最期の願い、息子の三度の祈り
夫・山田陽介(やまだ ようすけ)の好きな女に心臓を移植させられたあと、山田結衣(やまだ ゆい)は彼が立ち上げた私立病院の廊下で息絶えた。
死ぬ間際、六歳の息子・山田優斗(やまだ ゆうと)は泣きながら三度、陽介にすがった。
一度目、優斗は陽介の手を握り、「ママが吐血してるの」と訴えた。
陽介は鼻で笑い、「今回はようやく利口になったな。子どもに嘘を教えることまで覚えたのか」と言い放った。
そしてボディーガードに命じて、優斗を病室から追い出させた。
二度目、優斗は陽介の袖をつかみ、「ママは痛みでうわごとを言い始めてる」と必死に言った。
陽介は眉をひそめ、「心臓を取り替えるだけだろう?医者も死にはしないと言っていた」と答えた。
ボディーガードが前に出て、優斗をもう一度病室の外へ引きずり出した。
三度目、優斗は床にうずくまり、陽介のズボンを必死に握りしめ、「ママはもう意識がないんだよ」と泣き叫んだ。
ついに陽介は怒り、優斗の首をつかんで病室の外へ放り投げた。
「結衣は死なないって言っただろ。美和の休養をもう一度でも邪魔したら、お前たちを病院から叩き出す!」
優斗は結衣を救うため、いちばん大事にしていたお守りを看護師に差し出した。
「お姉さん、僕は長生きなんていらない。ママが生きていてくれればそれでいいの」
看護師はお守りを受け取り、最後に残った病室へ結衣を移す手配をしようとした。
ところが、斎藤美和(さいとう みわ)は、人に命じて自分の犬を抱えさせ、病室の前を塞がせてこう言った。
「ごめんね、優斗。あなたのパパが、私が犬に会えないと退屈するって心配してくれてね。この部屋は私の犬のお宿にするの」