翻訳の現場でよく意識しているのは、日本語の
常套句が持つ「働き」を英語でどう置き換えるかという点です。単に語順を入れ替えたり直訳するだけでは、元のフレーズが果たしている相手との関係性や場の空気、話者の距離感が消えてしまうことが多い。だから私はまず、そのフレーズが場面で何をしているのか(同意を求めるのか、和らげるのか、決意を示すのか)を分析します。
次に重視するのは、読み手にとって自然であること。原文の形式美や韻律に固執して英語で不格好な表現を作るより、英語圏の慣用表現や会話のリズムに合わせて意訳するほうが伝わりやすい場面が多いです。たとえば『源氏物語』の古い常套句を現代英語にする際は、古風さを残しつつ意味を明確にすることを優先しました。
最後に注意するのは一貫性と読者層への配慮です。同じ種類の常套句を作品内で統一した訳語にすることで読者の負担を減らせるし、学術的な読者と一般読者で訳し方を変えることも正当化されます。私はいつも、「何を伝えたいか」を優先して言葉を選ぶようにしており、その結果として自然で機能的な英訳を目指すようにしています。