大⃞丈⃞夫⃞だ⃞よ⃞。⃞俺⃞が⃞い⃞る⃞。⃞
聖とは中3の時、クラスが一緒だった。
親戚の家をたらい回しにされ、時期外れの転校ばかりしていた私は、あまり周囲には馴染めなかった。
一か月だけ過ごしたあの田舎町から引っ越し、次に世話になった親戚の家で中学の2、3年を過ごした。小野寺《おのでら》聖は、当時サッカー部に入っていた。
髪は少し長めで、見た目は軽そうだったが、実際は爽やかな性格で、本当は優しい人だった。 友達は多くて、いつも目立つグループの中にいて、女子にもそれなりにモテていたと思う。 「……堤さん。まだ帰らないの?」 下校時刻を過ぎてもまだ教室に残っていた私は、日が落ちていくグラウンドをボンヤリと眺めていた。 この時の私は、まだ母の姓を名乗っていた。「小野寺くん。……うん。帰らなきゃね。」
「…何か辛いことでもあった?」
「……?どうして?」
「何だか……辛そうな顔してる。」
良く知りもしないのに、聖は私の顔を見ただけでそれを察したように言う。
「うん……そうかも。私……辛いのかもしれない。」
なぜか素直に本音を溢した。
聖のこと、私の方もよく知らなかったのに。それは私がまだ女優デビューする前だった。
世話になっていた家には二人の姉妹がいて、遠縁の私の事を煙たがっていた。 だから帰りたくなかった。 けれどそれを聖に言い当てられるとは、夢にも思ってなくて。「俺で良ければ……話聞くよ?」
困ってる人を見過ごせない。聖は当たり前のようにサラッとそう言ってくれた。
その日から、聖との交流が始まった。その後は堰
情報開示請求しても、あの悪意のあるアカウントの個人情報が開示されるまでには時間がかかる。 せっかく手に入れたのに、あれのせいで侑さんと引き離された。 あの後侑さんは告白の返事もせずに…自分のマンションに戻ってしまった。 やっと手が触れる距離にいたのに。 やっと心を開きかけてくれてたのに。 二人の邪魔をする奴は、徹底的に捻り潰さなければいけない。 そんな時に、社長と他事務所の浅井まりかから、こんな話が持ち上がった。 [人気俳優の綿貫昴生と、人気女優の浅井まりかが熱愛中]という事にしろと。 わざわざ事務所に来てまで、浅井まりかかが頬を染め、そう言う理由は何となく分かっていた。 「綿貫さんと私が熱愛中という事にすれば、今ある常磐さんとのスキャンダルを消す事ができますよ。 それに、ドラマで共演してる二人が熱愛って流れは自然ですし、今二人とも人気絶頂じゃないですか。 これは双方にとって、かなりメリットになりますよね。 事務所も後押ししてくれてます。 もちろん世間には内緒ですけど…」 「だそうだ、昴生。 こんな有難い申し出を、断るわけにはいかないよな?」 応接室のテーブルを囲んだソファに座り、目を輝かせて座っている社長と、浅井まりか。 「……俺にヤラセをしろと?」 「な…!違う!お前を、みっともないスキャンダルから守るために言ってるんだぞ!」 どこかヤクザのような雰囲気のある八重樫は、やや興奮気味に言った。 ……みっともないのはどっちだよ。 昴生は呆れたように笑みを浮かべた。 「綿貫さん……!私、綿貫さんの事を心から助けたいんです!」 手を握り、まりかはキラキラと目を輝かせて訴える。 今撮影中の刑事ドラマで、ヒロイン役の共演者だ。
昴生は、強く握っていた手を、絡まった糸を解くようにそっと離した。 その仕草に、なぜか私の胸はチクリと痛んだ。 「……この写真、マンションの内廊下から撮られたものですね。 ここの住人はルールに厳格だから、こんなことはしないはずです。 佐久間さん、この写真を投稿したアカウント、特定できていますか?」 手を離した昴生は、スマホを手に取り、ふとそう呟いた。 「それが…発信源のアカウントは投稿してすぐ消されたみたいで… 巧妙なファンの嫌がらせだよ、きっと。」 「なら情報開示請求しましょう。 俺はともかく、侑さんの名誉を傷つけた悪意は許せない。だから。」 「…まさか昴生、訴訟を起こすつもりか?」 「はい。勿論ですよ。 ……俺の大好きな人を苦しめた人は、当然苦しむべきですから。」 俺はこの件を許すつもりはない。 