「華ちゃん、双子ちゃん元気に順調に育っているよ。」
「良かった。いつも診察してもらうまでは不安でいっぱいで……でも、ここにきて子どもたちと会えて元気なのが分かるととても嬉しいです。」
「もうすっかり華ちゃんもお母さんだね。双子ちゃんだから出産は帝王切開の予定だよ。書類渡すから目を通しておいてね。あと保証人が……」
そう言ったところで三上先生は口を紡いだ。
「僕がプライベートまで口出しするのは、間違っているかもしれないけれどご両親に話しづらいなら僕から話すよ。話したくなくて保証人に困ったら僕が保証人になってもいい」
「でも、三上先生にそこまでご迷惑をおかけするのは……」
「華ちゃん何度も言っているでしょ。迷惑なんかじゃない。僕は華ちゃんが助けて欲しいと思えば何だってするし支えになるよ。頼ってもらえたら嬉しいよ。」
「……ありがとうございます。」
「そういうわけだから考えておいて。」
三上先生のご厚意に感謝して病院を後にした。離婚届と離婚協議
その日の夕方、私は一条グループの社長室を訪れた。瑛斗がDNA鑑定の結果を受け取ったことを知っていたからだ。社長室の扉を開けると、瑛斗が虚ろな表情で椅子に座り、空が心配そうに彼を見つめていて一瞬にして事態を察した。「瑛斗……?」私は心配そうな声を出しながら瑛斗に駆け寄った。「どうしたの?もしかしてDNA鑑定の結果って……」瑛斗は、私の顔を見ると力なく頷いた。瑛斗の瞳には深い悲しみと絶望が宿っている。「ああ……玲の言う通りだった。あの子たちは俺の子じゃなかった……」(やったわ、これでお姉ちゃんは完全に瑛斗の信頼を失ったわ。いくら言い訳したって結果が全てよ)私は心の中で悪魔のような高笑いをしながら、瑛斗の手をそっと握りしめた。「瑛斗……辛かったよね。まさかお姉ちゃんがそんなことをするなんて……でも、私が側にいる。私は最初から瑛斗のことを見ていたの。だから、どんな時も私が支えるから」瑛斗は、華への失望と裏切られた痛みで虚ろになっていた。(これで瑛斗は完全に自分のものだ。もう邪魔者は誰もいない。この悲しい状況
同じ頃、私は長野の別荘で鑑定機関からの電話を待っていた。瑛斗から電話でDNA鑑定を受けることになった時、驚きと同時に安堵した。これで慶と碧が瑛斗の子どもだということが証明され誤解も解けるはずだ。結果まで時間がかかることから、出生届は一条家の瑛斗の戸籍で登録をすることになった。(これで親子関係が証明されれば、慶と碧は実の一条家の子として周囲から歓迎される。)真実が明らかになり、みなが慶と碧のことを祝福してくれることを心待ちにしていた。電話が鳴り、逸る気持ちを抑えながら出ると事務的な女性の声が聞こえる。「神宮寺華様でいらっしゃいますか。DNA鑑定の結果についてご報告いたします」「はい……」私は固唾を飲んで続きを待った。「鑑定の結果、一条瑛斗様とお子様方との間に生物学的な親子関係は認められないという判断が出ました」その言葉が耳に飛び込んできた瞬間、私の全身から血の気が引いた。立っている力も抜けて膝からガクンと音を立ててその場に座り込んだ。「うそ……」私の声は、ひどくかすれていた。(…そんな
検査から二週間後。社長室で空と共にDNA鑑定の結果を待っていた。報告書が届けられるという時刻が近づくにつれ、言葉には出来ないほどの緊張が募る。真実が明らかになることに、期待と同時に深い恐怖を感じていた。空もまた黙って瑛斗の隣に座り、その重苦しい空気に耐えていた。約束の時間通り、鑑定機関の担当者が厳重に封をされた報告書を手に現れた。瑛斗は震える手でそれを受け取るとゆっくりと封を破った。中から取り出した一枚の紙に彼の視線は釘付けになった。「これは……」瑛斗の顔からみるみるうちに血の気が引いていく。その表情を見た空はただならぬ事態を察し報告書を覗き込んだ。報告書には、冷徹な文字でこう記されていた。「被検体A(一条瑛斗)と被検体B(慶)、被検体C(碧)の間に、生物学的な親子関係は認められない。」瑛斗の手から報告書が音もなく滑り落ちた。彼の瞳は焦点が合わず、まるで魂が抜けたかのようだった。「そんな……」虫の泣くような小さくてか細く声で呟き、一気に絶望の底へと落とされた気分だった。心のどこかで、子どもたちが自分の子どもであると証明されることを期待していた。血縁関係が証明されて、今までの言動を反省して華を迎えに行こうと思っていた。今度こそ夫婦として、そして子どもを含めた家族として新
