一方で、支持派は伝統・芸術性・地域経済の維持を主張する。著名な文学作品『The Sun Also Rises』のように闘牛が文化表現として取り上げられることも多く、完全に否定することに抵抗感を示す人々がいる。だが動物福祉の観点からは、文化的価値がある行為でも動物に不必要な苦痛を与える理由にはならないと考えるのが一般的だ。
ここで広く議論されるのが代替案の現実性だ。私自身は、致死性を伴わない演出への移行や厳格な監視・罰則を組み合わせる方法が現実的だと思う。文化的価値を守りながらも、明確な動物福祉基準を設けて段階的に慣習を変えていくアプローチが最も現実味があると感じている。映画『Blood and Sand』のような表現が文化的影響力を持つことも踏まえると、芸術と倫理の間で折り合いを付ける試みは今後も続くだろう。
昔から闘牛の衣装はただ派手なだけじゃないと感じている。見た目の華やかさはもちろんだが、その一つひとつに歴史と役割が染み込んでいるからだ。
まず中心になるのが『traje de luces』と呼ばれるいわゆる灯りの衣裳だ。金糸や銀糸の刺繍、ラメや小さな鏡のように光る装飾が太陽を受けて輝くことからその名がついた。短い上着(チャケティージャ)は動きを妨げないために設計され、膝下のタレギージャは馬上戦のころの機能を継承している。色や装飾の種類は階級や経験を示し、金飾りは成熟した闘牛士、銀飾りは若手といった区別を伝える場合が多い。
また帽子のモンテラや外套(カポーテ)、最後の段階で使う小さな布(ムレータ)などは、それぞれ実用と象徴の二重性を持っている。ムレータの赤は血を隠すための配慮という俗説があるが、実際には伝統と観客の視覚的効果のための色選びに近い。こうした要素の積み重ねが、闘牛という儀式をより劇的で意味深いものにしていると感じる。
意外に感じるかもしれないが、古いハリウッドの一作は今でも観る価値がある。
僕は映画を通して闘牛の勧善懲悪的なドラマをたどるのが好きで、まずは'Blood and Sand'(1941年版)を強く勧めたい。この作品はテクニカラーの豪華さと、主人公の栄光から転落への流れを映画語法として描き切っていて、闘牛そのものを劇的な装置に変えている。闘牛の儀礼性や見世物性が、人物の欲望や傲慢とどう結びつくかが明確に示されている点が心に残る。
演出は時代の古さを感じさせるが、逆にそれが物語のメロドラマ性を際立たせる。観客としては闘牛の残酷さに対する感情と、劇中人物に共感してしまう矛盾を抱えながら観ることになる。文化的背景を理解したうえで鑑賞すると、当時の人気と批判の両面が見えてきて面白いと思う。