Chapter: act:溺愛 いつもより早く、理子さんの家に迎えに行く。インターフォンを押したら、すぐに顔を覗かせてくれた。「おはよう克巳さん。昨日はあれから大丈夫だったの? なんだか少しだけ、顔色が悪いし」 目が合った途端に、質問をぶつけられてしまった。イヤな冷汗が、額に流れていく。「や、ごめん。心配かけてしまって……」 機嫌が悪そうに俺を睨む理子さんに、これから告げるいいわけで納得してくれるかどうか、ドキドキしながら口を開く。「実は昨日、彼と話し合いながら、お酒を呑んでしまったんだ」「お酒を呑んだ!? どうして?」 怒ったようなそれでいて困った感じの口調で告げつつ、手早く家の鍵を閉めた彼女を見、会社に向かって歩き出した。すると隣に並びながら、そっと腕を組む。触れたところから伝わってくる理子さんのぬくもりに、いつもならほっとするのに、今はなぜか違和感しかなかった。「彼が話してくれる小さい頃の理子さんのことで、かなり盛りあがってしまったんだ。その結果、勧められるままにお酒を呑んでしまってね。ついにはどちらが強いか、呑み比べがはじまったというワケ。本当に済まない……」 理子さんから注がれる視線がつら過ぎて、思わず外してしまった。「なにしてるの、まったく。だって克巳さん、お酒そんなに強くないのに」「……そうなんだけどさ、でも男の意地があったから。大事な理子さんがかかっていたんだし、少しでも頑張らないといけないだろう?」 彼女から視線を逸らしたまま告げた言葉は、どんな感じで伝わっただろうか。「それで勝負は、どうなったんですか?」 覗きこむように理子さんが顔を寄せる。俺の考えを読みそうなそれに、「うっ」と言って顎を引いてしまった。するとそれ以上逃げられないようにネクタイを掴み、理子さんに引き寄せられてしまう。顔と視線が逸らせない状態に追い込まれたが、それでも陵とかわした言葉を思い出しながら弁解を試みる。「そっ、それが同時に酔い潰れちゃって、お互い記憶がないんだ。だから勝負は、お預けになってしまったよ。本当にゴメン!」「信じられないっ! 克巳さんってば、なにしに行ったの? 私、稜くんに狙われてるんだよ。捕られてもいいの?」 文句を言った唇が、俺の唇に重ねられた。(いつもならそれに応える形で理子さんを抱きしめたり、濃厚なキスをしていたのに、それをする気になれないなんて
Last Updated: 2025-07-15
Chapter: act:翻弄する毒4*** 隣で寝ている克巳さんを気にしながら、ゆっくりと躰を起こしてみる。「……っ、痛っ! ちょっと頑張りすぎちゃったかな」 時計を見ると午前三時過ぎ――彼を起こさないように寝返りをうったら、腰に激痛が走った。あまりの痛さに顔をしかめてしまうレベルって、どんだけ。「回数より質というか。いいモノをお持ちだったせいで、自ら腰を使っちゃったし、しょうがないね♪」 ベッドからゆっくりと腰を上げながら振り返って、克巳さんの寝顔を見てみる。イビキもかかずに、うつぶせのまま死んだように眠っていた。「こういうあどけない顔してるトコに、惹かれちゃったのかも。リコちゃんってば、趣味がいいからなぁ」 そっと頭を撫でてあげると気持ち良さそうに身じろぎし、口元に笑みを湛えた克巳さん。もしかしたらリコちゃんも、俺と同じことをしているかもね。こんな表情を見たら、手を出さずにはいられないから。 物音を立たないように気をつけて、真っ直ぐ浴室に向かいシャワーを浴びる。 そして数分後、バスローブに身を包み、タオルで髪の毛の水分をしっかりと拭ってから、ハンガーにかけてある克巳さんの上着に手を伸ばした。迷うことなく、ポケットの中身をチェックする。 スマホの手ごたえを感じて画面を見てみると、ロックはかかっておらず、さくさくと中身を拝見させてもらった。(わーお、着信履歴が26回もあるじゃん。さっすがリコちゃん! 恋人と俺の話し合いががどうなったのか、すっごく心配しちゃったんだ) 最終着信履歴が午前一時すぎ――この時間なら確か、激しくヤっちゃってる真っ最中のところだよ。 