そこには、深刻な表情でこちらを見つめる佐久間さんが立っていた。
昴生の住むマンション。
あれから私は彼に甘えたまま時間を過ごしていたが、それはSNSからのリークという形で終わりを迎えようとしていた。ソファに座る私の隣に昴生が。
テーブルを挟んで向かい側に佐久間さんと、青白い顔で慌てふためいている鳥飼さんの姿がある。
ここ数日私は昴生にスマホを取り上げられていた為、内容は全く知らなかった。
テレビは見てない。 ずっと昴生としか話してなかった。佐久間さんによると、私と昴生の写真がSNSにばら撒かれ、拡散されたらしい。
〈常盤侑が綿貫昴生のストーカーをしていた〉
そんな名目で炎上しまくっているそうだ。
写真を見せて貰ったが、確かにあの日2人でマンションに荷物を取りに行った日の服装だった。
「はあ……まさかこんな形でリークされるなんて。最悪だよ。 [人気低迷女優の常盤侑が、人気俳優の綿貫昴生をストーカーしている] って……SNS発だからどこまでも拡散し続けてて、簡単に取り消すこともできない。 今事務所はこの件の対応に追われてる。 …一体、何してんだよ。2人とも。」佐久間さんは深い溜息を吐く。
問題の画像を見せられて、昴生はスマホごと佐久間さんの手から取り上げた。
「……これ、悪意しかないですね。」「は…?」
「だって侑さんが俺のストーカーだなんて、馬鹿らしいじゃないですか。」
何の動揺も見せずに、昴生は淡々とスマホの画面を見つめる。
しかし佐久間さんも、慌てて立ち上がった。「侑がストーカーじゃないなら…一体何で2人が一緒に居るんだよ?頼むから分か
それなのに私は黙っていた。 昴生と過ごす居心地の良さと、謎の優しさに、いつの間にか我を忘れ浸ってしまったのだ。 以前は私のマネージャーだった事もある佐久間さんが、どれだけ昴生を大切にしているかは知っている。 人気俳優の彼を盛り上げ、あらゆる波風から防波堤のように守ってきたのだ。 彼は自分が担当したタレントに対していつも誠実だった。 静かに私は立ち上がり、佐久間さんと鳥飼さんに頭を下げた。 「すみませんでした。今回の事は私が——」 「侑さんが頭を下げる必要なんかどこにもない。 悪いのは俺だから。」 立ち上がった私の左手を握り、昴生はその謝罪を止める。 「綿貫…くん?」 「侑さんがストーカーだって? そんなの大きな間違いだ。 佐久間さん。侑さんをストーカーしたのはこの俺ですよ。」 「なっ……!?」「!!」 「……?」 一同が絶句した。 何の躊躇いもなく昴生がそう宣言したからだ。 今人気絶頂の俳優が人気低迷女優をストーカーしたと。 「綿貫くん、変な事言わないで…… あなたは単に人助けのような優しさで……」 「何?侑さん。俺何も間違ってませんよね。 初めから侑さんに付き纏っていたのは俺だし、そんな侑さんに同居を持ち掛けたのも俺。 だから侑さんは何も悪くない。 でしょ?」 今言ったのが全て真実だ、とでも言いたげに。 そんな風に真顔で、真剣な目で見つめないで。 力を込められ、握り締められた手が熱い。 勘違いしてしまいそうになる。 彼が本当は体目的じゃなく、実は私の事を想ってくれてるんじゃないかって。 こんな私の事を本当は好きなんじゃないかって……何の根拠もないのに。 「はあ……侑がストーカーじゃないのは俺だって分かってる。 それに…昴生がストーカーとか…
