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東雲明
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Novels by 東雲明

入学初日に、世界を救う医療戦士に選ばれました〜光のハンカチと3人の治療簿〜

入学初日に、世界を救う医療戦士に選ばれました〜光のハンカチと3人の治療簿〜

時は20××年の近未来、魔法と現代科学が融合した世界で、原因不明の疫病が流行していた。主人公ハヤトは猛勉強の末、名門医大ルミエールアカデミー医療専門学校への入学許可証を手にする。立派な医者になるため、ルミエールアカデミーへ入学するが、入学早々、疫病に対抗できるたった一人の医療戦士として選ばれてしまう。ライバルのマルクスや親友のテオやエマなど、多種多様な生徒たちがハヤトを取り巻き、学園生活、友情、さまざまな試練を乗り越え、ハヤトは医療戦士として成長していく。
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Chapter: 第46話 3人で迎える冬
 十二月半ばの獅子寮は、夜が更けても共有スペースの灯りが消えなかった。窓に映る俺たちの向こうで、ルミナス市の光が白く滲んでいる。紅茶の香りが薄れた机には、開いた教材と、何度も消して書き直したノートが並んでいた。 テオはエマが答えを隠したページを見下ろし、鉛筆の先を止めた。「まず葉の状態を確かめる。それから、保存する場所を選ぶ」 エマが指を退ける。答えを照らし合わせたテオは、小さく息を吐いて丸をつけた。以前なら正解するたび騒いでいたのに、今はすぐ次の問いへ目を移している。「覚えたね。そこ、もう大丈夫」「エマの声つきで頭に入ってる」「試験中まで注意されたくないでしょ」 テオが笑い、机の端へ寄っていた彼女のカップを手元へ戻した。その自然な仕草に俺も口元を緩め、自分の教材に向き直る。最後まで残った付箋は二枚。首席を守りたいという気持ちを、今はこの一問を確かめることに集中させた。 試験期間は、思っていたより早く過ぎた。答案に向かうたび、三人で読み直した箇所が浮かぶ。最後の科目を終えてからも確認用のノートを鞄から出せないまま、俺たちは結果発表の日を迎えた。 学内の掲示画面には、人の輪ができていた。俺はテオとエマが隣にいるのを確かめ、一年の一覧を下から辿った。見慣れた名前を通り過ぎ、最上段で視線が止まる。 ハヤト・キサラギ。学年首席。 すぐ下には、二年への進級決定の文字もある。画面の白い光を見つめたまま、俺は鞄の持ち手を握り直した。嬉しい、と言葉にするより先に、ようやく机から立ち上がれたような安堵が広がる。眠気を追い払いながら解いた問題も、二人と飲んだ紅茶も、ちゃんとここにつながっていた。「……よし」 隣ではテオが袖口をつかみ、一覧の途中から目を動かせずにいる。俺は彼の名前を見つけ、画面を指した。「テオ、そこ。進級決定って」 テオが身を乗り出した。名前を読み、右側の表示を読み、もう一度名前へ戻る。やがて袖を握っていた指がほどけた。「俺も、二年になれるんだよな」「なれるわよ。わたしも一緒」 エマが自分の結果を示すと、テオは彼女の手を取った。勢いよく何か言いかけた口を閉じ、包んだ手を一度だけ揺らす。「ありがとな。何回も教えてくれて」「ちゃんと覚えたのはテオでしょ」 エマは照れたように画面へ顔を戻したが、その手は離さなかった。「わたしも、薬の
Last Updated: 2026-11-04
Chapter: 第45話 君を守るために、つい
