LOGIN『レアアイテム100個集めろ? ご褒美です!!』 南野アキラは蒐集狂(コレクトマニア)である 無能とののしられながらも『集めること』に心血を注いでその日を暮らしていた しかし、ある日『赤の魔女』によって異世界に転移させられてしまう そこで出会った『緑の魔女』に『レアアイテムを100集めることを代償に元の世界に返す』と言われて…… かくして、南野のレアアイテム蒐集の旅は始まった 各地の名品珍品をあの手この手で集めまくっていくうちに、南野の中に知らなかった感情が芽生えていく 恋、仲間たちの思い、己の弱さ…… やがて『赤の魔女』の企みで、世界の滅亡を望む強大な組織と対峙することとなる
View More南野たちは今、牛に追われていた。
牛である。 それも、一頭や二頭ではない。 百以上もの牛の大群に猛然と追われているのだ。 走る、走る。 原野をひたすら走りながら、南野は近い将来牛にミンチにされる図を想像してしまった。 「ねえええええ!? いつまで走るの!?」 隣を走っていた少女が非難めいた声を上げる。 「わた……わたし……もう、はしれません……」 眼鏡をかけた気の弱そうな少女がひいはあと息を切らせながら弱音を吐いた。 「こっ……このおれにかかれば……うしなど……」 「ならとっととやってみんかい!! このアホンダラ!!」 端正な顔立ちで耳の尖った男と巨大なハンマーを担いだ少女が口にする。 盛大な土ぼこりを上げながら突進してくる牛たちの目は、どれも怒りに燃えていた。 「や、やっぱり……あんなことしなければ……!」 南野までもがあきらめかけたその時、がしっと隣の少女が南野の腕をつかんだ。 「こうなったら……飛ぶよ!」 「飛ぶって……ええ!?」 「つかまって!!」 強引にからだを引き寄せた少女は素早く印を切り、呪文を唱え地を蹴った。 「『第二百八楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、空を泳ぐがごとき旋律を解き放て!』」 こんなことになったのも、元はと言えば『あの女』のせいだ。 「あのねえ、南野君……」 島崎部長の指がとんとんと苛立たしげにオフィスのデスクを叩いている。 頬杖をついてお茶を口に運びながら、『物わかりのいい上司』を装ってはいるが、じっとりと湿った視線がそれを台無しにしていた。 オフィスに残っている他の社員たちが遠巻きにひそひそとささやいている。 『また南野か』 『そりゃそうだよな、あの成績じゃ』 『部長そうとうおかんむりだよ』 やめてくれ、丸聞こえだ。 こころの中でひっそりとそうつぶやきながら、南野アキラは部長のデスクの前で直立していた。 25歳、男性。結婚はしていない。恋人はもちろん友人もいない。 最近とみに目立つようになった若白髪が気になる、ひょろりとした体躯を安物のスーツに包んでいる。 営業職として新卒でこの石垣商事に入ったものの、営業に必須の対人スキルが壊滅的で、同僚とも打ち解けられず、低飛空横ばいの営業成績をなんとかするでもなく、今日もこうして部長に説教を食らっているという体たらく。 とんとんとんとん。 困ったような表情ひとつ変えることなく突っ立っている南野にいら立ちを加速させたのか、課長がやや乱暴に湯飲みをデスクに置いた。 「わかってる? 入社以来、営業成績最下位連続記録更新中なんだよ? つまり君はずっと我が営業部のお荷物状態なの。営業部っていったら君、花形部署だよ? 少しは奮起したりしないの?」 「……それは、がんばってるつもりですけど……」 ようやく南野が口にした言葉は泣き言以外の何物でもなかった。 その言葉に、部長がわざとらしく深々とため息をつく。 とんとん、デスクを叩く指が壁にかかっている時計の秒針の音と微妙にずれていて、南野はそこにいらついた。 「君ねえ、社会人でしょ? しかも新人の。もうちょっと上昇志向持ったらどう? いっつもなにが楽しくて生きてるの? 仕事ってのはね、人生の柱たるべきなんだよ。君、周りともうまくいってないみたいじゃない。みんな言ってるよ、『あいつはなにを考えてるかわからない』って。飲み会も出席しない、歓迎会すら欠席だ。もうちょっとコミュニケーションをだね……」 くどくどくどくど。 部長の説教は続く。最初は仕事についての話だったはずなのに話はどんどん壮大になり、人生やら努力やらきずなやら、そんなあいまいなものについて言及するようになっている。 こうなってからが長いのだ。 南野は腕時計をちらりと確認することで暗に『その話はそろそろ終わりにしてください』とアピールした。 その態度が気に食わなかったのか、部長はとうとう爆発した。 どん、とデスクをこぶしで叩いて、赤ら顔で怒鳴る。 「なんだその態度は!? これだから最近の新人は……! ともかく、このままの成績なら査定に響く云々以前に君の席がなくなるからな! わかったら死ぬ気で商談取ってこい! ったく、なにが楽しくて生きてるのかわからねえ顔しやがって……!」 