先ほどまでの行為をちょっとだけ思い出し、スマホの中身をあちこちチェックしていてふと気がついた。リコちゃんの電話番号とメアドは知ってるけど、克巳さんのは知らなかった。「俺のスマホに転送しちゃお♪ ついでに克巳さんのに俺の情報を入れてあげちゃうとか、すっげー優しい」 自画自賛しつつ操作した後に元に戻してから、寝室に足を運ぶ。眠っている克巳さんの鼻を、ぎゅっと摘んだ。ちょっとSな起こし方かな。「……っ、んんっ?」「おはよ、克巳さん」 顔を寄せて、ちゅっとモーニングキスしてみる。ぼんやりしたまま俺を見上げる姿は、本当に無防備に見えた。「ごめんね、朝早く。これから早朝ロケが入ってて、仕事に行かなきゃならないんだ。悪いけ
Last Updated: 2025-07-14
Chapter: act:翻弄する毒3*** 疲れ果てた俺は稜を抱きしめて、深い眠りについていた。普段、夢なんて見ても覚えていないのに、このときに限ってはやけにハッキリとしたものを見た。寝室に充満している、花の香りのせいだろうか――。 何故か俺はいろんな花が咲き乱れている中に躰を横たえながら、抜ける様に綺麗な青空をぼんやりと眺めた。風に身を任せて流れていく雲、その風に運ばれる芳しい花の香りが心地よくて、目を細めながらその景色を楽しんでいると。『こんなところにいた、捜したんだよ克巳さんっ』 咲き乱れる花を蹴散らしながら、どこか弾んだ足取りで俺の傍にやって来た稜。しゃがみ込んで俺を見つめる彼の髪型は、かわいそうなくらいにグチャグチャだった。それだけ必死に捜したのだろうか。 俺は上半身を起こして傍に座った稜の髪を、手櫛で撫でるように梳いてやる。「捜してくれてありがとう。でも君は芸能人なんだから、身なりはいつも整えておかないと駄目なものじゃないのか?」『そういう克巳さんも、頭に花びらつけてるよ。何気に可愛いんだから♪』 形のいい口角を上げて、笑いながら頭についた花びらを右手で優しく払ってくれた。目の前に落ちていく、黄色い花びらが目に留まる。「そういえば俺のことを捜してたって、なにかあったのだろうか?」『だって、いなくなったら困るんだよ。克巳さんは俺にとって、大事な駒なんだし』 満面の笑みで微笑んでいるのに眼差しがやけに怜悧で、なにかを企んでいるように感じてしまった。それについて口を開きかけた瞬間、ずるっとどこかへ落ちていく躰。足元を見たら、そこに大きな穴ができていた。 慌てて両腕を伸ばしたがどこにも掴まれるところがなく、真っ直ぐに落ちていく俺を、稜は笑いながらただ見下ろすだけで、助ける気配すら感じられない。(――これから俺は、どうなってしまうのだろうか!?) 底の見えない落とし穴に、ただ身を任せるしかなかったのである。
Last Updated: 2025-07-13
Chapter: act:翻弄する毒2「克巳さんっ、お願、いぃ……んっ」 息も絶え絶えといった様子で悩ましげに顔を歪めて、俺をじっと凝視した稜。なにを言うのだろうかと顔を寄せた。「――なに?」 「もう少、しだけ、力入れて握って……んっ、欲しい、んだ」 「これくらい?」 握ってる力を、ちょっとだけ入れて擦りあげた。「はぁん……ぅあ、もう少し……はぁ――」 「これは?」 「ぁん、ぅ、それ……くらい、はぁ、んっ!」 俺の手に合わせて気持ち良さそうに腰を上下する姿に、もっと感じさせてみたくなる。「うあ……やば、克巳さんっ……はぁ、腰、止んなぃ、もっと」 握っている稜のモノは、今にもイきそうなくらいに膨張していた。 そんな彼をイかせてやろうと力をこめたとき、陵はシーツを掴んでいた手を離して、俺の首に両腕を絡めながら強引に躰を引き寄せてきた。「俺を克巳さんの……んっ、あぁん、おっきいので……気持ちよくして、っ!」 耳元で甘く掠れた声で囁かれたせいで、無性に胸がドキドキしたけど、稜が告げた言葉の内容に不安がよぎる。(――俺のを稜に挿れるのか!?) 挿れる場所は一箇所しかないワケで、しかもその部分は通常こんなモノを挿れたりせずに、出す場所なワケで……。 