あなたの奥様を本日限りで辞めます의 모든 챕터: 챕터 1 - 챕터 9

9 챕터

第1話

結婚7年目、夫の直哉から【松井家の嫁の引き継ぎリスト】を渡された。初恋の相手、沙耶が帰国したばかりで、松井家のしきたりがわからない。だから、1か月かけて教えてやれという。1か月後、私たちは離婚する。そして彼女が、私に代わって妻になる。リストの項目は全部で47。直哉の胃薬の保管場所から、おばあちゃんの毎月の定期検査、松井家の付き合いまで。すべて、私が7年間こなしてきたことだった。最後のページを開いて、顔を上げた。「どうして1か月なの?」「午後、離婚届をもらいに行こう。提出は1か月後だ。その頃には、ばあちゃんの手術も終わってる」直哉の祖母、松井文枝(まつい ふみえ)は、来月、白内障の手術を受ける予定だった。結婚して7年。松井家で私を本当の家族として扱ってくれたのは、おばあちゃんだけだ。「おばあちゃんにショックを与えたくないから、その間に沙耶に全部教えろってこと?」直哉は書斎の机にもたれ、淡々と言った。「沙耶は身体が弱い。無理はさせられないだろ。お前は何でもできるんだから、もう一度だけ助けてやれ」私は長いこと彼を見つめた。「じゃあ、私は?」「何が?」「……何でもない」7年前、松井家は資金繰りに行き詰まり、時を同じくして直哉の父が病死した。沙耶は松井家を取り巻く重圧に耐えられず、海外へ行ってしまった。私は松井家に嫁ぎ、直哉といちばん苦しかった2年間を乗り越えた。今、松井家は持ち直し、沙耶も帰ってきた。彼女には不整脈の持病がある。この7年、海外でつらい思いをしてきた彼女を、もう見捨てるわけにはいかない。直哉はそう言った。私には、ただこう告げただけだった。「佳穂、お前は沙耶とは違う。俺がいなくても、ちゃんとやっていけるだろ」直哉はリストの脇に、キャッシュカードと離婚協議書を置いた。「1億円と、街の南側にある家。どちらもお前に渡す」カードには目もくれず、協議書を開いた。財産の取り分は明確で、私に不利な条件を押しつけるようなことは書かれていない。私を引き留める気持ちも、少しもなかった。ペンを取り、1億円と南側の家に関する条項を線で消した。結婚前からの財産と、この7年で自分が得た収入だけを残し、最後のページに署名した。あまりにあっさり署名したのが、直哉には意外だ
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第2話

翌日の午後、沙耶はスーツケースを2個転がしてやってきた。空港まで迎えに行ったのは、直哉だった。玄関に入ってきた彼は、片手で荷物を押し、もう片方の手をそっと彼女の肩に添えていた。結婚して7年。直哉がこんなにも細やかに人を気遣えるのだと、初めて知った。白いロングワンピースを着た沙耶は、少し顔色が悪かった。「佳穂、久しぶり」「ゲストルームは2階の左側よ」彼女は動かず、直哉を見た。「荷物が多いから、ゲストルームのクローゼットじゃ入りきらないかも」直哉がこちらを向く。「寝室の隣のウォークインクローゼット、半分空けられないか?」そこには、私の物が入っている。「いいわ」「ありがとう。助かる」沙耶は笑った。最初の引き継ぎは、松井家の食事会だった。手術の前に昔からの友人たちに会いたいというおばあちゃんの希望で、3日後に開かれることになっていた。テーブルコーディネートから席順、招待客の食べられない物まで、これまではすべて私が取り仕切ってきた。まとめた表を沙耶に送ると、彼女はざっと目を通し、尋ねた。「ただ食事をするだけなのに、こんなに細かく書く必要ある?」「中村のおじさまは糖分を摂れないし、佐野夫人は魚介類のアレルギーがあるの。おばあちゃんは薬が変わったばかりだから、お酒は飲めない」「わかった」沙耶は無造作にスマホを脇に置いた。食事会の当日、スタイリストがドレスを2着届けに来た。ネイビーと、シャンパンカラーのものだった。沙耶はシャンパンカラーのドレスを手に取り、身体に当てた。「直哉が、これが似合うって」私はドレスに目をやった。先月、直哉が私のサイズに合わせて、デザイナーに仕立てさせたものだ。私より痩せている沙耶には、ドレスのウエストが大きすぎた。部屋に入ってきた直哉が、彼女の前にジュエリーの箱を置く。「佳穂に直してもらえばいい。デザイナーとも顔見知りだ」沙耶はドレスの脇を撫でた。「今から送り返しても間に合わないわ。佳穂、少しだけ詰めることってできる?」ドレスを受け取り、脇の内側の縫い目をほどいた。内側から、名前の入った布のタグが現れた。佳穂。沙耶の笑顔が、一瞬こわばった。直哉が眉をひそめる。「デザイナーが間違えたんだな」「間違えて
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第3話