なにが楽しくて生きているか、だって? そんなの決まってる。 常人には理解しえない『楽しみ』が、今夜も南野を待っているのだ。 「……あの、話はこれで終わりですか?」 「南野……!」 「では、失礼します」 怒りでぷるぷると震えながら、なおも何か言いたげにしていた部長を残して、南野はいそいそと自分のデスクに戻って帰り支度を始めた。 「お疲れ様です」 まだひそひそと丸聞こえのないしょ話にいそしんでいる同僚たちに定型句の挨拶を投げかけてから、南野は逃げるようにオフィスを後にするのだった。『まず最初は! ロメイユさんの作ったカレーからいただきましょう!』 景気の悪い顔をしたさすらいのコックのロメイユさんは、一歩前に出て審査員席に皿を配った。銀のふたを開けると、そこには……「ほう、これは……」「い、一応カレーの形はしていますわね」 色も形もカレーの体裁は保っている。審査員たちは一安心したようにほっと溜息を漏らした。『それでは、実食たーいむ!!』 司会の掛け声でスプーンを口に運ぶ審査員たち。口にした瞬間、眉根をひそめる。「これは……野菜くず?」「下水で煮込んだのか?」「この舌に絡みつくような甘さは……?」「くさい、とにかくくさい」 散々な言われようだった。ロメイユさんは『またか……』とばかりにがっくりと肩を落としている。 そんな中、味帝王だけがぱくぱくとカレーを食べている。会場中の驚嘆の視線が集まった。『さ、さすがは味帝王! ちょっとやそっとのまずさではびくともしません!』 カレーを完食した味帝王は、ふう、と息をついてまた腕を組んで瞑目した。やはり大物の貫禄だ。『ロメイユさん、くさい野菜くずという名のカレーを作りました! 一応はカレーです! これでは味帝王のこころはつかめません!』 ロメイユさんはコック帽を握りしめて涙ながらに退場していった。『続いては主婦のミレッタさん! 今度はどんなカレーが飛び出してくるのかー!?』 審査員たちの隣に並んだミレッタさんは、笑顔で皿を供していく。もうここまで届くほどのむせかえるような悪臭が胸やけを誘った。「みなさん、私の特製カレー、召し上がってくださいな」 にっこり微笑んで銀のふたを開けると、そこには……『こっ、これはぁぁぁぁ!?』 司会が吃驚の声を上げる。 ……それはもはや、カレーではなかった。 紫色の液体から緑色の泡がこぽこぽと立ち上り、皿からは触手のようなものがはみ出ている。ライスはなにで染まっているのか真っ赤になっており、時折どこからか『ぎぎいいいいい』と悲鳴じみた声が聞こえてくるような気がした。「うっ……!」「なんてこと……!」 これからこれを食べる審査員たちは今すぐにでも逃げ出したい気分だろう。しかし、引き受けた以上、そして群衆たちがそれを期待している以上、逃げるわけにはいかない。 すえたようなすっぱい悪臭に鼻を覆いながらも、審査員たちは果敢にスプーン
交渉が成立して部屋を出ると、屋敷内はばたばたとあわただしく動いていた。 外に出ると、もうすでに『本日14時、まずいもんコンテスト開催!!』とのビラがあちこちに張られている。「よっぽどまずいものに飢えてたんですね……」「あたしにはちょっとわかんないな。オカネモチの考えることって」 例によって、メルランスはオカネモチ相手には手厳しい。呆れたようなため息をついてやれやれと肩をすくめる。 対してキーシャは怪訝そうにして、「けど、おいしいものならともかく、まずいもので誇らしげに大会に出場するひとっているんですかね?」「誇らしげかどうかはわかりませんが、あのあるじのことです、それなりの賞金を懸けるでしょう」 南野の回答に、キーシャは、ぽんと手を打った。「なるほど、それに釣られて選手が集まるんですね!」「そうだ、キーシャ、あんたも出てみれば?」「ええ!? 私ですか!?」 いきなり水を向けられて、キーシャは裏返った声を上げた。「この際だから賞金もいただいちゃおう。大丈夫、あんたならできるって! 前の『スライムゼリー』の出来栄え、なかなかのものだったじゃん。ね?」 視線で発言を求められ、南野は深々とうなずいた。「……あれは、思い出したくないくらいの素晴らしい……いや、なんというか、素晴らしい出来栄えでしたね……」 暗に『信じられないくらいの激マズだった』という感想を述べられ、キーシャが涙目になる。「うう、これでも魔法薬学の成績はいい方なのに……!」「薬学と料理は違いますよ」「けどけど! これって優勝しちゃったら、私の料理はまずい!ってことになるんでしょ!? それって乙女的にすっごくフクザツなんですけど……」「細かいことは気にしない! まずい料理を作れるって一種の特技じゃん! ってことで、早速エントリーしに行こう!」「うううううう……!」 メルランスは会場となる公園へと、不服そうな顔をするキーシャを引きずっていった。 ……そして迎えた午後二時。 会場にはそれなりの観客が集まっていた。ほとんどが物珍しさの野次馬だろう。『さーあ、やってまいりました、『まずいものコンテスト』! この街で一番まずい料理を作れるのは誰だ!? 栄えある優勝者には金貨10枚が贈られます! みんなー! まずいものが食いたいか!?』『…………』 やたらテンション
