「眠れない!」
頑張って眠ろうとした。
しかし、どうしても先ほどのキスを思い出してしまい、眠りにつくことができずにいた。だって、私にとってあれは人生初のキス、ファーストキスだった!
しかも相手はタイムスリップしてきた異国の王子って、どんなとんでも話なの?それに、なんだかんだで嫌じゃなったし……というか私も望んでいた?
あー! 自分の気持ちがわかんない!私は頭を抱えると、枕に顔を埋めうめいた。
あのあと、龍はロボットのように動き出したかと思うと、淡々とヘンリーの部屋を用意し、そこに布団を敷いた。 ヘンリーに「ここで寝ろ」と一言だけ発し、龍はふらーっと居なくなってしまった。龍……大丈夫かな。
あまりの出来事に、龍もパニックを起こしているのかもしれない。
まあ、明日にはいつもの正常な龍に戻る……だろう。 私は喉の渇きを覚え、水を飲もうと台所へと向かった。コップに水を注ぎ一気に喉へと流し込む。
一息つくと、少し気持ちも落ち着いてきた。部屋へ戻ろうとすると、どこからか小さく鼻歌が聞こえてきた。
耳を澄ますと、どうやら窓の隙間から聞こえてきているようだった。裏口から外へ出て、音の出どころを探る。
どうやら、音は頭上から聞こえてきているようだ。私は二階の方へ視線を向けた。
「……ヘンリー?」
二階の窓から顔を出しているヘンリーの姿が目に入った。
鼻歌は彼のもののようだ。「流華? こんな夜更けにどうしたの?」
こちらに気づいたヘンリーが笑顔を向けた。
「ちょっと眠れなくて……鼻歌に吸い寄せられたの。素敵な音色だった」
「そう? 嬉しいな。ねえ……流華、こっちにおいでよ」トクン、胸が高鳴る。
彼の側へ行きたい、そんな思いが頭をよぎった。
どうして出会ったばかりの人にそんなことを思うのだろう……。でも、なぜかそれが自然なことのようにも感じられた。
「待ってて」
私の言葉にヘンリーは嬉しそうに頷いた。
二階のヘンリーにあてがわれた部屋。その窓辺で、私は夜空を見つめる。
隣には嬉しそうにニコニコと微笑むヘンリーがいる。綺麗な月明かりの中、星たちが瞬き輝いていた。
その光に照らされた私たちの間を、冷たい夜風が通り抜けていった。「流華、寒くない?」
「うん、大丈夫」ヘンリーが優しい目で私を見つめてくる。
この瞳に見つめられると、どうも落ち着かない。「ヘンリーも、眠れないの?」
「うん、僕の世界のことを思い出してた」ヘンリーは故郷を思い出しているのか、懐かしそうに目を細め遠くを見つめた。
そうだよね、いきなりこんな知らない場所に飛ばされて。不安になって当たり前。 すごく明るくて平気そうにしてるから、見過ごしてしまいそうになる。「僕は王子としてこの世に生を受けた。それはきっと普通の者から見れば幸せなことなんだと思う。 実際、住む所や着る物、食べることにも困ったことはない。 贅沢な暮らしをさせてもらってきたと思う」 ヘンリーは一度言葉を区切ると、少し寂しそうな表情をしてまた語りだす。 その表情に、私の胸が少し痛んだ。「でもね……僕はそれを幸せだと感じたことはなかった。 父上と母上と兄弟達。家族とはなんだか距離があって、他人のようによそよそしい。 友達だってよく似た境遇の者の中から適当に選ばなければならない。 すり寄ってくる者も、金や権力目当ての輩ばかりだ。 僕は自由じゃない。 将来は決まっているし、好きなことができるわけでもない。夢を抱き、それに突き進むことも許されない。 もちろん、妻になる人を選ぶことはできず、政略結婚だ。 普通の庶民が羨ましかったよ。 あんな風に、自由に生きてみたいと何度思ったことか。 ……流華、僕は贅沢なのかな?」 