Share

第104話

last update Last Updated: 2025-10-03 08:19:53

 皇羽さんが綾辻さんへの殺気をゼロにし頭を冷やさない限り、まともな答えは出そうにない。むしろ「二言目には『消す』と言う皇羽さんをどうするか」という問題が新たに出てきそうだ。

 口を真一文字に結んでしまった皇羽さんを残し、お腹が空いたので何か作ろうと冷蔵庫へ向かう。

 ちょうどお昼だ。皇羽さん、移動中に何か口にしたかな?

 聞こうか迷ったけど、互いに頭を整理するいい機会だ。昨日買った食材を、一つずつキッチン台へ置いて行く。作る料理は、ベーコンとピーマンを使ったナポリタン。

 皇羽さんに美味しい料理を食べてもらいたいから料理の練習をしたいんだけど、有難いことにモデルの仕事が忙しくて、帰ったらすぐに寝てしまう。皇羽さんが不在の時なんかは、コンビニで済ませちゃう始末。

「もっと皇羽さんに美味しいご飯を食べさせてあげたいなぁ」

 頭で考えていたことが、つい口から漏れてしまう。聞き流してくれるかと思いきや、しばらく無口だった彼は静寂を切り裂いた。

「俺は、萌々がのびのび過ごしてくれたらそれでいい」

「いきなりどうしたんですか?」

「料理を作りたいなら飽きるだけ作って、寝たいなら一日中でも寝て。自由に暮らしながら、俺の帰りを待てくれたらいいって……いや、独り言だ。忘れてくれ」

「はぁ……」

 よく分からなくて振り返ると、皇羽さんは両肘をテーブルにつけ、指を組んでいた。何を考えているんだろう。怒っているわけじゃないけど、怖いくらい真剣な顔だ。

「皇羽さん?」

「いや……無理はするなってことだ」

 話を忘れさせるように、皇羽さんはワントーン高い声で席を立つ。あぁ、そっか。仕事帰りだから疲れているよね。きっと仮眠するために寝室へ行くんだ。

 そう思っていたのに、ふわりと香る彼のにおい。見ると、隣に立って手を洗っている。「これを切ればいいか?」と、どうやら料理を手伝ってくれるらしい。

「切るは切るのですが、あの……私がやりますよ? 皇羽さんお疲れでしょうし」

「遠回しに足手まといって言ってる?」

「いや、そうではなくて。本当に、私がやりますから。少しでも休んでください」

「……」

 すると皇羽さんは口を閉ざした。静かに、何かを考えるように。

「俺は、自分の欲求に忠実だ」

「……既に知っていますが」

 一年かけて私を探し続けた、不屈の精神
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • アイドルの秘密は溺愛のあとで   第107話

    「私たちが結婚式を挙げたら、世間に関係がバレてしまいます。そもそも結婚だって無理ですよ」「無理って……」「だって皇羽さんは身バレしているでしょう? 本名を知られちゃっていますし。婚姻届けには名前を書く欄があります。それを市役所の人が確認のために見るでしょう。その瞬間に『コウが結婚した』とバレちゃいますよ」「つまり婚姻届さえ出さないってことか?」「……出さない、というか出せないですよ。現実的に考えて」  そう口にしている私こそ、やっとその事実を理解し始めていた。そう、そうだよ。皇羽さんは本名が世間にバレている。婚姻届なんか出せるわけない。また情報がリークされて、皇羽さんをはじめとするIgn:sが大変なことになる。迷惑をかけちゃう。 「だから高校を卒業したらすぐに結婚、という話はナシにしましょう。皇羽さん」「萌々……」「大丈夫。いつか、きっと結婚できますよ。そのタイミングを待つだけです」   上手く、笑えているかな。私の精一杯の強がりが完璧な仮面になって、皇羽さんに届いているかな? 皇羽さんがなんて言うか、反応が怖い。「なんだよそれ」って怒るかな。「わかった」って納得するかな。正直、どちらの反応をされても悲しい。怒られてもどうしようもない事実だし、納得されても結婚を諦められちゃったようで傷つく。 この二つ以外の言葉を、皇羽さんに望んでしまう。期待してしまう。だって、ずっと夢だったから。 皇羽さんと結婚することも、結婚して幸せな家庭を築くことも。私が経験できなかった温かな家庭を、この手で作りたいと思っていた。皇羽さんと、一緒に。 (本当は、口に出していないだけで……心の中では、ずっとカウントダウンしていたんだよね)   だけど、そのカウントダウンが振り出しに戻る。結婚は、できない。 遅すぎる気づきに、自分の不甲斐な

