アーデン侯爵邸まで送っていくというアランの提案を断り、宴会場を出て庭園を散歩した。
とりあえず冷静になりいつもの自分を取り戻したかった。ただ、第一皇子ライオット・レオハードとレノア・コットン男爵令嬢の姿に、
松井えれな時代に見た、とある日の光景を思い出し震えが止まらなくなってしまったのだ。東大受験の前日、私はいつものように電車で参考書を読んでいた。
「あー、それ最終巻出たんだ。私も後で買いにいこー」向かいの茶髪の女子高生の大きな声が電車内に響いた。
すると向かいのオシャレメガネをかけた女子高生が本から目を離さず答える。 「ライオットとレノアがハッピーエンドでよかった」「あーもう、ネタバレ禁止! 」
茶髪女子が拗ねたようにいうが、表紙が明らかに赤髪男とピンク髪女のウェディングの絵だ。 すでに表紙でネタバレをしている。それにしても参考書を読んでいる私がブックカバーをかけているのに、恥ずかし気もなくあんな俗本を電車で読むなんて。
「一番良かったのは、アランとエレナが破滅したとこかな」 メガネ女子はネタバレに余念がなかった。「だからネタバレ禁止って言ったじゃん。アニメも楽しみだね」
2人のオタク女子高生が楽しそうに話していた。私は、自分の記憶力に感謝した。
友達同士楽しそうに話す女子高生が羨ましくて聞き耳を立てたわけではない。昔から一度聞いたことは忘れないところがあった。
しかし、何であの時あの本に興味を持って購入しなかったのか今は悔やまれる。 あの時の私はしょーもない本、読んでないで勉強しろよと思ったのだ。視野が狭かった。こんなことになるのなら見識を広める為に読んでおくべきであった。
まあ、今となってはあとの祭。「私は今、あのライトノベルの世界にいるんだ」
現実主義だと自負しているが、状況がそのファンタジーな事実を認めさせた。キラキラした紫色の瞳をした実年齢よりも成熟した精神をもつ優しい少年アランのことを思い出す。
「小学生を破滅させるような世界がどこにあるの。立場があると子供扱いされないわけ? あんな良い子なのに」 私はぶつぶつと呟きながら、現実世界で破滅した歴史人物について思い出していた。 こうなったら自分の今持つ知識で立ち向かうしかないからだ。「なんとかしないと、私の出来る範囲で。私の知らないところでアランが悪いことしてる? 」
彼の全てを知ったわけではないけれど、少なくとも私の知っている彼は破滅して自業自得扱いされるような人ではなかった。 破滅回避のため参考になるような破滅した歴史上の人物を頭の中で羅列していく、あまりの人数に精査し分類する必要があることに気がつく。「悪女⋯⋯」
ふとライオットのゴミを見るような視線を思い出し呟く。 ライオットは主人公だ。明らかにエレナに見せた視線は敵意だった。主人公に敵意を向けられては生き残れる気がしない。
彼にとって悪女であるならば、その時点でアウトだ。エレナのせいでアランも破滅したということはないだろうか。
確か、悪役令嬢モノのライトノベルが売れていてアニメ化や映画化までしていると朝の番組で言っていた気がする。正直ライオットが主役のライトノベルは、内容はおろかタイトルさえ分からない。
しかし、作者はある程度、実際の歴史や自分の経験などに影響を受けた文章を書くはずというのが私の推理だ。悪女、王族、それでいて表紙の服装から察するに西洋の歴史ものの影響を受けているという予想からまず第一に思いついたのは、
「フランス革命、ルイ16世とマリーアントワネット⋯⋯」 一瞬目の前が真っ暗になった。「ギロチンで処刑されてるじゃない! いくらなんでもアニメ化作品で小学生にそんなこと」
