3 Answers
『注文の多い料理店』で、山猫が「たわいもないお話でございますが」と言いながら奇妙な案内状を渡すシーンが思い浮かぶ。この「たわいない」には、一見取るに足らないようでいて実は重要な意味が潜んでいるという両義性がある。宮沢賢治らしい、日常と非日常の境界をぼかす表現だ。
山猫の丁寧な言葉遣いと不気味な内容のコントラストが、「たわいない」という言葉に独特のひやりとした感覚を与えている。読者はこのセリフから、表面上の軽さと裏側に潜む不気味さを同時に感じ取ることになる。童話ならではの、シンプルな言葉で深いニュアンスを運ぶ見事な例と言えるだろう。
『ノルウェイの森』で、主人公がアルバイト先の古本屋の主人について「たわいない話ばかりしていた」と回想する箇所がある。ここでの「たわいない」は、特に深い意味のない会話の連続というニュアンスだが、その繰り返しの中にこそ人間関係の温もりがあった。店主との何気ない雑談が、喪失感を抱えた主人公にとって貴重な日常の支えになっていたことが、後になってわかるのだ。
村上春樹はこのような些細な交流の積み重ねに、人間同士のつながりの本質を見いだしている。くだらないと思える話の中に、心の安らぎを見つける主人公の姿が、この言葉の持つ柔らかな側面をよく表している。
小説『吾輩は猫である』の冒頭近くで、主人公の猫が「人間というものは実にたわいないものだ」とつぶやく場面がある。このセリフは、人間の些細な悩みやこだわりを高いところから眺めた猫の視線がよく表れていて、深刻そうに見える人間の営みも、所詮は取るに足らないものだというニュアンスを感じさせる。
特に面白いのは、猫が暖炉の前でぐずぐずしている書生を観察しながらこのセリフを吐くところだ。受験勉強という大それた目標を掲げながら、実際にはのんびりと昼寝をしている人間の様子を、猫が「たわいない」と評する皮肉が効いている。この表現からは、小さな存在から見た人間社会への軽やかな批判も読み取れる。