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第4話

Author: まりん
「俺の子を産むわけがない」

辰樹は目を伏せ、軽蔑と嫌悪を隠そうともせずに言った。

「腹の子が誰の子かなんて、知るか。俺の娘は愛梨だけだ。勝手に俺と結びつけるな」

自分の手で彼女を他の男のベッドへ送り込んだくせに、今度は浮気相手を守るため、人前で彼女を辱めようとしている。

梓は妊娠7か月のお腹を抱えて会場の中央に立っていた。その姿は、追い詰められた獣のようだった。

体の脇に下ろした手を握り、またほどく。やがて口元に、冷たい笑みが浮かんだ。

「私に資格がないって言うなら......ここに私の夫として名前が載っているのは誰よ?」

梓は、かつてどれほど辰樹を愛していたのだろう。

婚姻届が受理された日から、彼女はずっと、その受理証明書を持ち歩いていた。すべてが夢なのではないかと不安で、それを見るたびに、大好きな人と結婚できたのだと実感していた。

けれど今、その喜びの証は、彼に突きつける刃となった。

会場がどよめいた。

辰樹の顔色が変わった。すばやく梓の手から証明書を奪い取り、粉々に引き裂く。

彼は歯を食いしばり、梓をにらみつけた。

「黙れ!」

「梓、違うのよ」

栞が近づいてきた。その顔には、いかにも心配しているような表情が浮かんでいた。

彼女が身をかがめて耳元へ顔を寄せると、濃い香水の匂いが鼻をついた。

同時に、悪意に満ちたささやきが届く。

「実はあの晩、辰樹はあなたの隣の部屋にいて、ずっと私とビデオ通話してたの。驚いたわ。いつも澄ました顔をしてる私の妹が、陰ではあんなにみだらだったなんて。あの声......ふふ、今でも忘れられないわ」

梓は爪を手のひらに食い込ませた。声には、かすかな震えがにじんでいた。

「あの男って......誰のこと?」

「辰樹が取引先の中から、梓のためにわざわざ選んでくれた相手よ。年は取ってるし、家庭もあるけど、あなたを気持ちよくしてくれるでしょう?辰樹も、ずいぶん気を遣ってくれたのよ」

わざと辰樹の名前を出し、梓の怒りに火をつけようとした。

だが、その言葉を聞いた梓は、かえって体の力を抜いた。

嘘をついている。

屈辱に満ちた、けれど記憶の曖昧なあの夜の光景が、脳裏をよぎった。

真っ暗な中で感じた、たくましく力強い腕。低く響く声には、不思議と心を落ち着かせるものがあった。

相手は若かった。栞が言うような年配の男では、絶対にない。

梓は無意識に大きなお腹をなでた。中の小さな命も、母親の怒りに反応したかのように、かすかに動いていた。

「そう。残念だけど、お姉ちゃんは作り話があまり上手じゃないみたいね」

彼女はそっと、服の内ポケットにある小さな膨らみへ手を当てた。

千夏が見舞いに来たとき、無理やり持たせてくれた小型のボイスレコーダーだった。

千夏は、こう言っていた。

「金と権力を持ってる連中は、あの手この手で仕掛けてくるんだから。用心しておくに越したことはないよ」

ここへ入った瞬間から、梓は録音を始めていた。

今の自分では辰樹に勝てないことくらい、わかっている。だから、こうして自分と子どもを守るしかなかった。

梓は先ほどの姉をまねて、栞の耳元へ顔を寄せた。

「お姉ちゃん、今言ったこと、全部録音してあるの。これが世間に出たら、北上グループの株価も、お姉ちゃんの評判も、どうなるだろうね」

栞の顔から、一気に血の気が引いた。整った顔が、一瞬ゆがむ。

「この、よくも......」

周囲の驚いた視線に気づくと、栞ははっと口をつぐんだ。潤んだ瞳に恐怖が広がる。

梓を怒らせ、この場で取り乱させるつもりだった。それなのに、逆に自分が怒りをあおられてしまった。

3年前、海外へ行くまでは、梓は何も考えていない鈍くさい女だったはずだ。いつの間に、こんなに頭が回るようになったのだろう......

