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東雲明
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Novels by 東雲明

異世界転生してもスキルはなかったけど、白い羽をもつ彼女を守るため最強の勇者目指します

異世界転生してもスキルはなかったけど、白い羽をもつ彼女を守るため最強の勇者目指します

ある日突然異世界に召喚されたごく普通の高校生。期待していたスキルはほとんど0?!そんな彼が出会ったのは天真爛漫、人助けが大好きな白翼の継承者の少女だった。彼女との距離が近づくにつれ、彼女の凄惨な過去が明らかに。「普通の女の子になりたい」彼女のささやかな願いを叶えるため、少年は何度傷ついても、何度でも立ち上がり、剣を振い、闇を切り裂く。これは、ごく普通の高校生が、大切な少女のために、そして世界を救うために、異世界で最強の勇者を目指す俺TUEEE成長譚
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Chapter: 第29話 月明かりの下、君の傷を抱いて
 宿屋の一室には、戦いの気配を忘れさせるような静けさが満ちていた。 小さな窓から差し込む月明かりが、木の床へ細長く伸びている。壁際の燭台では、短くなった蝋燭の炎が夜風にかすかに揺れ、そのたびに壁へ映る二人分の影も、寄り添ったり離れたりを繰り返していた。 遠くから聞こえてくる川のせせらぎ。屋根の上を撫でていく風の音。時折、古い建物が思い出したように軋む。 それ以外には、何も聞こえない。 ついさっきまで剣を握り、悪魔と命を懸けて戦っていたことさえ、遠い出来事のように感じられた。 俺は部屋の中央に立ち、自分の両手を見下ろした。 手のひらには、剣を強く握り続けた跡が残っている。体のあちこちには鈍い痛みがあったが、立っていられないほどじゃない。傷の手当ても受けている。 それよりも強く感じているものがあった。 俺の内側を、静かに流れている力。 目に見えなくても、今ははっきりと分かる。 それは誰かから借りたものでも、俺の手に余る得体の知れないものでもなかった。確かに俺の中で生まれ、呼吸に合わせて全身を巡っている魔力だった。 以前の力は、怒りに呼応して一気に噴き出した。 髪は荒々しく逆立ち、燃え盛るような光が視界を埋め尽くした。強大である一方、少しでも気を抜けば自分まで飲み込まれそうな激しさがあった。 だが、今は違う。 自然に流れる金色の髪を指先でかき上げながら意識を集中させると、胸の奥で魔力がわずかに動いた。静かな湖面へ波紋が広がるように、俺の意思を待っている。 俺が望めば、この力は応えてくれる。 怒りに支配されなくてもいい。誰かを守りたいという思いを、俺自身が力へ変えられる。 戦いの中でつかんだその感覚は、まだ体に残っていた。 偶然じゃない。 俺はアストラルブレイヴの力を、自分の意思で制御した。 その事実を、もう疑うつもりはなかった。「龍夜くん」 呼びかけられ、俺は顔を上げた。 ミユウが、寝台のそばに立っていた。 薄い寝間着へ着替えた彼女の銀白色の髪が、月の光を受けて淡く輝いている。いつもの明るい笑顔を浮かべようとしているのに、その青い瞳は少し潤んでいた。 ミユウは俺の姿を確かめるように、金色の髪から頬、肩、腕へ視線を動かした。 俺が本当にここにいるのか。 今にも消えてしまわないか。 そんな不安が、言葉にされなくても伝わっ
Last Updated: 2026-08-03
Chapter: 第28話 もう誰にも触れさせない