しかし、日本の深夜アニメの残虐性はよく問題になっていることや、もしかしたら映像化される時点でアランの年齢設定が変えられている可能性もあることも考え、 完全にライオットの物語がフランス革命の歴史の影響を受けてないとも言えなく恐ろしくなった。 豪華絢爛だった皇宮がベルサイユ宮殿にも見えてくる。「でも、アランだよ。控えめに言って天使だよ」
浮かんできた事実を否定しようと私は呟く。 でも、ライオットはエレナに対してほどではないが、アランに対する視線も冷たかった。「ライオットは19歳だったはず、小学生に対して大人気ない」
愚痴ってみても、彼がアランやエレナに対して良い感情を持ってないのは明らかだった。隣にいた綿菓子のような柔らかい雰囲気のピンク色の髪を持つヒロインを思い出す。
レノアはアランやエレナにも悪い感情を持っているようには見えなかった。ライオットとは皇子と下位貴族の立場でありながら、仲が良さそうに見えた。
「すでにくっついてるのか? 二人で私たちを倒す話? 」ライオットには正直怖くて近づけないが、レノアには近づいて見ようと思った。
「主人公の心を変えるのは、いつだってヒロインのはず。私とアランがいかに善良か知ってもらった方が良い。」「侯爵令嬢、こんなところでどうしたのですか?本当に俺の凱旋を祝ってくれる気は全くないのですか?」
思いを巡らせてると、先ほど私を怯えさせた主人公の声が聞こえた。 振り返りたくなかったが、私はゆっくりと気持ちを落ち着かせながら振り返りライオットに挨拶をした。私のこと追っかけてきたの?「ライオット・レオハード第一皇子にエレナ・アーデンがお目にかかります。」
なんとか、落ち着いて挨拶ができた気がする。「俺の名前くらいは記憶してくれていたようですね。」
鋭い黄金の眼光が私を睨みつけてくる。 敵視するにしても感情を出し過ぎているわ。「アランと一緒にいなくてもよいのですか? 」
彼の言動から察するにアランとエレナはセット行動が基本ということだろう。 「皇太子殿下は忙しいので邪魔にならないようにしているのです」まだ、この世界の私のレベルではアランの助けになるようなことはできないのも事実だ。
「侯爵令嬢はゆくゆくは皇后になられるお方なのだからご一緒された方が良いのでは? 」
一緒にいない理由を話したのに、しつこく意地悪そうに聞いてくる彼に私は黙り込んだ。彼は皇子で私は一介の貴族令嬢にすぎないから、どんなパワハラにも耐えなければいけない。
失礼な対応をしてはいけないのは承知している。 しかしながら、トゲトゲしくしつこい口撃からどう逃げればよいのか。「良かったですね、踊り子の息子などと結婚させられないで。お2人はお似合いです。身長差以外は」
ライオットとエレナは婚約寸前の関係だったと聞いていた、彼の母親は踊り子なのか。「まあ、俺からすれば贅沢な暮らしがしたいがため息子を使って皇室に入る女も、血筋にこだわり子供のような年の子と婚約する女もどちらも品がないと思いますが」
前者は彼の母、後者は私のことを非難しているのだろう。「自分の母親のことをそんな風にいうのですか? 彼女がどんな方かは存じ上げません。でも、殿下をお腹の中で10ヶ月は様々な不調に耐えながら思い育ててくれたのですよ」
彼はは急に息を飲んで絶句した。そう、これは私が日本で母からの無関心に寂しくなった時ずっと考えていたこと。
どんなに兄にしか関心を示さなくても、きっと私がお腹にいた頃は私に関心があったはずと自分を慰めていたのだ。 つわりがあればお腹に私がいるとわかるし、お腹が重くて起き上がるのが難しければ私のことを考えていたはずだと。私の頰を一筋涙がつたうのがわかった。
もう、会えるかどうか分からない日本の家族を思うと込み上げてくるものを抑えられなかった。一瞬、彼が困惑した表情をする。
もう、本当にどこかに行って欲しい。「今日のドレスも似合っていないですね」
