Chapter: ─28─ 死神と勇者「孤児……と、あの御仁は確かに言ったのかな?」 黒玻璃の瞳を向けられたヘラは、短いとび色の髪を揺らしながらうなずく。 「はい。師団長殿にそう告げられたとか。それともう一つ、妙なことを」 「妙なこと?」 「ルウツに親を殺された、と……」 そうか、とつぶやきながらロンドベルトは目を閉じる。 脳裏に浮かぶのは他でもなく、一面血に染まる家族団欒の間。 床に倒れ伏す男女と突き立てられた短剣。 そして、無数の剣を向けられ、微動だにできずに立ち尽くす少年の姿だった。 今も消えることがない鮮明な画像。 それを記憶の底に押しとどめ、ロンドベルトは問うた。 「それで、あの御仁の様態は?」 「かなり回復し、司祭館の書庫で一日の大半を過ごしているとのことですが」 なるほど、と言ってロンドベルトはおもむろに立ち上がる。 どちらへ、と尋ねる副官に向かい彼はわずかに笑って見せた。 「平癒のお祝いでもと。お迎えしたにも関わらず挨拶の一つもなくては、無礼この上ない」 「ですが、師団長殿からの許可はまだ……」 「お顔を拝見しに行くだけだ。尋問しようという訳ではない。問題は無いだろう」 不安げなヘラにもう一度笑って見せてから、ロンドベルトは漆黒のマントを翻し司祭館へと向かった。 ※ 司祭館に足を一歩踏み入れるなり、ロンドベルトはすれ違った若い神官にお客人はどこかと尋ねる。 すると、やや怯えたような口調で屋上へ上っていくのを見かけたとの言葉が返ってきた。 軽く片手を上げて謝意を示すと、ロンドベルトは階段へと向かい、昇ることしばし。 視界が開けた先には、丘一面を埋め尽くす墓碑の群れをみつめる敵国の神官の姿があった。 真っ白な墓碑の群れは、初めて見る者には奇妙な威圧感を与えていることだろう。 この地に赴いた当初抱いた感情を思い出しながら、ロンドベルトはセピアの髪を風に揺らす敵国の神官に向けて語りかけた。 「戦で家族を失った者が、せめて死後は聖地へとの願いを込めてこの地に墓を建てるのです。驚かれましたか? 『無紋の勇者』殿」 その声に応じるかのようにシエル、否、シーリアスはゆっくりと振り返った。 顔は無表情を保っているが、藍色の瞳には言い難い光が宿っている。
Last Updated: 2025-05-29
Chapter: ─27─ 父と息子 暖かな光が優しく自分を包み込んでいる。 死後の世界という物が存在するとしたら、このような所なのだろうか。 そんなことをぼんやりと考えながら、シエルは目を開いた。 そこは、暖炉のある小さな部屋だった。 一体何が起きたのか理解できず、彼は自分が置かれた状況をまじまじと見つめた。 肩口の矢傷には真っ白な包帯がきっちりと巻かれ、わずかに薬草の香りがする。 身にまとっていたのは真新しい夜着で、横たわっているのは柔らかな寝台。 無論身体は清められている。 窓には緋色の分厚いカーテンが引かれ、燭台のロウソクが室内を明るく照らしている。 慌てて半身を起こそうとした時だった。 聞き慣れぬ老人の声が、前触れもなく耳に飛び込んでくる。「気が付いたかの? まだ動かれんほうが良い。傷口が開くからの」 視線を転じると、横たえられている寝台の脇に一人の老神官が座っていた。 醸し出す雰囲気から察するに、徳のある位の高い神官なのだろう。 顔をのぞき込んでくる慈悲深い眼差しに、シエルはおとなしく起きあがるのを止めた。「お前様も、神官とな? ここがどこだかわかるかの?」 ゆっくりとシエルはかぶりを振る。 やれやれと言うように老神官は続ける。「ここはアレンタ。エドナ最果ての地だ。死神が治める死者の街と言えばわかるかの?」「アレンタ……? では、聖地は?」「すぐそこじゃ。お前様は、巡礼者かの?」 答えようとした時、扉を叩く音が室内に響く。 ややあって扉が開き、現れたのは他でもなく、命の価値に重い軽いは無いと言っていたあの神官騎士だった。「気付かれたのですか、アルトール殿? 本当に良かった」 心底安心したようなアルバート。 が、シエルはさらに首をひねった。「失礼ながら何故俺の名を……? 一体これは&hellip
