入籍の日、婚約者は別の女の夫になった荷見寧音(はすみねね)には、金になるものを見抜く慧眼があると言われている。
彼女の手にかかれば、紙くず同然の株も一夜にして天井知らずに跳ね上がる。そんな彼女に言い寄る御曹司は引きも切らなかったが、彼女はあえて、何も持たない澤村辰生(さわむらたつお)を選んだ。
十年の月日が流れ、かつて何も持たなかった青年は今や数千億円の資産を握り、倒産寸前だった澤村グループを多国籍財閥へと成長させた。
誰もが寧音の先見の明を称賛し、近々辰生と結婚する彼女を羨んでいた。
だが、寧音が胸を躍らせて市役所へ向かったその日、日が暮れるまで待っても辰生は現れなかった。代わりに目に飛び込んできたのは、彼のアシスタントである春日陽葵(かすがひまり)がインスタに投稿した挑発的な一枚だった。
【親にお見合いを押しつけられそうになってた私を、社長が窮地から救ってくれて、そのまま入籍までしてくれました〜これからは上司としてだけじゃなく、旦那としてもよろしくお願いしま〜す!】
陽葵と辰生が、記入済みの婚姻届を手にして微笑むツーショット写真。それがひどく目に刺さった。
その瞬間、誰もが寧音が嫉妬で狂うのを面白半分に待ち構えていた。
しかし、寧音は慌てることなく「いいね」を押し、コメントを残した。
【入籍おめでとう。結婚式はいつにするつもり?二人のために、たっぷり20万円のご祝儀を包ませてもらうわ】
次の瞬間、ずっと音信不通だった辰生から突然電話がかかってきた。その声は酷く冷え切っていた。
「俺が陽葵と入籍したのは事情があってのことだ。彼女の親が突然電話してきて、仕事を辞めて見合いしろと無理を言ってきたんだよ。
陽葵みたいな優秀な人材を失いたくなかったから、親を黙らせるために入籍してやっただけだ。本当の結婚じゃないってのに、なんでお前はそういちいち心が狭いんだ?
一分だけ待ってやる。今すぐあのコメントを消して、陽葵に謝れ。親の問題さえ片付けば、すぐにあいつとは離婚して、お前と入籍し直してやるから」
とうに心変わりしている辰生の言葉に、寧音はただせせら笑いを浮かべた。
「その必要はないわ。別れましょう」