 獅子寮の共用机には、冬の午後の日差しが斜めに差していた。カップから立つ柑橘の香りが、暖房の風に薄まっていく。俺は問題集の余白に小さく印をつけ、正解したはずの式をもう一度たどった。答えが合っていても、途中で迷った箇所は残したくない。四寮合同一年生総合試験の表紙をめくるたび、首席という二文字が頭をよぎる。「ここ、どうして順番が逆になるんだ?」 向かいでテオの鉛筆が止まった。エマは自分の教材に指を挟み、彼のノートをのぞき込む。「逆にしたんじゃなくて、こっちを先に確かめてるの。ほら、この条件」 細い指が、テオの見落とした一行をなぞった。彼は額にかかった髪を払い、消しゴムを動かす。紙を破りそうな勢いになると、エマがノートの端を押さえた。「ああ……じゃあ、さっきの問題も同じか?」「そう。気づいたなら、そっちも直しておこう」 叱る声を待っていたわけではないのに、その穏やかな応答に俺まで頬が緩んだ。テオもふざけず、前のページを戻って式を書き直している。「落第回避まで、あと何問?」「数える時間で一問解けるわ」「はいはい。研究責任者になる人は厳しいね」「なるために勉強してるの。わたしも、まだ分からないことばかりよ」 エマの教材には、光の病に関わる項目だけ違う色の付箋がついていた。自分の目標を口にしたあとも、彼女はテオの鉛筆が動き出すまでページを閉じない。肩が触れそうな距離で、二人が同じ式を目で追っている。「この二人、ずいぶん仲良くなったな」 紙の擦れる音に紛れるつもりで呟くと、エマが顔を上げた。「わたしたちの見物より勉強に集中して!」「してるって。ちょっと目を休めただけ」 慌てて問題集へ戻った俺の指先が、さっきと同じ行を探す。テオが笑いをこらえて鼻を鳴らし、エマも口元だけを緩めた。 一区切りつけて自室に戻るころには、窓の光が机の脚まで下がっていた。医療棟で二人と合流するまで、まだ少し時間がある。俺は保管していた封筒を取り出し、カードの角に指を添えた。 紙は薄いのに、なくなったときには、そこに書いた言葉まで取り戻せない気がした。見つかったと知らせたときのミナの声が耳に戻る。渡す前から、ずいぶん心配をかけてしまった。 引き出しの内側、手前の浅いくぼみに封筒を寝かせた。端が引っかからないよう指でならし、閉める直前にもう一度位置を確かめる。クリスマスに
Last Updated: 2026-11-03
Chapter: 第44話 戻ったカード、消えない疑問
 ペン先が止まったまま、教材の余白に小さな染みが広がっていた。指を動かしかけても、上着の空のポケットが気にかかる。何度確かめても、ミナに渡すはずのカードの角は触れない。 獅子寮の学習室では、白い窓枠に銀の飾りが揺れていた。卓上のツリーが淡く瞬き、冷めかけた紅茶から甘い香りが立っている。パーティを待つこの部屋で、俺だけが何かを置き去りにしたように、同じ設問から進めずにいた。 向かいでエマが参考書を動かすと、テオは無言でノートを寄せた。腕が触れないほどの隙間が二人の間にある。普段なら気にも留めない距離が、今夜は妙に目についた。「ミナに渡すクリスマスカード、なくしたんだ」 口にすると、二人の手が止まった。「何でそんなこと黙ってたんだよ!」 テオが顔を上げた。思わず背筋が伸びたが、俺もペンを置いて彼に向き直った。「自分で見つけられると思った。でも、見つからない。二人にも手を貸してほしい」「最初から言えよ。ずっと隣にいたんだからさ」 強い声のあとで、テオは俺の教材へ目を落とした。解答欄の白さを見られた気がして、俺は小さくうなずいた。「マルクスは? ミナの検査結果を改ざんした奴だぞ。俺、蛇寮の近くを探ってくる」「気になる。でも、カードの件まであいつだと決まったわけじゃない」「分かってる。まず探す」 エマは端末に学内図を開き、俺のほうへ差し出した。「最後に確認したところから、順番に教えて。覚えていない部分は、そのままでいいから」 俺の答えに合わせ、通路や部屋に印がついていく。曖昧な記憶を無理に埋めようとすると、エマは指を止めて待ってくれた。「焦るわよね。大切なものだもの。でも、探す場所は整理できるわ」 頭の中で何度も繰り返していた道順が、画面の上では限られた範囲に収まった。