Last Updated: 2025-05-28
Chapter: ─26─ 謎 司祭館を出てすぐ目前に見える大きな石造りの建物が、通称『死神の居城』だった。 すでに顔見知りになっている衛兵は、いつになく険しい表情をしているアルバートの様子に、わずかに首を傾げながらも中へ通した。 あとは勝手知ったるなんとやらである。 ずんずんと歩を進めると、アルバートは突き当たりの一際大きな扉の前で足を止める。 その扉を叩こうとした時、内側からお入りください、と言う声が聞こえてきた。『千里眼』は何でもお見通し、ということか。 やれやれと溜め息をついてから、アルバートは重い扉を押し開く。 果たしてそこにはロンドベルトともう一人、ヘラの姿があった。 これは軍事機密の会議中だったのかもしれない。 そう判断したアルバートは深々と頭を下げた。「お取り込みのところ、失礼いたしました。改めます」「その必要はありません。私も今から報告を受けるところでした。二度手間にならないから丁度良い」 戻ってきたのはアルバートの想定外の言葉だった。 一体これは、どういう意味なのだろうか。 疑問に思いながらもアルバートは扉を閉め、一歩室内に足を踏み入れると改めてロンドベルトとヘラに向けて一礼した。 それを受けるロンドベルトの顔には、わずかに笑みが浮かんでいる。「頭数が揃ったところで副官殿、報告を聞こうか。あのお客人はどのような素性かな?」 どうやら自分ははめられたのかもしれない。 そう気づいたものの、いまさらどうすることもできない。 アルバートはこれみよがしに大きく息をつくと、発言者である美しい副官を見つめる。 ヘラは承知しました、とうなずくと、手にしていた書類をロンドベルトの前に置いた。 これは一体、と問いかけてくるようなロンドベルトに向かい、ヘラは簡潔に答えた。「このルウツ皇国発行の通行許可証によると、名前はシエル・アルトール。ルウツ中央管区所属の修士となっています。膨大な量の書写を持っていたので、聖地巡礼の途中だったのは間違いないと思われます」
Last Updated: 2025-05-27
Chapter: ─25─ 客人 アルバート・サルコウは困惑していた。 そして何やら嫌な予感がした。 常日頃あまり良好な関係とは言えぬロンドベルトからの急な召還命令である。 そこに何やら裏があるのは明らかだ。 彼自身はあくまでも見えざるものへ仕える神官騎士で軍人ではないのだから、ロンドベルトの命令に従わなければならないという義務も責任もない。 だが、必要とされているとなると首を横に振る訳にはいかない。 そんな自分の馬鹿正直さに軽い頭痛を感じながらも、アルバートは帰路を急いだ。 無数の墓碑に埋め尽くされた稜線に日が沈みかけたころ、ようやくアレンタの司祭館にたどり着いた彼の視界に入ってきたのは、館の入口で押し問答をしている黒衣の男達と神官見習い達の姿だった。「一体どうしたんだ?」 声をかけるアルバート。 と、その声に気付いた神官見習い達は、一斉にアルバートに向かい駆け寄ってくる。「師団長様、助けて下さい!」「大変なことになっているんです!」 何が何だかわからないアルバート。 果たして近づいてみると、そこには思いもかけないモノが文字通り転がっている。 担架に乗せられ横たえられていたそれは、一人の男だった。 乱れたセピアの髪は顔に貼りつき、無数の古傷が残るむき出しの上半身。 肩口には薄汚れた包帯が乱暴に巻かれ、茶色く変色した血がにじんでいた。「……一体、この方は……」 言葉を失うアルバートに、神官見習い達は一気にまくし立てた。「ですから、助けて下さい!」「いくらイング隊隊長閣下のお願いだと言われても、司祭館に素性の知れない人を入れるわけには行かないと、何度言っても……」 けれど、その言葉はアルバートには届いていなかった。 顔を上げるやいなや、彼は叫んでいた。「すぐに薬師を! それと父上…&h