  • アイドルの秘密は溺愛のあとで   第106話

    綾辻さん騒動があって、しばらく経った頃。「萌々、たまには買い物行くか?」「似合うと思って、萌々に服を買って来た」「一緒に風呂に入るか? 肌がつやつやになると有名な入浴剤がやっと届いたんだ」 よく分からない攻撃を、皇羽さんから受けていた。「あの、皇羽さん。やっと家に帰ってこられたのですから、自分の時間を悠々自適に過ごしてください。私のことは、お気になさらず」「前も言ったが、やっと家に帰ってきたから萌々を構うんだ。俺の時間を、俺の好きなように使って何が悪い」「それは確かに聞きましたが……」 頻度が恐ろしく増えているのだ。私に構う頻度が! 最近の皇羽さんは都内での仕事に戻り、マンションから仕事場へ向かう日々。といっても多忙なのは変わらない。家に帰って来ないでホテルに泊まったらいいのにという日だって、必ず帰って来る。 どんな短い時間であろうとも必ずマンションに帰って来て、私を抱きしめてまた仕事に行くのだ。「ビデオ通話も出来るんだし、無理しないでください」と言ったけど、さっきと同じように「俺の好きなことをしているまで」と一蹴される。 加えて、歯が浮くようなセリフをポンポンと言っちゃうから、もう本当にどうしたものか。それに、ありとあらゆるものを買って私に与えてくるし……。 皇羽さんが何を考えているか分からない。だけど、きっと何かあるはず。勘が鈍い私は、それが何かまでは分からないけれど……。「あ、お風呂が湧きましたよ」「だから一緒に入ろうって」「はいはい、いってらっしゃい」 こうしてあしらえている内はいいけれど、あのイケメンフェイスを持つ皇羽さんだ。まともに顔面を見ちゃった日には「あっ」と顔を染めて私が反応しちゃうから、もう大変。皇羽さんの目がギンッと鋭くなって寝室へ連れて行かれる。その後は言うまでもなく、甘い夜だ。「萌々」「ん?」「今日、抱きたい」「……あ、は……ぃ……」 何とか返事すると、皇羽さんはニッと口の端を吊り上げた。普通のテンションで言って来るから、反応にすごく困る。 シャワーの音がして、やっと息ができた。攻撃もここまで猛攻となれば、息つく暇もない。「は~……ビックリした……」 皇羽さんが未だかつてないほど、私を甘やかしている。私がとろけちゃうほど甘く、そして深く。「なんで、そんなスイッチが入っちゃったんだろう……

  • アイドルの秘密は溺愛のあとで   第105話

    side皇羽 マンションに玲央が来た。萌々は仕事で不在。ちょうどいいと、最近かかえている思いをぶちまける。 「萌々との関係を、世間にオープンにしようと思う」「へ?」「どうせ事務所はゴーサイン出さないだろうから、強行突破で」「へぇえ?」  俺の突然の発言に、玲央にしては間の抜けた声を出した。でも、その声が出るのも分かる。事実、俺はとんでもないことを口にしている。その自覚がある。 「ちょ、ちょっと待ってよ。事務所の許可は仕方ないにしろ、俺たちメンバーの許可くらいは取ってよ」「どうせミヤビが許してくれない」「そうだろうけど……じゃあ通告くらいはしてよ。〝〇〇日後に爆弾を投下します〟くらいのことは言ってくれないと、もし生放送中だったらメンバー全員、失神しちゃうよ?」「……どうせ通告した瞬間に監禁される」「そうだけど……」  仕事が多忙ゆえ、メンバーと過ごす時間は息が詰まるほど多い。 それゆえに、風呂とご飯のどっちを優先するか。夜はまったりするのか、それともすぐ寝るのか。寝起きはいいのか、壊滅的なのか――そんな知りたくもないメンバーの情報が、自ずと大量にインプットされていく。 そうなるとメンバーの思考回路まで、自然と分かって来るもんだ。 俺が萌々との関係を「世間に暴露したい」と言ったらどうなるか。下手すれば、俺は一生、日の目を見れないかもしれない。仕事以外は、地下にでも投獄されそうだ。 「萌々とそういう関係だってことは認めてくれたんだから、後はオープンにするかどうかの話だろ」「〝だけ〟なんて簡単に言うけどね。その一言で日本はおろか、世界がひっくりかえるよ?」  次の仕事で使う台本をパタンと閉じ、玲央が真っすぐ俺を見る。髪以外は本当に同じだから、自分に見られているようで妙な気分だ。 「そもそも、二人の関係がバレたら世間からどんなバッシン

