「様子を見ていて、対応が遅れたらどうするんですか?」明子の夫が尋ねた。手術する人がいないから先延ばしにしているのではないと説明されても、その疑問は残っているようだった。絵里はペンを置いた。「変化を見逃してしまうことが心配なんですね?」「家では普通に歩いて出てきたんです。それなのに、今は血がたまっていると言われて……」「だから、一般病棟よりも近くで状態を確認できる場所へ移します。お腹をもう一度診察し、脈拍や血圧、血液検査の結果がどう推移するかを見ます」夫は廊下の奥へ視線を向けた。「それでも、最初から縫ってもらったほうが安心できそうですが」明子が腹部に置いていた手を引っ込めた。「あなたが安心するために、私のお腹を切るの?」「そういう意味じゃない」「わかってる。私だって怖いんだから」絵里は2人が話し終えるまで待った。手術をしないという説明を聞いて、夫は治療を受けられない状況を、明子は体にメスを入れずに済む可能性を、先に思い浮かべていた。「手術にも危険があります。今は、その危険を引き受けて得られる利益のほうが大きいとは考えていません。ただ、出血が続いたり、別の問題が見つかったりすれば、判断は変わります」「そのときは、先生も変わるんですか?」今度は明子が尋ねた。「治療法が変わっても、外科チームが引き続き診ます。血管の処置が必要になれば、放射線科の先生と一緒に対応します」明子は説明を聞いてうなずいた。手術をすると聞くことよりも、誰がずっと自分を診てくれるのかを知るほうが、助けになるようだった。入室の準備が整ったと連絡が来た。絵里は集中して観察する必要がある理由と現在の方針を記録し、患者を受け入れるチームへ直接伝えた。日中の変化と、まだ行っていない処置が混ざらないようにした。明子は輸血を受けたことがなかった。血圧を保つために支援を増やし続けている状況でもなかった。ベッドが動き出すと、夫も隣で歩調を合わせた。明子は手を伸ばして、彼の袖をつかんだ。「バッグに私の眼鏡が入ってる。携帯の文字が見えないの」「持ってきたよ」「自転車の鍵もね」「今は必要ないだろ」「なくしたら、退院してからまた探さなきゃいけないじゃない」言い終えたあと、彼女は顔をしかめた。ベッドの車輪が床の継ぎ目を越えていた。絵里は移動を一度止め、状態を確認した。姿勢を安定
Huling Na-update : 2026-10-21 Magbasa pa