女が泣いているのに口撃の手を緩めない。主人公とは思えない陰湿さに、何もかもどうでもよくなってくる。
もうすでにこれ以上ないくらい嫌われてそうだし、どうとでもなれば良い。「じゃあ、今度、皇子殿下が私に似合うドレスをプレゼントしてください」
ライオットの顔が一気に彼の真っ赤な髪と同じように赤くなった。明らかに彼はダメージを受けている、足元もふらついているし、あと一発で撃退できそうだ。
もしかして、この世界でも男が女に服をプレゼントする意味は「その服を脱がしたい」的なものなのか。「侯爵令嬢は退化しているのではないですか?6年程前の方が令嬢としての言動をわきまえてましたよ。」
結構、しどろもどろで返してくる。180センチくらいありガタイもよい彼だがなんだか倒せそうだ。「皇子殿下は、私の進化にお気づきにならないのですか? 」
私は、胸の開いたドレスの胸元を示しながら挑戦的な眼差しで言ってやった。「な、何を言ってるんだ。し、失礼する」
ライオットは真っ赤な顔をして、黄金の瞳をぐるぐるさせて去っていった。私は彼への恐れの感情が消え、別の感情が顔を出したことに気づいた。
「これって面白い女ムーブならぬ面白い男ムーブってやつなのかしら」 いかにもウブそうな彼ごときに私は破滅させられるのだろうか。私を敵視せず、普通に接してくれれば仲良くなれそうなのに。
らしくもなくお色気ネタを使ってドッと疲れた私はさすがに帰宅した。「お父様、お母様、今度お茶会を催そうと思うのですが⋯⋯」
こちらの世界に迷い込んで来てから一度も揃わなかった家族が揃ったので私は提案をしてみた。「好きになさい! 」
ミリア・アーデン侯爵夫人、この世界で私の母に当たる人だ。 ナイフとフォークを置いて一言興味なさげに放たれた言葉に少し寂しくなった。両親に興味を持たれない自分は私も経験して来たが、優秀な兄に隠れてしまっているからだと思っていた。
しかしながら、エレナの場合は一人っ子だ。一人娘なんて親が過干渉になるものだと思っていた。
アランの話によるとエレナは完璧令嬢と名高いらしいから優秀なはずだけど。 そもそも、両親はエレナの中身が変わっていることに全く気がつかないのだろうか。アーデン侯爵邸は静かだった。
私が話しかけなければ、誰も私に話しかけてこない。 身分の差があるからそのようなものなのだろうか。日本にいた時、私の両親は忙しく、兄も大学途中からアメリカに留学してしまったので、
家に一人でいることが多かった。しかし、この邸宅には何十人もの使用人が働いているのに静かだ。
私の前だからだろうか、使用人部屋にいけば仕事の愚痴や恋バナとか話してたりするのだろうか。私は使用人たちからレノアの情報を集めることにした。
「レノア・コットン男爵令嬢ですか? 」私の専属メイドであるメイに尋ねると、少し戸惑ったような表情をされた。
「あの、どんな些細なことでも教えて欲しいの。今度のお茶会に呼ぼうと思って」驚きを隠さないメイの顔に私は自分の失敗を悟った。
「私って普段どんな令嬢と仲良くしてたかしら? 実は高熱を出したことで記憶が曖昧で、コットン男爵令嬢とは仲良くなかったかしら? 」アランから最近エレナが高熱を出したことがあるという情報を得ていたのでとっさに言い訳に使った。
「お嬢様は皇帝派の高位貴族の方とお茶会をしてました。コットン男爵令嬢は貴族とはいえ田舎の貧しい男爵家の方なのでお嬢様がお呼びしても遠慮をされるかと」主人である私の質問には答えなければならないと思ったのか、戸惑いつつもメイは話してくれた。
「私の部屋でお菓子でも食べながら話さない? 」
私はお茶とお菓子、それから秘密アイテムお酒を用意して半ば強引にメイを部屋に誘った。 お酒には人の判断能力を鈍らせたり、口を軽くさせたりする効果があるらしい。それに良く社会人がノミニケーションといって飲み会で仲良くなったりするというのを聞いたことがある。