取り乱した栞を見て、梓は皮肉な笑みを浮かべた。

姉は根っから気位が高く、自信過剰で、誰もが自分の手のひらで踊っていると思っている。

だが、梓が以前、愚かに見えたのは、ただ姉に譲ってばかりいたからだとは、考えたこともないのだろう。

「お姉ちゃん、ひどいよ」

「黙りなさい!」

栞は完全に動揺していた。

録音が公になれば、苦労して築いてきたイメージも、もうすぐ手に入るはずの辰樹の妻の座も、すべてが終わる。

体裁を取り繕う余裕もなく、梓へつかみかかり、ボイスレコーダーを探そうとした。

だが、その手が触れる寸前、梓は自分からレコーダーを取り出した。栞の目の前で床にたたきつけ、粉々に壊す。

呆然とする栞を見て、彼女は言った。

「言い忘れてた。録音はネット経由で保存されるの。レコーダーを奪っても無駄よ」

「あなた......!」

栞は拳を握りしめた。憎しみに満ちた目を、もう隠すこともできない。

この瞬間、梓をここへ呼んだことを、心底後悔した。こうなるとわかっていたら、誰にも知られないように殺しておくべきだった。

梓が望んでいたのは、その反応だった。

彼女はもともと、何をされても黙っているような人間ではない。

ただ、わずかばかりの家族の情や愛情を大切にしたくて、何度も彼らを許してきただけなのだ。

両親には、姉妹の間で何が起きたのかわからなかった。だが、栞が不機嫌になった。それだけで、梓を断罪するには十分だった。

恵は栞の前に立ってかばい、梓を険しい目でにらみつけた。

「梓、早く栞に謝りなさい!」

「......あのね、私、本当に二人の娘なのかなって、時々思うよ」

梓は、すべてが皮肉に思えた。笑っているのに、目元はうっすらと赤くなっていた。

幼い頃から、栞は両親に大切にされるお姫様だった。

一方、梓の扱いは、伊南家の使用人にも劣っていた。物置部屋で寝て、栞のお下がりを着せられ、姉より試験の成績がよかっただけでも叱られた。

こんなことが、あっていいのだろうか。

「あんたみたいな恥知らず、私の腹から生まれるはずがないでしょう......」

恵はまだ言い募ろうとしたが、腕に抱いていた愛梨が怯えたのか、泣きながら身をよじって下り、栞に抱っこを求めた。

栞の目に、何かがよぎった。

彼女は慌てたふりをして、愛梨をなだめようと歩み寄った。

「大丈夫よ。梓おばさんはママと冗談を言い合っていただけだから」

梓は、まだ恵の言葉を考えていた。

我に返るより先に、歩き出そうとしていた栞が突然、悲鳴を上げて前へ倒れ込んだ。

その真正面には、泣き続ける愛梨がいた。

栞の悲鳴とともに、愛梨がどさりと床へ倒れ、さらに甲高い泣き声を上げた。

妊娠でホルモンのバランスが崩れているせいだろうか。転んで激しく泣く愛梨を見て、梓の胸も締めつけられた。

反射的に、様子を確かめようとした。

だが、顔を上げた瞬間、憎悪に満ちた栞の赤い目とぶつかった。

梓は、一気に我に返った。

――しまった。栞にはめられた......!

「私は何も......あっ!」

とっさに説明しようとしたが、手の甲に激痛が走った。同時に、辰樹のボディーガードに口を強くふさがれ、声一つ出せなくなる。

その頃、辰樹はすでに愛梨を抱き上げていた。

仕事では冷徹に決断を下す男が、今は触れただけで娘が傷つくのではないかと怯えるように、慎重に体の状態を確かめていた。

栞はよろめきながら辰樹のもとへ駆け寄った。その顔には、母親としての心配と痛ましさがあふれている。

彼女は梓へ、責めるような視線を向けた。

「まだ小さな子どもなのよ。どうしてそんなひどいことが......!」

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