3 Answers2026-02-12 08:44:33
駄文と普通の文章の違いは、まず『読んでいて疲れるかどうか』で判断できる。駄文は無駄な修飾が多く、同じことをぐるぐる言い換える傾向がある。例えば、『彼はとても非常に相当に驚いた』といった重複表現が目立つ。
一方、普通の文章は情報が整理され、読者が自然に理解できる流れがある。『駄文は作者の自己満足、普通の文章は読者への配慮』と割り切って考えると分かりやすい。特にビジネス文書やニュース記事では、余計な感情表現を削ぎ落とした方が伝わりやすい。
最後に、声に出して読んでみるとさらに明確になる。駄文は舌が絡まるような不自然なリズムになりがちだ。
3 Answers2026-02-12 05:39:20
駄文コンテストって聞いただけでワクワクしちゃう。ネット上ではたまにそういうイベントを見かけるけど、特に個人ブログや小規模なコミュニティで盛り上がることが多いね。例えば、あるフォーラムでは『最も意味のない文章を書く』というテーマでコンテストを開催していた。参加者はわざと支離滅裂な文章を考えたり、ありえない比喩を連発したりして、それが妙にクセになるんだ。
こういったイベントの面白さは、普段は避けがちな『駄目なもの』をあえて追求するところにある。『クソゲー』を愛でる文化に近いかもしれない。真面目な文章を書くのに疲れた時、こういうノリで楽しめるイベントは気分転換に最適。最近では『バカニュース』を自作するコンテストも人気で、どこまで荒唐無恥な記事を作れるか競うなんてのもある。
3 Answers2026-02-12 17:04:59
駄文といえば、まず思い浮かぶのは『銀河鉄道の夜』の宮沢賢治だ。あの独特なリズムと、時に意味不明なほどの詩的な表現が、かえって癖になる。
彼の作品は、一見すると支離滅裂に思えるが、実は深い哲学的テーマが込められている。『注文の多い料理店』なんかは、子供向けの童話のように見えて、実は資本主義への皮肉が効いていて、大人が読むとゾッとする。
駄文の魅力は、この「一見すると」と「実は」のギャップにある。表面の言葉の乱れの中に、隠された真実が光る瞬間がたまらない。
3 Answers2026-02-12 01:38:43
駄文を書く楽しみは、思いつくままに言葉を並べる解放感にありますね。最近気に入っているのは『Scrivener』で、断片的なアイデアをカード形式で並べ替えられるのが良いんです。長文も短文も自由に書けて、後で構造化できる柔軟性が魅力。
特に好きなのは、執筆画面を全画面表示にできる機能。余計な情報が遮断されて、没頭しやすい環境が作れます。書き溜めた駄文をあとで読み返すと、意外な発見があったりするのも楽しいですよ。気軽に書けて、整理も簡単なツールって貴重ですよね。
3 Answers2026-02-12 05:15:03
駄文を書くって意外と奥が深いんですよね。最初はただ適当に書けばいいと思っていたけど、実はある種のリズムやテンポが必要だと気づきました。例えば、『銀魂』の空知英秋先生なんかは、あえてくだらないネタを全力で描くことで逆に面白くしています。
ポイントは「本気でふざける」こと。中途半端に深刻になるとただの下手な文章になりますが、徹底的に脱線したり、ありえない比喩を連発したりすると、それが独自のスタイルに。日常の些細な出来事を大げさに語る練習から始めるのがおすすめです。電車で隣に座ったおじさんの鼻毛が気になった話を、『ロード・オブ・ザ・リング』級の叙事詩のように語ってみるとか。