直哉は、起業して間もない2年間に胃を悪くした。薬は2種類ある。白い薬は食前に、青い薬は痛みが出たときに飲む。薬の箱を出しておくと見苦しいと言うので、普段使う分は書斎の2段目の引き出しに入れ、車とオフィスにもそれぞれ予備を置いていた。引き継ぎ3日目、薬の保管場所を写真に撮って沙耶に送った。【わかった】返事はそれだけだった。その夜、パーティーから帰った直哉が胃の痛みを訴えた。書斎で何かを探す音がして、入口まで行くと、沙耶が戸棚の前にしゃがみ込んでいた。「薬、どこにあるの?」「2段目の引き出し」「入ってないの」引き出しを開けると、薬を置いていた場所には敷物だけが残っていた。直哉はソファにもたれ、額には冷や汗がびっしり浮かんでいた。バッグから予備の薬を出し、水を用意して飲ませた。薬を飲んで10数分たち、痛みが落ち着いてから、彼はようやく口を開いた。「どうして元の場所に戻しておかなかった?」私は沙耶を見た。沙耶は両手を握り合わせ、目を赤くしていた。「午後、書斎を片づけたの。あそこに置いていたら薬が湿気ると思って、1階の薬棚に移したの。佳穂からは引き出しに入ってるって聞いただけで、いつ具合が悪くなるかわからないなんて、教わってないから」スマホを開き、彼女に送った引き継ぎのメッセージを表示した。最初の行に、こう書いてある。【直哉は飲酒後や空腹時に、急な胃痛を起こしやすい。青い薬を常に持ち歩くこと】沙耶はちらりと見て、さらに声を落とした。「見落としたのかも」直哉はその文面を見ようともしなかった。顔を上げ、私に言った。「沙耶は昨夜、動悸がして病院に行ったばかりなんだ。そんなきつい言い方をしなくてもいいだろ」「送ったメッセージを見せただけよ」「こういうことを覚えるのが苦手だって、わかってるだろ。直接言ってやればいい」「直哉」「何だ?」「胃が悪いのはあなたでしょう。自分の薬の場所くらい、自分で覚えられないの?」彼は一瞬、言葉を失った。ちょうどそのとき、沙耶の涙がこぼれた。「全部、私が悪いの。家の中を、少しでもきれいにしたかっただけなのに」直哉はティッシュを1枚取り、彼女に渡した。「沙耶のせいじゃない」そして私に向き直った。「佳穂、沙耶
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第4話

