狂ってしまえば、誰にも縛られない前の人生、この家の血を引く本物の令嬢だった私は、婚約者の前田隆(まえだ たかし)と両親に気に入られようと、惨めなほど尽くしていた。
結局、拾われ子の偽の令嬢、野口睦月(のぐち むつき)に階段から突き落とされて障害を負い、死を迎えた。
次に目を覚ますと、私は彼女に突き落とされる前日に戻っていた。
「お父さん、お姉さんがうっかり割ってしまったの。だからお姉さんを責めないで……」睦月は目を赤くしていたが、口元は挑発的に歪んでいた。
私を見る彼女の瞳には、この年頃にあるべき青さはなく、勝利を確信したような残酷な光が宿っていた。
その余裕な態度を見て、ありえないけれど、たったひとつの答えが頭に浮かんだ。睦月も人生をやり直しているのだ、と。
彼女は待っているのだ。前の人生みたいに、私が追い詰められてひざまずき、許しを乞うのを。
残念だけど、その思惑通りにはならない。
私は何も言わずに、飾り棚にあったもっと高価な花瓶を手に取ると、睦月の足元へ叩きつけた。
割れた破片が彼女の足首を切りつけ、鮮血が流れ出した。
「私が割ったって言い張るんだから、本当に割ってあげなきゃ、あなたが嘘つきになっちゃうでしょ?」
家族全員が恐怖に息をのむ中、私は呆然と立ち尽くす隆の前に進み、みぞおちを思い切り蹴り上げた。
「何見てるのよ?あなたなんかとの婚約、こっちから願い下げだわ」
そう言い捨てて家を飛び出すと、藤原家の御曹司、藤原慎也(ふじわら しんや)の胸にちょうど、真正面からぶつかった。
前の人生では死ぬほど怖かった彼のネクタイを、今度は迷わず掴み上げる。「慎也、私のこと10年も好きだったって本当?今すぐ籍を入れにいく度胸、ある?」