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第232話

Aвтор: レイシ大好き
京弥は何も言わず、ただ一歩一歩紗雪へと近づいてきた。

紗雪が異変に気づいたときには、すでに彼女はオフィスチェアと京弥の間に閉じ込められていた。

逃げ場などどこにもない、まるでまな板の上の魚のように、なすがままだった。

紗雪は手を伸ばして京弥の胸を押しとどめた。

「何をするつもり?」

「ここはオフィスよ、ふざけないで」

京弥は手を伸ばして彼女の手首を掴んだ。

大きな手にすっぽりと包まれた小さな手が、紗雪をますます小さく、愛らしく見せた。

「俺がどうしてここにいるか、一番分かってるのは奥様の方だろ?」

紗雪は頭の中が疑問符でいっぱいになった。

京弥が何を言いたいのか、さっぱり分からない。

「どういう意味?」

京弥は紗雪の耳元に顔を寄せ、甘い吐息を吹きかけながら囁いた。

「俺がさっちゃんに会いたかったからだよ」

「さっちゃん、俺たちもうずっと......」

その先は言葉にしなかったが、彼の手は自然と紗雪の腰に回り、彼女が倒れないように支えた。

細い腰を抱き寄せると、二人の距離はさらに縮まる。

特に、タイトなビジネススーツに身を包んだ紗雪の胸元の柔らかな感触が、京弥の硬い胸板に押し付けられる。

その柔らかな感触に、京弥は思わず息を詰めた。

どうやら、彼の身体は紗雪をさらに求めているらしい。

紗雪の頬にもほんのりと赤みが差した。

「は、放して、何するの......」

「ここはオフィスなのよ、まさか......」

自分でも信じられない思いでそう問いかけた。

本当にこんなことをするつもりなのか。

「そうだよ、君が思ってる通りだ」

その一言で、紗雪の瞳が大きく見開かれた。

京弥は紗雪を抱き上げるそぶりを見せた。

入ってきた時から、このオフィスに休憩室があることには目をつけていた。

なら、問題ないだろう。

だが、紗雪は抵抗した。

あの日、彼が冷たかったことを思い出したのだ。

今日こうして迫ってくるのは、あの日の埋め合わせのつもりなのか?

彼女の頭は混乱して、答えを出す間もなく、京弥に担がれるようにして休憩室へと連れて行かれてしまった。

「本気なの?」

紗雪の問いに、京弥は低く「うん」と答え、瞳はさらに深く暗く染まった。

今回こそ、彼女に自分の気持ちを証明してみせる。

ここまで来ても、まだ冗談だと思うなんて、やっ
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