おばあちゃんは、長いこと黙っていた。「財団のほうは?」「今週、理事会に辞表を出したわ。今進めている3件の事業は、次の担当者に引き継ぐつもり」松井家の慈善財団を、5年前に私に任せてくれたのは、おばあちゃんだった。松井家が自由に使える私的な口座ではない。独立した理事会があり、監査の仕組みも整っている。数百万円規模の小さな事業から始め、地方の学校を回り、病気の子どもの病室で付き添ったこともある。去年、財団は初めて全国の慈善団体ランキングに名を連ねた。直哉は、こうした活動にはほとんど関心を示さなかった。私が責任者をしているのは、松井家の嫁だからにすぎない。彼はずっと、そう思っていた。けれど、おばあちゃんは言った。「どうして辞めるの。私が選んだのは佳穂であって、直哉の奥さんじゃないのよ」「おばあちゃん、私、自分の事業をやりたいの」「もう決めたの?」「うん」「それなら、やりなさい」私の手の甲を、軽く叩いた。「尽くす価値もない人のために、自分まで、誰かに引き継げば済む仕事のように扱わないで」そのとき、病室のドアが開いた。直哉が入口に立っていた。いつから聞いていたのだろう。花を枕元に置き、私に尋ねた。「財団を辞めたのか?」「うん」「どうして俺に相談しなかった?」「私の仕事だから」「松井家の財団だろ」おばあちゃんが冷たく言った。「財団は松井家のものでも、佳穂のものでもないわ。寄付したお金は、それを必要とする人たちのものよ」直哉は、それ以上何も言わなかった。帰り道、彼は運転手に車を路肩に寄せさせた。「沙耶が引き継いだら、そのまま財団の責任者をやればいい」「それは無理よ」「どうして?」「責任者は理事会の投票で決まるの。あなたと結婚したら、自動的に引き継げるわけじゃない」直哉は初めて聞いたかのように、眉をひそめた。「だったら、お前が残って、できるようになるまで教えてやれ」私は彼を見た。「直哉、沙耶に妻の務めを教えろと言ったかと思えば、今度は私の仕事まで教えろと言うのね。私のものなら何でも、ほかの人に渡せると思ってるの?」彼は少し黙ってから言った。「ただの仕事だろ。ほかのことと一緒にするな」私はうなずいた。「わかった。それなら、私は引き受
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第5話

その夜、沙耶は手引きを持って、私のところに来た。「まさか、これを覚えれば直哉の奥さんが務まるなんて、本気で思ってるわけじゃないわよね?」私は相手にせず、本棚の片づけを続けた。沙耶が目の前に立った。「佳穂、ずっと不思議だったの。あんなに直哉のことを知ってるのに、どうして愛してもらえなかったの?」「私も考えたわ」「答えは出た?」「愛してもらえるかどうかは、どれだけ尽くしたかで決まるものじゃないのよ」沙耶は笑った。「ずいぶん割り切ってるのね」「ほかにどうしろと?」「離婚しないことだってできるでしょう」「それで、あなたに同情して、あなたを愛してる彼を、私は待ち続けるわけ?」彼女の笑みが薄れた。「私、同情してもらおうなんて思ってない」「心臓が悪い。7年間待ち続けた。一人で海外にいた。あなたが具合を悪くするたびに、彼はあなたに負い目を感じるのよ」「それは私たちの問題でしょう」「そうね」最後の1冊を箱に収めた。「だから、私は身を引くの」沙耶は壁際の段ボール箱を見つめた。「本当に出ていくつもり?」「離婚協議書には、もう署名したわ」それを聞いても、彼女はほっとした様子を見せなかった。しばらくして、尋ねた。「おばあさまの家族信託、これからは誰が監督するの?」私はようやく彼女を見た。「どうしてそんなことを聞くの?」「直哉が、これからは松井家の嫁として、管理を手伝うことになるって」「信託の書類で決められているとおりにするだけよ」「そこに、あなたの名前はあるの?」「沙耶」「何?」「それは直哉に聞いて」彼女は唇を噛み、それ以上聞かなかった。そのとき、ふいにわかった。彼女がこの47項目を覚えようとしているのは、直哉のためだけではないのだ。松井財団。家族信託を監督する権限。おばあちゃんの人脈。彼女にとって「松井家の嫁」は、ただの呼び名ではなかった。それらを手にするための鍵だった。ただ、直哉は彼女に伝え忘れていた。結婚しただけでは、開かない扉もあるのだ。3週目に入り、おばあちゃんが退院した。直哉は本邸で、世話になった人たちを招き、ささやかな食事会を開いた。沙耶が初めて、女主人として松井家の親戚や友人を迎える場でもあった。私は手
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第6話