穏やかな口調とは裏腹に、昴生の微笑みはどこか冷たく見えた。 その場にいた誰もが息を呑み、動けなくなった。 これまで誰も見たことのない、静かな怒りを滲ませた、綿貫昴生の姿がそこにあったから。 昴生のこの熱量に居た堪れなくなる。 「っ、とにかく私は自分の家に帰るから。」 それが今、浅はかな行動でしてしまった彼への罪滅ぼし。 少なくとも、自分の行動は自分で責任を取らなければ。 佐久間さんと鳥飼さんが「二人でよく話し合え」と伝言を残して去った後、私は昴生に素直に自分の気持ちを打ち明けた。 「だから、何で侑さんが謝るんですか。 悪いのは俺なのに。」 「ううん、そうじゃない。 あの時———電話をしたのは私だし、心が弱っててズルズル甘えてたのは私だった。」 「だから、違いますよ……!」 昴生の声はなぜか苦しげで
「いやだ。駄目だ。」 昴生は、子供のように拗ねた声を出す。 「それは社長や事務所にとってのマイナスですよね? 俺は発表してもいいですよ。 [ストーカーは誤りで、実際は俺と侑さんが熱愛中]って事なら。 記者会見でも何でもしますよ。 それ、俺にとってのプラスにしかならないんで。」 「……昴生…!」 「何で2人が一緒にいるかって? 今言ったばかりなのに分からないんですか。 侑さんのストーカーは俺で、俺が侑さんを大好きだから一緒にいるんですよ。 侑さんにとっては迷惑かも知れないけど、俺には最高の事なんです。 大好きだから。」 混乱がさらに混乱を招く。 それは昴生に手を握られた、他でもない私が誰よりも。 大好きだから……? 彼が……私を好き………? その言葉をこのタイミングで、今初めて聞いた。 「はあ……くそっ。 昴生、お前は自分の立場ってヤツがよく分かってないみたいだな。 お前は事務所と契約してる以上、自分勝手な行動は慎むべきだ。 誰が…お前を日本一の俳優にしてくれたのか、その恩を忘れたらいけない。 …とにかく、一緒にいるのは駄目だ。 今がいちばん大事な時期なのに。」 顳顬を抑え、佐久間さんは疲労感を滲ませる。 いちばん大事な時期。そう。 綿貫昴生にとって今最も不必要なのは、マイナスにしかならない私とのスキャンダル。 「佐久間さん………… 俺にとって大事なのは侑さんであって、他のはぶっちゃけどうでもいいんです。 そのくらい俺が侑さんを好きだって事を、少しでも理解してくれたら嬉しいですけど。
それなのに私は黙っていた。 昴生と過ごす居心地の良さと、謎の優しさに、いつの間にか我を忘れ浸ってしまったのだ。 以前は私のマネージャーだった事もある佐久間さんが、どれだけ昴生を大切にしているかは知っている。 人気俳優の彼を盛り上げ、あらゆる波風から防波堤のように守ってきたのだ。 彼は自分が担当したタレントに対していつも誠実だった。 静かに私は立ち上がり、佐久間さんと鳥飼さんに頭を下げた。 「すみませんでした。今回の事は私が——」 「侑さんが頭を下げる必要なんかどこにもない。 悪いのは俺だから。」 立ち上がった私の左手を握り、昴生はその謝罪を止める。 「綿貫…くん?」 「侑さんがストーカーだって? そんなの大きな間違いだ。 佐久間さん。侑さんをストーカーしたのはこの俺ですよ。」 「なっ……!?」「!!」 「……?」 一同が絶句した。 何の躊躇いもなく昴生がそう宣言したからだ。 今人気絶頂の俳優が人気低迷女優をストーカーしたと。 「綿貫くん、変な事言わないで…… あなたは単に人助けのような優しさで……」 「何?侑さん。俺何も間違ってませんよね。 初めから侑さんに付き纏っていたのは俺だし、そんな侑さんに同居を持ち掛けたのも俺。 だから侑さんは何も悪くない。 でしょ?」 今言ったのが全て真実だ、とでも言いたげに。 そんな風に真顔で、真剣な目で見つめないで。 力を込められ、握り締められた手が熱い。 勘違いしてしまいそうになる。 彼が本当は体目的じゃなく、実は私の事を想ってくれてるんじゃないかって。 こんな私の事を本当は好きなんじゃないかって……何の根拠もないのに。 「はあ……侑がストーカーじゃないのは俺だって分かってる。 それに…昴生がストーカーとか… 万が一それが事実だとしても、そんな事は今重要じゃない。いや、まあ…それはそれで問題だとしても、だ。」 佐久間さんは困ったように溜息を吐いた。 もちろん私も、昴生がストーカーだとは思っていない。 しかし現状は深刻だそうだ。 なんせマンション周辺にはマスコミが殺到しているという。 「とにかく、侑はマスコミの目を盗みながら、一度自分のマンションに戻ってくれ。 何で2人が一緒に居るのかは知らないが…
