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第34話:仮面の晩餐

last update Terakhir Diperbarui: 2025-06-10 20:27:21
王城の大広間には、晩餐の準備が整っていた。

絢爛なシャンデリアが天井から垂れ下がり、銀の食器がずらりと並ぶ長テーブルには、王国とクラウディア、双方の国章が飾られている。

この夜の饗宴は、クラウディア使節団と王家の交流を目的とした外交行事。

その本質がどれほど歪んでいようとも、外面は華やかに整えられていた。

リリウスは、重たく着飾った礼服のまま、一歩ずつその場に歩みを進める。

堂々とした振る舞いを保ちつつも、心の奥では何かが冷たく沈んでいた。

──演じるしかない。ここでは。

自分の意思など、誰も問わない。

それでも、演技が必要だとわかっている。

この場での一挙手一投足が、国の命運に関わるからだ。

「リリウス様、こちらへ」

案内役の侍従に導かれ、リリウスは王太子レオンの隣席に着く。

そこにはすでに、ヴェイルとマリアンの姿もあった。

二人とも、形式を崩さぬまま、それでもリリウスに向けてわずかに頷く。

──大丈夫。

言葉にはせずとも、その視線が伝えてくる。

リリウスはそれに静かに頷き返した。

「本日は、クラウディアからの賓客を迎えるにあたり、王国の誠意を示す場である」

レオンの声が、大広間に響く。

王としての立場からの挨拶。どこまでも滑らかで、完璧に磨かれたものだった。

だがリリウスには、それが空虚に聞こえてならなかった。

(どの口で……)

思いが喉元までせり上がるが、飲み込む。

今この場で、怒りをぶつけるのは得策ではない。

マリアンが命を賭けて仕込んだこの舞台を壊すわけにはいかなかった。

乾杯の儀が終わり、料理が運ばれる。

銀器が静かに音を立て、香り高い肉料理がテーブルを満たしていく。

フルコースの中盤、場が一段落し始めた頃──その沈黙を割るように、マリアンが口を開いた。

「王太子殿下、失礼ながら──一つお伺いしても?」

声は柔らかく、礼を尽くしたものだった。だがその奥には、確かな意思が宿っていた。

レオンはグラスの縁を指でなぞりながら、視線だけをマリアンに向ける。

「どうぞ」

「我がクラウディアは、かねてより貴国との友好関係を望んでおります。しかし、その中心にいらっしゃるリリウス殿下のお立場について、いまだ明確な説明をいただけておりません」

場に、緊張が走る。

「王太子妃として迎えられているのであれば、それに伴う公式の式典や発表があるべきかと。我々としても、今後の対応の
めがねあざらし

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