「DNA鑑定はいつやるの?瑛斗の側で見守りたい」そう言ったが瑛斗にも空にも相手にされなかった。ところが突然「明日、検査をやろうと思っている」と瑛斗から連絡が入った。朝一番で瑛斗のところを訪ねると空の姿もあった。「あれ、いつもは夕方に来るのに今日は随分と早いね?」皮肉交じりにいう空。「瑛斗のことが心配で」「そうなんだ、僕もだよ。瑛斗はもう行ったからここで一緒に待っていようか」この時、瑛斗が私に連絡をしてきたのは、反応をさぐるための罠だったのだと悟った。まだ私のことを完璧に信用はしていないようで妨害や邪魔が出来ないよう空を使って制したのだ。(まんまとやられた……。)「玲さんは華さんのことどう思う?」ハーフモデルのように澄んだ瞳に綺麗な顔立ちの空が微笑んで問いかけてきた
「そもそも瑛斗と玲さんって本当に付き合っていたの?」空の突然の問いに俺は少し戸惑った。こんな時に玲との関係を聞かれるとは思わなかった。「ああ」俺は静かに答えた。高校時代の記憶が鮮やかに蘇る。高校時代の玲は、今とは少し違った。華やかな見た目は変わらないが、どこか控えめで、誰にでも優しい笑顔を向ける少女だった。俺は当時から、一条グループの次期社長として、周りから一目置かれる存在だった。多くの女子生徒が俺に近づいてきたが、そのほとんどは俺の肩書目当てだと感じていた。そんな中、俺のロッカーには時々、手作りのクッキーや俺の好きなスポーツ雑誌の切り抜きなど小さなプレゼントが置かれていた。いつも名前はなく誰がくれたのか分からなかった。だが、そのさりげない気遣いや俺の好みを正確に捉えているセンスに俺は次第に惹かれていった。高校卒業を控えたある日、俺は偶然、ロッカーにプレゼントを忍ばせようとする玲の姿を目撃した。彼女は驚いた顔をして、少しばつが悪そうに俯いた。その瞬間、俺は確信した。いつもこっそりプレゼントをくれていたのは玲だったのだと。俺は玲を呼び止めた。「いつもロッカーにプレゼントいれてくれていたのって玲だったんだな。ありがとう。」 玲は小さく頷いた。その姿がとてつもなく可愛くて俺はその場で玲に告白した。
「空、今の玲の反応はどう思った?」玲が社長室を後にしたのを見計らい、俺は親友でビジネスパートナーでもある空に尋ねた。DNA鑑定の話を切り出した時の玲の反応を第三者の視点から分析してもらいたかった。空は腕を組み考え込むように天井を見上げた。「うーん、動揺している感じだったね。明らかに冷静じゃなかった。何か隠しているようにも見えるし、華さんの名前を聞くのも嫌で怒りが混じっているようにも見えた」空の言葉に俺は眉をひそめた。やはり、俺の感じた動揺は間違いじゃなかったのか。玲はいつもポーカーフェイスを保つ女だ。感情を露わにすることなど滅多にない。「でもね、瑛斗…玲さんが言っていることが本当なら、海外に行くように仕向けて嫌がらせをしてきた姉が、自分の好きな人と結婚して妻になったら恨みたくなる気持ちは分かるよ。それに、離婚してもまだ君と華さんが連絡を取っていたら面白くはないよね。だから、今の状況だけではなんとも言えない」空の冷静な分析は俺の頭を冷やした。確かに、玲が主張する華の悪行が事実だとすれば、彼女の動揺や怒りも理解できる。嫉妬や憎悪は人を感情的にさせるものだ。「そうだよな……」俺は唸った。玲の言うことと華の主張のどちらが真実なのか、まだ判断がつかない。ただ、あの時の華の声、そして玲の動揺は、どちらも俺の心を深く揺さぶるものだっ