なくしたことを考えるばかりで、探し方まで狭くなっていたのかもしれない。「ありがとう。俺は医療棟を確かめてくる。終わったら合流しよう」 医療棟の廊下は寮より少し涼しく、窓にはルミナス市の灯りが細かく映っていた。病室へ入ると、ミナが読んでいた本から顔を上げた。その笑顔に、手ぶらで来たことが急に申し訳なくなる。「渡すつもりのカードをなくしたんだ。この辺りも探していい?」「わたしへの?」 ミナは本に栞を挟み、ベッドから足を下ろした。「それなら、わたしも探す。椅子の下、奥まで
Last Updated: 2026-11-01
Chapter: 第43話 すれ違う心とクリスマスの約束
 獅子寮の談話室には、湯気の立つ茶の匂いが漂っていた。白いテーブルに端末の青い光が映り、俺の手元で教材の影が薄く伸びている。窓の外では、校舎を結ぶ通路の飾りが夕暮れに輝き始めていた。そちらへ目をやりかけ、俺は指に触れる紙の端をめくった。 向かいのエマが示した箇所を、テオがペンで追う。さっきまで首をひねっていた彼は、三つの項目を囲むと、得意そうに顔を上げた。「これ、パーティの準備と同じ順番で覚えればいいんじゃないか? 場所を確認、必要なものを用意、それから動く。そうだ、当日の席なんだけどさ」 覚え方には感心したものの、最後のひと言で俺のペンも止まった。エマは苦笑し、教材の続きを指した。「席は休憩のときに決めましょう。今は、何を確認するのか答えて」 彼女の端末の脇には、服の色を書き留めた小さなメモがある。教材に挟まれかけたそれを丁寧に避ける様子からも、パーティを待ち遠しく思う気持ちが伝わってくる。だからこそ、今のうちに勉強を進めたいのだろう。俺も同じ気持ちで空欄に向き直った。 テオは二問続けて答え、間違えた箇所には印をつけた。ところが次の説明を読みかけたところで、また窓の飾りへ目を向ける。「あの色、エマの服にも合いそうだよな。俺も何かそろえたら――」 エマの指が、ページの端を押さえたまま動かなくなった。先ほどの笑みが消え、言葉の間に短い息が入る。「わたしも楽しみにしているわ。でも、二年生になったら本格的な医学生の訓練が始まるのよ。今より厳しくなるのに、集中できないたびに楽しい話へ逃げるつもり?」 テオは口を閉じた。ペンの先が紙から浮き、そのまましばらく戻らない。俺が声をかけるより先に、彼は椅子の背から身を起こした。「逃げてるって言い方はないだろ。ちゃんと考えて答えてるし、分からないところも聞いてる。少し話しただけで、何も考えてないみたいに言うなよ」 エマの眉が寄った。彼女が戻したいのは勉強の話で、テオが否定したいのは自分の取り組み方への決めつけなのだと思う。けれど、互いの顔を見据える二人には、そのずれを確かめる余裕が見えなかった。「その少しが何度も続くから、わ
Last Updated: 2026-10-27
Chapter: 第42話 聖夜を待つ二人
 獅子寮の共用ラウンジには、温めたミルクの甘い匂いが漂っていた。白い壁に照明が淡い金色を落とし、窓の向こうではルミナス市の明かりが重なっている。俺はマグカップを片手に、端末に表示したクリスマス・パーティの案内を眺めていた。開催日を指でなぞると、その数字の隣にミナの笑顔を置いてみたくなる。「ハヤト、さっきからそこばっかり見てるぞ。もう当日の服まで決めた?」 向かいのテオが身を乗り出した拍子に、隣のエマの袖に肘が触れた。彼はすぐに腕を引き、彼女の前へカップを寄せる。取っ手を受け取ったエマは、抗議する代わりに自分の膝に置いていた端末を少し傾け、テオにも画面が見えるようにした。「服はまだ。まずは、ミナと一緒に過ごしたいと思ってる」 口にしてみると、ぼんやり眺めていた日付が急に近くなった。会場に来られるかは、まだわからない。それでも、クリスマスに誰の隣にいたいかは決まっている。 