かつてあなたを愛しただけ婚約式の三日前、久我真一(くが しんいち)から電話がかかってきた。
「婚約式、ひと月延ばしてくれないか。その日は詩音が帰国して初めての演奏会なんだ。行かないわけにはいかない」
「延期になるだけなら、大したことじゃないわ」
これで一年の間に三度目の延期だ。
最初は氷川詩音(ひかわ しおん)が海外で虫垂炎になり、入院したからだと言って、彼は看病のために慌ただしく飛んで行った。
二度目は詩音が「気分が落ち込んでいる」と言ったから、彼はうつ病になるんじゃないかと心配して、すぐに飛行機のチケットを取った。
そして今回が三度目。
私は「分かった」とだけ答え、電話を切ると、隣に座る端正で気品ある男性に向き直って尋ねる。
「結婚に興味はない?」
その後、詩音の演奏会の最中、真一は彼女をためらいもなく置き去りにし、赤い目をして私の婚約式に駆け込んでくる。
「神崎優奈(かんざき ゆうな)……お前、本当にこの男と結婚するつもりか?」