そんなことを頭の中で考えて固まってしまった俺の顔を見るなり、稜は目を細めてクスッと笑うと、唐突にボトルを手渡してきた。「克巳さんのおっきいから、指でしっかりと馴らしてほしいんだよね」 「えっ!? ああ……」 思わずOKの返事をしてから、やることの順序を考えた。慣れないことをするときは、ついクセでいろいろと考えてしまう。 ボトルから液体を出して手のひらで温めてから、指を一本挿れてみよう。そうして様子を見てから指を足して、馴らしていけばいいか? 息を飲みながら、とりあえず人差し指を一本挿れてみた。つぷぷっと吸い込まれるように入っていくのを見て、何だか変な気分になる。「……っん、ん、っ、はぁん、あぁ……」 何回か抜き差ししながら広げていき、もう一本増やしてみたら、指に中のヒクついている様子が伝わってきて、俺のモノがピクリと反応した。「稜、もう挿れるから。いいね?」 気がついたら言葉を発していた自分。さっきまで躊躇していたのが嘘のようだ。「はぅん……っん、はぁ……あ、ぁぁっ」 俺を待ちわびる彼の中に自身をあてがい、ゆっく
Last Updated: 2025-07-12
Chapter: act:翻弄する毒 彼に手を引かれ隣の部屋に入るとそこは、花の香りに包まれた寝室だった。 ベッドヘッドのライトをつけると大輪の花束が所狭しと飾られていて、思わず目を奪われてしまう。その華やかさはまるで、女の子の部屋のよう。「こっちに置いてある花は、ちょっとだけ香りの強い花ばかりなんだけど、克巳さんは酔ったりしない?」 そして何気なくはいと手渡された小さな包みに、顔が一瞬で強張った。このゴムはいったい?「え? あの……ニオイは大丈夫だけど、これって――」 「これから俺とセックスするんだよ、克巳さん」 彼の言葉に、頭の中が真っ白になった。 呆然とその場に立ちつくす俺を陵は横目で眺めて、なにを言ってるんだと言わんばかりにお腹を抱えて笑い出した。「ちょっと待ってくれ、だって君は男じゃないか。できるワケがない……」 涼は慌てふためく俺を無視して、着ていた服を脱ぎ捨て、惜しげもなく全裸になった。 さすがは、モデルをやってるだけある。均整の取れたプロポーションは見ていて惚れぼれするが、性欲の対象にはならない。胸はないし、下半身には半勃ちのアレがついているし。「でも克巳さん、俺とキスして勃ってたでしょ。あれはどう説明するのさ?」 「あれはきっと薬のせいで、ああなったんじゃないかと――」 同性とキスして勃つなんて、絶対にありえない。感じてしまったのも、全部薬のせいなんだ。「でもねあの薬、即効性はあるんだけど持続性がイマイチなんだ。なのに未だに克巳さんのモノが勃ってるのは、どうしてなのかなぁ?」 「それはまだ、薬が効いてるとしか思えない……」 言い訳がましいことを口にしながら、初めての行為に恥ずかしがる女のコのように、両手で下半身のモノを隠した。今更なんだが――。「まったく。意外と恥ずかしがり屋さんなんだね、しょうがないなぁ」 口元に艶っぽい笑みを浮かべた陵が、手に持っているゴムをパッと奪い取り、おろおろする俺を尻目に素早く装着した。「さあ早くしようよ。遠慮しないでさ」 「いやいや、絶対に無理だって!」 「そおぉれっ!」 ガシッと腕を掴み、遠心力を使ってスプリングのきいたベッドに吹っ飛ばされた。仰向けに寝転がった俺の上に、彼がしっかりと馬乗りになる。見下ろしてくる瞳が逃がさないと語っていて、更なる恐怖心に煽られた。「やや、やめてくれ……」 「掘られるワケじゃ
Last Updated: 2025-07-12