私は未成年だから飲酒するわけにはいかないけれど、メイは問題ないはずだ。私にワインを注がせてしまった以上飲まなければならないと判断したらしい。
私が次々とワインを注ぐのであっという間に酔っ払ってしまった。「コットン男爵令嬢はですね、一応貴族令嬢ですが、まあ平民と変わりませんよ」
「ほらほら、グラスが空いてますよ」
お酒の力すごい。口がかなり軽くなってるし、言葉も砕けてきてしまっている。 「自ら志願して第一皇子の遠征にもついていったようです」メイが少し意地悪そうな顔で言った。
「え、あんなふわふわした子が戦うの? 」 純粋な疑問だった、バトルには向いてなさそうな優しそうな感じの子だったから。「まさか、怪我した兵士の世話とかそんなのをしているみたいですよ?まあ、あわよくば第一皇子や高位貴族に見初められようという魂胆でしょう」
メイが少し得意げになって話してきた。「戦場っていつ死ぬかもわからないという場所でしょ、そんな動機で行く?ナイチンゲールみたいな崇高な精神の持ち主なんじゃないかしら? 」
いや、ワンチャンあっても普通に戦場には行かないでしょというのが私の見解だ。
「ナイチ? まあ、とにかく周りはみんなコットン男爵令嬢のことそんな大層な方とは思っていませんよ」 平民のメイが男爵令嬢のレノアを馬鹿にしたように話すのは不思議だった。しまった、ナイチンゲールはこの世界にはいなかったんだった。
でも、メイはあまり気にしてないみたいでホッとする。基本、周りはみんなそう言っているという言葉は好きではない。
大体は自分がそう思っていることを周りのせいにして非難する時に使う言葉だ。彼女は辛口な人なのか、私の悪口も言われてそうだなと考えながら彼女の表情を伺うとその瞳は涙で濡れていた。
「う、うぐ、この帝国で血筋の悪い人間は夢なんて持てないですよ。死んだような生活です。死ぬかもしれない戦場がなんだというのです」お酒って涙脆くなる効果もあるのだろうか、本当に怖い。
「まって、大丈夫? どうしたの?これで涙を拭いて? 」 私はナプキンを渡すとメイはそれで涙を拭いて鼻を噛み始めた。「私は、幸せです。こうやって侯爵家に雇って頂き未来の皇后となられるお嬢様のお世話ができる。今、お嬢様とこうしているのも夢のようです」
私は他の人が言っているというようにレノアの悪口を言うメイに少し嫌悪感を持ったことを反省した。
彼女は自分の環境に感謝でき、些細なことに幸せを見つけられる人なのだ。それは私にはないもので、私はいつも満たされなくもっともっとと求めてしまう。
よくいえば向上心が高いともいえるが、日本での私の環境も経済的に困窮していたわけでもなく、他人から見れば幸せなのかもしれない。自分でも周囲から見て恵まれている自分の環境に、なぜか不満を見出さずにいられない性格を自覚していた。
皇宮を出発し、2週間がたった。対外的には未来の皇后の帝国領視察となっているこの旅だが、道中、驚きの連続だった。以前この世界に転生した時は、首都を出た途端、貧民街が広がっていて、身分社会における貧富の差を強く感じた。しかし、この2週間様々な領地をみたが、どこも豊かでにぎわていて、人々が生き生きしていた。アランとエレナの肖像画が様々なところにか飾られていて、みんなそれを羨望の眼差しで見つめていたり、拝んでいたりした。エレナは皇帝の寵愛を一身に受ける絶世の美女ということもあってか、全女性の憧れの的で、私の姿を見て感動で泣きだす子もいた。ちょっとしたスターになった気分だ。ライオットとエレナがお似合いと昔は言われていたらしいが、アランとエレナの二人は絶世の美男美女である上、金髪、銀髪で華やかで、思わず手を合わせてしまうお似合いっぷりだった。