花の終わり、人の別れ、恋も尽きて
私はかつて、仏門に身を置く婚約者を、999回も誘惑しようとした。
何度裸になって目の前に立っても、彼が口にするのは決まって——
「風邪ひくよ、大丈夫?」
私はずっと、彼が律儀すぎるだけだと思っていた。
結婚するまでは手を出さない主義なのだろうと。
でも——
記念日当日、私はその幻想を粉々に打ち砕かれる。
偶然見つけたのは、彼が密かに予約していた、市内で有名なカップル向け高級ホテルのスイートルーム。
期待を胸にそのVIPルームへ向かった私は、ドアの隙間から衝撃の光景を目の当たりにした。
——彼と、幼なじみの女が、周囲の冷やかしを受けながら、深く、何度も、唇を重ね合っていた。
私は部屋の外で、何も言えず、ただ一晩中立ち尽くした。
そして、ようやく悟ったのだ。
彼は——私を、愛してなどいなかった。
ホテルを後にし、私は父に電話をかけた。
「お父さん、私、賀川承弥(かがわしょうや)とは結婚しない。代わりに、祁堂煌真(きどうこうま)と結婚する」
電話口から、父の吹き出すお茶の音が聞こえた。
「な、なに言ってんだ、詩織!祁堂家の若様って、昔事故に遭って……あそこがもう使いもんにならんって噂だぞ?
そんなとこに嫁いだら……未亡人みたいなもんだろうが!」
私はぼんやりと、夜の灯を見上げながら答えた。
「……子どもなんて、もうどっちでもいいの」