Chapter: act:痺れ薬・略奪6*** まずは第一段階終了――即効性のある薬だけど持続力がないから、もうすぐ切れちゃうんだよな。それを悟られないように、ここから俺が頑張らないとね。リコちゃんの愛した躰がどんなものなのか。自身で体感させてもらおうじゃないの。 気だるそうにしながら息を切らして、ワイシャツだけを着たまま下半身丸出しの哀れな姿を、ほくそ笑みを浮かべつつ見下ろしてやる。 二口しかコーヒーに手をつけなかったとはいえ、お薬をどばどば投入したから相当効いてるっぽい。しろーとさんには、ちょっとばかりキツかったかもなぁ。俺も飲んでるのに効き目を感じられないのは、飲み慣れてしまったせいか――。「ホントに大丈夫? 汗がびっしょりだね」 額のにじんだ汗を手のひらで拭ってやると、気持ちよさそうな顔をする。(なるほど……。母性本能を絶妙なタイミングでくすぐってくれるタイプだから、しっかり者のリコちゃんが夢中になっちゃったんだね) ソファの上で倒れこんでる半身を起こしてやり、水の入ったペットボトルを手渡してあげようと目の前に差し出した。「はい、どーぞ♪」「あ、済まない……」 なかなか手を伸ばさない克巳さんの手に、ペットボトルを強引に押し付けてそれを握らせる。「さてはその顔、俺に飲ませてほしかったんでしょ?」「いや、違っ」 ぶわっと赤面した克巳さん。隣に座り込んで乱れた自分の髪の毛をかき上げてから、背中を優しくさすってあげると、頬を紅潮さたままどこか困った顔をした。(わっかりやす~、素直な人なんだね)「欲しければくれてやるよ? その水みたいにさ」 言いながら克巳さんの着ているワイシャツのボタンを、手早く外していった。「なっ、なにをするんだ?」「自分だけイって、俺はイかせてくれないの? それってフェアじゃないよね」 持っていたペットボトルを取り上げて、腕を引っ張って立ち上がらせると、寝室のある部屋に誘導する。 ――さぁ、第二ラウンドのはじまりだよ克巳さん――
Last Updated: 2025-07-11
Chapter: ピロトーク:郁也さんと周防さん⑤*** 困った――大好きな恋人に、手を出したい衝動にかられてしまう。「この角度で、ゆっくりっと……」 涼一が果敢に挑むべく、息を飲みながら手元を見た。「ああっ、もう! それじゃあ危ない」 ハラハラとドキドキが一緒に襲ってきて、どうにもうずうずする。 思わず声をあげる俺をジロリと睨んできても、それすら可愛いと思ってしまう。どんだけ涼一に、熱を上げてるんだか。「郁也さんは黙ってて。血を見たいの?」「見たくない、見たくない!」「全部僕がするんだから、手出し無用だよ。つぅかあっちで寝ててほしいんだけど、一応病人なんだからさ」 低い声で唸るように注意をしてくれるのだが、俺の方がプロなんだ。口を出したくなるのは、当然のことだろう。「わかってるんだけど、なんていうかこう、涼一の肩に力が入りすぎていて、ムダに危ないんだって。リラックスしたほうが、滑るように入れられるし」「しょうがないでしょ。マトモにやるのは、中学生以来なんだから。それ以降は危ないからって、誰も相手にしてくれなかったし」 不機嫌に輪がどんどん重なっていくので、見事に涼一の集中力が途切れ、当然手元のものも、すごいことになっていく。「顔は可愛いクセに、やること雑だよなぁ」 俺は憐れに千切りされた、まな板の上にあるキャベツを、そっと摘んでみた。千切りというか、万切りというか……。「そこら辺にある雑草を、むしり取ってきたみたいだ。七夕の飾りに、こんなのあったような気が――」「しょうがないだろ! 初心者なんだ。見た目は残念だけど、調味料はきちんと量って、味付けするから大丈夫だよ」(――その見た目だって結構、大事なのにな) コッソリため息をついて、涼一の背後に回った。ひしひしと一生懸命さが伝わってくる。しかも俺のために、頑張って作ってくれているのだ。「思い出すなぁ。初めて俺ン家へ泊まりに来たときにニンジンの皮、ピーラーで剥いてくれたことを」 勢い余って自分の手の皮を、ピーラーで剥いちゃったんだよな。「あの頃と今とじゃ、僕だって進化してるんだ。バカにしないでよ」「してないって。ほらほら思い出せ。素直に俺に教わって成功させた、あの気持ちを」「大げさな……」 振り返って睨みを利かす涼一に、千切りを教えるべく手を取った。鼻腔をくすぐる石鹸の香りや体温がじわりと伝わってきて、自然と頬が熱
Last Updated: 2025-07-15
