「54歳の男性です。仕事中、急にお腹が痛くなって来院されました。ベッドに移るときから、体を伸ばせずにいます」絵里は看護師について、カーテンの内側へ入った。男性の作業着の胸に、冷凍倉庫の名前が刺繍されていた。片方のポケットは膨らんでいるが、手で押さえているのはその下のみぞおちだった。一緒に来た同僚が、小さな水のボトルを持ってベッドのそばに立っていた。「森田修司さん?」男性が目を上げた。こめかみから流れた汗が、耳にたまっていた。「何か、悪いものでも食べたみたいで」「いつから痛みますか?」「11時、少し前……」同僚が付け加えた。「10時50分です。点検表を書いていたら、急にしゃがみ込んで。機械にぶつけたわけではありません」今は午前11時40分だった。絵里は患者に触れる前に、呼吸と脈を見た。深く息を吸えずにおり、血圧も高くなかった。けがではないが、すぐに外科で評価すべき理由があった。「水は、まだ飲ませないでください」同僚がボトルの蓋を閉めた。どこがどう痛むかを聞いてから、絵里は診察した。腹部を大きく押して離す動作を繰り返す必要はなかった。手が触れると腹壁は硬く緊張し、ベッドが少し動くだけでも患者は顔をしかめた。毛布を整えてから、佐伯を呼んだ。「みぞおちから始まって、腹部全体へ広がっています。腹膜刺激の所見がはっきりしています」「私もそこが気になって、すぐお呼びしました。心電図は先に取って、血液検査も進めています」佐伯が初期評価を共有した。胸の不快感と重なる症状も確認していたが、今は腹部の急を要する問題を先に探す必要があった。絵里は高瀬に患者の状態を伝えた。返事は短かった。『輸液への反応を見ながら、画像の準備をして。私も下りる』看護師が点滴の管を整えている間、修司は目を閉じていた。絵里が飲んでいる薬を尋ねると、ポケットのほうへ手を動かした。「腰の薬しか、飲んでません」「処方された薬ですか?」「前にもらったのと、薬局で買ったのと」同僚が許可を得て、ポケットから薬の袋を取り出した。名前が残る包装と、字の消えた小袋が混じっていた。絵里は確認できる薬から記録し、残りは家族に確かめることにした。薬を多く飲んでいたから、それが原因だと決めつけるわけにはいかなかった。「何日か前から、胃が焼けるような感じもありましたか?」「少し。もともと
Last Updated : 2026-10-21 Read more