 悪魔がミユウへ触れようとした瞬間、俺はその手首をつかんだ。「ミユウに触るな」 静かな声が、自分の喉から落ちた。 胸の内には、焼けつくような怒りがある。それでも、視界は澄み切っていた。以前のように感情が力を引きずり出しているのではない。 守ると決めた俺自身が、力を動かしている。 悪魔の黒い皮膚をつかんだ指先から、淡い金色の光がにじみ出した。身体の奥から流れてきた熱が腕を通り、手のひらへ集まっていく。「熱い! なんだ、これは!」 悪魔は目を見開き、翼を激しく羽ばたかせた。俺の手を振りほどくと、赤く光る手首を押さえながら空へ逃げる。 夕暮れの森に長い影が落ちた。 冷たい風が木々の梢を揺らし、草原に咲く白い花が一斉に身を伏せる。その向こうで、悪魔の黒い翼が茜色の空を切り裂いた。 逃がすつもりはない。 俺はゆっくり息を吸い、胸の奥に意識を向けた。 力を無理に引きずり出すのではなく、自分の呼吸へ重ねていく。心臓が打つたび、身体の内側にある熱が目を覚まし、肩から腕へ、腰から足へと流れていった。 金色の髪が激しく逆立つ。 足元から立ち上った淡い金色の光が、俺の全身を静かに包み込んだ。 炎のように荒れ狂うことはない。 光は俺の輪郭に沿って穏やかに揺れ、呼吸に合わせて明るさを変えている。熱も、重さも、すべてが俺の意思に従っていた。「アストラルブレイヴ……!」 背後から、ミユウの明るい声が届く。 その声に押されるように、俺は地面を蹴った。 土が弾けた。 次の瞬間、身体は木々の高さを越え、夕暮れの空へ飛び出していた。 頬へぶつかった風が、金色の髪を激しく揺らす。 速い。 そう考えた時には、地上の草原がはるか下へ遠ざかっている。 三日前までの俺なら、飛び上がった勢いに身体を任せるしかなかった。空中で姿勢を変えるだけでも全身へ無駄な力が入り、着地する場所を選ぶ余裕などなかった。 今は違う。 右足へ魔力を流すと、何もない空に見えない足場が生まれた。そこを踏み込めば、身体は俺が望んだ方向へ鋭く曲がる。 腕へ力を移せば上半身が軽くなり、背中へ巡らせれば翼がなくても風をつかめる。 まるで、空そのものが俺の道になったようだった。 胸の奥に高揚が広がる。 だが、その感覚に酔っている暇はない。 前方を飛ぶ悪魔が右へ身体を傾ける。そのわずかな動
Last Updated: 2026-07-31
Chapter: 第27話 黄金の力を、この手に
 村を囲んでいた木柵が、朝靄の向こうへゆっくりと沈んでいく。 振り返れば、見送りに出てくれた人たちの姿はもう見えなかった。炊事の煙だけが薄青い空へ昇り、昨夜まで滞在していた村の場所を示している。 俺たちは再び、ラステルへ向かう街道を歩き始めていた。 朝露に濡れた草が風に揺れるたび、細かな光が足元で跳ねる。街道の先にはなだらかな丘が重なり、その奥に深い森の影が見えた。まだ陽は低く、頬を撫でていく風には夜の冷たさが残っている。 その風が、俺の金色の髪を揺らした。 アストラルブレイヴへ覚醒した余波で、この髪は元の色へ戻らなくなった。水面に映る自分を見るたび、今でも少しだけ他人の姿を見ているような気分になる。 けれど、以前ほど戸惑いはなかった。 髪だけではない。 俺の中にも、確かな変化が起きている。 俺は歩きながら、右手を開いた。 手のひらの奥に、かすかな温かさがある。日差しや体温とは違う。胸の奥から腕を通り、指先へ届いている細い流れだった。 村にいたころから、何度か同じ感覚があった。 初めは覚醒の疲れが残っているのだと思っていた。けれど、意識を向ければ向けるほど、その流れははっきりする。 今までの俺には、ほとんどなかったものだ。「なあ、ミユウ」「なに、龍夜くん?」 隣を歩いていたミユウが顔を上げた。 白いワンピースの裾が、朝の風にふわりと広がる。ミユウは慌てて両手で押さえると、汚れていないか確かめるように裾の端まで見下ろした。 九百年もの間、戦いの傷を隠すために黒い服を着続けてきた彼女には、明るい色の服がまだ落ち着かないらしい。