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内藤晴人
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Novels by 内藤晴人

名も無き星たちは今日も輝く

名も無き星たちは今日も輝く

──どんなに叫んでもこの声はあの人には届かないから、自分を閉ざしてしまおうと決めた── エトルリア大陸の二つの強国ルウツとエドナ。 双方の間では長年に渡り無為の争いが続いている。 その戦乱の世で、心身に消えることのない傷を負った孤独な青年と、彼を取り巻く人々が織りなす物語。 戦闘・流血シーンを含みます。 苦手な方はご注意ください。
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Chapter: ─29─ 闖入者
 何が起こったのか解らないユノーの視界に、一人の戦士が飛び込んできた。     その人がまとっている真新しい白銀の甲冑は紛れもなく……。 「不殺生を常とする神官騎士が、どうして戦場(こんな所)に……?」  ミレダの口から驚きの声がもれる。  常ならば殺生を禁じられているはずの存在が突然血なまぐさい戦場に現れたのだから、無理もない。  が、それを意に介することなく、乱入してきた神官騎士は周囲に死体の山を築き上げていた。  無敵という言葉は、まさにこの人のためにあるのかもしれない。  ユノーはふとそんなことを思った。  それほどまでに突如現れた神官騎士の戦い様はすさまじいものだった。  迷うことなく振り下ろされる剣は、確実に向かってくる敵に致命傷を与え、戦闘不能にしていった。  それに反比例するように、身にまとっている白銀の甲冑は目に見えて返り血で紅に染まっていく。  だが、敵も精鋭部隊であろう、ただただやられているばかりではなかった。  死角から不意に飛び出した漆黒の武人が神官騎士に向かい、剣を大上段から振り下ろした。 「危ない!」  とっさにユノーは叫んだ。  それに応じ振り返った神官騎士の頭上に剣がぶつかり、火花と共にその兜が割れる。  こぼれ落ちたのは、セピアの髪。  まったく感情の無い冷たい藍色の瞳で目の前の敵を見据えると、その人はためらうことなく割られた兜の礼とでも言うように敵の脇腹へ自らの剣を叩き込んだ。  耳をつんざく断末魔の叫びが響く。  すでに戦意を喪失していた敵は、誰からともなくわらわらと撤退していく。 「か……閣下……」  ユノーの口から安堵とも歓喜とも取れる声が漏れる。  が、その人はそれに応じることなく、唖然として立ち尽くすミレダに向かいつかつかと歩み寄った。  そしてその正面に立つなり、右手を振り下ろす。  突然の平手打ちを食らい、ミレダはわずかに腫れた頬を抑えよろめいた。 「どうして
Last Updated: 2025-08-05
Chapter: ─28─ 開戦
 日が昇った。  両軍から鏑矢が放たれ、甲高い音が響く。  突撃を告げる角笛が吹き鳴らされる。  どちらからともなく、弓兵隊が矢を敵陣に向けて射掛け始める。  それがあらかた済むと、じりじりと両軍は互いの距離を詰めていく。  漆黒の部隊は、無抵抗な獲物に群がる蟻の様に蒼の隊を取り囲もうとする。  予想されていた状況であるにも関わらず、蒼の隊には何もなす術が無い。  立ち尽くすミレダは、唇を固く結んだまま戦況を見つめている。  その表情は、まるで涙をこらえているようでもあった。  同じくユノーも、何かこちらに有利な事はないかと、刻々と変わる戦況を見つめていたが、その視界の端にある物をとらえた。  他でもない、ミレダから皇都に戻るよう言い渡された朱の隊だった。  ミレダの命に反してこの地に留まっていた彼らは、戦場を迂回すると右手側面からイング隊に突っ込んで行った。 「殿下、朱の隊が……」  驚いたユノーは思わず大声を上げた。  圧倒的に不利な中に突如として現れた援軍に、蒼の隊は勢いを盛り返したかに見える。  けれど、ミレダの表情は変わらない。 「殿下……?」 「馬鹿なことを……自殺行為だというのがわからないのか……?」  絞り出すようにミレダはつぶやく。  そう、彼女同様、皇都の守備を生業とする朱の隊には実戦の経験が無い。  つまりは構成員全員が初陣と言っても良い部隊である。  予想外の急襲は、わずかな時間の間だけ敵の統率を乱すことはできるかもしれない。  けれど、一度『殺意の暴走』が生じ混乱に陥れば、戦況を好転させるどころか悪化させかねない。 『あの人』の言葉を借りれば、敵も味方も全員まとめてあの世行き、ということになる。「伝令、蒼の隊……シグマに伝えよ。分隊を気にせず、頃合いを見て退けと」 その時、冷静なミレダの声がユノーの耳朶(じだ)を打った。  思わずユノーはミレダの顔を見つめる。  果たしてそこには苦渋の表情が浮かんでいた。  
