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第6話

Author: まりん
強気に出ても通じないとわかると、栞は態度を変えた。ため息をつき、しおらしく言う。

「私たちは実の姉妹なんです。この子、昔から男関係がだらしなくて。今は結婚しているのに、外で男と遊んで妊娠したんです。お腹の子が誰の子なのかもわからないんですよ」

「そんなことを言って、良心が痛まないの?」

梓は皮肉を込めて、栞を見た。

これが、自分の実の姉なのだ。他人の前で、平然とありもしない男女関係の噂をまき散らしている。

栞は冷笑した。

「私、何か間違ったことを言った?そのお腹の子は、よその男と寝てできた子でしょう?」

梓の顔は、さらに青ざめた。伏せたまぶたが、震え続けていた。

そのとき、耳元で男の冷淡な声がした。

「私に何の関係があるんですか」

栞は目を見開き、驚いて佑紀を見た。

「え......でも、気にならないんですか?」

この男は、梓の愛人ではないのか?

「なぜ私が気にする必要があるんです?」

佑紀は眉をひそめた。話の通じない栞に、ひどく苛立っているようだった。

その態度を見て、栞は歯を食いしばり、ボディーガードたちに命じた。

「梓を取り返して!ここから出しちゃだめ!」

佑紀の口元に、ゆっくりと笑みが浮かんだ。冷たい目に、わずかな揶揄が混じる。

「ここまで私を挑発する人は、初めてです」

「ふ......舟ヶ崎社長?」

そのとき、横から驚いた声が上がった。

北上グループの取引先の社長が、用事で手間取り、まだ会場に残っていたのだ。

佑紀を見た佐々木社長は、驚きのあまり、言葉がつかえていた。

以前、京華市(きょうかし)へ出張した際、大きな会議ホールの前を通りかかり、彼が車から降りる姿を遠目に見たことがあった。

そのときの彼は、隙なく整えた礼装のスーツに、公式行事の来賓章をつけていた。威厳のある年配の男性に手を貸し、大勢の人に囲まれながらホールへ入っていった。

気になって同行者に尋ねたところ、あの男が京華市の舟ヶ崎家の次男、舟ヶ崎佑紀だと知った。

舟ヶ崎家は、京華市の四大名家の一つだった。三代にわたって政財界に深く根を下ろしてきた名門で、蓄えた財産はもちろん、その背後にある力を思えば、誰もが手を出すことをためらう家だった。

「佐々木さん、この方をご存じなんですか?」

佐々木の声に異変を感じ取り、栞の顔がわずかにこわばった。無理に笑みを作り、探るように尋ねる。

佐々木は口を開きかけたが、佑紀の威圧感に気圧され、反射的に一歩下がった。引きつった笑みで答える。

「い、いえ......存じません」

「本当に、ご存じないんですか?」

栞は疑わしそうに見た。

「それは......」

「彼は私の主治医よ。どうしたの、お姉ちゃん。敵に回すのが怖い相手かもしれないと思った?」

梓が佐々木の言葉を遮り、皮肉な目で栞を見た。

佑紀がどんな人物であろうと、自分の問題に巻き込みたくはなかった。

栞は鼻で笑った。

「北上グループの時価総額は1兆円よ。この江川市(えがわし)で辰樹に逆らえる人なんていないわ」

腕を組んで佑紀を見つめ、わざと挑発するように続けた。

「梓は、あなたにとって何なんですか?北上グループを敵に回すほどの相手?」

「彼女は......」

佑紀の視線が、梓の青白い顔と、お腹を守る手に落ちた。低い声で告げる。

「私の患者です」

「患者?そんなはずないでしょう。どう見ても、二人はただの患者と医者の関係じゃ――」

「どいてください」

続く言葉を、栞は喉の奥に飲み込んだ。

佑紀の目には何の揺らぎもなかった。けれど、その冷たさは骨まで凍らせるようだった。

これ以上邪魔をすれば、自分には到底耐えられない結果になる。そう思わずにはいられなかった。

――この男は、いったい何者?!