ヘンリーに悲しげな瞳を向けられ、私はゆっくりと首を横に振った。 彼の話を聞いていると、過去の私を思い出す。 ヘンリーのその想いは、私が抱えていた想いに似ていた。「私も、そうだよ。私の家も変わっててさ、普通じゃない。 人からはいつも遠巻きに見られ、避けられる。 何をするにしても腫物にさわるように扱われて、友達を作ろうにも誰も近づいてこない。私の周りにはいつも屈強な男たちばかりが取り囲んでた。 そんな子に近付きたくないよね? まあそのおかげでいつも守られてたけど。 父も母も幼い時に亡くなったから、両親との思い出はないし。だけど、おじいちゃんがすごく愛してくれたから、寂しくはなかったな。 私が寂しいだろうからって、いつも側にいてくれて、いろんなところに遊びに連れ
「眠れない!」 頑張って眠ろうとした。 しかし、どうしても先ほどのキスを思い出してしまい、眠りにつくことができずにいた。 だって、私にとってあれは人生初のキス、ファーストキスだった! しかも相手はタイムスリップしてきた異国の王子って、どんなとんでも話なの? それに、なんだかんだで嫌じゃなったし……というか私も望んでいた? あー! 自分の気持ちがわかんない! 私は頭を抱えると、枕に顔を埋めうめいた。 あのあと、龍はロボットのように動き出したかと思うと、淡々とヘンリーの部屋を用意し、そこに布団を敷いた。 ヘンリーに「ここで寝ろ」と一言だけ発し、龍はふらーっと居なくなってしまった。 龍……大丈夫かな。 あまりの出来事に、龍もパニックを起こしているのかもしれない。 まあ、明日にはいつもの正常な龍に戻る……だろう。 私は喉の渇きを覚え、水を飲もうと台所へと向かった。 コップに水を注ぎ一気に喉へと流し込む。 一息つくと、少し気持ちも落ち着いてきた。 部屋へ戻ろうとすると、どこからか小さく鼻歌が聞こえてきた。 耳を澄ますと、どうやら窓の隙間から聞こえてきているようだった。 裏口から外へ出て、音の出どころを探る。 どうやら、音は頭上から聞こえてきているようだ。 私は二階の方へ視線を向けた。「……ヘンリー?」 二階の窓から顔を出しているヘンリーの姿が目に入った。 鼻歌は彼のもののようだ。「流華? こんな夜更けにどうしたの?」 こちらに気づいたヘンリーが笑顔を向けた。「ちょっと眠れなくて……鼻歌に吸い寄せられたの。素敵な音色だった」 「そう? 嬉しいな。ねえ……流華、こっちにおいでよ」 トクン、胸が高鳴る。 彼の側へ行きたい、そんな思いが頭をよぎった。 どうして出会ったばかりの人にそんなことを思うのだろう……。でも、なぜかそれ
私はヘンリーを見つめ、ぽつりとつぶやく。「しばらく……この家にいる?」 「うん! 流華、ありがとう!」 ヘンリーがおもいきり、私に抱きついてきた。 お風呂上がりの彼の体温……祖父に抱きしめられて以来の人肌の感触。 心臓が激しく脈を打ちはじめる。 こんなに、人肌って気持ちいいものなの? ヘンリーの腕の中が居心地よくて、私は不覚にもずっとこの中にいたい、なんて思ってしまった。 急に顔が熱くなっていく。「お嬢……もう……俺は、無理です」 「え? ちょ、龍っ」 振り向いて龍の顔を確認したかったが、ヘンリーの腕に邪魔され確認できない。 次の瞬間、龍に吹っ飛ばされたヘンリーが目の前の壁にめり込んだ。「ヘンリーっ! 龍! ちょっとは手加減しなさい!」 私は怒りながら龍へ視線を向ける。 龍は私から顔を背け、真顔で突っ立っていた。 その態度は、何も悪い事などしていない、と言っているようだった。 また私は、壁にめり込んでいるヘンリーを急いで救出する。「……大丈夫っ? ごめんね、何度も」 龍にやられる度に、ヘンリーの浴衣は少しずつはだけていた。 