あの歌は、私のためではなかった研究員である斎藤嘉樹(さいとう よしき)と結婚して三年目、私、古川美浪(ふるかわ みなみ)は妊娠した。
私が正式に産休に入る前、嘉樹が所属する研究所はわざわざ送別会を開いてくれた。
そこには、海外から異動してきたばかりの新しい同僚、須崎心美(すざき ここみ)もいた。
嘉樹は紹介した。「彼女は俺の大学時代の同級生なんだ」
私は笑ってうなずき、深く考えなかった。
酒も食事もひととおり済んだ頃、ほろ酔い気味の同僚が嘉樹の肩を組んで言った。
「お前もやるなあ。大学時代に一度途切れた縁を、今また同じ研究所に迎えるなんて、これは運命の糸が紡ぎ直されてるってことか?」
その瞬間、テーブルの空気が凍りついた。
帰宅後、嘉樹は私を抱きしめ、あれは全部過去のことだと何度も説明した。
涙ぐむほど必死な彼を見て、私は心が揺らぎ、彼のいうことを信じた。
それ以降、彼が心美のことを口にするたび、決まって彼女の仕事ぶりに関する、いかにも事務的な愚痴ばかりだった。
「またデータが間違ってる。あいつ、何を考えてるんだか」
この件はもう終わったのだと思っていた。あの日、私がわざわざ彼に弁当を届けに行くまでは。
彼はごく自然な手つきで、白髪ねぎを一本一本取り除いた。
私は一瞬、言葉を失った。「いつから葱を食べなくなったの?」
彼は考える間もなく、反射的に口にした。「彼女が葱、嫌いで……」