Last Updated: 2025-08-04
Chapter: ─27─ それぞれの思惑
 先鋒隊を任せた参謀長からの奇襲失敗の報告を受けたロンドベルトは、怒りを通り越して呆れ果て、苦笑を浮かべることしかできなかった。 無紋の勇者という絶対的な指揮官を欠いた上、その数をも減らしている敵に対し、こちらは圧倒的に有利な立場にある。 にも関わらず不用意な奇襲を仕掛け、挙句に返り討ちにされるとは。 たちの悪い冗談以上に笑えない。「……勝利を自らの手で確実にしようと思われたのでしょうが……」 報告を読み上げたヘラも、戸惑いの色を隠せない。 一方のロンドベルトは卓に頬杖をつきながら、なんとも言えない口調で応じる。「あの件に関しては、罪は不問と言ったのだがな。どうやら相当気にしていたようだな。参謀殿の生真面目な性格が裏目に出たというところか」 ややもすれば状況を楽しんでいるようなロンドベルトの口調に、ヘラは返す言葉がない。 そんな副官の様子にロンドベルトは苦笑を収めると、決戦の地ランスグレン地方の地図を広げた。 どうやら絶対的な司令官を欠いた蒼の隊にも、それなりに戦況を見る目が有る人物が現れたようだ。 あれほど見たくもないと思っていた蒼の隊の内部を、今はなぜか見てみたくなった。 一体それはどんな人物なのだろうか。 興味をそそられて、ロンドベルトは地図の上に手をかざし、視線をランスグレンに飛ばす。 見えて来たのは、敵の撃退成功に沸き立つ蒼の隊だった。 が、歓喜の輪からやや離れたところに、神妙な面持ちで何やら話し合う面々がいる。 どうやら、敵の中にも物事を楽観視せずに正確に見定めようという人物がいるらしい。 彼らがこの度の奇襲を見破り返り討ちにする作戦を立案したのだろう。 恐らくは今回の司令部と言ったところだろうか。 ロンドベルトがそちらに意識を集中すると、彼らの姿が鮮明に浮かび上がる。 一人は、小柄だが体格の良い人物で、傷だらけの装備から察するにこの隊の古参。 いま一人は、少々頼り無げに見える、戦歴はさして積んでい
Last Updated: 2025-08-03
Chapter: ─26─ 前哨戦
 闇の中に紛れるように、漆黒の一団の行軍が行われている。  他でもなくその目的は、目前の敵……蒼の隊に夜襲を仕掛けるためである。  これは、ロンドベルト直々の命令ではなく、イング隊参謀の独断だった。  出兵前、良かれと思って敵国神官を匿っていると本国に報告したあの行動が、ロンドベルトの逆鱗に触れてしまった。  そう理解していた参謀は、名誉挽回の機会を狙っていた。  ただでさえ覚えがめでたくない以上、どうにかしてロンドベルトの信頼を得たい。  そのためには、何か勲功をあげるのが手っ取り早い。  できれば、本隊が到着する前に勝敗を決しておきたい。  そんな焦りにも似た感情から、参謀はロンドベルトの指示を仰ぐことなく作戦を決行した。  圧倒的に有利な戦況が、参謀の思考を惑わせていたのかもしれない。  息を殺して進軍すること、しばし。  遂に前方に、敵本陣に焚かれるかがり火が見えた。  参謀は右手を高々と上げると、敵陣に向けて振り下ろす。  それを合図に、闇の中を無数の火矢が飛ぶ。  大地に突き刺さった火矢から燃え移り、前方の草むらに火の手が上がる。  それを見計らって、騎馬隊が攻撃を仕掛けるべく敵陣目指して駆け込んで行く。  数の上でも、そして恐らく士気においてもこちらが上だ。  赤子の手をひねるように勝利は転がり込んで来るだろう。  そう確信し、参謀は自らも抜剣し敵陣へと向かう。  だが、そんな彼の目に写ったものは、戸惑い右往左往する自軍の姿だった。  そう、敵本陣には人っ子一人いなかったのである。 「参謀、これは一体……」 「よもや、我らに恐れをなして、戦わずして逃げたのか?」 「何が常勝軍団だ。とんだ腰抜けじゃないか」  軽口が叩かれ、どっと笑い声が上がる。  張り詰めていた緊張感が、緩んでいく。  そんな時だった。  突如として、鬨の声が上がった。 「何……?」  慌てて剣を構え直すが、既に遅かった。  左右から無数
