儚き愛
小林美夜(こばやし みや)の父である小林英夫(こばやし ひでお)は心臓病で危篤となってから七年、ようやく適合する心臓を見つけた。
手術の前夜、結婚七年目の夫である江口臨也(えぐち いざや)は、彼女に愛人である白石莉々(しらいし りり)のためにドナーの心臓を譲るよう要求した。
彼はそこに立っており、姿勢は端正だが、表情は美夜がこれまで見たことのない冷たさと疎外感に満ちていた。
「美夜」
彼は声を出したが、感情の起伏はまったく読み取れなかった。
「莉々の方が、状況が急変した」
美夜の心は、その冷たい「美夜」という声に、急に沈んだ。
彼女は無意識に半歩後ずさりし、嫌な予感が胸に湧いた。
「彼女は心臓移植が必要だ」
臨也の視線が彼女に鋭く注がれ、疑いの余地のない決断が伴っていた。
「すぐに」
一言一言が、氷で鍛えられた刃のように、彼女にようやく芽生えた希望の心を正確に突き刺した。
美夜の声は激しく震え、今にも掠れて消えてしまいそうだ。
「臨也……何を言っているの?父さん……父さんはさっき……」