私はとにかく馬車の中でこの6年間変わったことを勉強した。この世界に2度目ともなると馬車も慣れてきた。「帝国法、ほぼ全編変わってる。こんなことありえるの?」帝国の要職は4年ごとの試験によってのみ選ばれて、全帝国民が出身、身分、経験関係なく受けられるらしい。「徹底した能力主義だ。エスパル出身のダンテ様が宰相になるわけだ。」「帝国民は全員納税義務の就労義務があるだと、専業主婦はおろか、定年退職も、生活保護もないってすごくない。ニートの存在認めないんかい。」帝国民は学校の紹介や、試験によって適職を紹介されるらしい。ちなみに全ての学校は国営で試験も国によるもの、だから全てを皇帝陛下の判断に委ねている。仕事を辞めると、すぐに次の仕事を紹介されるらしい。「だから、廃人臭漂うクリス・エスパルは人の来ない図書館勤務だったのか。あんな人からも税金絞りとるとか凄いな。」でも、完全ニートになるよりは少しでも社会にコミットさせた方が、人々の満足度は高くなるのだろうか。6年前より、世界の人たちが生き生きしている。
その時、頭の中でカルマン公子の声がした。「本当にそれで良いのですか? 彼は脱獄を手引きしたあなたが兄に特別な感情を抱いていると思っていますよ。そんなあなたの言葉が彼に届きますか?」「アル、今あなたの兄のライオット様は私の世界いるの。今、この世界にいるライオット様は私の世界の作家さん。」アランが訝しげに私を見た。「前に話した通り私の世界には身分制度がないの。彼はだからそういう世界の話を書いてしまったのだと思う。」ナイストス!カルマン公子。私はまた間違った発言をしてしまうところだった。カルマン公子は私の罪悪感が作り出した心に棲みつく亡霊かと思っていた。実は愚かな選択をした私を哀れんだ神が与えた私のナイトヘッドに棲む妖精なのかもしれない。どうせなら、ダンテ様に話しかける前にも出てきてほしかった。「こんなところに1人で歩いている男に話しかけても良いのですか?私を追いかけた時の不注意を忘れたのですか?」カルマン公子がこんな風に話しかけてくれれば、私も踏みとどまれたのに。もういつでも出てきて良いから、公子と一生を共にすると約束するから私の愚かな行動を事前に止めてくれ。「それでも、僕は皇帝だ。帝国を少しでも害する可能性があるなら、たとえ兄上でも始末しなければならない。」アランはものすごく苦しそうだった。おそらく帝国もライオットも大切にしたいという思いがあるのだろう。なぜ、彼はここまで気負っているのだろう。皇太子時代は超効率厨で仕事は短く済ませて祖父や母と食事をしたり私とおしゃべりばかりしてたはず。世界全部が帝国みたいな状態だと、さすがの彼もチェーン店を広げすぎた社長のように余裕がないのだろうか。「私がアルのエレナに体を返すヒントを彼が持っていると思うの。だから、ロンリ島の彼のところに私が行って、今、彼の作品の危険性についても言及してくるよ。」アルは静かに私の話を聞いているが、フラフラしていて今にも倒れそうだ。私は雷さんと話す必要があると思った。ダンテ様は明らかにライオットの中に他の人格が
あたりを見渡すと、本を整理している水色の髪を見つけた。「クリス・エスパル様ですか? エレナ・アーデンと申します。」ダンテ様に対して初対面で爽やかな印象を持ってしまったのは水色という爽やかなイメージの色のせいだと思っていた。でも、クリス様の水色の髪や瞳は神聖な印象を私に与えてくる。儚さもあり、この世の人ではないみたいな感じだ。彼を殴れる気がしない。圧倒的なサンクチュアリーな雰囲気、彼を殴った途端神々の怒りをかいそうだ。「何かお探し物ですか?」落ち着いた低い声でクリス・エスパルが尋ねてくる。