最後の引き継ぎは、直哉の父の命日だった。毎年この日になると、彼は一晩中眠れなくなる。私は慰めの言葉をかけることも、何を考えているのか尋ねることもしなかった。ただ、温かいお茶を入れたポットを書斎に置き、彼の父が生前好きだった古いレコードをかけた。リストの注意書きを見た沙耶が、私に尋ねた。「どうして話し相手になっちゃいけないの?」「つらいところを、人に見られたくないのよ」「でも、昔は私、ずっとそばにいたわ」「それなら、自分のやり方でやればいい」その夜、沙耶は昔の写真が入った箱を書斎に持ち込んだ。直哉と一緒に、思い出話をしたかったのだ。30分もしないうちに、カップの割れる音がした。沙耶が泣きながら飛び出してきた。「少しでも楽になってほしかっただけなのに」私は中には入らなかった。午前1時、直哉からメッセージが来た。【レコードはどこだ?】私は返信した。【沙耶に渡したわ】数分後、また届いた。【今どこにいる?】【ホテル】【帰ってこい】その文面を見つめたまま、返信はしなかった。結婚して7年、彼がいちばんつらいときにそばにいなかったのは、初めてだった。胸が痛んで、眠れなくなるだろうと思っていた。けれどスマホの電源を切ると、ぐっすり眠れた。翌朝、最後の箱を取りに、二人で暮らした家に戻った。直哉は目の下に隈をつくり、リビングに座っていた。「どうして帰ってこなかった?」「明日、離婚するから」「まだしてないだろ」「だから?」彼にも、その先に言う言葉がなかったらしい。テーブルには、昨夜、沙耶が書斎に持ち込んだ写真が置かれていた。いちばん上にあったのは、7年前、直哉の父の葬儀のあとに撮られた写真だった。病院の廊下で、直哉がうつむいて座っている。中央には沙耶が立ち、彼の肩に上着をかけていた。写真の隅には、受け取ったばかりの薬を手に、しゃがみ込む私が写っていた。私の顔は、半分しか写っていなかった。直哉はその写真を手に取った。「あの日、お前もいたのか?」「ええ」「どうして俺は知らないんだ?」「胃から出血して気を失ったあなたを、病院に連れていったのは私よ」「沙耶は、自分がずっと付き添っていたって」「彼女は夜9時まで。私は、
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第7話

その夜、直哉は初めて気づいた。佳穂の新しい住所も、仕事の予定も、これからどこへ行くのかも知らなかった。彼は佳穂に電話をかけた。応答はなかった。家に帰ると、沙耶が使用人に、寝室の机を運び出させていた。「ここ、暗いでしょう。ドレッサーに替えたいの」半分ほど空になった部屋を見て、直哉はふと尋ねた。「佳穂の物は?」「全部持っていったわ」「何も残してないのか?」沙耶は不思議そうに答えた。「引き継げって言ったの、あなたでしょう?」すぐに笑顔になり、彼の腕に自分の腕を絡めた。「直哉、これからは私がちゃんとそばで支えるから」その深夜、直哉の胃がまた痛みだした。枕元に薬はなかった。書斎の2段目の引き出しにもない。沙耶は家中を探し回ってから、ようやく、予備の薬を車に置いたままだったと思い出した。取りに行こうとした彼女を、直哉が止めた。「もういい」アシスタントに電話をかけ、医師を呼ぶよう言いつけた。そして暗闇の中に一人座り、リストを最初のページから読み直した。初めて、すべての項目に日付が添えてあることに気づいた。中には、二人が結婚するより前の日付もあった。7年前、直哉の父は重い病気を患っていた。沙耶は海外へ行く準備をしていて、二人はしょっちゅう言い争っていた。専門医への連絡も、診療記録の整理も、沙耶がしてくれた。酔った自分に一晩付き添ってくれたのも彼女だった。直哉はそう記憶していた。けれど、リストに添えられた日付とは食い違っていた。専門医の診察についてやり取りしたメールの差出人は、佳穂。診療記録の1ページ目にある文字も、佳穂の筆跡だった。直哉はリストを持って本邸に行った。おばあちゃんの目には、まだガーゼが当てられていた。彼の質問を聞き終え、おばあちゃんは冷ややかに笑った。「今頃になって、やっとあの子のことに気づいたの?」「ばあちゃん、7年前、本当は何があったんだ?」「沙耶があなたと病院に行ったのは2回だけよ。そのあとは海外へ行くからと、お父さんの病気を重荷に思っていた。医師に連絡してくれたのも、お通夜であなたに付き添ってくれたのも佳穂よ。松井家の借金に関する書類をそろえるために、3か月も走り回ってくれた」「どうして言わなかったんだ?」「あの頃
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第8話