「げbぶしゃああ!!」「ぼぶrrっら!!」「おbgぶぅぅぅ!!」 抜けるような青空の会場に、審査員たちの嘔吐音がこだまする。 あらかじめ用意されていたバケツに胃の内容物をぶちまける審査員たちに、観客たちは、ごくり、と生唾を飲んで青ざめた。『こ、これは……!』 実況者すら息をのみ、言葉も出てこない。「…………すごいな」 ぽつり、南野がつぶやく。壇上にいるキーシャは涙目になっていた。 なぜこんなことになったかというと……「『オーロラスパイス』?」 朝からカウンターでリブステーキとエールを飲んでいたメルランスが首をかしげる。 南野はそれをうらやましそうに横目で見ながら、視線を『レアアイテム図鑑』に戻した。「『どんなにまずい食べ物でもこれを振りかけると途端に至上の美味に変わる』……らしいです」「なんだか、料理人の立場がなくなる一品ですね!」 今日もキーシャは身もふたもないことを元気よく口にする。「そうですね。けど、希少なものですから料理人の仕事はなくならないと思います」「だったらよかったです!」「あー、それはいいんだけど、そんな便利なもの、所有者がやすやすと手放すとは思わないなあ」 リブステーキの骨をぽいっと壺の中に投げ捨て、メルランスがエールを飲みながらぼやく。「そこはまた、あんたの交渉術次第ってことになるね」「うう、自信はないんですがなんとかやってみます……」 泣き言じみたことを口にする南野の背中を、ばーん!とメルランスが叩いた。「なに言ってんの! さあ、善は急げだよ、さっさと片付けよう!」「私、その『レアアイテム図鑑』の転移魔法も気になってるんですよね……!」「それはまた今度。さ、行こう!」「は、はい!」 そうだ、ここでへこたれていても仕方がない。 南野たちは『レアアイテム図鑑』のページに手を置いて目を閉じた。 ……最初に目に入ってきたのは、街のざわめきだった。 どうやら高級住宅街らしく、あちこちに豪奢な一軒家が立ち並んでいる。 三人がいるのは、ひときわ豪華な大豪邸の前だった。なんだかデジャブだ。「ここですか……」「まあ、そんな『おいしい』もの、オカネモチが持ってるに決まってるよね」 ほえー、と屋敷を見上げるキーシャに、メルランスが肩をすくめる。「一体いくらふっかけられることやら……」「不吉なこ
朝日が昇るころ屋敷にたどり着き、メイドに取次ぎを要求する。出てきた主人は寝起きなのか、パジャマにガウン姿だった。「約束通り、山賊たちに話を付けてきました」 南野が代表して報告すると、主人の目が丸くなる。「……本当かね?」「ええ。これでふもとの別荘地は安全です」 南野がにっこりと断言すると、主人はふーむ、とうなってからうなずいた。「わかった。では『嘆きのミセリコルデ』は、約束通り君たちに譲ろう」 商談成功。書斎に引き返した主人は、鞘に収まった銀の短刀を持って戻ってきた。「こんなもの、なにに使うのかは知らないが……私が持っていても仕方がない。どうか大事にしてくれたまえ」「ありがとうございます」 短刀を受け取った南野の手には、ずしりとした重みがあった。ひとを傷つける刃物の重みだ。 が、このミセリコルデは違う。 屋敷を出たところでメルランスが『嘆きのミセリコルデ』を奪い取って鞘から抜いた。「な、なんのつもりですか!?」 いきなり抜剣された側はたまったものではない。うろたえる南野に、メルランスは意地悪そうに笑って見せた。「ふっふー、毎回恒例の実験だよ」「だから言ったでしょう! レアものは新品未開封が至高だって!」「あの主人の手にあった以上、新品未開封ではないでしょ!」 よく研ぎ澄まされた刃は朝日を浴びてぎらりと光っている。これがひとを傷つけないというのはあまり信用できない。「まあまあ、死ななそうなところ刺してあげるから、万が一のことがあっても大丈夫だって」「へ?」「やぁっ!!」 そのままメルランスは南野の腹にミセリコルデの切っ先を突き立てた。「いづっ!?」 やられた!と時代劇の斬られ役ばりに倒れようとしたところで……「……あれ? 刺さってない……?」 衝撃はあったものの、『嘆きのミセリコルデ』は一ミリたりとも南野のからだを傷つけてはいなかった。相変わらず刃は研ぎ澄まされた光を放っており、触れたものは傷つけそうなものなのに。「不思議ですね……まだちょっと痛いけど」「そりゃあ、『緑の魔女』のレアアイテムだもん」 当然のように言うメルランスにミセリコルデを返してもらって、改めて矯めつ眇めつ眺める南野。 不思議なものだなあ、と感心していると、ふとキーシャがつぶやいた。「……刃はあっても、ひとを傷つけない……」 ずっと