佑紀はそれ以上、誰にも構わず、梓を横抱きにして会場の外へ大股で歩き出した。

梓は、すでに意識が遠のき始めていた。これ以上手間取れば、子どもだけでなく、彼女自身の命も危なくなる。

「う......」

腕の中の温かさと、歩くたびに伝わる揺れに、梓はかすかなうめき声を漏らした。

緊張が解けると、お腹の痛みはますます強くなり、意識が再びかすんでいく。

すべてが闇に沈む直前、彼女は最後の力を振り絞り、佑紀の襟元をつかんで懇願した。

「お願いです......病院には連れていかないでください......」

最後の言葉が消えると、首ががくりと傾き、佑紀の腕の中で完全に意識を失った。シャツをつかんでいた指も、力なく滑り落ちる。

その動きに合わせて、ごくかすかな清らかな香りが、佑紀の鼻先をかすめた。

彼女を抱きかかえている腕が、わずかにこわばった。

この香りは......

彼はうつむき、腕の中の生気のない顔を見た。気づかれないほど小さく、眉をひそめる。

「舟ヶ崎先生?」

ずっと会場の入口で待っていたアシスタントが、小声で指示を仰いだ。

佑紀は数秒、黙っていた。青白くても、清楚な美しさを失わない顔を見つめ、黒い瞳を深める。

――仕方がない。この女には、約束してしまったのだから。

「車を用意して。戻る」

「承知しました!」

梓を横抱きにして去っていく佑紀の背中を見つめ、栞の顔が醜くゆがんだ。

「栞、さっき男があの子を連れていったのを見たけど、どういうこと?」

招待客を見送り終えた恵が戻り、すぐに尋ねた。

本当は止めようと思ったのだが、結局、近づく勇気が出なかった。

あの男の威圧感が強すぎて、不安になったのだ。

栞の顔が、ますます険しくなった。

会場には、もう他に誰もいない。取り繕う必要もなく、歯を食いしばって吐き捨てた。

「あの女、わざとやってるのよ!昔から私より目立とうとしてばかり。今日はあと少しで、あの子を完全に潰せたのに、途中から舟ヶ崎だか何だかが出てきて......どうしてあんなに運がいいの!?」

「あんな素性も知れない子のために、体を悪くするほど怒ることないわ」

恵は慈しむように栞の背中をなでた。

「所詮、施設で誰にも引き取ってもらえなかった、捨てられた子でしょう。私の大事な娘と比べる資格なんてないのよ。あのとき、あなたにあんなことがなければ、辰樹と結婚して、あなたの代わりに妻の座を守る役目だって、回ってこなかったんだから」

――そうだ。あのとき予想外の妊娠さえしなければ、辰樹を梓に譲ることなどなかった。

今日、辰樹が梓に向けた目を思い出し、栞の顔がいっそうゆがんだ。

――梓など、両親が事業のため、そして実の娘である自分を自由に生きさせるために、児童養護施設から引き取ってきた駒にすぎない。将来、政略結婚に使うための子だったのだ。

それなのに、どうして幼い頃から、いいことは何でもあの子が手にするの?

今度こそ完全に潰せるはずだったのに、また逃げられてしまった。

このまま見逃すわけにはいかない!

栞はスマホを取り、辰樹へ電話をかけた。

電話がつながった瞬間には、すでに瞳いっぱいに涙を浮かべていた。

「辰樹、さっき梓を病院に連れていこうと思っていたの......でも、急に知らない男の人が現れて、梓を横抱きにして連れていってしまって......その人が......その人がね......」

「その人がどうした」

電話の向こうから、辰樹の険しい声がした。

栞は唇を噛んだ。

「梓は自分の女だって。ねえ辰樹、あの晩、梓が佐々木さんの部屋に行かなかったのは、あの男と一緒にいたからじゃ......」

――ドン!

突然、電話の向こうで大きな音がして、通話が切れた。

栞の口元が、つり上がる。

――一度に潰せないのなら、じわじわと追い詰めて、破滅させてやる!

......

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