はだけた浴衣から覗く白く綺麗な肌。 それを目撃してしまった私は、顔を赤らめた。 そんな私の様子に、ヘンリーはくすっと笑う。「本当に、君は可愛いね。 まだ何も知らないの? 僕が教えてあげたいな」 私の顔はさらに赤くなっていたに違いない。 それより、龍の殺気がとんでもない事態になっていることに気づいた私は、咄嗟にヘンリーを背に庇った。「龍、駄目よ、まって!」 「そうだよ、龍さん。いくら流華が可愛いからって独り占めはよくない」 「なっ……」 龍の顔が怒りに染まった。 今にもヘンリーを殺しそうな顔をしている。 まずい! 龍を鎮めなければ。 そのとき、背中に
「僕の名前は、ヘンリー・エドワード・ローレンス。ヘンリーと呼んで」 彼は可愛い微笑みを向け、平然とそんなことを言ってきた。 はい? やっぱりこの人変だ。どこかで頭でも打ったのだろうか。 いや、そもそも風呂から出てきたんだから、人間じゃないのかも。 宇宙人とか? いや、でも地球人っぽいし。 まあ、確かに外国人っぽい顔してる。うん。あ、外国人さんはいろんなところから出てこられるとか? いや、そんな話聞いたことないよ。 私の頭の中はプチパニック状態だ。 呪文のように、落ち着け、と自分に唱えながら、私はヘンリーに笑顔を向けた。「うん、ヘンリー。あなたはなんでお風呂から出てきたの?」 そうよ、とりあえずこれ聞かないと始まらないでしょ。「僕もわからないんだ……。 お風呂に入っていたんだけど、気づいたらここにいて」 ヘンリーの頭の上を?マークが飛び交っている。 どうやら、彼にもわからないらしい。 もしかして、よく漫画とかでやってるタイムスリップ的なこと? だとしたら、違う国からやってきたのも理解できる。時代も超えてる可能性もあるよね。「あなたはどこからやってきたの?」 私の質問に、ヘンリーは佇まいを正して答える。「僕は、イギリスの王子。 ここはたぶん異国なのかな? 君を見ているとそんな気がするよ」 私は開いた口が塞がらなかった。 こんなことって、本当にあるの?「あなたの時代は? 現代のイギリス、じゃない?」 「うん、違う気がする……。僕の母はヴィク〇リア女王なんだけど、今のこの世界もそう?」 ヴィク〇リア女王って、めちゃくちゃ前の人じゃなかったっけ? なんか世界史に出てきたような気がする。あー、もっと勉強しとくんだった。「ヴィク〇リア女王は十九世紀中盤から後半に活躍された方です」 龍が静かに口を挟んできた。 さっすが、龍。 私は心の中で、親指を立てる。それを感じ取った龍があきれたような顔をした。「じゃあ、ヘンリーは百年以上も前のイギリスから、タイムスリップしてきたってこと?」 「へー、今はそんなに未来なんだ」 驚きつつ、どこか可笑しそうに笑うヘンリー。 私ほど驚くこともなく、あっさりとこの現実を受け入れたようだった。 やっぱりこの人、変かも。 っていうか
その日は、祖父がちょうど留守だった。 祖父は根っからの温泉好きで、月に一度はどこかの温泉へ二泊三日で旅行へいってしまう。 いくら理解のある祖父とはいえ、風呂の中から人が出てきたなんて聞いたら心臓に悪いだろう。 今日が温泉の日で本当によかった。あとでゆっくりと説明できる。 それにしても……。 目の前には龍が用意した浴衣に身を包み、用意された布団ですやすやと気持ちよさそうに眠り続ける男がいる。 良く見ると綺麗な顔をしている。 美少年……と表現するのがしっくりくるだろうか。私は普段いかつい男たちしか見ていないから、そう思うのだろうか。 まあ、龍もなかなかの美男だとは思うが。「お嬢、何をじっと見つめているのですか?」 