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遺品の所在を追うと、史料の空白や伝承の継ぎ目に手を触れるような気分になることがよくある。
土方歳三にまつわる遺品は断片的で、はっきりと「これが確実に土方の愛刀だ」と公開されているものは限られているのが現実だ。公的に確認されやすいのは、日野(東京都日野市)にある新選組関連の資料館や記念館で、ここには土方ゆかりの品々や複製・写真資料が展示されることがあるという話をこれまでに何度も耳にしている。箱館(函館)での戦いに関連する遺品や書簡は、函館市の博物館や郷土資料館の収蔵品として扱われる場合があるのも事実だ。
一方で、刀剣そのものについては伝来や鑑定が分かれる。いくつかの脇差や短刀が「土方所用」と伝わり、地方の寺社や個人蔵、あるいは特別展で出品されることがあるが、刀剣の作者銘や歴史的経路を巡って専門家の見解が分かれるケースも多い。こうした事情は、小説『燃えよ剣』の描写が人々の関心を高め、複数の遺物に「土方のもの」との物語を付与してきたこととも無関係ではない。
結論めいた断言は避けるけれど、確実に言えるのは「土方歳三の遺品は全国の博物館・資料館、寺社や一部の私的コレクションに分散しており、その多くは来歴の精査を要する」ということ。史料の説明書きや図録、学術論考を確認すると、個々の遺物についての理解が深まるので、そうした情報を手元に集めるのがいちばんだと感じている。
一つの遺品を追う過程で、所有史(プロヴェナンス)の複雑さに何度も驚かされたことがある。
実務的に言うと、土方歳三関係の現物はおおむね三つの系統に分かれているように見える。第一に、公的収蔵として地方自治体や博物館が所蔵するもの。日野市のような新選組ゆかりの地域資料館や、箱館(函館)の郷土博物館がその例だ。第二に、寺社や墓地に遺された祭具や小物。戦後に伝承として保管されている場合がある。第三に、刀剣商や個人コレクション、オークションを通じて流通している物件で、これらは展示・公開が不定期で来歴説明が付属しにくい。
映画やドラマが与える像(私は『新選組!』の映像表現に触発されたことがある)と、実物資料の持つ証拠力は別物だ。だから、ある刀が「土方の愛刀」と称されていても、学説や刀剣鑑定書、収蔵館の公的記録を突き合わせない限り鵜呑みにできないと感じている。実際の所在を知りたいときは、展示解説や図録、学術誌の所蔵目録を当たるのが現実的だ。こうして調べた断片から少しずつ全体像を組み立てる作業が、自分には合っている。
所蔵の扱いがいちばんややこしいのは、刀剣の多くが公的ではなく私蔵で動く点です。僕の知り合いの収集家筋の話では、土方に由来するとされる脇差や短刀がオークションに出されることがあり、その際に専門家鑑定や刀帳(刀剣登録証)を基に来歴が示されます。しかし出品時に提示される資料が十分でないケースも多く、真贋を巡る議論がつきまといます。
古美術商やオークションカタログに掲載される説明は参考になりますが、伝来の連続性(誰から誰へ渡ったか)を示す公的証拠が示されないと、学術的には仮説の域を出ません。僕は市場で見かける情報を鵜呑みにせず、写真・箱書き・銘や鑑札の有無を丁寧に確認するようにしています。
蒐集癖が顔を出すと、どの美術館や資料館に何があるかをつい調べてしまう癖が出る。
まず、土方歳三に関連する物品で比較的アクセスしやすいのは地方の郷土資料館だ。特に函館周辺の博物館や箱館奉行所に関する展示では、箱館戦争で出土・収集された小物や書簡が紹介されることがある。これらは厳密に「土方個人の所有物」と断定されない場合でも、当時の様子を伝える重要な手がかりになる。日野市にも新選組ゆかりの展示が整備されているので、地元に残る伝承に触れたいなら有益だと感じた。