「何て事してくれたんだ……侑。 それに昴生も。」 そこには、深刻な表情でこちらを見つめる佐久間さんが立っていた。 昴生の住むマンション。 あれから私は彼に甘えたまま時間を過ごしていたが、それはSNSからのリークという形で終わりを迎えようとしていた。 ソファに座る私の隣に昴生が。 テーブルを挟んで向かい側に佐久間さんと、青白い顔で慌てふためいている鳥飼さんの姿がある。 ここ数日私は昴生にスマホを取り上げられていた為、内容は全く知らなかった。 テレビは見てない。 ずっと昴生としか話してなかった。 佐久間さんによると、私と昴生の写真がSNSにばら撒かれ、拡散されたらしい。 〈常盤侑が綿貫昴生のストーカーをしていた〉 そんな名目で炎上しまくっているそうだ。 写真を見せて貰ったが、確かにあの日2人でマンションに荷物を取りに行った日の服装だった。 「はあ……まさかこんな形でリークされるなんて。最悪だよ。 [人気低迷女優の常盤侑が、人気俳優の綿貫昴生をストーカーしている] って……SNS発だからどこまでも拡散し続けてて、簡単に取り消すこともできない。 今事務所はこの件の対応に追われてる。 …一体、何してんだよ。2人とも。」 佐久間さんは深い溜息を吐く。 問題の画像を見せられて、昴生はスマホごと佐久間さんの手から取り上げた。 「……これ、悪意しかないですね。」 「は…?」 「だって侑さんが俺のストーカーだなんて、馬鹿らしいじゃないですか。」 何の動揺も見せずに、昴生は淡々とスマホの画面を見つめる。 しかし佐久間さんも、慌てて立ち上がった。 「侑がストーカーじゃないなら…一体何で2人が一緒に居るんだよ?頼むから分か
そこには侑をまるで恋人のように扱い、肩を抱く昴生がいた。 「なん……でよ!何であの女が綿貫さんのマンションから出て来るのよ……っ!」 見つかったらまずいと、モカが慌ててまりかの腕を引いて建物の死角に一緒に隠れる。 そんなまりか達に全く気付かずに、二人はエレベーターに向かっている。 サングラスとマスクをした女が侑———だと、まりかには何ですぐ分かるのか。 理由は昴生が、侑をやたらと構っていたからだ。 挨拶で訪れた事務所にいる時も、控え室にいる時も、ドラマの撮影の後も。 なぜか昴生の目が侑を追っている事を知っていた。だから。 まりかはそれが不愉快だったし、侑が嫌いだった。ずっと。 人気女優である自分と人気低迷女優の彼女。 愛想はないし、表情はどことなく暗い。 その性格のせいで仕事だってないのだ。 昔は売れていたようだが、今でもそう思ってるなら、勘違いするなと言いたくなる。 どちらが昴生に相応しいか、一目瞭然なのにと。 「うそ……でしょ?何で?」 「まりかさん?まりかさんはあの女の人知ってるんですか?あれが…一般人の彼女?」 あれが侑だと全く気付いてないモカが興奮気味に言ったのが、まりかはますますに気に食わなかった。 「モカ、あの2人の写真撮って。」 「え?でも……」 「いいから!早くしてよ!」 「は、はい!」 怒鳴られてモカは慌ててバックからスマホを取り出し、去っていく二人の背中を写真に撮った。 昴生と侑が車に乗って去ったあと、駐車場に残されたまりかは最高に低いテンションで呟いた。 「ねえ…その写真、全部まりかに送って。」 「は、はい&hell
まず彼の住んでる場所もぜんぶ秘密にされていたから、思いがけず知る事になれて嬉しい!と、まりかは興奮する。 数日後、再びまりかとモカはそれぞれ変装して、昴生の住むマンションを訪れていた。 ただ……当然だが正面玄関で、どうしてもセキリュティの関係で中には入れない。 奥には警備員の姿も見える。 「まりかさん、どうします?やっぱり無理かなあ。 住んでる階《フロア》まで突き止めるのは…」 「いや。ここまで来たら諦めたくないんだけど。」 暫くマンションの周りをウロチョロしてると、背後から男に声を掛けられた。 「ねえ…もしかして浅井まりかちゃん!?」 知らないサラリーマンだ。中堅といった風貌の。 「ねえねえ、さっきからマンションの前で一体何してんの? えっ…まさかそっちは如月モカちゃん!?」 興奮気味に男が近寄ってくるので、モカは笑顔を引き攣らせたけれど、対照的にまりかはニコッと笑った。 「えっと……お兄さんはこのマンションに住んでる方?」 「うん、そうだよ」 「良かった……! このマンション、綿貫昴生さんが住んでますよね? 私達、仕事の関係で綿貫さんに呼ばれて家に行くとこなんですけど、スタッフさんとはぐれた上に、住んでる階を忘れちゃって……! 良かったら教えてくれません?」 「あー…綿貫さんの? でもまあ、そういう事情なら教えても大丈夫だよね。 本当はここの住人のプライベートは絶対話しちゃいけないって厳しいルールがあるけど。 まあ、浅井まりかちゃん達と言えば間違いはないよね!」 「良かった〜まりか達、本当に困ってたんですー。ありがとうお兄さん。」 「えっとね、彼は確か……あ、