Last Updated: 2025-05-26
Chapter: ─24─ 帰還 丘陵地帯には、二大国の間での戦で命を失った人々の墓碑が無数に並んでいる。 後味が悪く、かつ血生臭いガロアでの戦から五日。 敵国ルウツからは『黒衣の死神』と呼ばれ恐れられているロンドベルトと彼が率いるイング隊は、死者の街と揶揄される駐屯地アレンタへと戻ってきたのである。 出迎えの一団から一騎がこちらに向かってくるのが認められた。 短いとび色の髪を揺らし大きく手を振るのは他でもなく、ロンドベルトの副官ヘラ・スンだった。 彼女の控えめながら明るい笑顔と声が聞こえてくると、それまでぎすぎすしていた部隊内の雰囲気が一気に和んだように感じられた。──やはりこの人無くしてはこの隊は成り立たない。 それまでの行軍を思い起こし、改めてそう痛感するロンドベルトの前で、ヘラは下馬し一礼すると、うれし涙が草の上にぱたぱたとこぼれ落ちる。「閣下、お帰りお待ちしていました。ご無事でのご帰還、心よりお喜び申し上げます。あの……」 感極まって言葉に詰まるヘラに向かい、ロンドベルトはめったに見せない穏やかな笑みを浮かべてみせる。 そして、矢継ぎ早に命令を下した。「出迎えご苦労だった。負傷者の搬送の手配を頼む。それと、至急アルバート・サルコウ師団長殿を呼び戻してくれないか?」 突然の言葉に、ヘラは数度目を瞬いた。 無理もない。この地域の神官騎士団をまとめるアルバート・サルコウと信仰とは無縁のロンドベルトは、水と油のように不仲と言っても良かったからだ。 そんなロンドベルトが神官騎士団長を呼べ、ということは、何やら良からぬことが起きたのではないだろうか。 そう考えたヘラの顔には、不安げな表情が浮かぶ。 それが自分の身を案じてのことだと理解して、ロンドベルトはわずかに苦笑を浮かべてみせた。「私のことなら心配はない。ただ、戦場からお迎えしたお客人がな……」「お客様……ですか?」
Last Updated: 2025-05-25
Chapter: ─23─ 疑問「どういうおつもりですか?」 背後でわめいている参謀に、ロンドベルトは強い不快感を感じて、不機嫌な表情を浮かべて振り返る。 黒玻璃の瞳を向けられると、参謀はそれまでの勢いはどこへやら、しゅんとして黙り込んだ。 その様子に心底ロンドベルトは呆れ果てていたが、一呼吸置いてこう告げた。「どういう、とは一体?」「なぜあの神官を殺してしまわなかったのですか? 奴の言った通り、あそこにいたのはルウツの正規兵ではなく村人にすぎません。奴の口からことの次第が漏れれば、我々の名誉が……」「何をさして名誉と言うのかな? 我々はただの人殺しだ。しかも自らの意思で動く訳でなく、国の命令で大量虐殺をする、何ともたちの悪い殺戮集団だ」 予想外の返答だったのだろうか、参謀は唖然として立ちつくす。 その間抜け面に向かい、ロンドベルトはさらに毒づいた。「彼の言ったことは何ら間違ってはいない。正しいことを述べたまでだ。にも関わらず殺されては道理に合わないだろう。……それに、あの御仁には少々聞きたいことがある」「聞きたいことですか? それは一体……」 参謀が口にしたのは、無理もない疑問ではある。 が、その問いに答える必要性をロンドベルトは持たなかった。 無言で長身を翻すと、彼は自らの天幕へと入った。 勢いよく腰を下ろし、大きく息をつく。そして、目を閉じ先程までのことを反すうする。 脳裏に浮かぶのは、乱れたセピアの髪に激しい怒りに燃えた藍色の瞳。 真っ直ぐにこちらを見据えてくるその瞳に、ロンドベルトは既視感を覚えていた。 ため息をつき、ふと視線を転じた先には、何かが落ちている。 手にするとそれは、首都を出る前に小さな騒ぎとなっていた敵国の手配書だった。 じっとロンドベルトはその人相書きをみつめる。 セピアの髪に、藍色の瞳。 その容姿は伝え聞く敵国の