「俺の中に、魔力があるみたいなんだ」「本当?」 ミユウの瞳が一瞬で輝いた。「ああ。ほんの少しだけどな。胸から腕へ流れてくるのが分かる。前は何も感じなかったのに」「すごいよ、龍夜くん!」 ミユウは自分のことのように喜び、俺の右手をのぞき込んだ。「ちゃんと龍夜くんの中で、魔力が育ってるんだね」「育ってるのかどうかは分からないけど、前よりできることは増えてると思う」 俺は手のひらへ意識を集めた。 以前なら、自分には魔力がないという事実を思い出すたび、胸の奥が冷たくなった。周りにできることが俺にだけできない。それが悔しくて、何度も自分の弱さをかみしめた。 けれど、今は違う。 ほんのわずかな流れでも
Last Updated: 2026-07-29
Chapter: 第26話 守りたい きみの全てを
 窓の外で、夕暮れがゆっくりと夜へ変わろうとしていた。 西の空に残る赤い光は、遠い山の稜線へ溶けるように細くなり、その上から深い藍色が静かに広がっている。村を走る細い道には夕餉を終えた人々の穏やかな声が流れ、軒先に吊るされた灯りが一つ、また一つと夜の中へ浮かび上がっていった。 どこかの家から、焼いた肉と香草の匂いが漂ってくる。宿屋の一階では食器の触れ合う音が響き、時折、宿泊客の笑い声が床板を通して微かに伝わってきた。 平和な夜だった。 少し前まで、アレスと命を懸けて剣を交えていたことが嘘のように思えるほどに。 けれど、俺の体には、戦いのすべてが残っていた。 息を深く吸うと、脇腹の奥に鈍い痛みが走る。肩から腕にかけては鉛でも入れられたように重く、指を曲げれば、剣を握り続けた手のひらが熱を持った。 アレスの剣を受け止めたときの衝撃。 足元の土が砕けた感覚。 体の内側から、すべてを焼き尽くすほどの力があふれ出した瞬間。 目を閉じれば、今も鮮明に思い出せる。 あのとき、俺はアストラルブレイヴの力に飲み込まれなかった。 誰かに操られたのでも、偶然に助けられたのでもない。自分の意志で立ち、自分の意志で剣を握り、自分が守ると決めた相手のために力を振るった。 窓ガラスには、ぼんやりと俺の姿が映っている。 覚醒の影響で金色に変わった髪が、夕暮れの名残を受けて淡く輝いていた。見慣れたはずの自分の顔なのに、髪の色が違うだけで、別の誰かを見ているような感覚になる。 強くなれた。 ようやく、守ると口にするだけの俺から、一歩だけ抜け出せた。 その事実は素直にうれしい。 それでも、胸の奥に残っているのは喜びだけではなかった。 俺自身の魔力は、今もほとんどない。 アストラルブレイヴの力を一度制御できたからといって、急に無敵になったわけではない。次も同じように覚醒できる保証はなく、力を引き出せたとしても、この体では長く持たないだろう。 アレスのような強者を前にすれば、たった一度の迷いが負けにつながる。 もし、あのとき力を制御できなかったら。 もし、俺が倒れたあとにミユウが狙われていたら。 考えるだけで、指先が冷たくなった。 今日の勝利に浮かれている暇はない。 やっと入口に立ったのだ。 この先へ進めるかどうかは、これからの俺次第だった。 「痛っ」
Last Updated: 2026-07-28
Chapter: 第25話 大切な人は、弱点じゃない