私が男の顔をまじまじと見つめていると、龍が訝しげに私を窺ってきた。「あ、いや……別に」 私としたことが男に見惚れるなんて、失態だ。 しかし、この男はある人物にそっくりだ。 私を助けてくれた彼に……。 一ヶ月程前のことだった。 私は暴漢に襲われた。 そのとき私を庇い、怪我をした男性がいた。 彼は頭を打っており、打ちどころが悪かったらしく今も意識が戻っていない。 彼は今、病院のベッドの上だ。 驚くべきことに、その男性と今目の前で寝ているこの男の顔が、そっくりなのだ。 これは偶然なのだろうか……なんとも不思議な出来事だ。 瓜二つの人間に、次々関わり合うことになるなんて。 しかも、一方は命の恩人で、もう一方は風呂から現れた謎の男。 ……摩訶不思議。この世にはまだまだ知らないことが多い。 さて、どうしたものか。 私は確かにこの目で目撃したのだ。 風呂の湯の中から出てくる、この男を。 夢? ではないと思う。 ずっと意識があるし、なんだかすごくリアルだし。「う……ん……」 眠っていた男が、突然意識を取り戻した。 目がうっすらと開きかける。 私と目が合ったその瞬間、彼はガバッと勢いよく起きあがり、私の手を握ってきた。「美しい……」 「は?」 男がつぶやくと、突然、龍の鉄拳が振りおろされた。 床に顔がめり込むんじゃないかと思う勢いで、彼の顔は下へと叩き落された。「んがっ! ……い、いた……い」 「ちょ、ちょと! 龍、いきなりそんな
「んー、いい気持ちっ」 お風呂の湯舟の中で、うんと伸びをする。 ちょうどいい具合のお湯に肩まで浸かり、手でお湯をすくうとそれを顔にかけた。 鼻歌が自然とこぼれる。 楽しいメロディーが響き渡り、風呂場を包み込んでいく。 立ち込めた湯気に癒され、目をつむる。 靄がかかった空間で、どこか夢ごこちにぼーっとするのが好きだった。 しかも私の家のお風呂は檜風呂。 床も壁も天井も湯舟も、全てが檜でできている。 息を吸い込むと檜の匂いがして気分がいい。 見た目にも、やはり木は心が和むように感じられる。 この檜風呂はおじいちゃんの趣味だ。 私の祖父は極道一家、如月(きさらぎ)家三代目組長、如月大吾(だいご)。 泣く子も黙るって言いたいけど、今は孫に甘い普通のおじいちゃん。 昔はそうとう尖ってたみたいだけど、私の親が死んでから、丸くなったって組の人から聞いた。 普段はすごく明るくて、ふざけることも多いから、本当にこの人極道の組長なのかって疑いたくなるけど……。 まあ、そこは目をつむろう。 私の母は、おじいちゃんの愛娘。 もともと体が弱かったせいもあり、私を生んですぐに死んでしまった。 私の記憶の中に、母はほとんどいないけれど。父や祖父が母のことをたくさん聞かせてくれたから、私の心の中で母は生き続けている。 父はもともと一般人だったが、母と結ばれ極道の道へと足を踏み入れた。 母は始め、父と駆け落ちして家を出た。 祖父に二人の関係を反対されたことと、父の性格上、極道は無理だと判断してのことだったらしい。 まあ、無理だと思う。私の父は優しい性格だから。 しかし、しばらくして祖父のことをどうしても放っておけなくなった母が、父と共にこの家へ戻ってきた。 父はあまり極道の世界に馴染めていなかった。 とても優しく温和な人だったから、誰が見ても不釣り合いだったそうだ。 それでも父なりに、一生懸命に祖父の言うことを聞き、忠実に仕事をこなしていった。 ところが私が幼いとき、敵対する組との抗争中に、私が人質に取られてしまったことがあった。 父は命がけで私を守り、亡くなった。と祖父から聞かされている。 私はそのとき眠らされていて、詳細はわからない。 組の誰に聞いても、はぐらかさ