Last Updated: 2025-05-24
Chapter: 18 占断 安楽椅子に深く腰掛けていた大巫女は、あわてふためいてやって来たマルモとアウロラを見るなり、開口一番こう言った。 どうやら、何やら良からぬことでもあったみたいですねえ、と。 心のうちを言い当てられて驚いて顔を見合わせる後輩の二人に、大巫女は静かな口調で言った。「そりゃあ、歳はとっていても私はまだまだ闇の巫女ですよ。それに、二人そろってそんなに青白い顔をしているのを見せられては、良い事があったなんて普通は思いませんよ」 言われてみれば、確かにそのとおりである。 きまり悪そうに頭をかき舌を出すマルモと、恥ずかしそうにうつむき目を伏せるアウロラを代わる代わる見やってから、大巫女はさっそく本題に入った。「それで、一体何が起きたんです? 皆から聞くところによると、アウロラが式典で舞や儀式を失敗したようでは無いみたいですけれど……」 そこでアウロラは、舞っている最中に見たもの……大地が血で染まる恐ろしい戦の光景を大巫女に告げる。 話を聞き終えた大巫女はしばらく難しい顔をして黙っていたが、おもむろに口を開いた。「巫女は舞う時、まれに闇と一体化して未来に起こるであろう事柄を見ることがあるんですよ。……マルモは一度も無かったようだけれど」 大巫女の言葉に、マルモは恥ずかしそうに頬を赤らめ髪をかき回す。「あたしは頭数合わせのお飾りの巫女でしたからねえ、残念ながら」「そんなに卑下するもんじゃ無いですよ、らしくない。ちゃんと今まで与えられた役割を果たしているじゃないですか。……さてと、アウロラが見たもののことだけど」 話を振られて、アウロラは身を固くする。 そして、大巫女の言葉を一言も聞きもらすまいと耳に全神経を集中させた。「信じられないかもしれないけれど、未来というのものは、一つに定まってるものではないんです。いくつかの可能性か積み重なってできているんですよ」
Last Updated: 2025-06-18
Chapter: 17 即位式 普段は静謐を湛えている城が、賑わいを見せている。 闇の王の即位を祝うため、闇の領域の各所から領主やその随員が集っているからである。 彼らを迎えるベヌスは威厳に満ち、まさに王と呼ぶにふさわしい風格だった。 が、そんな彼もある来訪者の前では破顔する。 他でもない、光神エルト・ディーワ自ら弟のカイ・ベルグを始めとするごく僅かな従者と共に闇の城を訪れたのである。「来てくれたか。この間のこともあったゆえ、弟御に名代を言いつけてそなたは来ないと思っていたが」 冗談めかして言うベヌスに、ディーワは苦笑を浮かべる。 が、口に出して答えたのは、かたわらに控えるカイの方だった。「陛下の一世一代の式典となれば、行かぬわけにいかないだろうと諭すのに苦労したが、どうやら報われたようだ」「……神殿を度々空にする訳にもいかないだろう。けれど……」 ひと度言葉を切ってから、ディーワはベヌスに視線を向ける。「唯一無二の友人の晴れの日だ。多少は我が民も許してくれるだろう」 と、そこでノクトが声をかけた。「遠路はるばる、さぞや疲れでしょう。部屋をご用意しましたので、どうぞお休みください」 至らぬこともあるやもしれませんが、と言うノクトに、カイは笑って言った。「いや、陛下の片腕のノクト殿の手はずとあれば心配ない。大船に乗ったつもりで……」「くつろぎすぎて、式典に寝坊してくれるなよ」 ベヌスの言葉に、その場の面々はさも面白いとでも言うように笑いあった。 光と闇、立場こそ正反対の存在の間に結ばれた硬い友情という名の絆。 それはいつまでも変わらないものと、皆信じて疑わなかった。 ※ 神殿の祈りの間に、人々が集う。 彼らは、新たに即位する王の来訪を今か今かと待っていた。