Last Updated: 2025-08-02
Chapter: ─25─ 同情
 先鋒隊からの報告を受けたロンドベルトは、なんとも言い難い表情を浮かべていた。  前方に対峙する蒼の隊の数は、斥候部隊の報告によると、約六千五百といったところらしい。  ルドラの時よりも、明らかに数を減らしている。  加えて、常に彼らを率いてきた絶対的な指揮官が不在である事は、ロンドベルト自身が誰よりもよく知っている。  にも関わらず、陣頭には以前は決して掲げることの無かったルウツ皇帝の紋章旗を隊旗と共に掲げているという。  常識的に考えれば、この状況は明らかにおかしいと言って良い。  こちらの想定外の所に伏兵を置いているのか、あるいはただのはったりなのか。  常のごとくロンドベルトがその力を行使すれば、相手の手の内はこの上なく簡単に理解できるのだろう。  だが、なぜか今は進んで『見たい』とは思わなかった。  正確に言えば、目の前に展開する敵軍にわざわざ『見る』ほどの価値を見出だせなかったのだ。  見ようと見まいとこの戦で訪れる結末は、ルウツの常勝軍団の消滅以外他にない。  ロンドベルトはそれを強く確信していたからである。  けれど……。 「お加減が優れないようにお見受けしますが……」  そう不安げに声をかけて来たのは、他でもなく副官のヘラである。  こと、ロンドベルトのことに関しては、彼女は本人以上にその心中の変化を察知する能力を有しているようだった。  わずかに苦笑を浮かべて見せてから、ロンドベルトは皮肉交じりに言った。 「いや、敵ながら相手の状況に少々同情していると言ったところかな」  上官の言葉の真意をはかりかねて、ヘラはわずかに小首をかしげる。 「同情……ですか? それは一体、どういうことでしょうか」 「あれほどの軍功を上げながら、最終的に与えられたのが死刑宣告といっても良いこの状況だ。敵とはいえ、あまりにも哀れだと思わないか?」  確かに数に勝るイング隊とこのまままともにぶつかれば、敵に勝ち目は無いだろう。  それを見越した上での派兵だとしたら、悲劇としか言いようがない。
Last Updated: 2025-08-01
Chapter: ─24─ 決断
 ミレダが姿を現す。  ただそれだけのことなのに、その場の空気が変わるのをユノーは感じた。 「遠路はるばるご苦労と言いたいところだが、これは一体どういう魂胆だ?」  使者と対峙するミレダはユノーの知るその人ではなく、威厳を持った皇帝の妹姫だった。  その威圧感に押され、使者は自ら進んで下馬し恭しく膝を折る。  それを見下ろしながら、ミレダはさらに続ける。 「聞けば、私と共に戦に臨みたいとのことだが、誰の許しを得てこのような無謀な行動を?」  使者は平伏したまま、震える声で答える。 「我らは朱の隊入隊の時、他でもなく殿下に剣を捧げております。この期に及んで自分達だけ皇都で安寧をむさぼるのは我慢ならず……」 「愚か者が! それで私が喜ぶとでも思ったか?」  突然の怒声に、後方で様子をうかがっていたユノーは目を丸くし、シグマは呆気に取られたような表情を浮かべる。  一方、その怒りを買った側は、恐縮したように一段と深く頭を垂れる。 「め……滅相もございません。我々はただ、殿下への忠誠を……」 「私への忠義を示すなら、なぜ私から命じられた責務を果たそうとしない? 貴官らがいたずらに持ち場を離れた結果、私が陛下のご不興を買うこととなるではないか」  少しでも考えればわかることを、なぜそのように後先考えず行動するのか。  馬上からそう語るミレダの口調は、決して激しいものではない。  けれど、静かな圧力に使者は顔を上げることができずにいた。  返す言葉もない使者に向かい、ミレダはさとすように続ける。 「もっとも私は、姉上……陛下から縁を切られたようなものだ。そんな私に従うとなれば、貴官らの命も危うい。悪いことは言わぬ。今すぐ皇都に戻れ」  大儀であった。  そう締めくくると、ミレダは馬首を返し、陣へと戻って来た。  ユノーを始めとする隊の面々は、そんなミレダを取り囲む。 「よろしかったのですか? 殿下……」  不安げに問いかけてくるユノーに