 ラステルへ続く街道を歩いていた俺たちが、その小さな村へたどり着いたのは、太陽が西へ傾き始めた頃だった。 村を囲む柵はあちこちで折れ、伸び放題の草に埋もれている。畑には踏み荒らされた跡があり、乾いた土の上に、まだ青い野菜がいくつも転がっていた。 風が吹くたび、傾いた戸板が軋んだ音を立てる。 家は十数軒ほどあるのに、外を歩く人の姿はない。固く閉ざされた窓の隙間から誰かの目がのぞき、俺たちと視線が合う前に引っ込んだ。「静かすぎるね」 ミユウが白い羽を小さく畳み、俺のそばへ寄る。「ああ。人がいないわけじゃない。みんな、何かを怖がってるみたいだ」「旅人を警戒しているだけならよいのですが」 ルゥが周囲へ鋭い視線を向けた。 やがて、家の陰から一人の男が現れた。日に焼けた顔には疲れが刻まれ、手にした鍬は柄の途中を縄で縛ってある。「そこの金髪頭のにいちゃん、旅の者かい?」「え? ああ、そうだけど」 返事をしながら、自分の髪へ触れた。 前回、アストラルブレイヴへ覚醒してから、力を解除しても髪は金色のままだ。朝、水面へ映った自分を見るたび、知らない誰かと目が合ったような気持ちになる。(この呼ばれ方、まだ慣れないな) 照れくささをごまかすように、俺は男の壊れた鍬へ目を向けた。「それ、どうしたんだ?」「アレスに折られたんだ。最強の剣士だなんて名乗って、この村で好き勝手してやがる」 男は声を低くすると、村の奥を気にして何度も振り返った。「食料を勝手に持ち出す。気に入らないことがあれば、柵も荷車も仕事道具も壊す。止めようにも、あのでかい剣を見せつけられたら、俺たちじゃ何もできねえ」 男の背後にある納屋は、扉が片方外れていた。割れた木箱や車輪がそのまま積まれ、片づけようとした形跡さえない。 直す気力まで奪われたのだろう。 閉じた窓の向こうから、幼い子どもがこちらを見ていた。その隣には、子どもの肩を抱き寄せる母親らしい姿がある。「ひどいよ」 ミユウの声が震えた。「みんなが大切に作ったものなのに。そんなこと、許しちゃ駄目だよ」 白い羽が開きかける。今すぐアレスのもとへ飛んでいきそうなミユウの肩を、俺はそっと押さえた。「待て、ミユウ。まずは居場所を聞こう」「うん。でも、困っている人をこのままにはできないよ」 まっすぐ見上げてくる瞳には、迷いがな
Last Updated: 2026-07-27
Chapter: 第24話 もう、お前を待たせない
 腕の中に、ミユウのぬくもりがあった。 ラステルへ向かう途中で見つけた、小さな宿屋。その二階の一室は、二人で立てば少し狭く感じるほどだった。 白い壁には長い年月でできた細かなひびが走り、天井から吊るされたランプが、橙色の光を頼りなく揺らしている。窓の外では夜風が森を渡り、枝葉の擦れ合う音が、遠い波のように繰り返されていた。 階下から聞こえていた旅人たちの話し声も、今はほとんど消えている。 静かな夜だった。 俺は、ミユウの背中にそっと腕を回していた。 細い体を包む白い羽が、俺の腕や頬に触れている。羽の一枚一枚は見た目よりもずっとやわらかく、かすかに温かかった。 強く抱きしめれば壊してしまいそうで、どれくらいの力を込めればいいのか分からない。それでも離したくなくて、俺は戸惑いながら彼女の背中に手を添えていた。「龍夜くん……あったかいね」「ああ」「外はあんなに寒そうなのに、ここだけ春みたい」 ミユウの声が胸元から聞こえる。 顔を見ることはできない。それでも、少し笑っているのが分かった。「寒いなら、もう少し近くにいる」「ふふっ」「なんだよ」「龍夜くんらしいなって思ったの」「どこが?」「内緒」 ミユウが体を寄せる。 それだけで、胸の奥が落ち着かなくなった。 剣を振るときなら、体をどう動かせばいいか考えられる。敵が前にいるなら、守るべきものとの距離を測れる。けれど、こうしてミユウを抱きしめていると、何を言えばいいのかも、どこを見ればいいのかも分からなくなる。 それでも、不思議と嫌ではなかった。 この温かさが続けばいい。 ラステルまでの道に何が待っていようと、こうして彼女の無事を確かめられる夜があれば、また前へ進める。「ずっと、このままだったらいいのに」 ミユウが小さくつぶやいた。 俺は息を止めた。 すぐに言葉を返したかったのに、喉の奥で引っかかって出てこない。 俺も同じだ。 たったそれだけのことを伝えるのが、ひどく難しかった。 そのとき、部屋の空気が変わった。 ランプの火が、ふっと細くなる。 窓は閉まっている。扉にも隙間はない。それなのに、凍りつくような風が足元を通り抜けた。 俺とミユウの影が、床の上で不自然に揺らぐ。 重なっていた二つの影の間に、いつの間にか三つ目の影が伸びていた。「離れるな」 俺はミユ
