彼のみぞ知る
倫は先天的にフェロモン分泌腺が萎縮しており、ごく普通のベータとして生きるしかなかった。
ある事故で、想い人を守るために彼は自分の顔を犠牲にする。
その事故のあと、弓弦は彼にプロポーズした。
長年抱いてきた想いがようやく報われ、倫は最愛の弓弦と結婚する。
ただ、弓弦は特別な立場であり、婚姻届は出せず、盛大な式もできなかった。
結婚式当日、参列者はたった一人。
ひっそりとしたものだったが、倫はそれでもその式を心から気に入っていた。
結婚から六年。
弓弦が家に帰ることはほとんどなく、二人はすれ違いの日々を送っていた。
倫は彼の忙しさを理解し、不満もぶつけず、迷惑をかけまいと一人でその家を守り続けた。
──そんなある日。
彼は偶然、客で溢れかえる華やかな婚約披露パーティーに迷い込み、賑わう人々の中心に立つ新郎を見た。
あまりに見慣れたその顔。
木ノ本弓弦──自分の夫が、別の人と婚約していた。
その瞬間、倫はようやく悟る。
あの日の結婚式は、弓弦が「恩返し」として与えた、ただの施しだったのだと。
真剣だったのは倫だけ。
あれは最初から、片方だけが信じていたままごとだった。
盛大な式を挙げられなかったのではない。
ただ、相手が「蔦林倫」ではなかっただけ。
彼が誇りにしてきた結婚は、結局、自分だけのものだった。
木ノ本弓弦(きのもと ゆづる)×蔦林倫(つたばやし りん)
元・傲慢冷淡/後に狂犬のように執着する攻め×元・真っ直ぐな人妻気質/後に毒舌で刺々しい受け
アルファ×ベータ、後半はアルファ×オメガ(受:ベータ→オメガ)