あ⃞ん⃞な⃞女⃞嫌⃞い⃞。⃞早⃞く⃞死⃞ね⃞ば⃞い⃞い⃞の⃞に⃞。⃞浅井まりかが綿貫昴生に興味を持ったのは、同じドラマに出演したのがきっかけだった。 遅咲きだが、人気俳優として注目されている昴生は、デビュー当時からチヤホヤとされていた人気女優のまりかにとっても、雲の上のような存在だった。 26歳のまりかと32歳の昴生では年の差があるが、その大人の魅力にハマってしまったのだ。 だからどうして。 自分の大嫌いな女優、常盤侑が綿貫昴生と一緒にマンションから出てくるのか、まりかには理解できなかった。 「なん……でよ!何であの女が綿貫さんのマンションから出て来るのよ……っ!」 *** 綿貫昴生という人気俳優は、あまりプライベートを明かさない事でも有名である。 自身でSNSはやっておらず、いつもドラマやイベントの告知は、事務所が運営するSNSやサイトでだけ。 彼の秘密を知りたりたいファンがするスレもそうだ。 彼のプライベートを明かそうとすると、いつも書き込みがサイト側に消されている。 テレビ番組に出ても適当に流す彼。 謎でミステリアス。大人っぽいのがいい。 そんな称賛までされている。 特にSNSで芸能界の闇が晒され始めたから、事務所側も慎重だ。 発信する人も気をつけなければ訴えられる時代になってきた。 躍起になって彼を暴こうとするのは、熱烈で行儀の悪いファンだけ。 だけどまりかにはその気持ちが分かる。 好きな人の事は、例え些細な事でも暴きたいから。 あの日昴生に断られ、モカに言われて気持ちを再燃させたまりかは、彼女と一緒に昴生の後をタクシーで、こっそり尾行した。 彼を乗せてる運転手は、敏腕だと有名なマネージャー。 彼はマンションに着いて車を降り、マネージャーに手を振った。
仕事の関係で上京していた聖に偶然再会し、告白された。 嘘みたいだったし、夢のようだった。 その頃はすでに自分の不器用さに参っていた時期で、そんな時にそばに居てくれる聖の存在がすごく大きかった。 名前だけの家族しかいない私には、彼だけだった。 仕事が減って、何もかも上手くいかない中で、聖だけが私の心の拠り所で、唯一の希望だった。 だけど結局いつしか二人はすれ違っていった。 互いの世界が違い過ぎたのもあるだろう。 女優と一般人の彼。 売れても売れてなくても、私はきっとずっと聖に寂しい思いをさせていた。 知らないうちに嫌な思いもさせたのかも知れない。 だから……でも。 私を唯一理解してくれた聖に、捨てられたと分かった時。 辛かったし、死にたかった。 好きな人に捨てられれば生きれないほど、私は本当に弱かった。 本当に大好きだった。 幸せになって欲しいと願う反面、忘れないで欲しいと願っていた奇妙な矛盾。 「侑さん。」 —————長い夢を見ていたみたい。 あの後眠っていたの? ベッドで目を覚ました私の側には、主人の目覚めを待つ飼い犬みたいに昴生が待機していた。 しかもなぜか嬉しそうに目を輝かせ、起きた私を黙って見つめている。 今私の側に、聖はもういない。むしろもう誰も。 親も……友達も。 それなのに。 どうしてこの人は、当たり前のように私の側にいてくれるんだろう。 ゆっくり上半身を起こして私は昴生に尋る。 「綿貫くん。…昨夜どうして部屋に来なかったの?」 昴生がぴくっと肩を揺らした。 ベッドの