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図書館で見つけた古い海戦の写真に釘付けになった影響か、戦術を見る目が変わった経験がある。ヤン・ウェンリーの指揮ぶりで真っ先に頭に浮かぶのが、ホレーショ・ネルソンの“決断の瞬間”だ。海戦での突破や敵線を切り裂く大胆さはネルソン的で、私も艦隊戦の描写を読むたびにその影を感じる。だが、ヤンは単なる攻撃主義者ではなく、状況判断の慎重さと撤退の美学を同時に持っている。
歴史学徒として読み込んだ『戦争論』の概念も彼の行動を説明してくれる。戦争の不確実性や「摩擦」を前提に置き、最小限の損耗で目的を達成しようとする考えは、ヤンの防御的な計算と一致する。ネルソンの決断力とクラウゼヴィッツ的な戦争理論の折り合いが、彼の独特な戦術スタイルを形作っていると感じている。
演習でシミュレーションを回していたころ、ナポレオンの作戦運用が議論になった。ヤン・ウェンリーの戦術にはナポレオンの機動力や局地的決戦の思想と似た側面があるが、実際にはかなり逆方向の思想も持っていると感じる。ナポレオンは集中攻撃で敵を圧倒するタイプだが、ヤンは単独での一撃必勝を嫌い、状況ごとに勝ち筋を積み上げる流儀だ。
それでもナポレオン研究書に書かれた「戦場での柔軟性」と「機を捉える」という教訓は、ヤンがときに見せる迅速な局面転換に通じる。個人的には、ヤンはナポレオンの野心や侵攻性を抑えた“合理的な機動性”を取り入れつつ、自分なりの安全弁を持たせた指揮官だと思っている。戦術の取り入れ方が巧妙である点が彼の魅力だ。
机の隅に積んだ翻訳本をめくるたび、古典的な奇襲戦術に惹かれてしまう。ヤン・ウェンリーの戦いぶりには、朝鮮半島の英雄、李舜臣(イ・スンシン)の影を重ねて見ることが多い。海軍戦での局地戦術や地形を巧みに利用する点、少ない資源で有利を作るやり方は共通していると思う。
さらに古典的な戦術書である『孫子』の教えも、ヤンの行動原理と相性がいい。敵の出方を読み、戦うべきではない戦いは避ける、これが彼の基本姿勢だからだ。私はこうした東洋・西洋の戦略理論が混ざり合って、ヤンの柔軟な判断が生まれていると理解している。どちらかに偏らない点が彼の魅力でもある。
小説の一節を再読していて、ウェリントン公の守勢的な才覚を思い出した。ヤンの戦術には、堅実で無駄のない守りを重視する姿勢があり、これはウェリントンのように緻密な布陣と連携重視の考え方に似ている。大規模戦での損耗管理や味方同士の調和を第一に考える点が共通していると感じる。
私自身は、ヤンの美学が単純な攻防のどちらかに収まらないところに惹かれる。ウェリントンの実務的な安定志向を部分的に学びつつ、彼はより人間的な判断基準を加えて決断を下す。そういうところが、物語としても戦術的にも響くのだ。