テオは俺の画面をのぞき込むのをやめ、背もたれに肩を預けた。「いいな。俺もエマとゆっくり過ごしたい。いつもと違う格好で待ち合わせとかさ。同じ寮なのに、ちょっと遠くから来たふりして」 エマがカップの縁から目を上げた。呆れるかと思ったのに、彼女の唇は柔らかくほどけていた。「遠くから来たふりはいらないけれど、待ち合わせはしたいわ。着替えが終わるまで廊下で待たれるより、落ち着いて準備できるもの」 テオが早くも待つ場所を考え始める。その横で、エマは彼の袖に付いた小さな糸くずをつまみ取った。何でもない仕草なのに、二人の間だけ空気が温かく見えて、俺までカップの陰で口元を緩めた。 ラウンジの扉が開き、鹿寮のアキト先輩が顔を出したのは、そのときだった。俺たちを見つけると片手を上げ、空いている椅子の背に指を掛ける。「楽しそうだね。何の相談?」「クリスマスの話です。先輩、ちょうどよかった。光の護身術の練習も、一度――」「その相談より先に、クリスマスの重要事項を伝えたいな」 先輩は素早く椅子を引き、俺の端末に視線を落とした。その切り替えの鮮やかさにテオが吹き出す。俺は持ち上げかけた手をカップへ戻し、先輩に続きを促した。「そんなに構えなくても、まだ日程も言ってませんよ」「日程が決まる前が大事なんだよ。ハヤトに見てもらうとなったら、休憩まできっちり管理されそうだからね」 先輩は冗談めかして肩をすく
Last Updated: 2026-10-26
Chapter: 第41話 君と過ごしたいクリスマス
「ちょっとあんたたち、いつまで抱き合ってるのよ!」 甲高い声が響いても、腕をほどくには少し時間がかかった。胸元に寄せられたミナの身体が、呼吸に合わせてわずかに動く。病衣越しのぬくもりも、襟に触れる柔らかな吐息も、離れた途端に失われそうで、指先が布をつかんでいた。 ミナに袖を引かれ、ようやく力を緩める。覗き込んだ顔には疲れが残っていたけれど、俺を見上げる目は開いていた。背中に手を添えて枕へ戻すと、髪が白いカバーに広がる。くぼんだ寝具から、二人分の温かさがゆっくり逃げていった。 その向こうで星が揺れた。ベッド脇に置いた杖が、誰にも支えられず浮き上がっている。先ほど聞きそびれた声の主が、今度こそこちらを向いていた。「杖が喋った!」 テオがエマの肩から手を離し、指を突き出した。涙の跡が残る顔を見上げる間に、杖が一直線に飛ぶ。彼の上腕を軽く叩き、かばおうとした腕の隙間から反対の肩も小突いた。痛いというより、どちらを守ればいいのかわからないようで、テオの肘が忙しく上がったり下がったりする。「あんた、指をささないでよ!」 声の大きさでは杖も負けていない。テオがエマの後ろへ身を寄せると、彼女は助けようとして伸ばした手を途中で止め、唇を結んだ。その肩の震えが目に入り、俺まで口元を押さえる。白い壁に映る二人と一本の影が、妙にせわしない。「杖さん、かわいい」 隣から届いたかすかな声に、杖の動きが止まった。テオへ向けていた柄を下げ、今度はそっと空気を滑って戻ってくる。ミナが布団から指を出すと、その手に触れる寸前で速度を落とした。「あなた、見る目があるじゃない」 先ほどの剣幕はどこへ行ったのか。甘い声とともに星が傾き、ミナの指の下へ収まる。掛け布団に淡い光がにじみ、指が動くたびに小さな影も揺れた。俺の袖をつかむことしかできなかった手が、今は何かをかわいがっている。それを眺めているうち、つられて指先の力が抜けた。 ミナの喉から小さな笑いがこぼれた。長くは続かず、すぐ枕に頬を預けたけれど、その口元にはまだ笑みがある。寝具を直すふりで少し身をかがめ、俺も同じ高さから星を見た。「こんなミーハーに作ったつもりじゃなかったんだけど」 アキト先輩が申し訳なさそうに手を伸ばし、杖を取り上げるか迷ったように引っ込めた。説明を探す口が一度開いて、結局そのまま閉じる。作った本人まで遠慮
Last Updated: 2026-10-18