Last Updated: 2026-07-24
入学早々、医療戦士に選ばれました〜光のハンカチと3人の治療簿〜

入学早々、医療戦士に選ばれました〜光のハンカチと3人の治療簿〜

時は20××年の近未来、魔法と現代科学が融合した世界で、原因不明の疫病が流行していた。主人公ハヤトは猛勉強の末、名門医大ルミエールアカデミー医療専門学校への入学許可証を手にする。立派な医者になるため、ルミエールアカデミーへ入学するが、入学早々、疫病に対抗できるたった一人の医療戦士として選ばれてしまう。ライバルのマルクスや親友のテオやエマなど、多種多様な生徒たちがハヤトを取り巻き、学園生活、友情、さまざまな試練を乗り越え、ハヤトは医療戦士として成長していく。
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Chapter: 第1話 ルミエールアカデミーをバカにするな!
 ルミナス市の中央駅を出た瞬間、俺は思わず足を止めた。 朝の光を受けた硝子張りの建物が、空まで届きそうなほど高く連なっている。建物と建物のあいだには半透明の通路が渡され、その内側を淡い青白い光が絶えず流れていた。 遠くから見れば、街の上空に何本もの光の川が浮かんでいるように見える。 通りには、朝から多くの人が行き交っていた。仕事へ向かうらしい人、制服姿の学生、荷車に薬草の籠を積んだ商人。焼き立てのパンの香りと、薬草を煮出した飲み物の少し苦い匂いが混ざり合い、村の朝とはまるで違う空気を作っている。 俺は胸の内ポケットに入れた封筒へ、そっと手を当てた。 白い紙に、細い金色の縁取り。 中央には、光を抱く獅子と薬草を組み合わせた紋章が刻まれている。 今朝、俺が育った孤児院へ届いたばかりの合格通知だ。 何度読んでも、書かれている文字は変わらない。 ルミエールアカデミー医療専門学校への入学を認めます。「……本当に、合格したんだよな」 誰に聞かせるでもなく呟き、封筒の角を指先で押さえた。 紙越しなのに、そこだけがまだ熱を持っているような気がする。 入学試験を終えた日から、ずっと落ち着かなかった。 答えを間違えたかもしれない問題が、いくつも頭に浮かんだ。あの設問は、もっと早く答えを出せたはずだ。最後まで迷った選択肢もある。試験官が答案を集めていく背中を見送ったあとで、急に正しい答えを思い出した気さえした。 終わった試験のことを、いつまでも考えても仕方がない。 分かっていた。 分かっていても、古い問題集を引っ張り出し、もう答えの出ない問いを解き直してしまう夜があった。 俺は、最初から何でもできる人間じゃない。 一度で覚えられないなら十回書いた。十回で足りなければ、覚えるまで繰り返した。 分厚い教本を前にして眠気に負けそうになった夜も、理解できない言葉ばかりが並ぶページを閉じたくなった日もある。それでも投げ出さなかった。 医療の道へ進みたかったからだ。 苦しそうにしている誰かのそばで、何もできずに立ち尽くすことが嫌だった。 知識があれば。 技術があれば。 少しでも落ち着いて、正しいことを考えられるようになれば。 自分にも、誰かを助けられる日が来るかもしれない。 そんな願いだけを頼りに、ここまで来た。「浮かれてる場合じゃないな」
Last Updated: 2026-08-05
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