刀剣や鎧類については、公開が限定的であることが多い。私が見聞きした範囲では、確証のある愛刀が常時公開されているわけではなく、特別展や刀剣展の際に出ることがある。加えて、刀剣の来歴(だれから誰へ渡ったか)を示す古い書類が失われていたり、近代に入り別人の所蔵物と混同されたりしているケースが珍しくない。趣味的な視点で言えば、そうした来歴の揺らぎこそが蒐集・研究の面白さだと感じるが、史実確認の面では慎重に扱うべきだ。
フィクション作品、たとえば『薄桜鬼』のような物語が土方像を大きく形作っているため、現物と物語を区別する視点を持つのが大事だと思う。資料館の解説や図録、専門家の研究を手掛かりに、現存品の所在や来歴を一つずつ確かめるのが私なりの楽しみ方になっている。
この話題、調べるほど層が厚くてつい時間を忘れてしまいました。僕が最初に目にした一次資料や展示案内には、土方歳三に関連すると伝わる遺品が複数の場所に分散していると書かれていました。具体的には、京都の'霊山歴史館'には書簡類や肖像画の複製が収蔵・展示されることがあり、箱書きや来歴が明記された資料が閲覧できる場合があります。これらは刀身そのものではありませんが、歳三に関する研究や来歴の手掛かりとして重要です。
一方で、箱館戦争ゆかりの地にある'五稜郭タワー'付属の資料室では、函館戦争期に関係する遺品や奉納物、関連図面などが展示され、時に土方ゆかりの小物が解説付きで紹介されることがあります。ただし刀剣そのものは、真偽や来歴の根拠が曖昧なものも多く、学術的な裏付けがないまま伝承として扱われている例も見受けられます。だからこそ、展示ケースの札やカタログにある来歴情報を自分で確かめる楽しさと難しさが同居しています。
地元の資料に当たると、土方関連の小物や斬新なエピソードが点在していて興味深いです。僕が実際に触れた記録では、壬生屯所に関する資料を集めた'壬生屯所資料館'に、隊士の日常に関わる複製資料や写真がまとめられていることがあります。刀剣本体ではなく、拳銃や旗、佩用に関する副次的な遺品が地域史料館に残る例も目立ちます。
また、北海道の地方資料館、たとえば'北海道博物館'のような機関が函館戦争に関する寄贈資料を受け入れている場合、土方ゆかりの什器や断片的な書簡が寄託されていることがあると伝わります。どの遺品も来歴の確定に時間がかかることが多いですが、断片をつなげていくと当時の空気が見えてくるのが面白いですね。
古い展示カタログを紐解くと、壬生周辺に残る史料群に触れる機会が出てきます。僕が集めた資料の中では、'壬生寺'に残る史料群や塚の記録がしばしば引用され、墓所や追悼にまつわる品々が地元に伝わっているとされます。壬生は新選組の活動拠点に近かったため、隊士ゆかりの小物や記念品が寺社や町内に
散在している例が多いのです。
京都の公的なコレクションでは、'京都国立博物館'が特別展で刀剣類や文献を所蔵・貸与することがあり、専門家の鑑定を経た上で紹介されることもあると聞きます。ただし、すべての展示物が常設というわけではなく、企画展のテーマや貸借関係によって出入りがあるため、「どこに常時あるか」を把握するには展覧会情報を追う必要があります。僕自身も展示カタログの発行年をチェックして、どの時期に何が出されたかを追っています。
年配の研究者たちから伝聞的に聞いたことをまとめると、刀剣そのものの所在は比較的流動的で、国の公的機関に整理されている史料と、民間に残る遺物の二系統で扱いが異なる印象を受けます。私が見た資料では、重要文化財や国宝級の刀剣は所蔵先が明確になる場合が多く、'東京国立博物館'のような大規模コレクションでは保存・研究の枠組みで取り扱われますが、土方個人に確実に帰する刀剣については、学術的な合意が必ずしも得られていません。
国立公文書館に残る幕末・明治期の公文書や写しには、土方に関連する書類や捺印、軍記の写しが含まれていることがあり、これらを辿ることで「誰が何を所有していたか」の痕跡が見えてくることがあります。僕は公文書と博物館カタログを照合して、来歴の齟齬を確認する作業をよく行いますが、結論はいつも慎重になります。