  • アイドルの秘密は溺愛のあとで   第104話

     皇羽さんが綾辻さんへの殺気をゼロにし頭を冷やさない限り、まともな答えは出そうにない。むしろ「二言目には『消す』と言う皇羽さんをどうするか」という問題が新たに出てきそうだ。 口を真一文字に結んでしまった皇羽さんを残し、お腹が空いたので何か作ろうと冷蔵庫へ向かう。  ちょうどお昼だ。皇羽さん、移動中に何か口にしたかな?   聞こうか迷ったけど、互いに頭を整理するいい機会だ。昨日買った食材を、一つずつキッチン台へ置いて行く。作る料理は、ベーコンとピーマンを使ったナポリタン。 皇羽さんに美味しい料理を食べてもらいたいから料理の練習をしたいんだけど、有難いことにモデルの仕事が忙しくて、帰ったらすぐに寝てしまう。皇羽さんが不在の時なんかは、コンビニで済ませちゃう始末。 「もっと皇羽さんに美味しいご飯を食べさせてあげたいなぁ」  頭で考えていたことが、つい口から漏れてしまう。聞き流してくれるかと思いきや、しばらく無口だった彼は静寂を切り裂いた。 「俺は、萌々がのびのび過ごしてくれたらそれでいい」「いきなりどうしたんですか?」「料理を作りたいなら飽きるだけ作って、寝たいなら一日中でも寝て。自由に暮らしながら、俺の帰りを待てくれたらいいって……いや、独り言だ。忘れてくれ」「はぁ……」  よく分からなくて振り返ると、皇羽さんは両肘をテーブルにつけ、指を組んでいた。何を考えているんだろう。怒っているわけじゃないけど、怖いくらい真剣な顔だ。 「皇羽さん?」「いや……無理はするなってことだ」  話を忘れさせるように、皇羽さんはワントーン高い声で席を立つ。あぁ、そっか。仕事帰りだから疲れているよね。きっと仮眠するために寝室へ行くんだ。 そう思っていたのに、ふわりと香る彼のにおい。見ると、隣に立って手を洗っている。「これを切ればいいか?」と、どうやら料理を手伝ってくれるらしい。 「切るは切るのですが、あの……私がやりますよ? 皇羽さんお疲れでしょうし」「遠回しに足手まといって言ってる?」「いや、そうではなくて。本当に、私がやりますから。少しでも休んでください」「……」  すると皇羽さんは口を閉ざした。静かに、何かを考えるように。 「俺は、自分の欲求に忠実だ」「……既に知っていますが」  一年かけて私を探し続けた、不屈の精神