Last Updated: 2025-07-31
始まりの物語─青き瞳の巫女─

始まりの物語─青き瞳の巫女─

──わたくしは、神に捧げられた贄でございます……── 遥か昔。 まだヒトと神と呼ばれる存在が同じ世界に暮らしていた頃の物語。 闇をつかさどる神リグ・べヌスの元に供物として一人の女性アウロラが贈られてきた。 初めて見る神を前に怯える彼女の瞳は、ほとんどの住人が暗色の瞳を持つ闇の領域では稀な美しい青色をしていた。 自らの顔を異形と卑下するアウロラに、べヌスは今までにない感情の動きを覚えるのだが……。
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Chapter: 39 独白
 陛下から賜った短剣を首筋にあて一気に引こうとした瞬間、わたくしはまたしても恐ろしいものを見てしまいました。 そこは、まがいもなく闇の神殿で、石畳の上には二人の武人が倒れていました。 お一方は見事な金色の髪をしておられるところからみると、光の領域の方でしょう。 もうお一方は漆黒の髪に黒い甲冑をまとっておられるので、闇の領域にかかわる方なのだと思います。 そんなお二人に剣を向けていたのは、一人の少年でした。 長い黒髪に漆黒の瞳を持つその少年は、端正な顔に薄笑いを浮かべておりましたが、感情はまったく読み取ることはできません。 ですが、わたくしにはあることがわかりました。 無慈悲に剣を振り下ろそうとしている少年の『中』には、陛下がおられると。 けれど、少年は陛下でありながら陛下ではないのです。 疑問に思って目を凝らしてみると、陛下に隠れるようにして、少年の自我はこちらに背を向けて泣いているのです。 ……そう、陛下がどういう訳だがわかりませんが、この少年を取り込もうとしているのです。 なぜそんなことになってしまったのか。 どうして陛下はこの少年と一体化しようとしているのか。 わたくしには、その理由はまったくわかりません。 けれど、これだけはわかります。 石畳で倒れている二人の武人は、陛下に取り込まれようとしているこの少年に殺されてしまう、と。 このままではいけない。 陛下に、この少年に、罪を犯させてはならない。 なんとしても止めなければ。 けれど、わたくしの声は届きません。 当然です。わたくしはその場にいないのですから。 これは、闇が巫女であるわたくしに見せている光景なのです。 このまま時が流れたら起きるであろう未来の光景なのでしょう。「巫女殿! いけません!」 背後から、不意に声が聞こえると同時に、恐ろしい光景は消え失せました。 婀霧様がわたくしを気遣って、こちらに向かい駆けつけてくださったのです。 刹那、首筋が熱くなりました。 目の前が次第に暗くなっていき、足許がおぼつかなくなっていきました。「巫女殿、なんてことを!」 婀霧様は赤く濡れた床に膝をつき、わたくしを抱き起こしました。 自らのマントを引き裂くと、それをわたくしの首筋にあてて必死に止血しようとしてくださっているのがわかりました。 けれど、とめどもな
Last Updated: 2025-07-17
Chapter: 38 呪い
 婀霧とディーワ、両者の叫びがベヌスの耳に届いたかどうかはわからない。  けれど、真紅の沼に膝を付くべヌスは嗤っていた。  光を失いつつある漆黒の瞳をディーワに向け、呪いの言葉をつぶやく。 「以後、闇は安息をもたらすものにあらず。人々に恐怖をもたらすものとなろう。恨むなら自身を恨め、光神よ……」  言い終えると同時に、ベヌスの身体は崩れ落ちる。  赤い沼に倒れた身体は、程なくして黒い霧となり四方へと散っていった。 「……これは一体?」  驚きの声を上げる婀霧。  一方ディーワは、一部始終を見届けると重いため息をついた。 ──その身は滅びても、精神はこの世に遺すか。それほどまでに……──  私を恨んでも恨みきれぬ、という訳か。  そう吐き出すように言うと、ディーワは目を閉じ頭を揺らす。  ほぼ同時に、その輪郭は揺らめき消えていく。  水の結晶の効力が切れかけているのだ。 「待ってください、大主! 