辞書をぱらぱらとめくっていくと、単語の裏側にある物語がちらほら見えてくる。
剣呑について調べると、語のかたちと漢字の組み合わせが手掛かりになると感じる。まず漢字そのものを分解すると、'剣'が武器の鋭さや危険性を示すのに対し、'呑'は「呑む(のむ)」という字義に加えて音を借りた使われ方がある。ここから生まれるイメージは「剣を呑む/呑まれる=危険が内包されている」といった比喩的なものだ。僕が言語学の教科書で学んだ説明では、こうした意味の組合せが比喩化して「危ない、用心を要する」という語義に定着していったとされる。
別の見方もあって、漢語としての流入過程に注目すると面白い。中国語の古い用例や中世の文献に似た語形があり、そこから音・義の両面で取り入れられたと推測する研究がある。つまり単純な国字由来ではなく、漢字文化圏での語形成の痕跡が残っているということだ。実際に音読みの影響で現代日本語の読み方や用法が揺らいだ時期があると考えられており、語に伴う語感が時代とともに変化している。
最終的に言語学者は複合的な説明を好む。形態(漢字の意味)と音声・借用の歴史、それに語用(いつ、どんな場面で使われるか)が合わさって『剣呑』という語の現在の意味が出来上がった、と僕は理解している。古典批評や語源辞典の議論を照らし合わせると、単純な一語源説よりも多層的な変遷が見えてくるはずだ。