたときにも、同じように笑っていられるといい。

集中治療室で2日間を過ごし、3日目になって、ようやく一般病棟へ移った。

ベッドから下りて動けるようになったばかりの頃、突然スマホが鳴った。

画面には「姉」と表示されている。

梓は深く息を吸ってから、通話ボタンを押した。

「梓、何度もメッセージを送ったのに、どうして返事をくれないの?」

電話の向こうから、栞の優しい声が聞こえた。

聞き慣れたその声に、梓はスマホを握る手が震えるのを感じた。

姉。

幼い頃から、最も信頼し、頼りにしてきた家族だった。

その姉に、最後にはこんな形で裏切られるなんて......

電話の向こうで、栞がため息をついた。

「ごめんなさい......辰樹を奪うつもりなんてなかったの。お父さんとお母さんが、私一人で海外にいるのは大変だろうって。辰樹も私をすごく心配していたから、居場所を教えたの。梓が嫌なら、辰樹を返してあげてもいいのよ?」

そう言ううちに、声が少し涙ぐんだ。

「そうだ、梓。3日後は愛梨の誕生日なの。ホテル・デュークでお祝いすることになってるから、そこで直接、ちゃんと説明させて。ね?」

梓は胸の中で渦巻く感情を押し殺し、冷たく答えた。

「今、入院してるから。出席はできない」

「電話を貸せ」

突然、辰樹の低く冷たい声が響いた。

「愛梨の誕生日パーティーに呼んでやると言ってるんだ。栞の好意を踏みにじるな」

その言葉が重い石のように胸へ落ち、梓は息もできないほどの痛みを覚えた。

腹が立ちすぎて、笑いがこぼれた。

「夫と浮気相手の子どもの誕生日を、私に祝えっていうの?よくそんな恥知らずなことが言えるわね」

「それがどうした?」

辰樹は鼻で笑った。

「お前の体じゃ、どうせ子どもは産めないだろ。今、俺の子どもは愛梨だけだ」

梓は、全身が凍りつくような思いがした。

彼は、すべて知っていたのだ。

彼女が妊娠していることも知りながら、他の男の子を必死に守ろうとする姿を、ただ眺めていた。

梓の胸にかろうじて残っていた望みが、完全に消え去った。

怒りが頂点に達し、かえって笑みが浮かんだ。

「あのさ、どうして私がこの子を産めないって決めつけるの?」

電話の向こうが、急に静かになった。

「私のお腹の子こそ、妻である私が産む、あなたの子どもなのよ」

梓はふいに声を低め、皮肉な笑みを浮かべた。

「それとも北上社長は、妻を自分の手で他の男のベッドへ送り込んだって、世間に公表できるほど器が大きいのかしら?」

言い終えると、梓はそのまま電話を切った。

北上家の邸宅で、辰樹は切られた電話を見つめ、恐ろしいほど顔を曇らせた。次の瞬間、スマホを床へ思いきりたたきつけ、粉々に砕いた。

「あいつ、まだ子どもを堕ろしていなかったのか!」

――他の男の子だと、もう知っているはずだ。

そもそも、妊娠を維持できる体ではない。

それなのに、なぜ堕ろしていない?

辰樹の反応に、栞はびくりと震えた。けれど、すぐに気を取り直した。

彼に歩み寄り、哀れっぽい顔で服の裾を軽く引く。

「辰樹、梓はきっと、あなたの気を引きたいだけ......自分のことを気にかけてほしいのよ」

栞の言葉で、辰樹の激しい怒りも落ち着いていった。

彼は冷笑した。

「他の男の子を腹に抱えたまま、俺を脅すとはな。いい気になりやがって」

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