私達はどうすれば……?」  光神の全権代理人たるカイは、その任を放棄して去った。  その言葉が本心であるならば、戻ってくることはないだろう。 ──これ以上……流血は、無用。婀霧、そなたが……に代わって……──  途切れ途切れに聞こえてくる言葉を耳にした婀霧は、思わず大きな声を上げる。 「私が? 私に和議を結べと? それは……」  あまりにも荷が重い。  自分より相応しい者がいるのではないか。  そう固辞しようとした婀霧だったが、伝える前に光神の姿は光の粒となって霧散する。  同時に水の結晶は内包していた力を使い果たし、ひび割れれ粉々に砕け散った。  残された婀霧はしばし呆然と立ち尽くしていたが、すぐに我にかえり周囲に視線を巡らせた。  ブイオ攻略戦の折の犠牲者が納められた無数の棺。  和議を結ぶのであれば、彼らを家族の元へ返さなければ。  そして。  婀霧は、アウロラとベヌス、二人分の血を吸った短剣を拾い上げる。  未だベヌスの血で赤く染まっている刃をマントで拭うと、アウロラの棺のかたわらに膝を付く。  そして、改めて短剣をアウロラの手に握らせてやった。 「巫女殿、あなたの思いは、私が引き継ぎます。闇の領域と和議を結んで、この争いを終わらせます」  
Last Updated: 2025-06-30
Chapter: 37 懺悔
 べヌスの視線を受けてもなお、ディーワは何も語ろうとしない。 そんな『友人』に向かい、べヌスは絞り出すように言った。「そう、なのか? そなたは吾を亡きものにしたいほど、忌み嫌っていたのか?」──それは違う! ── ようやくディーワは声を上げる。 その目は珍しく鋭く輝き、アルタミラを名乗る少女を見据えている。──私をそそのかし戦を起こさせて、何が楽しい? ──「そそのかすですって? 私は一つの可能性を示しただけ。行動を起こしたのはあなたじゃない」 ばさり、という羽音と共に、アルタミラは翼を羽ばたかせる。 同時に身体は中空に浮かぶと、夕闇色の光を放つ。「待て! 話はまだ……」 咄嗟にべヌスは立ち上がり、アルタミラを捉えようとする。 だが、彼の手が少女に触れる前にその姿は混沌の中へと溶けていった。 唖然として何もない空間を見つめるべヌス。 その背に向かい、ディーワは静かに語りかけた。──……あの少女の口車に乗せられ、行動を起こしてしまったのは私の咎だ。どんなに謝罪しても足りぬことはわかっている。しかし……──「……そうだ。もう遅い」 けれど、その言葉に対しべヌスは振り返らなかった。 そのまま倒れ伏す婀霧に歩み寄ると、息があることを確認する。 そして、その身体を横たえながら静かな口調で告げた。「そなたの忠臣は無事。気を失っているだけだ」 ようやくべヌスはかつての友をかえりみた。 漆黒の瞳からは、いかなる感情も読み取ることはできなかった。──ベヌスよ、私は……──「言い訳ならば、聞きたくはない。吾の目の前にあるのは、現実だけだ」 その時、ベヌスの目か
Last Updated: 2025-06-30
Chapter: 36 対峙
 水の結晶は、カイの力に呼応するようにちかちかと瞬き始める。 そしてまばゆい光を放つと、それは光神エルト・ディーワの像を結んだ。 その姿を一瞥すると、カイは冷たくこう言い放った。「さっきも言ったとおりだ。俺はもうあんたの道具にはならない。自分でカタをつけてくれ」 言い終えると、カイは腰に履いていた剣を投げ捨てる。 唖然とする一同の視線を背に受けて、カイは振り返ることなく大広間を出ていった。 ディーワとべヌス、そしてやや離れた所に控える婀霧、三者の間にはしばし嫌な沈黙が流れる。 べヌスは現れたディーワの虚像とは目を合わせようとせず、冷たくなったアウロラを見つめるばかりである。 その様子に、婀霧は意を決したように息を飲むと、かすれる声で切り出した。「……最期の時、巫女殿はこうおっしゃいました。陛下にお仕えできて幸せだったと」 瞬間、べヌスの身体がぴくりと動いた。 ゆっくりと顔を上げると、漆黒の瞳を婀霧の方に巡らせる。「……まことか?」 無表情なべヌスの声に、婀霧はうなずく。「こうもおっしゃっていました。いつか必ず、あなたの元へ、と」 言い終えるやいなや、婀霧はうなだれ声を上げて泣き始める。「本当に、申しわけありません。私が……私がもう少し早く巫女殿の元に駆けつけていれば、こんなことには……」 けれど、べヌスは目を伏せゆっくりと頭を左右に振った。「そなたのせいではない。気に病むな。すべては……」 ひとたびべヌスは言葉を切った。 アウロラに視線を落とすと、べヌスは静かな声で告げた。「吾の咎だ。吾が……」 言うと同時に、一筋の涙がべヌスの頬を伝い落ちる。 武神べヌスの涙