1週間後、松井財団の年次理事会が開かれた。直哉は沙耶を連れて出席した。沙耶は手直ししたシャンパンカラーのドレスを着て、以前の佳穂の席に座った。会議が始まる前、事務局の職員が席を移るよう頼んだ。「岡崎様、そちらは理事の席です」沙耶の顔がこわばった。「松井家の代表として来ているんですけど」職員は直哉を見た。「松井社長にはオブザーバーとしてご出席いただけますが、松井家を代表する理事は、今も文枝様です。佳穂様は、理事会の選挙でご自身が選ばれ、あの席に就いていらっしゃいました」沙耶は後ろの席に移るしかなかった。会議の半ばで、理事長が佳穂の辞任について報告した。進行中の3件の事業は、止まっていなかった。1か月前には後任のチームを決め、資料もすべて引き継いでいた。直哉が予想していた混乱は、起きなかった。佳穂がいなくても、財団はこれまでどおりに動いていた。ただ、松井家には、事業の候補を優先的に推薦する権利がなくなった。理事長が説明した。「佳穂さんの専門知識と手腕が、この5年間、松井グループの業界での信用を支えてきました。退任に伴い、関連する提携については、改めて検討する必要があります」直哉が尋ねた。「彼女は今、どこで働いているんですか?」「それは佳穂さん個人の情報です」会議のあと、沙耶がおばあちゃんと直哉を追いかけてきた。「おばあさま、信託監督人の仕事ですが、直哉から、私にも勉強させてもらえると聞いています」おばあちゃんは足を止めた。「直哉と結婚すれば、私のお金を管理できるなんて、誰に聞いたの?」「そういう意味ではありません」「それなら、どういう意味?」沙耶は直哉を見た。「直哉の奥さんになれば、家族信託に関わることになるって、あなたが言ったのよ」直哉が低い声で言った。「ばあちゃん、少しでも負担を減らしたいと思ってるだけだ」「私の信託監督人には、佳穂を指定してあるわ。あなたと結婚したからじゃない。信頼できる人だからよ。離婚しても、私が選んだ人であることは変わらない」沙耶の顔から、血の気が引いた。車に戻ると、彼女は初めて直哉と言い争った。「佳穂にできたことは、私だって覚えればできるって、言ったじゃない」「何で信託のことなんか聞く?」「これから結
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第9話

直哉は引き継ぎリストを手に、入口に立っていた。「話がしたい」「仕事中にプライベートな話はしないわ」「じゃあ、終わるまで待つ」彼は午後3時から夜8時まで待っていた。パソコンの電源を切って部屋を出ると、彼はまだ廊下のベンチに座っていた。「話して」「7年前のこと、全部わかった」「そう」「すまなかった」「ほかには?」これほど落ち着いているとは、思わなかったらしい。「あれだけ助けてもらったのに、俺はずっと……」「沙耶がやったと思ってた?」「ああ」「それで今度は、恩返しがしたいの?」「違う」「じゃあ、何?」彼は答えられなかった。時間を確かめた。「直哉、あなたはこの7年が記憶していたとおりじゃなかったと、今になって気づいただけよ。ずっと世話をしてくれていた人がいなくなったんだもの。戸惑うのは当然でしょう。そのうち慣れるわ」背を向けようとすると、彼が行く手に立った。「戸惑ってるだけじゃない」「だったら、私の何を知ってる?」彼は動きを止めた。私は尋ねた。「私が食べられないものは?」「特にないだろ」「ピーナッツアレルギーがあるわ。いちばん好きな花は?」彼は、私の手元にある白いトルコキキョウを見た。「トルコキキョウ」「これは、ここに通う子のご家族にいただいたの。私は花が好きじゃない。前の仕事を辞めて、松井財団に入ったのは、どうして?」彼はまた黙った。私は代わりに答えた。「お父さんが亡くなって、おばあちゃん一人では支えきれなくなったから。あなたは、財団なんて大したものじゃないから、適当に見ておいてくれと言ったわ。もっとお給料のよかった仕事を辞めて、5年間、あなたの代わりに『適当に』見てきたのよ。直哉、今になって私を失いたくないと言うけど、あなたは私のことを知りもしない」彼の目が、少しずつ赤くなった。「一度だけ、やり直すチャンスをくれ」「沙耶も同じことを言ってたわ」「あいつとは、もう終わった」「それは、あなたたちの問題でしょう」彼の脇を抜け、夜の中へ歩きだした。今度は、彼も引き止めなかった。……2か月後、療育センターが週末のボランティアを募集した。直哉が応募してきた。初日、高価なスーツを着て来た彼に、職員はおも
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