アストラル・オース〜白い羽根の君に誓う、最強勇者の恋〜

アストラル・オース〜白い羽根の君に誓う、最強勇者の恋〜

ある日突然異世界に召喚されたごく普通の高校生。期待していたスキルはほとんど0?!そんな彼が出会ったのは天真爛漫、人助けが大好きな白翼の継承者の少女だった。彼女との距離が近づくにつれ、彼女の凄惨な過去が明らかに。「普通の女の子になりたい」彼女のささやかな願いを叶えるため、少年は何度傷ついても、何度でも立ち上がり、剣を振い、闇を切り裂く。これは、ごく普通の高校生が、大切な少女のために、そして世界を救うために、異世界で最強の勇者を目指す俺TUEEE成長譚
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Chapter: 第64話 もう一度、お兄さんと呼んでくれ
 ヴィネラの口元から笑みが消えた。踏み荒らされた落ち葉を靴底が噛み、二本の短剣が薄暗い森の光を拾う。片方は姉ちゃんの喉元へ、もう片方はその脇を抜けて俺たちへ届く角度だった。 俺はミユウの背を引き寄せた。腕の中の身体は力なく重く、四枚の白い翼が遅れて揺れる。地面に触れそうな羽根の下へ手を差し入れ、根を踏んで立とうとした瞬間、肩の傷が引きつった。「ぶぅー!ぷぷぅー!!」 甲高い声が張り詰めた空気を裂いた。葵の腕の中で、白い生き物が泣いている。葵は落とさないよう抱き締め直し、その様子と姉ちゃんを見比べた。「この子が、『魔法を使っておばさんをやっつけて!』って言ってるみたい」 ヴィネラの眉が跳ね上がる。言い返す代わりに、その身体が前へ沈んだ。「姉ちゃん、左の刃も来る!」 俺が叫ぶのと、美咲の手元に光が集まるのは同時だった。指の間から伸びた輝きが一本の杖を形作る。姉ちゃんは目を見開いたが、迫る短剣から顔を背けなかった。滑りかけた柄を両手で握り直し、斜めに構える。 守護の杖を包んだ光へ、最初の刃が叩きつけられた。 耳の奥まで響く衝突音。足元の落ち葉が円を描いて吹き飛び、姉ちゃんの髪が大きく翻る。けれど、その靴は土の上に踏みとどまっていた。逆にヴィネラの右腕が弾かれ、肩が後ろへ開く。 続いて脇腹を狙った左の短剣も、杖に沿って張り出した光に止められた。衝撃が柄を伝ったのか、姉ちゃんの肘がわずかに曲がる。それでも両手を離さず押し返すと、ヴィネラの踵が地面を削った。「本当に……使えるの?」 姉ちゃんの声には驚きが残っていた。その間にも杖の先は敵を追い、俺たちの前から外れない。「この子娘が!」 ヴィネラは短剣を低く引き、左右から続けざまに打ち込んだ。甲高い音が重なり、刃が跳ねるたびに光の欠片が散る。姉ちゃんは杖を胸の近くに保ち、斬り込まれる側へ身体ごと向き直った。 俺はその足元と敵の刃を見ながら、ミユウを抱えて幹の陰へずれた。葵にも顎で合図する。「俺の横へ。根をまたげ」 葵が移った直後、弾かれた短剣がさっきまでいた場所をかすめた。俺はミユウの頭を胸に庇い、ヴィネラの肩の動きを追った。 次の打ち込みは、二本同時だった。姉ちゃんの杖を押さえ込むように刃が交差する。だが、ヴィネラが体重を乗せるほど光が強まり、押し込んだ両腕が震え始めた。「この子たちから、離
Last Updated: 2026-10-28
Chapter: 第63話 白き翼が守った命
 青い炎が裂け、その奥から二本の刃が迫った。 ヴィネラの髪も肩も炎の向こうで揺れている。それなのに、俺を捉えた目だけはぶれなかった。頬を打つ熱風に目を細めた、そのわずかな間にも距離が縮まる。落ち葉を蹴り散らす足が見えたときには、右の短剣が首筋へ届くところまで来ていた。 俺は左足を引き、肩ごと身体をひねった。切っ先が顎の下を抜ける。冷たい刃の近さに喉が縮んだが、後ろへは退けない。背後にはミユウたちがいる。「木の陰へ! 俺から離れろ!」 声を投げると同時に、左へ走った。木々の間を斜めに横切れば、あいつの背を三人へ向けさせられる。