Chapter: ピロトーク:郁也さんと周防さん④ なぁんて、くだらないことを考えながら寝室に戻ったら、郁也さんがタイミングよく目を開けた。「……あれ? 周防は帰ったのか?」「うん。 ついさっき帰ったばかりだよ」 ベッドの傍に跪き、枕元でぼんやりしてる郁也さんの顔を覗き込む。ちょっとだけ顔色がよくなったように見えた。やっぱり自分の布団で寝るのって、大事なんだな。「周防と喋ってる最中に、見事に寝落ちしちゃったみたいだな。短時間で今までの睡眠を、確保した気分だ」 郁也さんはふわりと笑って、僕の頬を優しく撫でる。手の体温もいつも通りで一安心……って周防さんいったいなんの薬を使って、郁也さんを一気に回復させちゃったんだ!?「咳も止まって、良かったね」「ん……でもまだ喉の奥がゼロゼロしてるから、周防の言いつけどおり安静にする。悪いけど俺のスマホ、持ってきてくれないか? 周防に礼を言っておきたい」 「わかった、ちょっと待っててね」 ダイニングテーブルの上に置いてあった郁也さんのスマホをリビングに取りに行き、寝室で寝ている郁也さんに急いで手渡した。 背中に手を添えて、上半身だけ起こしてあげる。僕に寄りかかった郁也さんは手早くコールしてから、スマホを耳に当てる。病人の郁也さんがつらくならないように、肩に腕を回した。 すると僕の行動に顔をほのかに赤くして、少しだけはにかみながら素早く頬にちゅっとキスする。「サンキュー、涼一」「いえ、どういたしまして」 郁也さんに触れたくて、勝手に肩に手を回しただけなのに、こうやって応戦されると困ってしまう。「もしもし――」 郁也さんが繋がったラインに言葉を発したとき、周防さんがすぐさま返答したらしい。なにかを言いかけて、口をつぐんだ郁也さん。 困った顔して、頭をポリポリ掻いている。やがて気を取り直して、ため息をついてから、「悪かったな周防、迷惑かけてさ。昼からオフだったろ?」 郁也さんの気遣うセリフに、周防さんはなにを感じただろうか――友達を思っての気遣いなんだろうけど、それでもやっぱり嬉しいだろうなと思った。「……お前こそ、ちゃんと休みをとってるのか? 周防、結構疲れた顔してたし」 あの若さで個人病院を切り盛りしてるのは、きっと大変だもんね。少子化と世間は騒いでるけれど、病人は少なくはないんだから。 「そうか。なんかイラついてたから、疲れが溜まっ
Last Updated: 2025-07-14
Chapter: ピロトーク:郁也さんと周防さん③ 周防さんが注射をして、いろいろ話をしている最中にアクビを何度もしている内に、パタリと眠りについた郁也さん。あどけなく寝ている、郁也さんの頭を優しく撫でてからゆっくりと立ち上がる、周防さんの背中に思い切って声をかけた。「あっあの、お茶でもどうですか?」「ごめんねー。これから済ませなきゃいけない用事があるから、もう帰るよ」 ここに来たときと同じ口調で喋って、柔らかく微笑む。 隙がない――周防さんの気持ちを、是非とも確かめてみたいと思ったけど……確かめたところで、その想いを止めろとは言えないワケで。 どうしよう――。 呆然と立ち尽くす僕の横を通り過ぎ、周防さんは急ぎ足で玄関に向かう。(――なにか……なにか話題はないものか) ムダに焦る目の前でスムーズに靴を履き、じゃあねと言って出て行こうとした腕に縋りついて、ぎゅっと握ってしまった。「なに?」 不審げに見る、周防さんの視線が痛い――だけど負けるな自分!「えっと指示ください。この後、どうすればいいですか?」「なーんだ。ももちんが寝てる間に、涼一くんから迫られるのかと思ったのにさ。残念」 からかうような周防さんの口調に、ぶんぶんと首を横に振りまくることしかできない。「そんな大胆なことしませんし、周防さん相手にそれはできません!」「そうなんだ、へぇ」「それに周防さんは、郁也さんのことが、好っ――」 言いかけて、ゴクンと言葉を飲み込んだ。確証のないことを、みずから明かしてどうする!?「なに、どうしたの?」