Last Updated: 2025-06-17
Chapter: 16 髪飾り それから、慌ただしく時は流れた。 サラが上手く話をつけてくれたのか、特にお咎めが無かったアウロラは、前にも増して巫女の勤めに励んだ。 そんな彼女に、マルモは呆れたように吐息をつく。 「どうしたんだい? あまり根を詰めると、肝心の式まで身体がもたないよ? 」 そう、正式なベヌスの即位式は目前に迫っている。 領域内の有力者ばかりでなく、光神とその従者も来訪するとあって、城内は上を下への大騒ぎになっていた。 「あんたの舞はもう完璧だし、この上何をしようって言うんだい?」 首をかしげるマルモに、アウロラは沈んだ表情で告げた。 「以前お伺いした浄化の儀式が、どうしてもわたくしにはできなくて」 そう肩を落とすアウロラに、マルモは目を丸くする。 「あらあら、まだ気にしてるのかい?」 そして、マルモは声をひそめてアウロラに耳打ちした。 「ここだけの話だけどね、大巫女様が言うにはあの儀式は当面の間行うべきじゃないって」 思いもかけない言葉に、今度はアウロラが驚く番だった。 どうして、とでも言うように見つめてくるアウロラに、マルモは肩をすくめて見せる。 「物事にはすべて意味がある。この時期に途絶えたのにも、それなりの理由があるんだろう。そうおっしゃってねえ」 大巫女は一線を退いているとはいえ、長命種特有の不思議な力を持ち合わせている。 それは、その端くれと言えるアウロラよりも遥かに強固なものだ。 恐らくその不思議な力が、大巫女に何かを告げたのだろうか。 「そう言うわけだからさ、今は即位式の神事の事だけ考えようじゃないか」 諭すように言うマルモに、アウロラはうなずいて応える。 何より先だって歌を披露した時以上の人々の前で、それこそ完璧に舞を捧げなければならないのだ。 「……考えれば考えるほど、今から震えてきます」 「おやおや、ごめんよ。それじゃあなるべく考えないでいることにしようかね」
Last Updated: 2025-06-16
Chapter: 15 暁の時 小走りに宴の間を退出したところでアウロラの目に入ってきたのは、嬉しそうに満面の笑みを浮かべるサラの姿だった。 「お疲れ様でした。そして、お見事です。芸事には無縁な私も、思わず聞き惚れてしまいました。柄でもなく、感動いたしました」 だが、アウロラは恥ずかしそうにわずかに赤面し顔を伏せる。 「そんな……。お耳汚しして、かえって申し訳ありませんでした。わたくしがあんな大勢の、しかも初めてお会いした方の前で、あのようなことを……」 今思い返しても、身体が震えます。 そうつぶやき、自身の行動に戸惑いを隠せないようなアウロラの背を、サラはぽんぽんと叩き、いたずらっぽく片目をつぶってみせる。 「先程も申し上げたでしょう? あなたは変わることができると。その一歩を踏み出されたんですよ」 「そう……だと良いのですが」 それでもなお煮えきらないようなアウロラ。 あらあら、とでも言うように苦笑を浮かべ小さく吐息をついてから、サラはアウロラの手を取った。 そして、先程来たサラの部屋とは違う方へと向かい歩き出す。 部屋に戻るものと思って疑わなかったアウロラは、驚いたようにサラに声をかけた。 「サラ様、一体どちらへ行かれるのです? サラ様のお部屋はこちらでは……」 しかし、サラは振り向くことなく歩を進めるながら応える。 その口調は、どこか面白がっているようでもあった。「主が言っていたでしょう? あなたに見せたいものがあると」 確かにべヌスはそんなことを言っていたような気がする。 けれど、と思い直し、アウロラは目を伏せた。 ふと、サラが先程口にしていた言葉が脳裏をよぎったからだ。 「あの……失礼ですが、それは遠乗りに出ようという口実ではないのですか?」 「……巫女殿はご存知ないのですか? この出城の名物……別名を」 振り向き驚いたように問い返すサラに、アウロラは心底申し訳なさそうにうなずいて返した。 本当に? とでも言うようにサラはアウロラ