土から浮いた根をまたぎ、追ってくる足音を聞きながら振り返った。 ヴィネラはすでに腕を引いていた。 今度は左。腹へ向かう刃を腰をひねってかわすと、右の短剣が逃げた先へ振り下ろされる。俺は膝を折り、頭を下げた。金髪の先をかすめた刃が、背後の細い枝を断つ。落ちてきた葉が肩に当たるより早く、俺は掌を突き出した。 なお渦巻く青い炎が二人の間で膨れ上がり、ヴィネラの輪郭を覆う。 これで離せるか。 低く踏み込んだ靴先が炎の下から現れた。短剣の切っ先も続く。俺は突き出した腕を引き、肘のすぐ下を走る刃から逃れた。炎の向こうに消えた相手を見失えば、その一瞬で懐へ入られる。「どこを見ているの?」 耳に近い声とともに、もう一本が脇腹を狙った。 身体を反らす。衣装が引き裂かれ、皮膚を熱いものが走った。浅い、と確かめる暇さえなく、次の刃が胸へ戻ってくる。右、左と避けるうちに足幅が狭まり、踵が太い根に触れた。 このまま下がれば転ぶ。 俺は逆に踏み込んだ。左の短剣を持つ手首を外側から押さえ、肩をぶつける。掌に骨の硬さが食い込んだ。息が触れるほど近くなったヴィネラの顔から、笑みが消える。 今なら押し返せる。あいつの右腕が戻る前に、もう一歩。 踏ん張った足の下で落ち葉が滑った。 押す力がわずかに抜け、その隙に手首を振りほどかれる。右の刃が斜めに走った。顔を引いた俺の左腕をかすめ、鋭い痛みが肘まで広がる。腕が下がったところへ、ヴィネラの膝が入り込んだ。 蹴り抜かれた瞬間、腹の奥から息を奪われた。 足が土を離れる。青く照らされた幹が視界を流れ、背中に硬いものがぶつかった。衝撃が胸まで突き抜け、開いた口からは声も出ない。身体が幹を滑り落ち、肩から地面
Last Updated: 2026-10-24
Chapter: 第62話 君と生きる、この命は渡さない
「おーっほほほ! やっと見つけたわ! 勇者!」 女の笑い声が、湿った木々の間に響き渡った。枝の揺れる音を聞きながら、俺は足裏で根の位置を確かめる。右へ半歩ずれれば、後ろの三人を体で隠せる。腰を落とすと、覚醒した体を包む戦闘衣の裾が草を撫でた。 六歩ほど先で、女が顎を反らしている。笑っているのに、その視線は俺の胸から離れない。木陰の冷気が襟元へ入り、肌に薄く汗が浮いた。「こんにちは。アストリアに住んでる人ですか?」 葵の声に、俺は右腕を広げた。脇から顔を出しかけた妹が、足を止める。腕の中では白い生き物が耳を立てていた。「そこにいろ。俺より前へ出るな」「お話するだけだよ。こっちで初めてのお友達になれるかもしれないし」 葵は俺の腕越しに笑いかけた。女が返事をしないと、聞こえなかったと思ったのか首を傾ける。その無防備な仕草を、今は背中の陰へしまっておきたかった。「おばさん、なかなか迫力あるじゃない。魔法少女の映画なら、私にも出番をちょうだいよ」 左後ろから美咲姉ちゃんが覗いた。笑みを浮かべ、相手の出方を待っている。いつもなら俺も呆れて返せただろう。けれど女の指がゆっくり開くのを見て、視線を外せなかった。「あたしはヴィネラ。魔王様に最も近しい者」 名乗る声には、褒め言葉を待つような間があった。姉ちゃんの笑みが止まる。俺の袖に触れた指が、そのまま布をつまんだ。「魔王様って本当にいるの?」「いる。だから、少し下がってくれ」 姉ちゃんは俺を見た。冗談を返さない顔を確かめるように見つめ、それから袖を放した。それでも足はすぐには動かず、ヴィネラとの間を測るように、その横顔が向き直る。「葵ちゃん、私のそばにいて」 ミユウの声がした。振り向くと、銀白色の髪の向こうで白い翼が狭く畳まれている。葵へ寄ろうとした一歩が小さい。傷をかばって止まった体を支えるように、そばの幹へ手を添えていた。 俺は葵に後ろを示した。妹がようやく一歩引くのを見届けたところで、ヴィネラの声が低くなる。「勇者、あんたの体になぜアストラル・オースが宿ったか知ってるの?」 呼吸に混じっていた森の匂いが、急に遠くなった。 体の内にある力へ意識が向く。エクシードへ覚醒した今も、手足を動かす意思に応えてくれる、確かなもの。だが、なぜ俺に宿ったのかと問われれば、答えは出てこなかった。「どうい