「すみませんっ、そのあの……周防さんは郁也さんのこと、すっごく大事にしてるので、見習わないといけないなって」 冷や汗が背中にタラリと流れる。これでうまいこと誤魔化せたかな?「……大事にするさ、好きなんだから」「周防さん――」 どっちの好きかなんて聞くまでもない。切なげな瞳が、すべてを物語っていたから。 掴んでいた周防さんの腕をそっと外して、両脇に拳を作った。「涼一くん、僕の男に手を出すなとか言わないの?」「いえ、そんなことは……」「涼一くんには、俺を責める権利があるんだよ。俺たちが高校生のとき、お互い想い合ってたのを知ってて、邪魔していたんだからさ」 中学生だった僕のことを好きだった、高校生の郁也さん。そして、郁也さんを好きな周防さんが横恋慕するのは、当然のことだと思う。
Last Updated: 2025-07-14
Chapter: ピロトーク:郁也さんと周防さん② 周防さんは13時過ぎに、家にやって来た。「悪かったね。ホントはもっと早く来たかったんだけど、次々と患者さんが立て込んじゃって」「いえ、こちらこそすみません。お忙しいところ、ありがとうございました」 ぺこりと周防さんに頭を深く下げて、郁也さんが寝ている寝室に案内する。 以前逢ったときは白衣姿で、お医者さんオーラが漂っていたけど、私服の周防さんは郁也さん同様にモデルさんみたいな見た目だった。郁也さんとはまた違ったイケメンで、キレイな上に格好いい感じ。 類は友を呼ぶって、このことなのかな。「おい、こらっ! 不良患者め。なんだその、ゾンビみたいな顔は」 周防さんは足元に持っていたカバンを置き、寝ている郁也さんの顔を覗き込む。「…あ、周防。ゲホゲホッ! 来てくれて、ありがとな……」「麗しの美貌が台無しじゃないのさ。さっさとお尻を出しなさい、周防スペシャルをぶち込んでやるからー」 カバンから聴診器を取り出し、なぜか郁也さんの額に当てる周防さん。なんだかコントを、目の前で繰り広げられているような……このふたりって、いつもこんな感じなのかな?「お尻はヤダ……ゴホゴホッ。もう変なこと言って俺の元気度を測るの、やめてくれよ。涼一がお前のこと、不振がってるぞ。ゴホゴホッ!」 郁也さんはゆっくりと頭を上げて、寝室の隅っこから見ている僕に、わざわざ視線を飛ばしてくれた。「あの、えっと、周防さんのことは信頼してます。僕のインフルエンザを、瞬く間に楽にしてくれましたし」 郁也さんと出逢ったきっかけが街中でぶっ倒れた僕を、周防さんの病院に運びこんでくれたから。なので医者としての腕前は、しっかりとわかっているつもりだ。 信頼してると言った僕を、周防さんはチラッと見てから、再び郁也さんの顔を見つめる。気のせいだろうか――睨まれたような気がしちゃった。「こんなになった、ももちんも悪いけど、傍で見ていた涼一くん、どうして無理をさせたの?」 僕に向かって、周防さんは怒ってるような口調で言い放つ。(当然だよね。一緒に暮らしているのにセーブできなかったのは、間違いなく僕が悪い――)「周防、それは俺が――」「患者は黙ってなさい! どうなの、涼一くん?」「無理はしないようにって、声はかけていました。だけど」「ふざけんな! 言い訳すんなよ!」 突然の怒号に、ビクッと体
Last Updated: 2025-07-13
Chapter: ピロトーク:郁也さんと周防さん 10月の時期は、何かと出版社は忙しいらしく、郁也さんが家に帰ってこない日が、何日か続いた。帰ってたと思ったら、着替えを取りに来て、ついでに仮眠を2・3時間だけするという、ハチャメチャぶりの生活――。 心配になって声をかけるんだけど、副編集長の座がかかってるとか、とにかく郁也さんが職場で頑張らなきゃならないとのことだった。 そんな郁也さんを見守ることしかできない僕だったけど、その頑張りを見て、きちんと締め切りを守っていた。 迷惑をかけなければ、これで郁也さんの仕事が少しでも捗るからね。だけど正直、肩書きなんかよりもら自分の体を大事にしてほしいのが僕の願い。 そう思っていたある日、出版社から朝帰りした郁也さんがフラフラになって、玄関に倒れこんでしまった。