「何て事してくれたんだ……侑。 それに昴生も。」 そこには、深刻な表情でこちらを見つめる佐久間さんが立っていた。 昴生の住むマンション。 あれから私は彼に甘えたまま時間を過ごしていたが、それはSNSからのリークという形で終わりを迎えようとしていた。 ソファに座る私の隣に昴生が。 テーブルを挟んで向かい側に佐久間さんと、青白い顔で慌てふためいている鳥飼さんの姿がある。 ここ数日私は昴生にスマホを取り上げられていた為、内容は全く知らなかった。 テレビは見てない。 ずっと昴生としか話してなかった。 佐久間さんによると、私と昴生の写真がSNSにばら撒かれ、拡散されたらしい。 〈常盤侑が綿貫昴生のストーカーをしていた〉 そんな名目で炎上しまくっているそうだ。 写真を見せて貰ったが、確かにあの日2人でマンションに荷物を取りに行った日の服装だった。 「はあ……まさかこんな形でリークされるなんて。最悪だよ。 [人気低迷女優の常盤侑が、人気俳優の綿貫昴生をストーカーしている] って……SNS発だからどこまでも拡散し続けてて、簡単に取り消すこともできない。 今事務所はこの件の対応に追われてる。 …一体、何してんだよ。2人とも。」 佐久間さんは深い溜息を吐く。 問題の画像を見せられて、昴生はスマホごと佐久間さんの手から取り上げた。 「……これ、悪意しかないですね。」 「は…?」 「だって侑さんが俺のストーカーだなんて、馬鹿らしいじゃないですか。」 何の動揺も見せずに、昴生は淡々とスマホの画面を見つめる。 しかし佐久間さんも、慌てて立ち上がった。 「侑がストーカーじゃないなら…一体何で2人が一緒に居るんだよ?頼むから分かるように説明してくれ!」 声を荒げる佐久間さんの気持ちは痛いくらい分かる。この中で唯一の40代。 誰よりも大人な彼が焦ってるのが真摯に伝わってくる。 「侑さあぁん〜…」 迫力がある佐久間さんの隣で鳥飼さんは、泣きそうな目で私に訴えていた。 何て弁明したらいいか分からない。 いや、分かっていた。 いずれはこうなるだろうと。
そこには侑をまるで恋人のように扱い、肩を抱く昴生がいた。 「なん……でよ!何であの女が綿貫さんのマンションから出て来るのよ……っ!」 見つかったらまずいと、モカが慌ててまりかの腕を引いて建物の死角に一緒に隠れる。 そんなまりか達に全く気付かずに、二人はエレベーターに向かっている。 サングラスとマスクをした女が侑———だと、まりかには何ですぐ分かるのか。 理由は昴生が、侑をやたらと構っていたからだ。 挨拶で訪れた事務所にいる時も、控え室にいる時も、ドラマの撮影の後も。 なぜか昴生の目が侑を追っている事を知っていた。だから。 まりかはそれが不愉快だったし、侑が嫌いだった。ずっと。 人気女優である自分と人気低迷女優の彼女。 愛想はないし、表情はどことなく暗い。 その性格のせいで仕事だってないのだ。 昔は売れていたようだが、今でもそう思ってるなら、勘違いするなと言いたくなる。 どちらが昴生に相応しいか、一目瞭然なのにと。 「うそ……でしょ?何で?」 「まりかさん?まりかさんはあの女の人知ってるんですか?あれが…一般人の彼女?」 あれが侑だと全く気付いてないモカが興奮気味に言ったのが、まりかはますますに気に食わなかった。 「モカ、あの2人の写真撮って。」 「え?でも……」 「いいから!早くしてよ!」 「は、はい!」 怒鳴られてモカは慌ててバックからスマホを取り出し、去っていく二人の背中を写真に撮った。 昴生と侑が車に乗って去ったあと、駐車場に残されたまりかは最高に低いテンションで呟いた。 「ねえ…その写真、全部まりかに送って。」 「は、はい&hell