Last Updated: 2025-06-30
Chapter: 35 再会
 昼間幾多の生命が散っていった平原を、月明かりが照らしている。 その中を、漆黒の駿馬が駆け抜ける。 乗り手は言うまでもなく闇の神にして王たるべヌスである。 彼が目指しているのは、ブイオの砦。 敵の手に落ちたその場所へ一人で行こうとする彼を、ノクトを始めとする重臣達は止めた。 確かに使者からもたらされた書状にも、一人で来いとは書いていない。 けれど、べヌスは頑として首を縦に振らなかった。 その理由は、アウロラにある。 彼女はただ一人光神の本陣で、諸将と対峙したのだ。 神であり王である自分が、一介の巫女である彼女にさせてしまったことをしない訳には行かない。 そんな矜持と後悔の念が、べヌスをとらえていたのである。 こういった理由で、彼は一人ブイオへ向かっていたのである。 やがて視線の先に、陥落した砦が浮かび上がって見えた。 かつては夜通し明かりが焚かれていたその砦も、今は黒い塊にしか見えない。 飛び降りると、べヌスは手近な杭に馬を繋ぐ。 そして、静まり返るかつての砦に向かい呼びかけた。「弟御、来たぞ。どこにいる?」 と、暗がりの中からぼんやりと明かりが近づいてくる。 思わず腰の剣に手をかけ身構えるべヌスの前に現れたのは、甲冑姿の女性だった。 あの人は、確か……。「わざわざのお出まし、感謝いたします。私は弟君の補佐役……」「……婀霧、だったか?」 その一言で、婀霧は凍りついたように立ち尽くす。 それほどまでに自分は恐ろしい顔と声をしていたのだろうか。 べヌスは取り繕うべく何か声をかけようとしたが、うまく言葉が出てこない。 小さく吐息をもらすべヌスを前に我に返ったのだろうか、婀霧はあわてて一礼する。「失礼いたしました。弟君がお待ちです。どうぞこちらにお越しください」
Last Updated: 2025-06-30
Chapter: 34 後悔
 胸騒ぎを感じて、カイは手綱を引いた。 一瞬闇の軍勢が迫っているのかと思ったが、これは敵意ではない。 儚げで悲しげで強い意志がその原因であることに気が付いて、カイは思わず周囲を見回す。 そのような存在は彼が知る限りただ一人、闇の巫女アウロラである。 だが、本陣に拘束したその人がこの戦場にいようはずがない。 その時だった。 かたわらを固める兵達が、上空を見上げている。 中にはある一点を指差している者もいた。 何事かとカイはそちらに視線を移す。と、遥か上空には使者の証である薄藍の布が、糸の切れた凧のように漂っている。 なぜこのような所に。 疑問に思いながらも、カイは風上に視線を巡らせる。 その方向にあるのは他でもない、陥落したブイオの砦だった。 胸騒ぎが、嫌な予感に変わる。 そこからとって返したい衝動に駆られたが、今は戦の真っ最中である。 総大将がそのようなこと、できようはずがない。 そのカイの苛立ちにも似た内心を悟ったのだろうか、脇を固める重臣達が口々に言った。「弟君、いかがでしょう。そろそろ退かれては……」「我々の力を知らしめるのには、もう充分なのではありませんか?」 一瞬ためらった後、だがカイは首を左右に振る。 相手が防御に徹しているのは、必ずしもこちらが圧しているからではない。 べヌスがあえて防戦に全兵力を傾けていることに、カイは気が付いていた。 その証拠に、派手に戦闘が行われている割には、双方の犠牲はさほど出ていない。 ここで退いてしまっては、自分にとっては最良の結果ではあるが、兄である光神は納得してくれないだろう。 さてどうするか。 カイが決断を下しかねていた、その時だった。彼方から、甲高い音が聞こえた気がして、カイは長い耳をぴくりと動かす。 神経を聴覚に集中し、研ぎ澄ませる。 途切れ途切れに聞こえてくるのは、伝
Last Updated: 2025-06-29
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