Last Updated: 2025-06-15
Chapter: 14 宴の間 宴席へと向かう足が、わずかに震える。 賑わいが近づくにつれ、会話の内容が途切れ途切れに耳に入ってくる。──……少女がうずくまって……羽根が……甲高い声で笑い……────……アルタミラ殿の消息を……────兄者の許しがいただければ……── はたと、アウロラの足が止まった。 どうやら、べヌス達は調和者アルタミラの話をしているらしい。 その名は、さすがのアウロラでも知っている。この世界のありとあらゆる物の調和を司る神だ。 話から察するに、どうやらその身に何かが起きているらしい。 このままでは、この世界に良からぬことが起きるのではないか……。 言い知れない恐怖にとらわれて、アウロラは思わず立ち尽くす。 その時だった。「どうした? 何かあったのか?」 突然ベヌスから声をかけられて、アウロラは飛び上がりそうになる。 が、辛うじてそれをこらえると、その場にすっとひざまずき、深々と頭を垂れた。 そして、サラが考えた台詞を間違えぬよう細心の注意をはらって口にする。「恐れながら城下へ使いを送ってもよろしいでしょうか。突然お姿が消え、皆心配しているかと……」 視線が自分に注がれているのを感じ取り、アウロラは固く目を閉じる。おそらくその身体は小さく震えていただろう。 けれど、ベヌスから返ってきた言葉は、想定外のものだった。「アウロラ、構わぬ。こちらへ来ないか?」 どうすれば良いのか。咄嗟にこんな言葉が口をついて出た。「ですが、わたくしは卑しい巫女でございます。大主とその弟君のご尊顔を拝するのは、あまりにも恐れ多く…&he
Last Updated: 2025-06-14
Chapter: 13 それぞれの想い すれ違う駐留兵達からもの珍しそうな視線を向けらる。 居心地の悪さを感じながら、アウロラはサラに従い城の中を歩いていた。 やがて、サラはとある扉の前で足を止めアウロラをかえりみる。 「こちらが私の部屋です。散らかってますが、どうぞお入りください」 言いながら扉を開け、サラはアウロラを室内へ招き入れる。 会釈をしてアウロラは部屋へ入り、扉を閉めた。 そして、改めて室内に視線をめぐらせる。 家具といえば寝台と机と椅子しかない簡素な部屋は、鏡などというような女性を思わせるような物は何一つ見られなかった。 散らかっている、と言う言葉とは正反対の無駄なものの無い室内は、部屋の主の人となりを現しているようだった。 「……申し訳ございません、あの……」 「お気になさらず。主のことですから、どうせ行き先も告げられず連れて来られたんでしょう?」 ここのところ、辺境視察の名目での遠乗りも無かったから、相当城の外に出たかったんでしょう。 そう言ってサラはにっこりと笑った。 「はい……、おそらくわたくし達がここにいる事を、城内に知る方はおられないかと……」 アウロラの言葉に、でしょうねえとサラは腕を組み思案したあと、何かを思い立ったようだ。 「私はこれからお客人の所に行きます。巫女殿は頃合いを見て私がお迎えに上がるまで、ここにいてください」 「あの……それは一体……」 首をかしげるアウロラに、サラは真摯な顔で告げる。 「一つ、お願いがあるんです。一緒にお客人の所へ来ていただけませんか?」 「わたくしが、大主御一行さまの前へ?」 驚いたように目を見開くアウロラに、サラはうなずく。 「お客人……光の領域の方々に、是非とも会っていただきたいんです。そうすれば、巫女殿の中で何かが変わるかと思うんです」 「変わる……ですか? ですが、ただ用もなく赴いては……」 「それは、私に考えが」 と、サラはアウ
Last Updated: 2025-06-13