Last Updated: 2026-10-19
Chapter: 第61話 最強勇者も、姉と妹には叶わない
 梢の高いところで、笛の音に似た鳥の声がした。 先を歩く葵が、ぴたりと足を止める。葉の重なりを仰いだ拍子に肩の荷物が傾いたが、直す気配はない。木漏れ日の斑が頬を滑り、その目が枝から枝へ忙しく動いた。「今の、どんな鳥だろう。もう一回鳴かないかな」 湿った土の匂いがする道には、太い根が幾筋も横たわっていた。葵の靴先は、その一本に触れそうになっている。俺には声の主より、次の一歩のほうが気がかりだった。「あまり一人で遠くに行くんじゃない!」 葵が振り向いた。返事の代わりに持ち上げかけた足を見て、俺は根を指さす。そこでようやく足元へ目を落とし、彼女は大きくまたぎ越した。「分かってるって。ちゃんと見えるところにいるでしょ」 そう言って荷物を背負い直す姿に、ため息が出る。見える距離と、何かあったときに手が届く距離は違う。それをどう伝えれば、せっかくの機嫌を損ねずに済むのだろう。「にいちゃんから離れるんじゃないわよ」 後ろから美咲姉ちゃんの声がして、俺は少しほっとした。姉が同じことを言ってくれるなら、葵も聞くだろう。ところが、追いついてきた姉の口元は楽しげに緩んでいた。「こんな森で別行動なんて、事件が起きる場面そのものじゃない。私たちも、そろそろ魔法少女になる見せ場がありそうね」「……映画じゃないんだから」「分かってるわよ。でも、この木漏れ日、すごくきれい。歩いてるだけで絵になるわね」 俺は額に手を当てた。曲がり角の向こうへ葵が消えないように見ながら、姉まで呼び戻すことになるのか。道はこれからも続く。その先の一本一本の木が、二人を隠してしまう場所に思えて、早くも頭が痛くなった。 隣で、ミユウが小さく笑った。銀白色の髪に落ちた葉の影が、歩くたびに揺れる。「お兄さん、姉妹がいるの、いいなあ」「そんなにいいものじゃないぞ。今の見てただろ」「うん。でも、みんなで話しながら歩くの、楽しそう」 白い小さな翼がふわりと浮いた。その顔を見ていると、続けるつもりだった愚痴が引っ込んだ。姉や妹の声が聞こえることを、俺は当たり前に受け止めすぎているのかもしれない。 ミユウが根を越える際、歩幅を狭めた。俺も足を緩める。胸の奥に残る痛みを刺激しないよう息を整え、低い枝を持ち上げて彼女を通した。「歩きにくかったら言えよ。葵も、俺たちに合わせてくれ」「はーい。魔王を倒し
Last Updated: 2026-10-17
Chapter: 第60話 母の腕の中で誓う、帰る約束
 タキシードの袖から腕を抜くと、肌にまとわりついていた熱がほどけた。椅子の背へ上着をかけ、胸元の釦を一つずつ外す。窓際の花はまだ瑞々しく、午後の光を透かした花びらが、寝台の白い掛布に淡い影を落としていた。 俺とミユウのために整えられた部屋。その響きに照れる間もなく、別の役目まで両肩に積まれてしまった。 手に取ったアストリアの白い服は、礼装よりずっと柔らかい。けれど、襟を広げたところで指が止まった。胸の奥にはいつもの鈍い痛みが残り、深く吸おうとした息を途中で緩める。「なんで俺が、勇者やら王やらに」 誰に聞かせるつもりもなかった声が、静かな部屋では思いのほか大きく響いた。 放り出したいわけじゃない。家族を帰したいし、ミユウが安心して眠れる場所も守りたい。ただ、そのために差し出す返事一つで、美咲や葵の行く先まで決まってしまう。白い布を握る手に、知らず力がこもった。 控えめなノックの後、戸口で母さんが俺を呼んだ。「今、着替えてるから!」「ここで待ってるわよ。