「クリス様にお話があってきたのです。少しお時間よろしいですか?」三池と全く正反対でおしゃべりではないようだ。必要以上のことを話そうとしない。「クリス様は国王としてのお仕事はもうなされないのですか?」いきなり核心的な質問をしてしまっただろうか。彼の反応を伺うと目の前にある椅子を無視してゆっくりと床に体育座りをし、無表情に虚ろな目でこたえてきた。「エスパル王国はなくなって、現在はレオハード帝国エスパル領になっております。今はどこかの伯爵様か誰かがおさめているような気がします。」地図を出しながら、どこか他人事のように話してくる。地図に目を落として絶句した。エスパル王国どころか、地図上の全ての国が帝国領になっている。これは権力欲なんてなさそうだと思っていたアランの仕業?「図書館の管理をしていると伺いましたが、それはどうして?」恐る恐る尋ねた私にクリスは静かに答えた。「エスパル王国が帝国領になった際、皇帝陛下が私に尋ねました。私に帝国の爵位を与えるのでエスパルの領地を治めないかと。」クリス様が淡々と続ける。「私は悩んだ末、断りました。今は疲れて休みたいと申しました。すると、皇帝陛下が何か好きなことや興味のある事はあるかと尋ねました。」彼は昔を懐かしむような遠い目をしながら続けた。「私が本が好きですとだけ答えると、皇帝陛下から「いにしえの図書館」の
「私は1人で彼と会うつもりです。彼はあなたの夫の国の王だった人です。私は彼を信じています。信頼される人間かどうか相手を疑うのではなく、まずは自分が信じたいと真心を伝えなければ相手も心は開いてくれないはずです」私は彼の妻に向かってダンテ様の付き添いを断る旨を伝えた。「エレナ様、私が浅はかでした。深い慈悲深い心、私もいつかエレナ様のようになりたいです」彼の妻は感動しているようだった。彼女はおそらくエレナ・アーデンにかなり心酔している。新婚の夫が側にいるのに意識がエレナ・アーデンにどう思われるかにしか気持ちが向いていない。ダンテ様がアランがエレナを洗脳しているようなことを負け惜しみで言っていたが、やはり洗脳が得意なのはエレナだ。彼の妻の様子をみるに、教祖エレナ・アーデンを崇拝する信者のようだ。「2人のうちの1人はクリス・エスパルでしたか。」ダンテ様の呟きに思わず私は彼を凝視した後、自分の失敗に気がついた。私が誰も連れず、クリス・エスパルと会おうとしたことから彼はクリス・エスパルが私の世界と関係がある人だと推測したに違いない。私は驚きのあまり彼の発言に肯定とも取れる表情を彼に向けてしまった。私が好きな人がクリス・エスパルに憑依したことがある人間だとバレてしまったのだろうか。ダンテ様は言動や表情、目や耳から入る情報から推測し、その情報を相手に問いかけ反応から推測の確定を出しているのだ。なんとなく分かっていたのに、私は彼の推測が正解である表情をしてしまった気がする。もう、ここは彼のつぶやきなど聞こえなかったふりをして無視して話をすすめよう。「新婚なのだから、2人の時間を大切にして。久しぶりに皇宮の外に出て、このままデートしたらどうかしら。仕事のことは任せて。幸せな2人を見せてくれることが1番の仕事よ。」私は微笑みをたたえながら言った。とにかく、ダンテ様は遠ざけた方が安心だ。私は彼に多くの情報を与えてしまった。彼がたくさんの自分のことを話してくれるので気を許してしまった。今、思えば彼が話した情報は家
