文学的な影響を強く与えた近代の詩作、例えば『Idylls of the King』のような作品は、キャメロットを道徳的理想のメタファーとして広めた。そうした詩的再解釈は「キャメロット=実在の城」という単純な問いに対して、新たな層を加える。つまり、たとえ物理的な城が存在しなくても、キャメロットは文化的実体として確立しているという見方が可能だと私は考える。
この見方を補強するのが15世紀の大叙事詩とも言える『Le Morte d'Arthur』で、そこではキャメロットは宮廷の栄華や人間ドラマを映す舞台装置だ。作者は物語の都合で城の描写を自在に変え、理想と悲劇を劇的に見せるために空間を利用している。そうした蓄積のせいで、後世の人々は「どこかに実際の城があるはずだ」と考えるようになったのだろう。