  • アイドルの秘密は溺愛のあとで   第103話

    「け、消すって……」「萌々との記憶を消すだけじゃ足りないな。やっぱり存在そのものを……」「怖いのでやめてください!」 温かな飲み物でも飲めば皇羽さんの気が紛れるだろうかと、一足先に寝室を抜ける。去り際に「何を飲みますか?」と聞くと、皇羽さんはやや照れた顔を見せた。「そういう会話してると、まるで新婚みたいだな」「っ!」 さっきまで怒った顔をしていたのに、綾辻さんのことはいったん忘れたのか、今は目じりの下がった優しい笑みだ。彼の漆黒の瞳の中に、同じく顔を赤くした私が写っている。「何を言っているんですか。皇羽さんもリビングに来てくださいね、今後のことについて作戦会議しましょう。綾辻さんに私たちの関係がバレないようにするためにはどうしたらいいか、ちゃんと策を練らないと」「なんで寝室で話し合ったらダメなんだよ?」 キョトンとした顔をする皇羽さんだけど、忘れてもらっちゃ困る。さっき何度も際どい箇所にキスマークをつけようとした人を相手に、寝室で真剣な話し合いができるわけがない。「ちゃんと話し合いたいんです。寝室だと……ほら、あなたが」 ぷくっと頬を膨らませると、再び皇羽さんはキョトンとした顔。だけど「そんな顔もかわいいな」と、ファンが見たら卒倒するであろう極上の笑みを見せる。「ま、さすが萌々ってところか。ちょっとは甘い余韻に浸ればいいものを、話し合いの方を選ぶんだもんな。まぁそういう真面目なところも可愛いんだが」「……私だって、浸りたいですよ」「ん?」 ボソリと呟いた声は、皇羽さんには届かなかったみたい。いつの間に脱いだか分からない大きなシャツを、無駄のない動きで被っている。 前の私なら「何て言った?」と問い返されたところで、「何でもないです」と恥ずかしさから逃げていた。だけど今は離れている時間が多い分、ちゃんと自分の気持ちを伝えるべきだと、ついさっき知った。だから伝える。自分が何を思っているかを、皇羽さんに知ってもらう。 綾辻さんと浮気しているなんて。そんな嘘八百を、もう二度と生まないためにも。「私だって甘い余韻に浸りたいんです、って。そう言いました」 私はリビングへ突き出した足を、寝室へ戻す。そしてまだベッドへ座る皇羽さんの鼻と、私の鼻がぶつかるくらい距離をつめた。「も、萌々?」「さっきの新婚みたいな会話を、意味もなく皇羽さんと交わし

  • アイドルの秘密は溺愛のあとで   第102話

    「はぁ、はぁ……なんとか、30分以内に着いた……」 マンションのエントランス前で、膝に手をついて息を切らせる。今日がスニーカーで良かった。これでヒールを履いていたら、確実に間に合わなかったよ……!「いや、それ以前に。皇羽さんの脅し文句に問題がある!」――逃げたらどうなるか分かっているよな。30分だけ待つ これはある意味、死刑宣告のような言葉だ。 綾辻さんを降ろした後。タクシーでマンションとは逆方向に走っていたけど、すぐ運転手に「戻ってください!」と懇願した。30分までに間に合わなかったら、どうしよう! だけど、そこはやはりタクシーの運転手。「近道なら知っているよ」と、道ならぬ道を通って(ちょっとタクシーに傷を入れながら)、なんとか制限時間内にマンションへ帰ることができた。 運転手さんから名刺をもらったし、焦らしちゃったお詫びに、また差し入れを持って行こう。「だけど、問題はここからだよね」 フーと、自分の部屋番号のインターホンを押す。すると「おう」と皇羽さんの声。びっくりした、鬼の声かと思った。絶対に怒っている。だって、いつもより声が低すぎるもん!!「こ、皇羽さん。ただいま帰りました……」『開けたから上がってこい』「あはは……はい」 なんともいえぬ緊張感。モデルのオーディションを受けた時よりも百倍、いや一億倍緊張する……! バクバクと口から飛び出しそうなほど唸る心臓に喝を入れ、何とか部屋までたどり着く。するとドアノブに触ってもいないのに、勝手にドアが開いた。「よー、萌々」「こ、こんにちは……」 皇羽さんの刺すような視線に耐えられなくて、慌てて視線を逸らす。すると「へぇ、そらすんだ」と、更に声が低くなる。「俺と目を合わせられない〝やましいこと〟をしたって、そういう解釈でいいんだな?」「へ?」 違います、あまりにも怖くて凍っちゃうかと思ったんです。やましいことなんて一つもありません―― と私が言い訳を述べる前に、皇羽さんの口づけが降って来た。 「んっ⁉」「三分、頭の中で数えろ」「はぁ、はぁ……さ、三分?」 急に唇を塞がれ、既に酸欠状態。しかしここから三分とは、これいかに。まさかカップ麺でも作るの?なんて、そんな甘い考えは彼の頭にはなくて。「三分。それは俺からのキスを受け続ける時間だ」「へ?」「せいぜい窒息しないよう

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status