「俺は、もう一度、俺のえれなを振り向かせてみせます。触ってしまったことは謝ります。愛しくて我慢できなかったんです。」彼は自分の手を抑えながら、言ってくる。「ダンテ様、この世界に生まれてよかったですね。私の世界に生まれていたら、そのお触り行為は痴漢行為とみなされ牢にぶちこまれてますよ。」私は冷ややかに言った。本当に、もう全然彼に惹かれていない。むしろ、彼の相手を面倒だとさえ感じて来ている。相変わらず自分の心変わりのスピードが恐ろしい。「私は初恋を諦めていませんし、私が好きなもう1人の人にはダンテ様は絶対に勝てません。私は2つの世界を行き来できる女ですよ。あなたの手におえる女じゃないの。」私はとにかく、彼に私を諦めて去っていって欲しくて続けた。「ライオット・レオハードじゃない方の好きな人も世界を行き来できるのですね。」ダンテ様が微笑みながら言って来た。しまった、やはり彼は危険すぎる、少しの会話や表情から色々なことを読み取ってしまう。アランと違ってダンテ様からは人に対する思いやりを感じない。自分が面白ければ良いと思って、世界を平気で引っ掻き回しそうだ。そんな人間に2つの世界が並行して存在することや、多くの情報を与えるのは危ない。「私は自分の心変わりの早さを自分の問題だと思っている。ダンテ様も自分の問題として受け止めなさい。奥様が奔放なあなたを前に人形のように可愛くいてくれる努力に思いを馳せなさい。彼女がどれだけの感情を抑えながら、あなたを愛し続けようとしているか彼女の身になって考えるの。」私は、どうしても彼の可愛い妻が苦しむのは嫌で彼を諭した。私は可愛い女の子が辛い思いをするのは嫌なのだ。「妻の立場に立って彼女の望む言葉をかけ続ければ、彼女は幸せでしょうね。皇帝陛下のお得意のマインドコントロール方法ですよね。そうやって彼は人々を洗脳してってる。俺、大嫌いなんです。洗脳された人間ってつまらないですよ。エレナ様も洗脳が趣味でした。俺の妻も彼女に洗脳されきってますよ、彼女の言うことが全部正しいと思って考えること放棄しています。」
「別の世界に生まれてきた人間でも、出会った時点で世界の境は関係ないと思いませんか?」彼が私の頬を包み込みながら言ってきた。私は彼がクズだとわかっているが彼の知性ある言葉に、ときめきが止まらなくなってしまって彼に対して見方が甘くなりすぎている。とにかく必死に彼の手を外しながら顔を背けた。「それにしても、能力主義はエレナ様と同じですね。やはり魂が同じなのかな。俺のえれなが知性や能力にときめくとしたらエレナ様はやはり洗脳されてたということか」彼が少し考え込んだ末に言った言葉に衝撃を受けた。「魂の病」私は思わず呟いてよろめくと彼に抱えられた。私は自分の生育環境で自分が知性や能力に魅力を強く感じてしまうのかと思っていた。それが魂の病だとしたら私はどうしようもない。3日前に結婚したのに、私にちゅっちゅしてくるキングオブクズのダンテ様にさえときめいて頭にモヤがかかっている。「エレナ・アーデンが洗脳されていたってどういうことですか?」私は彼の言葉で気になったことを尋ねた。「彼女、皇帝陛下、一筋で尽くしてばかりなんです。皇帝陛下には汚いことは一切させないで、自分の手は汚すんです。優秀な人間なら俺だって良いじゃないですか、でも俺のことは利用するだけで愛人にもしてくれない。」彼が私に訴えるように言ってくる。「今の帝国本当につまんないんですよね。皇帝陛下が全部決めて、みんな彼を尊敬している。エレナ様も他の人なんて目に入らないくらい盲目でおかしいですよ。指一本触れさせてくれないから、仕事もあまり手伝う気が起きなかったんですよね」彼はアランを批判するような言葉を続けている。こんな反乱因子になりそうな考え方の人間をいくら優秀だとはいえ中枢に置くのは危なくないだろうか。それに、アランを批判するような言葉にとてつもない怒りがこみ上げてきた。その瞬間今までダンテ様に感じていたときめきが一気になくなり頭がクリアーになった。「女が芋にしか見えないって?種の分際で何様だよ。女に振られた理由が彼女が洗脳されているから、ダンテ様あなたっておめ