「ちょっ、どうしたんだよ!?」「あー……ゲホゲホッ、ずっと咳が止まらなくて。ゲホゲホ! 風邪引いたみたいだ」「熱は? これから病院行く?」 慌てて駆け寄り、上半身を起こしてやる。抱きしめたところが、いつもよりほんのり熱い。「いや……ここに周防を呼ぶ」 言うなりポケットからスマホを取り出して、すぐさまコールした。「……忙しいトコわるぃ、周防。暇なときでいいから自宅に往診、来てくれないか?」 電話の向こう側の周防さん、朝のこの時間は病院開ける前で、忙しいんじゃないのかな?「ゲホッ! 病院に顔を出す暇も忙しすぎて、結局作れなくってさ。気がついたら、ゲホゲホ……っ、くっ、風邪引いちまった」 苦しそうに咳き込む郁也さんの丸くなった背中を、優しく撫でてあげる。 こんなことで、咳がなくなるワケじゃないけど、黙ってみていられないよ。「熱はそれほど、高くないんだけど。ゲホゲホッ! 咳がかなりつらくて、寝ていられない」 咳をしながら、しんどさを訴える郁也さんの言葉に周防さんはなにかを言って、すぐさま電話が切られたようだった。 郁也さんは力が抜けたのか、ぽいっとスマホをその場に放り出して、僕の体に圧し掛かる。 潤んだ瞳で僕を見て、ちょっとだけ笑った。その目が心配するなと、言ってるみたい。「周防さん、なにか言ってた?」「んと、ゲホゲホッ……胸から上を高くして、横になってれって。できれば加湿もしろとさ」「わかった。僕の枕を布団の下に入れて、頭を高くしよう。加湿については洗濯物を干せば、大丈夫かな」
Last Updated: 2025-07-13
Chapter: ピロトーク:after Jealousy2涼一が無事に対談を終え、三木編集長と3人で和やかに夕飯を食い、気疲れを抱えたクタクタな体でなんとか帰宅した。 「郁也さん、先にシャワー浴びるね」 対談前とは別人の爽やかな涼一に、行ってらっしゃいとソファの上からやっと返事をする。 弄られキャラじゃないハズなのに、三木編集長や葩御稜に散々いじられまくり、不機嫌丸出しだった格好悪い俺とは対照的だった、大人の対応をしていた克巳さん。 涼一の質問にえらく親しげに答えていたけど、見えない一線を引いていたのが見ていてわかった。 そういう態度をきちんとしているからこそ、恋人に信用されるのか……なぁんて考えたり。しかもあの、葩御稜を易々と手玉にとっていたのが、さらにすげぇって思った。 「あの余裕のある態度は、どこからきているんだ?」 俺とは違ってあのふたりは相手のすることに対して、余裕を持って接している――どうして笑みを浮かべながら、それを見守ることができるんだろうか。 それこそ――。 「悔しいけど葩御稜の指摘通り、俺の器が小さいから?」 涼一を信用していないワケではない。いつも俺だけを見ているのが、ちゃんとわかるし、伝わってくるから。だけど俺が――。 「イマイチ自信がないんだよな。ちょっとしたことで簡単に一喜一憂して、ときにはガキみたいな態度をとったり、そのくせカッコつけてみたり……」 こんな俺を見限って涼一が誰かに惹かれて、そのまま去ってしまうんじゃないかという、いらない不安に苛まれてしまい、いつも考えてしまうのだ。 (アイツをいつも惹きつけておきたい――) 下唇を噛みしめながら拳をぎゅっと握ったとき、石鹸の香りがふわりと鼻先を掠める。ソファの後ろからお風呂上りの涼一が、俺をそっと抱きしめた。 「郁也さん、そんな難しい顔してどうしたの? 仕事の悩み?」 「あ、いや、別に……」 格好悪い俺の悩みなんて、恥ずかしすぎて言えるハズないだろ。 「……んもぅ、またそうやって濁してさ。どうせ僕には、相談できないことなんだろっ」 抱きしめていた体を突き放すようにして離れると、向かい側のソファにどかっと座る涼一。目を合わせずに、タオルで濡れた頭を力まかせに拭っている姿があった。 「……郁也さんにとって僕ってさ、どんな存在なの?」 唐突に質問されて一瞬プチパニック
Last Updated: 2025-07-13