慌てなくていいから」 扉越しの声に、家の洗面所で鉢合わせしかけたときのことがふと重なった。こんな場所でも、母さんは母さんだ。服に頭を通し、袖口から手を出す。裾を下ろしてから迎えると、母さんの目が俺の顔から襟元へ動いた。「そこ、折れてる」 伸びてきた指に襟を直される。自分でできる、と口にしかけて、やめた。首筋に触れる指先が少し冷たく、その奥の手のひらは温かかった。「勇者に、今度は王様まで。……重荷になってない?」 母さんの手が、襟からゆっくり離れた。 平気だと答えれば、いつもみたいに話を終わらせられる。けれど、俺の目の高さに向けられた視線は、そんな返事を急いで探す必要などないように、静かに待っていた。「重いよ。どうすればいいか、全部分かってるわけじゃない。なのに、俺が決めないといけないんだろ」 声が頼りなく聞こえて、唇を結んだ。母さんは隣の椅子へ腰を下ろすと、床に触れかけていたタキシードの裾を持ち上げた。指で皺を伸ばし、背もたれへ掛け直す。その小さな手間さえ、さっきの俺には惜しかった。 母さんたちを帰すことも、旅のことも、自分が片づけなければと思っていた。頼られるのが嫌なのではなく、頼られた途端、分からないと言えなくなる。それが苦しかったのかもしれない。「俺が王になったら、叶えたい夢があ
Last Updated: 2026-10-14
Chapter: 第59話 帰れない家族と、眠る言葉
「ちょっと!帰れないってどういうことよ!」 美咲の声が石の壁に跳ね返り、俺たちの間へ戻ってきた。美咲はその響きにも驚いたように唇を閉じ、青白い光の消えた場所を見返した。踏み出しかけた足が止まる。そこにはもう何もなく、窓から差す明かりが床の石目を照らしていた。ついさっきまで帰り道の開くはずだった空間を、俺も目で探してしまう。 母さんの手が葵の肩に置かれた。父さんは床を見つめてからルゥへ顔を上げたが、その口が開くより先に、美咲が息を吸った。「映画のクランクアップだって明日なのよ!女子高生俳優、初めてランウェイを歩くって今すっごい注目されてるのに!」 言い終えた美咲の喉が、小さく上下した。いつもなら胸を張って話すことなのに、今は誰かに引き止めてもらいたいような声に聞こえた。指先が落ち着かずに擦れ合い、やがて片方の手でもう片方を握り込む。俺へ向けられた目が、すぐにルゥへ移った。 明日には帰れる。その前提が崩れるだけで、姉の声はこんなにも変わってしまう。祝ってもらったばかりの俺には、なおさら返す言葉が見つからなかった。ここへ来てよかったと思ったまま帰ってほしかったのに、今、その帰り道さえ渡してやれない。 隣から花の匂いがした。ミユウのドレスに残る婚礼の香りが、場違いなくらい優しかった。「明日の算数の小テストで平均点取ったら、タケルくんが告白してくれるのに!」 葵は母さんの手の下から身を乗り出していた。俺と目が合っても、いつものように照れて笑ったりしない。唇の端をきゅっと引き結び、返事を待っている。その真剣さに、喉まで出かかった曖昧な慰めが引っ込んだ。 葵にとっての明日は、ただ日付が変わることじゃない。教室へ行って、小テストを受けて、好きな相手の言葉を待つ一日だ。俺が何も言えずにいるうちに、葵の視線が下がった。母さんの手を探した指が、見つけるなり強く絡みつく。「わたしも、今日中には帰れると思ってたよ」 母さんは葵の指を包んだまま、美咲を見た。何か言おうと口を開き、結局、そのまま閉じる。その頬にもさっきまでの柔らかさはなかった。「葵ちゃん……大丈夫?」 ミユウが葵へ近づこうとして、傷をかばうように一度足を止めた。白い翼が背中でこわばり、ドレスの裾だけが遅れて揺れる。葵は顔を上げたが、うなずかなかった。代わりにミユウの手元へ目を落とし、母さんのそばへ少し寄
Last Updated: 2026-10-13
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